日本の文学賞

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中村 草田男

なかむら くさたお

Nakamura Kusatao

ペンネーム: 草田男俳号。句作で用いた雅号・ペンネーム。

プロフィール

性別
男性
生誕
1901-07-24 (廈門(アモイ)、福建省(清国〈後の中華民国〉))
死没
1983-08-05 (東京都世田谷区北烏山(病院)) 82歳
国籍
日本
言語
日本語
宗教
キリスト教 1983年受洗 洗礼名: ヨハネ・マリア・ヴィアンネ・中村清一郎
居住地歴
廈門(出生) → 愛媛県松山(幼少期・帰国後) → 東京(学齢期・在住) → 下北沢(1938年以降) → 下高井戸(1954年転居)

経歴

職業
俳人, 国文学者, 大学教授, 教育者
活動期間
1922年〜1983年
所属
成蹊大学, 萬緑(句誌・主宰), 俳人協会(創設、初代会長)
所属団体
現代俳句協会(元幹事長), 俳人協会(創設、初代会長)
影響を受けた人物
高浜虚子, ニーチェ(フリードリヒ・ニーチェ), 斎藤茂吉
影響を与えた人物
金子兜太, 寺山修司(教え子や後進への影響), かこさとし(旧教え子)

学歴

東京帝国大学(現:東京大学)
文学部(独文科 → 国文科に転科) / 国文学科
期間: 1925-1933
卒業年: 1933
国: 日本
当初独文科に入学後、国文科に転じ卒業。卒論は「子規の俳句観」。

受賞歴

紫綬褒章
1972
主催: 日本政府(内閣)
結果: 受賞
勲三等瑞宝章
1974
主催: 日本政府(内閣)
結果: 受章
芸術選奨文部大臣賞
1978
対象作品: 風船の使者
主催: 文化庁(当時の主管官庁)
結果: 受賞
日本芸術院恩賜賞(日本芸術院賞・恩賜賞)
1984
対象作品: 没後業績に対して
主催: 日本芸術院
結果: 受賞(没後)

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: メルヘン集・風船の使者

    『メルヘン集・風船の使者』は、中村草田男が文学作品の形式で人物の感情や時代の気配を描いた作品です。受賞歴からも、題材の扱いと文体の緊張感が同時代の読者に強い印象を残したことがうかがえます。

    『メルヘン集・風船の使者』は、文学作品の枠組みの中で、思想と表現を印象的に浮かび上がらせる作品です。

    思想表現人物像

作品

代表作

長子

1936年 俳句(句集)

第一句集。初期を代表する句を多数収録し、代表句「降る雪や明治は遠くなりにけり」などを含む。

季節自然人間性運命

火の島

1939年 俳句(句集)

1939年刊行の句集。戦前期の作を集める代表作の一つ。

戦時下の感覚親密な自然描写

銀河依然

1953年 俳句(句集)

戦後の代表句をまとめた句集。思想性と季語の象徴性を融合させた作風が顕著。

戦後社会性思想性

風船の使者

1977年 メルヘン集/児童向け作品

メルヘン集。後に本作により芸術選奨文部大臣賞を受賞。

童話性想像力自然と人間

全著作

  • 長子(1936)
  • 火の島(1939)
  • 萬緑(1941)
  • 来し方行方(1947)
  • 銀河依然(1953)
  • 母郷行(1956)
  • 美田(1967)
  • 時機(1980)
  • 風船の使者(1977)
  • 大虚鳥(2003、遺句集)

翻案

  • レコード『俳句の世界』(朗誦・解説、テイチク、1971)

作風・主題

文体
客観写生を基盤とした写実性季語の象徴性を生かす表現西洋思想(ニーチェ等)の影響を受けた哲学性
頻出モチーフ
季節の移ろい自然の細部人間の内面・存在犬や子など身近な対象

健康

  • 神経衰弱(精神疾患)
    1918-1919, 1927-1928(断続的に休学・療養)
    中学・大学時代に休学するなど学業・生活に影響を与え、詩歌への接近の契機ともなる。
  • 急性肺炎(死因)
    1983(死去)
    1983年に急性肺炎で逝去。

評価・遺産

20世紀を代表する俳人・国文学者の一人。萬緑を主宰し、客観写生を基盤に季語の象徴性と西洋思想を結び付けた独自の作風で戦前・戦後の俳句論争を牽引した。多くの後進に影響を与え、没後も評価が継続している。

関連学会

  • 現代俳句協会
  • 俳人協会
  • 成蹊大学(名誉教授)

資料所蔵先

  • 中村草田男全集(みすず書房)関連資料
  • 国立国会図書館/各種図書館・研究機関所蔵の資料

大衆文化への影響

  • 忌日「草田男忌」が季語として定着
  • 母校・青南小学校に「降る雪や」の句碑が建立(1977)

引用

  • 降る雪や明治は遠くなりにけり
    出典: 句集『長子』所収(1931年作) (1931年)

豆知識

  • 俳号「草田男」は親戚の罵倒「腐った男」に由来すると伝えられる(語感のもじり等の説がある)。
  • 没日前日に洗礼を受け、洗礼名を受けたことが知られている。
  • 1971年にレコード『俳句の世界』で自作の朗誦・解説を行っている。