日本の文学賞

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あの日この日 続

野間文芸賞

あの日この日 続

尾崎一雄

『あの日この日』は、尾崎一雄の随筆的な散文をまとめた作品。身辺の記憶や人との交わりを淡々とたどり、私小説の作家らしい時間の手触りを残す。

随筆私小説的散文記憶老境

作品情報

日々の記憶を静かにたどり、人生の時間を柔らかく浮かび上がらせる。

講談社から複数冊で刊行された尾崎一雄の作品。大きな事件よりも「あの日」「この日」に宿る記憶をたどる文章で、作家の晩年の味わいと私小説的な観察が重なる。野間文芸賞では、長い作家活動の到達点として評価された。

書籍情報

出版社
講談社
発売日
1982-09-01
ページ数
342ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784061193697
ISBN-10
4061193694
価格
1879 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

Amazon.co.jp: あの日この日 続 : 尾崎 一雄: 本

レビュー

  • 戦中から戦後へ

    野間文芸賞受賞の「あの日この日」は自伝だが、昭和19年までで終わっている。その続きを書いているのだが、50歳のところまでで終わる。普通ならいっきにこれまでの人生を書いてしまうところだが実に細々としたことを覚えていて書いているから参る。あと私は尾崎一雄は好きだが尾崎が師と仰ぐ志賀直哉が好きではない。こういうズレは藤枝静男にもある。

  • 麗しき師弟愛と古き良き日本人の姿が随所に見える。

    尾崎一雄晩年の大作「あの日この日」の続編。これも分厚い一冊です。 前作同様、驚異の記憶力&調査能力(後半だいぶ音をあげていますが)で戦中戦後の自家及び周辺の動向から文壇人の消息まで書き綴った力作。その随所から読み取れる著者や家族や友人たちの、息遣いとしか言いようのない善意が感じ取れるのが良い。 (以下、思いついたままに) たとえば、戦時中に療養のため帰郷した作者を迎える老母。息子が半病人になって帰郷したのにどこかうれしそう。「よし、今度も治してやる、わたしの腕の見せ所だ」著者によると母親は「単純でお人よしで、古い型の日本の女」で「戦争は日本が勝つと決めていた」そうです。このひたむきとも言える向日性が良いですね。そういえば、帰郷前東京の自宅のある「ぼうふら横丁」では近所の奥さんたちが交代で作者を看病していました。もういうお母さんたちの横のつながりも、今ではもう見られない光景です。 また、東京大空襲で自分以外の家族が皆殺害された知人の山下氏。戦後NHKの「東京大空襲」を見た後の作者とのやり取りが胸にしみるものがあります。戦後、氏は多くの人々から「尾崎さんみたいな人と知り合ひのあなたは倖せ」「死者のうち、鎮魂の文を書いて貰へた人が何人あるだろうか」と慰められたそうです。 昭和20年六月下旬、著者は故郷下曽我上空で日米の軍用機の戦いを見守る。「空の要塞」B29に歯が立たずついに「とぼとぼ引返す」日本の戦闘機。「身につまされる憶ひで胸に来た」「あの飛行機は、ほんとにしょんぼりしてゐた」敗戦までひと月余りの時のことです。 そして敗戦。そのどさくさで友人を次々失う著者。自ら病身ならば尚更つらいことでしょう(私事ながら評者も大学の友人を失いました。女性ばかりのゼミで男はただ二人だけ。独身のままアパートで孤独死。今年の盆はキツい)。 戦後はまず太宰の話から。その葉書が良い。「文壇は新型便乗、ニガニガしき事限りなく」「私は何でも、時を得顔のものに反対するのです」いつの時代にも時流に乗ったつもりの「時を得顔」のものはいますし、きっと今もいるのでしょう。作者宅で太宰が「共産党とか民主主義とかの悪口をクドク言った」のも太宰らしいエピソードです。 その太宰に自分の文学は「古い」「尾崎さんは貧乏文学の大家」と言われた時の作者の弁が振るっています。「古いとか新しいとかいふことをさして気にしてゐない」「自分の考えや心情を、できるだけ尠ない誤差で人に伝える」ことを目指すとのこと。まこと著者の矜持が示されていて、素晴らしい。 ちょっとしたエピソードもいろいろですが、若い女性の突然の訪問を受け「帰すわけにいかざれば一泊せしむ」というのは驚きです。今なら警察沙汰でしょうw また、長年月付き合いのある隣人のもとには、その一人息子の戦死公報が。その父親は息子の無事を祈って邸内に作った稲荷の祠をみずから鍬で叩き壊します。悔しさ悲しさいかばかりか。 そして、太宰自死。その報を受け「シンドイ」気分の著者の「脇道」としての「文学雑感」。戦後の小説に「不安だの絶望だの孤独」を小道具に「希望に満ちた様子で小説を書いてゐる」「この世の苦悩を一人で背負つたやうな深刻な表情で、そのくせ元気よく書いてゐる」とは痛烈。そんな作家ばかりの中で「太宰君は、ちょっとかけがへのないの無い存在だつた。似た作家さへ居ない」確かに今も見かけない。 「最も古き読者」の中学後輩が戦後来訪。別れ際乱暴唐突にお金を置いて行く。役人とは思えぬ不調法さですが、筆者は「文学や文壇とは全く関係がなく」「ただ好んで小説を読む」「さういふたちの贔屓筋」として彼の名を挙げ、ある時期には彼を思い浮かべ原稿を書いたそうです。 そして最終章。昭和二十四年に「虫のいろいろ」刊行したことを機に、戦後初めて志賀直哉訪問を決意します。師は病を気にしてくれますが、筆者は決行。作品を誉められ妻も内助の功を誉められる。帰宅後は更なる長生きを誓う。本書の掉尾を飾るにふさわしい内容でした。

  • 好評につき…

    続刊なんで、特別なコメントはなし。しかし、この記憶力の良さは、どこから来るのかな。著者の年齢を考えると驚異的ですね。通常、人間はこんなに日々の些事を記憶に刷り込むように日常を送っていない。本当に尾崎一雄翁は超人的です。もちろん、翁の文章は、何度読み込んでも味があって、もうこれから先、このような日本語を楽しませてくれる作家はいないくなるのだろうと思うと寂しい。

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