日本の文学賞

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日本映画社

にっぽんえいがしゃ

Nihon Eigasha

別名: 日映

プロフィール

性別
不明
生誕
1940-04-01 (東京(設立))
死没
1951-12-31 (東京(解散))
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
東京(本社)

経歴

職業
映画製作会社, ニュース映画製作, 教育・記録映画製作
活動期間
1940年〜1951年
所属
朝日新聞社, 毎日新聞社, 読売新聞社, 同盟通信社, 東宝(業務提携・出資)
影響を受けた人物
大日本帝国政府(検閲と国策宣伝の影響), 主要新聞社(朝日・毎日・読売など), 映画法(1939年)による制度的枠組み
影響を与えた人物
戦後短編・教育映画業界の形成, 日本映画新社(改組後の事業体), ニュース映画の編集・構成の様式

受賞歴

朝日文化賞
1949
対象作品: 教育映画部の業績
主催: 朝日新聞社
結果: Winner

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: いねの一生

    『いねの一生』は日本映画社による作品で、1951-1回のart-encouragement-awardで評価された。受賞対象は文学作品に限らず、舞台、映画、美術、音楽、評論などを含むため、紙書籍の識別子は確認できた版に限って扱う。

    日本映画社の『いねの一生』は、art-encouragement-awardの受賞対象として記録されている。

    受賞作品芸術文化作品活動

作品

代表作

日本ニュース(ニュース映画シリーズ)

1940年 ニュース映画

1940年に創刊された定期ニュース映画シリーズ。皇室や戦時報道を優先する編成で、短編記録映像やプロパガンダ的作品を多数含む。

戦時報道皇室・国家の扱い検閲

広島・長崎における原子爆弾の影響

1946年 記録映画(ドキュメンタリー) 22ページ

広島・長崎の原爆投下後に撮影・編集された記録映画。完成後、連合軍総司令部(GHQ)により没収され、その多くのフィルムは米側に引き渡された。

原爆被害の記録戦争の惨禍占領下の検閲

日本の悲劇

1946年 劇映画/記録映画(上映禁止)

1946年に制作・発表されたが、占領期の事情により上映禁止となった作品の一つ。検閲や政治的圧力の影響を受けた事例として知られる。

検閲戦後政治表現規制

生きているパン

1948年 教育映画

教育・文化的な主題を扱った短編作品。科学者や学識者との協力による制作も行われた。

教育食と生活科学協働

霜の花

1948年 科学映画

北海道大学の中谷宇吉郎教授と共作した科学映像。自然現象の解説を映像化した教育色の強い作品。

自然科学教育雪氷学

空気のなくなる日

1949年 教育/実験映画

合成作画や実験的手法を用いた短編。渡辺善夫、うしおそうじらが参加した制作例が知られる。

技術実験教育映像表現

いねの一生

1950年 教育映画

農業や生物の生態を題材にした教育映像。1950年に公開された短編作品。

農業教育生命の循環

全著作

  • 日本ニュース(ニュース映画シリーズ, 1940-1945)
  • 広島・長崎における原子爆弾の影響(記録映画, 1945-1946)
  • 日本の悲劇(1946)
  • 生きているパン(1948)
  • 霜の花(1948)
  • 大雪山の雪(1948)
  • 空気のなくなる日(1949)
  • いねの一生(1950)

作風・主題

文体
短編記録中心のニュース映画スタイル教育・科学的解説を重視する説明的手法戦時下ではプロパガンダ的な演出
頻出モチーフ
皇室・国に対する礼節的な取り扱い検閲に基づく伏せ字や表現の調整科学・教育の普及

評価・遺産

日本映画社は1940年代における主要なニュース映画・教育映画製作組織の一つであり、戦時下の国策的な映像制作や戦後の教育映画普及に大きな影響を与えた。原爆災害の記録映画がGHQに没収されたことは、戦後史・映像史における重要な出来事として記憶されている。1951年に解散・分社化され、後継組織は映像資料としての遺産を残した。

記念館・博物館

  • 映像資料館 日映アーカイブ 東京都(詳細不明)

関連学会

  • 社団法人映像文化製作者連盟

資料所蔵先

  • 映像資料館 日映アーカイブ
  • NHK戦争証言アーカイブス(日本ニュースの一部公開)

大衆文化への影響

  • 略称「日映」を元にした左右対称ロゴ(「日央日」)は知られる存在となった
  • 原爆災害記録映画の没収は映像史・戦後史のエピソードとして繰り返し言及される

引用

  • 日本ニュースが生れ変りました。 旧い殻を脱ぎすてるべく、我々は昨年の十月、社団法人日本映画社を解散し、新しき年とともに、新しき陣容と、新しき思想を以て、株式会社日本映画社を創立しました。 そしてここに、働く皆様の眼となり、声となり、民主日本の建設に力を盡す、新生日本ニュース第1号を送ります。
    出典: 新生日本ニュース第1号(1946年) (1946年)

豆知識

  • 略称は「日映」。
  • 1940年4月に社団法人日本ニュース映画社として設立、のち社名を社団法人日本映画社に改称。
  • 1946年に株式会社日本映画社へ改組、1951年に分社化・解散。
  • 広島・長崎の原爆災害を記録したフィルムはGHQにより没収された。
  • 教育映画部は1949年に朝日文化賞を受賞している。
  • 東宝と業務提携を結び、その後東宝の出資を受けるなど関係が変遷した。