日本の文学賞

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植草甚一

うえくさ じんいち

Uekusa Jinichi

別名: J・J氏
ペンネーム: シネマディクトJ映画評論で自らの分身として使用した名前。語呂が良いためJ・Jに改めた。

プロフィール

性別
男性
生誕
1908-08-08 (東京市日本橋区小網町)
死没
1979-12-02 (東京都世田谷区) 71歳
国籍
日本
言語
日本語

経歴

職業
評論家
活動期間
1932年〜1979年

学歴

早稲田大学
理工学部 / 建築学科
期間: 1930-1933
国: 日本
2度の落第と学費未納により除籍
第一早稲田高等学院
理科
期間: 1927-1930
国: 日本
補欠で入学

受賞歴

日本推理作家協会賞(評論部門)
1979
対象作品: ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう
部門: 評論部門
主催: 日本推理作家協会
結果: 受賞
ベストドレッサー賞
1977
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 第32回(1979年) 評論その他の部門賞
    受賞作: ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう

    『ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう』は、植草甚一によるミステリで、1979年前後の受賞作として記録されている。人物や社会の輪郭を追いながら、時代の空気や価値観の揺れを読者に伝える作品である。

    植草甚一の視点から、時代と人間の姿を静かに照らし出す受賞作。

    犯罪と謎緊張感人間心理

作品

代表作

ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう

1978年 評論

ミステリー作品に関する評論集。

ミステリー評論

全著作

  • ジャズの前衛と黒人たち 1967
  • モダン・ジャズの発展-バップから前衛へ 1968
  • ぼくは散歩と雑学がすき 1970
  • 衝突と即興-あるジャズ・ファンの手帖 1971
  • ワンダー植草・甚一ランド 1971
  • ぼくがすきな外国の変った漫画家たち 1972
  • 雨降りだからミステリーでも勉強しよう 1972
  • 映画だけしか頭になかった 1973
  • 知らない本や本屋を捜したり読んだり 1974
  • こんなコラムばかり新聞や雑誌に書いていた 1974
  • 植草甚一読本 1975
  • いつも夢中になったり飽きてしまったり 1975
  • ぼくのニューヨーク地図ができるまで 1977
  • ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう 1978
  • コルトレーンの世界 1978

作風・主題

文体
映画評論的文体エッセイ風
頻出モチーフ
ジャズ映画サブカルチャー

健康

  • 心筋梗塞
    1979年12月
    心筋梗塞発作により死去

評価・遺産

植草甚一はジャズ・映画・文学評論の分野で著名な評論家であり、サブカルチャーの先駆者として若者に多大な影響を与えた。

記念館・博物館

  • 世田谷文学館 東京都世田谷区 2007年開館

関連学会

  • 日本推理作家協会

引用

  • 本格ミステリーの範囲を広げた。
    出典: 評論家評

豆知識

  • ニックネームは“J・J氏”。
  • 若い頃は左翼思想に関心を持っていた。
  • ジャズのレコード約4000枚をタモリが購入した。