日本の文学賞

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石坂洋次郎

いしざか ようじろう

Ishizaka Yojiro

プロフィール

性別
男性
生誕
1900-01-15 (青森県弘前市代官町)
死没
1986-10-07 (静岡県伊東市) 86歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
青森県弘前市(生誕地) → 秋田県横手市(教職勤務) → 長野県軽井沢町(別荘、夏期滞在) → 東京都田園調布(旧居) → 静岡県伊東市(晩年)

経歴

職業
小説家, 作家, 教師, 随筆家
活動期間
1927年〜1977年
影響を受けた人物
葛西善蔵
影響を与えた人物
石坂浩二(芸名は洋次郎の筆名の姓に由来)

学歴

弘前市立朝陽小学校
国: 日本
青森県立弘前中学校(現:青森県立弘前高等学校)
国: 日本
旧制中学を経て慶應入学
慶應義塾大学
文学部 / 国文科
国: 日本
最終学歴:慶應義塾大学文学部国文科卒

受賞歴

三田文学賞
1936
対象作品: 若い人
主催: 三田文学
結果: Winner
菊池寛賞
1966
対象作品: 業績
主催: 菊池寛賞選考委員会
結果: Winner

受賞・候補エディション

作品

代表作

若い人

1933年 小説(連作/長編)

地方の若者たちの生活と内面を描いた連作で、石坂を文壇に登場させた代表作。若者の葛藤と成長を主題とする。

青春成長地方社会教育

麦死なず

1936年 小説

1936年刊。家族や生命をめぐる主題を通じて人間の強さと弱さを描く作品。

家族生命共同体

青い山脈

1947年 青春小説

朝日新聞に連載され、映画化されて大ブームを巻き起こした代表作。戦後の若者の恋愛や友情、社会復興を背景に描く。

青春恋愛友情戦後復興
映像化・舞台化
  • [映画] 青い山脈

陽のあたる坂道

1956年 小説

1956年から57年にかけて発表された作品。人間関係や家族の機微を描く。

家族日常人間関係

あいつと私

1961年 小説

1961年刊。対人関係を中心に、個人の心理や絆を描いた作品。

人間関係心理家族

光る海

1963年 小説

1963年刊作。海や自然を背景に人間ドラマを描く作品。

自然人間ドラマ郷愁

全著作

  • 石坂洋次郎短篇集
  • 金魚
  • 麦死なず
  • 若い人
  • 雑草園
  • 青い山脈
  • 暁の合唱
  • 石中先生行状記
  • 女の顔
  • 山のかなたに
  • あいつと私
  • 光る海
  • 老いらくの記
  • マヨンの煙

翻案

  • 多数の作品が映画・テレビドラマ化
  • 青い山脈(映画化で大ブーム)

作風・主題

文体
平明で読みやすい文体大衆向けで親しみやすい語り口
頻出モチーフ
青春と成長家族や日常生活地方社会戦後復興

健康

  • 認知症
    1978-1986
    1978年ごろから症状が出始め、徘徊や親族の顔の識別困難などがあり執筆活動は大幅に減少した。
  • 心臓肥大・高血圧(肥満に起因)
    1970s-1986
    肥満が原因とされる心臓疾患や高血圧が悪化し、1982年に医師から余命宣告を受けるなど健康は悪化した。

評価・遺産

戦後の青春文学や新聞小説で国民的な人気を博した作家。多数の作品が映像化され「百万人の作家」と称された一方で、大衆性ゆえに批評的評価は分かれる面もある。

記念館・博物館

  • 石坂洋次郎文学記念館 秋田県横手市 1988年開館

資料所蔵先

  • 石坂洋次郎文学記念館(資料保管)
  • 国立国会図書館等の刊本所蔵

大衆文化への影響

  • 『青い山脈』の映画化による社会的ブーム
  • 俳優・石坂浩二の芸名は洋次郎の姓に由来

引用

  • 私は私の作品が健全で常識的であるという理由で、今回の受賞に与ったのであるが、見た目に美しいバラの花も暗いじめじめした地中に根を匍わせているように、私の作品の地盤も案外陰湿なところにありそうだ。きれいな乾いたサラサラした砂地ではどんな花も育たない。
    出典: 菊池寛賞受賞時の発言(受賞パーティ) (1966年)

豆知識

  • 戸籍上の生年月日は7月25日だが、実際の生年月日は1月15日とされる(注記あり)。
  • 多磨霊園に墓所がある(21区1種1側1番)。
  • 『青い山脈』は朝日新聞で連載され、映画化で国民的な人気を得た。
  • 横手城址に『若い人』の一節を刻んだ文学碑がある。