日本の文学賞

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宮内寒弥

みやうち かんや

Miyauchi Kanya

ペンネーム: 宮内寒弥筆名(本名は池上子郎), 池上子郎本名

プロフィール

性別
男性
生誕
1912-02-29 (岡山県岡山市)
死没
1983-03-05 71歳
国籍
日本
言語
日本語, 英語
居住地歴
岡山県岡山市 → 南樺太 → 広島県呉市

経歴

職業
小説家, 翻訳家
活動期間
1932年〜1983年
影響を受けた人物
徳冨蘆花
ノミネート
芥川賞 候補(『中央高地』, 1935年)

学歴

早稲田大学
英文科 / 英文科
期間: 1932-1935
卒業年: 1935
国: 日本
同人雑誌『早稲田文科』などに作品を発表。

受賞歴

平林たい子文学賞
1978
対象作品: 七里ケ浜
主催: 平林たい子文学賞選考委員会
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: 七里ヶ浜

    『七里ヶ浜』は宮内寒弥による作品で、1978-1回の受賞作として位置づけられる。

    『七里ヶ浜』は、宮内寒弥の表現と受賞当時の文学的関心を伝える作品である。

    文学賞人物時代

作品

代表作

中央高地

1935年 短編小説

早稲田在学中に発表した短編。地方や風景を背景にした心理描写が特徴。

青春風景心理

憂鬱なる水兵

1946年 戦争文学・短編

水兵としての召集経験をもとに、戦時中の心情と日常の描写を通して兵士の孤独や憂鬱を描いた作品。

戦争体験軍隊生活孤独

からたちの花

1942年 私小説

弟の自殺を契機に私小説へ転じた作品群の一つで、家族内の痛みや個人的な苦悩を率直に綴る。

家族喪失自責

艦隊葬送曲

1947年 戦争文学

海軍や艦隊を題材にした戦後間もない作品。戦争の記憶と喪失感を反映する。

戦争喪失記憶

追跡戦記・新高山登レ一二〇八 日本海軍の暗号

1975年 歴史・紀行

日本海軍の暗号や戦史に関するノンフィクション風の著作。戦史研究や追跡記の体裁をとる。

戦史暗号追跡

七里ケ浜

1978年 私小説・家族史

1910年の逗子開成中学校ボート遭難事件と父の過去をめぐる家族史的小説。父の厳格さと罪悪感を描き、1978年に平林たい子文学賞を受賞。

家族史罪責感事件の記憶

全著作

  • 中央高地 第一小説集(砂子屋書房) 1938年
  • 秋の嵐(河出書房) 1940年
  • からたちの花(大観堂) 1942年
  • 文芸手帖(文学祭社) 1946年
  • 憂鬱なる水兵(短編、1946年)
  • 艦隊葬送曲(世界社) 1947年
  • 降誕祭まで(南北書園) 1947年
  • 下着の女王(和同出版社) 1958年
  • 恋人よおやすみ(和同出版社) 1959年
  • 秘境を行く(人物往来社) 1961年
  • にきび時代(秋元書房) 1962年
  • 湖の旅(秋元書房) 1962年
  • 僕のガールフレンド(秋元書房) 1964年
  • 追跡戦記・新高山登レ一二〇八 日本海軍の暗号(六興出版) 1975年
  • 七里ケ浜(新潮社) 1978年
  • 宮内寒弥小説集成(作品社) 1985年

作家による翻訳

  • 『母の曲』(オリーヴ・ヒギンズ・プローティ、偕成社、1961年)
  • 『椿姫』(デュマ・フィス、偕成社、1962年)
  • 『南極からの脱出 / 極北生活三十年』(シャックルトン / ウェルツル、偕成社、1964年)
  • 『赤と黒』(スタンダール、偕成社、1968年)

作風・主題

文体
私小説的な内省的文体戦争体験を基盤とするリアリズム児童向け翻訳や少女小説での平易な語り
頻出モチーフ
父子関係と罪責感航海・海や軍隊の描写故郷・南樺太や七里ヶ浜の風景喪失と孤独

評価・遺産

戦時体験と家族史を題材にした作品群で知られ、特に『憂鬱なる水兵』や『七里ケ浜』などで評価された。1978年に平林たい子文学賞を受賞し、翻訳家として児童文学の普及にも寄与した。1985年には小説集成が刊行され、業績が再評価された。

資料所蔵先

  • 国立国会図書館
  • 早稲田大学図書館

豆知識

  • 1912年2月29日生まれだが戸籍上は2月28日と記録されている。
  • 父は逗子開成中学校の教員で、1910年の七里ヶ浜ボート遭難事件に関連している。
  • 1923年に一家で南樺太へ移住した経験がある。
  • 戦時中は呉海兵団に召集され、その体験が『憂鬱なる水兵』などに反映されている。
  • 1978年、『七里ケ浜』で平林たい子文学賞を受賞した。