日本の文学賞

← ホームに戻る

西東 三鬼

さいとう さんき

Saitō Sanki

ペンネーム: 三鬼俳号として使用

プロフィール

性別
男性
生誕
1900-05-15 (岡山県苫田郡津山町南新座(現 津山市))
死没
1962-04-01 (神奈川県三浦郡葉山町(自宅)) 61歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
岡山県津山市(出生〜少年期) → 東京(大森ほか) → シンガポール(開業期) → 神戸(山本通、生田区の西洋館「三鬼館」) → 神奈川県葉山町(晩年)

経歴

職業
俳人, 歯科医
活動期間
1933年〜1962年
所属
天狼(俳誌), 雷光(同人参加), 断崖(創刊・主宰), 現代俳句協会(創立参加), 俳人協会(設立に参加)
影響を受けた人物
山口誓子, 平畑静塔

学歴

岡山県立津山中学校(現在の岡山県立津山高等学校)
国: 日本
高等小学校・中等教育を経る
青山学院中等部・高等部(中退)
国: 日本
高等部を中退
日本歯科医学専門学校(現 日本歯科大学)
歯科
学位: 歯科医師資格相当
期間: 1921-1925
卒業年: 1925
国: 日本
卒業後、歯科医として開業・勤務

受賞歴

俳人協会賞(第2回、没後)
主催: 俳人協会
結果: 受賞

受賞・候補エディション

俳人協会賞 1回登壇
  1. 受賞作: 変身

    西東三鬼の第四句集。戦後俳句の乾いた感覚と都市的な硬質さをもち、死、病、身体、時代の不安を鋭いイメージへ凝縮する。

    戦後の不安と身体感覚を、硬い光をもつ俳句へ変える句集。

    俳句戦後身体

作品

代表作

1940年 俳句

第1句集。新興俳句運動の感性を色濃く示す作品群を収録。

都市異国モダン

夜の桃

1948年 俳句

第2句集。戦時中の無季句や異国的題材を含む代表作を多数収録。

戦争異国内省

今日

1952年 俳句

第3句集。戦後の作風の変化や日常の観察を踏まえた句を収録。

日常都市季語

変身

1962年 俳句

第4句集。晩年の集成で、作風の集大成的要素を含む。

老年回顧変容

全著作

  • 第1句集『旗』
  • 自註句集『三鬼百句』
  • 第2句集『夜の桃』
  • 第3句集『今日』
  • 第4句集『変身』
  • 『西東三鬼全句集』
  • 『神戸・続神戸・俳愚伝』(改題『冬の桃』)
  • その他句集・評論等多数

翻案

  • テレビドラマ『冬の桃』(NHK、1977年)

作風・主題

文体
伝統的な切れ字をあまり用いない直叙的な句法モダンで自由な発想無季句(戦時期の連作)と戦後の有季回帰の両面性
頻出モチーフ
異国(シンガポールなど)基地・地下街・空港都市戦争身体・日常の生理的描写

健康

  • 条虫による虚弱
    幼少〜学生期
    虚弱体質の一因
  • チフス
    1928頃
    シンガポール滞在後に罹患し帰国の一因となった
  • 胸部疾患・腰部カリエス
    1938
    一時危篤に陥るが回復。これを機に医業を辞め商社勤務へ転じる
  • 胃癌
    1961–1962
    1961年に発病、1962年に死去

評価・遺産

新興俳句運動の中心人物の一人としてモダン俳句に大きな影響を与えた。自由な題材選びと直叙的な句法が特徴。1992年に故郷津山市に『西東三鬼賞』が創設されるなど地域的な顕彰もある。

記念館・博物館

  • 神戸文学館(関連展示あり) 兵庫県神戸市

関連学会

  • 現代俳句協会
  • 俳人協会

大衆文化への影響

  • NHKでのドラマ化『冬の桃』(1977年、小林桂樹主演)

引用

  • ヨーロッパの一神教的な発想からはとらえれられない混沌としたアジア的人間
    出典: 五木寛之による評(出典一覧・評論)

豆知識

  • 口髭とベレー帽がトレードマークだった。
  • 歯科医として働きながら30代で俳句を始めた。
  • 神戸の西洋館は『三鬼館』と呼ばれた。
  • 1992年、津山市に西東三鬼賞が創設された。