日本の文学賞

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孤愁の岸(上) (講談社文庫 す 1-9)

直木三十五賞

孤愁の岸(上) (講談社文庫 す 1-9)

杉本苑子

江戸時代の治水事業を題材に、薩摩藩士たちの苦闘と犠牲を描く歴史小説。政治的な圧力と自然の猛威のなかで、任務に向き合う人々の孤独と誇りを描き出す。

歴史小説治水薩摩藩犠牲江戸時代

作品情報

治水の現場に立つ人々の犠牲から、歴史の重みが浮かび上がる。

杉本苑子の歴史小説。講談社から初刊され、講談社文庫版は上下巻として ISBN 付きで確認できる。受賞作全体は二冊構成のため、上巻の識別子を代表値として記録した。

書籍情報

出版社
講談社
発売日
1982-02-10
ページ数
277ページ
言語
日本語
サイズ
10.8 x 1.2 x 14.8 cm
ISBN-13
9784061317451
ISBN-10
4061317458
価格
114 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

財政難に喘ぐ薩摩藩に突如濃尾三川治水の幕命が下る。露骨な外様潰しの策謀と知りつつ、平田靭負ら薩摩藩士は遥か濃尾の地に赴いた。利に走る商人、自村のエゴに狂奔する百姓、腐敗しきった公儀役人らを相手に、お手伝い方の勝算なき戦いが始まった……。史上名高い宝暦大治水をグローバルに描く傑作長編。 財政難に喘ぐ薩摩藩に突如濃尾三川治水の幕命が下る。露骨な外様潰しの策謀と知りつつ、平田靭負ら薩摩藩士は遥か濃尾の地に赴いた。利に走る商人、自村のエゴに狂奔する百姓、腐敗しきった公儀役人らを相手に、お手伝い方の勝算なき戦いが始まった……。史上名高い宝暦大治水をグローバルに描く傑作長編。(講談社文庫)

レビュー

  • 杉本苑子が過去の埋もれた人を掘り出した小説です。

    幕府の外様大名削減の目的のもと大規模な土木工事を行い大名の財力をそぐという目的でした。「普請手伝い」 として、賃金、資材等の経費をを大名に出させる形式で行われました。 薩摩藩は1000人の藩士を派遣します。 その責任者が勝手方家老であった平田靭負です。 薩摩藩にとって縁もゆかりもない他国の川の修理のために、薩摩の民が重税と年貢で酸鼻に見舞われてなお かつ、屠腹した者50名、病死者202名という大きな犠牲を強いられます。 1年5ヶ月かけて竣工します。幕府吟味役は、あまりにも素晴らしい出来栄えに「人の手により成し遂げられた とは思われない」と絶賛します。そして検査も終わりし薩摩城下に帰る前日、何と勝手方家老平田靭負は、 多数の藩士を死なせた事、夥しい藩幣を費やしたことの責任をとり割腹自殺します。 非常に面白く3日間で読み終えました。臨場感のある描写や、当時の農民や商人の考え方がわかります。 それにしても、薩摩藩がここまで辛抱しなければならないのか悲惨な気持ちになりました。 薩摩の収入源が黒糖であり、奄美大島の人々が搾取で恨んでいたことがわかりました。 なお、工事代金の約40万両は、現在の金額にして300億円以上と推定されるそうです。如何に高いかが わかると同時に、我慢に我慢をかさね幕末で薩摩が爆発させることが納得できました。 1938年(昭和13年)には、平田靱負ら85名の薩摩藩士殉職者を、「祭神」として顕彰するために 「治水神社」(岐阜県海津市海津町油島)が建立されたそうです。

  • 活字が小さすぎて…

    文字が小さいので目が疲れました。 内容は女流文学者だけにかなり情緒的に書かれていて、読み終わったあとは感動したのですが、当時の社会情勢にはまったくふれられてなく、ただただ薩摩藩士たちの苦労話と怨恨と悲劇ばかり強調されていました。 これはこれでいい切り口なんですが、このあとの薩摩藩がどうやって借金を返していったかがおもしろいので、終わり頃にその話をチョロッと入れてもよかったですね、 まあ作者はもう鬼籍に入られてるので、なにを言っても関係無いんですが…

  • 歴史を小説という読みやすい形に翻訳した本書

    偶々宝暦治水事件を知り、その果てにこの本を手に取った。 知らなかった歴史を知れた喜びと同時に、この事件の当事者である薩摩藩の負った熾烈な苦悩がありありと伝わってくる、それほどに素晴らしい内容だった。

  • これは名作だ

    薩摩藩の宝暦治水事件を描いた直木賞受賞作で、昔森繁久彌主演の舞台をテレビで観たことがあり、中身が暗いので敬遠してきたが、腰を据えて読んでみるとこれは名作だと思った。杉本苑子は歴史のむしろ暗い部分を描く作家で、そこに真実があるという立場である。ただし読んでいて疲れるので後半は少し間をおいて読む予定。

  • 埋もれた名作

    現場の揖斐川を船で訪れた際、恥ずかしながらこの史実に初めて触れて興味を惹かれ本書を開きました。 流石、歴史書を多く著している杉本苑子氏の作品で、しっかりとした取材と時代考証で読み手への説得力に溢れています。 どなたかも書かれているように、薩摩弁だともっとリアリティがあるのでしょうが、独特の言語のため読解するのも大変でしょう。 会話が標準語なのはいたしかたないかな、とも思います。 平田靱負という骨太の人物を浮き上がらせる描写は後の名時代物作家、杉本苑子氏の片鱗をうかがわせますし、 ノンフェクションながら劇的な盛り上がりをみせる物語の作風も、読み応えがあります。なるほど直木賞受賞をうなずかせます。 現地は、当時犠牲になった薩摩義士の人数と同じ数の松の木が植えられ、 その堤は平成の今もしっかりと二つの大河の流れを分かち、水害から護ってくれています。 また、宝暦大治水工事の碑と資料が豊富な資料館があり、そこには平田靱負直筆の連名書も掲げられています。 本書を読んで興味をもたれたのなら、現地へ訪ねるのもいいかもしれません。 滔々と流れる悠久の流れを眺めながら、人智を尽くして水害に抗った先達の労苦を偲んでみてはいかがでしょうか。

  • 宝暦治水のおかげで、現在も木曽三川の流域の安全が保たれている

    岐阜県民でありながら、揖斐川・長良川・木曽川の三川が並行して流れている地域の堤防が、なぜこのようになっていて、誰がいつやったのか、この書を読むまで知らなかった。 江戸時代にこの三川の治水工事を行うことは、発想としてはすばらしいが、技術的にも金銭面にも困難であったとおもわれる。 幕府としては、薩摩藩に財政負担や人手を出させることで、蓄えていた力を弱めてかつこの地域の水害を減らす目的の両方を達成して、一石二鳥を狙ったのであろうが、薩摩藩や現場担当者などの当事者にとしては難工事であるということは、変わりはない。 事実その苦難は想像をはるかに超え、自ら命を絶ってしまった方もいるという・・・ことを知ることができた。 江戸時代の宝暦年間に、最初に治水工事に着手していただいたおかげと、その後何度も治水工事をしていただいたおけげで、現在も愛知県の西部、岐阜県の南西部、三重県の北東部の地域が、川の氾濫による災害から守られていることを知ることができ、先人への感謝の思いがこみあげてきた。

  • 社会見学

    :直木賞】島津藩が木曽三川の分離・改修工事を。現場の指揮に立つ平田。藩の意見の取りまとめ。見積もりが内示の額から、倍、倍に変わるあたりは、現代の公共事業、IT開発と類似している。調達先の課題も類似。旧弊を打破市内限り、大事業はできないという教訓。揖斐川を伊勢と尾張の境界なので伊尾と書くことを知りました。地元なのに恥ずかしい

  • 満足でした。

    私は鹿児島出身で岐阜の三川の治水神社に行ってみました。千本松や石碑を読んで涙でした。 この本をみて内容がよくわかり、平田ゆきえ家老の心意気に感動した。

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