日本の文学賞

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理由

直木三十五賞

理由

宮部みゆき

『理由』は、宮部みゆきによる大衆文学、小説の作品。直木三十五賞で評価された作品として、作者の関心や時代性が表れた一作である。

大衆文学小説直木三十五賞

作品情報

直木三十五賞で注目された、宮部みゆきの個性がうかがえる作品。

『理由』は、直木三十五賞の受賞作として知られる作品である。大衆文学、小説の領域で読まれ、題名が示す世界や問題意識を通じて、作者の表現の特徴に触れられる。

書籍情報

出版社
朝日新聞出版
発売日
1998-05-01
ページ数
573ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784022572448
ISBN-10
4022572442
価格
2251 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

第120回(平成10年度下半期) 直木賞受賞

レビュー

  • 刑事が登場せず殺人事件解決に至る作品

    これだけ多数の登場人物の思いを描いた作品は初めてでした。殺人現場が高層マンション故に発生する人間関係や競売物件の占有屋など現在でもあるのかもと思いました。宮部さんの作品は、いつも世間の課題を訴えていますね。

  • 普通に綺麗な文庫本でした

    普通に綺麗な文庫本でした。でも新品同様、ではなかったかな。図書館で借りて、でも、最後までとても読めなかったので購入しました。内容はよく構築されたミステリーでおもっしろかった!

  • 「バブル経済と共に誕生を約束され、その崩壊と共に産声をあげたことになる」(19頁)

    私には宮部さんの小説を愛読している友人がおりますが、宮部さんの作品の感想を楽しそうに話すのを聞くことがあったため、私も宮部さんの作品に興味を持つことになりました。そして、数ある作品の内、先ずは第120回直木賞受賞作である本作を手に取ってみたのでした。そうしたところ、その友人が言う様に一気に読み進めてしまったのでした。とても興味深い内容の小説であったので、ご一読をお薦め致します。ただ、本書のご一読をお薦めするに当たって、本書を通読して感じたことを以下に記しておこうと思います(若干小説の内容に踏み込みますので、気になる方は、これより先には目を通さない様にして頂ければ幸いです)。 私としては、本書を通読している間、自分自身と世代が近い青少年の登場人物に自然と関心が向かっていきました。年齢順に書くと以下の様な感じです。 八代裕司:21歳(1975年生まれ。) 砂川毅:21歳(1975年生まれ。2019年時点44歳と推定) 石田直己:20歳(1976年生まれ。2019年時点43歳と推定) 宝井康隆:16歳(1980年生まれ。2019年時点39歳と推定) 小糸孝弘:14歳(1982年生まれ。2019年時点37歳と推定) 私が見る限り、これらの登場人物は、八代裕司を除いて、与えられた環境下で懸命にベストを尽くすという人達でした。言い換えると、与えられた環境そのものを大きなリスクを犯して変えようとはしていない人達ということになります。そのため、地に足がついている人達という印象を受けました。そして、実際のところ私の周囲でもこの様な人達はとても多い様に感じられました。 一方、これらの青少年の中で八代裕司だけは異なった性質を持っている様に見えました。どうも、八代裕司の異質感が半端無く感じられたのでした。しかし、なぜその様な違いがあるのかを考えようにも、八代裕司に関する情報が極端に欠落しているため、頭の中で少しモヤモヤしてしまいました。ただ、この情報の欠落は、多くのレビュアーの方々の指摘するところでもありますが、著者の宮部さんが敢えて意図的にそう設定されている様に思われました。そして、その背景には、読者にそんなモヤモヤを味わって欲しいという、宮部さんの思いがある様に感じられました。 しかし、このモヤモヤを感じている時、私にはある登場人物がふと思い出されました。それは521頁に登場するイーストタワー1320号室の住人であるB子さんでした(22歳。1974年生まれ。2019年時点45歳と推定)。B子さんは八代裕司や砂川毅の一つ年上に当たります。B子さんについては「周囲の大人社会から注目されて、チヤホヤされるのが嬉しくてしょうがないんです。」(529頁)という記述があります。実際、B子さんは世間がびっくりする様な証言を突然行うことによって、社会から注目を浴びるということに成功しました。しかし、その成功は非常に危なっかしいものでした。そして、大きなリスクを踏んでまで危なっかしい成功を収めようとする点において、B子さんは八代裕司に似ていると感じました。つまり、B子さんも八代裕司も、先に挙げた青少年の登場人物とは異なり、地に足が付いていない様に感じられたのでした。 しかしながら、B子さんと八代裕司との間には一つ大きく異なる点がある様にも思われました。それはB子さんにはそれまでにも(限られた範囲ではあれ)チヤホヤされてきたという成功体験がある一方で、八代裕司にはそれまで成功体験と言えるものが無い様に見えたところでした。つまり、B子さんはそれまでの成功体験を踏まえて、更なる成功のために大きなリスクを踏んだと言える一方で、八代裕司にはその様な成功体験を持ち合わせていないままに大きな掛けに出たと言える様に見えたのでした。そのため、八代裕司が実行したことは、私には、三振したことしかなく、そもそもボールをバットに当てたこともない人が、いきなりホームランを打とうと、なりふり構わずに振った凄まじいスイングの様なものに映りました。 その、八代裕司が狙ったホームランは(宝井綾子が信じていた様に)家族を志向したものなのかもしれませんし、(ウエストタワー2023号室の葛西美枝子が指摘した様に)お金だけを志向したものなのかもしれません。また、八代裕司自身がどの程度「理由」を自覚していたのは分かりません。しかしながら、いずれにしても、そのスイングは宝井綾子の言葉を借りれば、「憑き物につかれたような顔して」(593頁)振られた、凄まじいものだったのだと思います。そして、八代裕司は「バブル経済と共に誕生を約束され、その崩壊と共に産声をあげたことになる」(19頁)マンションの一室を舞台にして、それまでの人生を清算する様な凄まじいスイングをしたのだと感じました。そういうこともあり、私は、本書をバブル崩壊の影響を受けた人々を描いた小説であると捉えました(様々な問題を抱えた家族を描くことで、時代や地域を超えた家族の普遍性を問う小説と捉えることもできるとは思いますが)。 なお、上述の葛西美恵子の言葉に「若い人には、八代裕司の気持ち、判るんじゃないでしょうか」というものがあります(674頁)。しかし、私にはそうは思えません。むしろ若い人であればあるほど、八代裕司の気持ちが判らないものと思います。このことについては、例えば、593頁の、「八代裕司には無かったものが康隆にはあるからなのか、八代裕司が持っていたものを康隆は持っていないからなのか。どちらなのだろう。それも判らない。」という宝井康隆に関する記述が端的に示しています。つまり、宝井康隆にとっては、八代裕司は理解することなど「ほとんど不可能」(同頁)な存在なのです。これは、バブル崩壊直後に社会に出たと想定される(バブルの熱気をまとっている)B子さんや八代裕司とは異なり、バブル崩壊後ある程度の時間を経てから社会に出ることになる(バブルの熱気をまとっていない)宝井康隆にとって、下手にリスクを取るなどということはナンセンスであり、地に足着けて生きていくことが、唯一できることかつ当たり前のことであったためだと思います。よって、私には、宝井綾子が表現した八代裕司の「憑き物」も、このマンション同様に「バブル経済と共に誕生を約束され、その崩壊と共に産声をあげたことになる」のではないかと思いました。 ただ、一つ気になるのは、上述の小糸孝弘が「僕も、おばさんたちを殺すようになってたのかなって思う」(675頁)と言っていることです。私は先ほど小糸孝弘は、与えられた環境下で懸命にベストを尽くそうとする地に足がついた人物と表現しました。地に足がついているはずの小糸孝弘のような人物が酷い抑圧を受けて、地に足がしっかりついているが故に踏ん張りきれず、環境に押しつぶされてしまった場合、暴発する危険性があるのではと思いました。そして、その種の暴発は、自身が適応できなかった環境を、ただひたすら否定するものであり、それ以外の目的を持たないものになるのではないかとも思いました。つまり、八代裕司には1千万円という極めて具体的な目的があった一方で、小糸孝弘が暴発する際はその様な目的もなく、ただひたすら環境を否定する様な暴発になるのではないかと思ったのでした。おそらく、客観的には小糸孝弘の暴発の方が、八代裕司のスイングよりも不可解なものになるのではないかとも思いました。 私は、日本人が受けたバブル崩壊の影響は、精神面でも経済面でも、未だに強く残っているものと思っています。そのため、バブルの崩壊について思いを馳せることはとても重要なことと考えています。例えば、本書には「例の住専」(296頁)という言葉が出てきますが、そう聞いてもピンとこない方々が今後増えていくものと思います。そんなこともあり、本書を読むことはとても有益と思います。しかも、本書の「8 執行妨害」(292-305頁)では、わざわざ弁護士による占有屋の解説がなされてあったりしますので、非常に読者想いな面もあると思います。また、本書には筋に関係ない細かい記述が多いという指摘も多々あるものの、それらの細かい記述は登場する様々な家族についての描写部分であり、それはそれで興味深いものです(個人的には、宝井綾子と宝井康隆の姉弟による会話部分が特に印象に残っています)。本書のご一読をお薦め致します。

  • 多くの登場人物の心理描写が丁寧にされている

    多くの登場人物の心理描写が丁寧にされていて、一つの事件を異なった角度から見られる作品でした。また、占有屋などの競売物件に関する問題も取り上げられており、個人的に不動産には興味を持っているため、面白い作品でした。

  • ノンフィクション風は作風に合わない

    宮部氏の大ファンなのですが、これは宮部氏独特の心理描写と言うものがすっぽり抜けていて、インタビュー形式で読んでいて個人個人の細かな心情が伝わりにくかった。 競売という法律の穴場ばかりの説明で、そんなことは知りたくもない私には退屈であった。 本当に、名著が多い宮部氏の作品の中で、私はあまり好きではない

  • 理由の意味がわかった

    やや長すぎるという面は否めないが、よく調査され面白かった。

  • ミステリではない

    オールタイムミステリランキングの上位に挙げられていることから、ようやく手を出 しましたが、ミステリテイストの文学作品といったところでしょうか。 新聞の連載小説で紙面文字数の都合もあり、かなり内容に濃淡があって、本筋と関係 ないところまで膨らませて語られているところは、どうしても冗長と感じてしまいます。 「ひとつの事件には遠近含めて様々な人間模様がある」ことがテーマなのでしょうが、 ミステリにカテゴライズして読んだ場合は★2個が精々だと思います。正直期待はずれ でした。

  • 100点。宮部みゆきさんの傑作です。

    最近、昔読んで面白かった作品を再読して新発見することが多く、二十年ぶりに この作品。 物語の中心は2025号室。この高級タワマンの一室で四人の死体が発見される。 土砂降りの雨の夜、一体そこで何が起こったのか。 2025室の持ち主は小糸家。しかし2025室はすでに競売にかけられ、そこに 住んでいたのは砂川家。いわゆる占有で住み着いていた砂川家を誘導していたのは 早川社長。解き明かされる四人の身元に潜んでいたのは砂川家の虚像。その虚像に 隠れていた毒は競売の買受人も砂川家も小糸家も宝食堂も信子さんも巻き込んで 大雨の2025室を黒く染め上げた。 100点。 二十年の時間は、私にも知識と経験を与えてくれました。再読は、あの時には 理解できなかったことや、分からなかった感情や、知り得なかった事実を実感、 感嘆、驚きと共にページが進みました。 吉村昭っぽい感じもしますが、インタビューに忠実な舵の取り方は見事でした。 勝手な想像なんですが、事実は小説よりも奇なりとは言います。これ、何かの モデルがあっての構成ですよね。無理ですもん、この一つ一つのドラマを組み 合わせるの。ちょっと思ったんですが、万引き家族って、この作品のオマージュ? あまりにも不要と思われるエピソードも多々あり、それでも読み進められた、 引き込まれた600ページ余。お読みあれ。

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