作品情報
空母という巨大な機械の内部で、人間の意思と戦争の論理がぶつかります。
講談社の単行本は一九七二年刊行。表題作のほか複数の作品を収め、文庫版ISBNも確認できるため、文庫の識別子を採用した。
レビュー要約
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直木賞候補にもなったデビュー作として記憶されている。空母を舞台にした硬質な発想が、著者の戦争小説へつながる作品とされる。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 1982-07-01
- ページ数
- 239ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784061317802
- ISBN-10
- 4061317806
- 価格
- 588 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
Amazon.co.jp: 空母プロメテウス (講談社文庫 780) : 岡本 好古: 本
レビュー
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現代科学技術の粋たる航空母艦を、「物神」に昇華せしめた表題作
本書は表題作を含め、五篇の短編小説(表題作以下『アロウヘッド』『“KAMIKAZE”』『鬼軍曹』『青いファントム』)が収録されている ちなみに表題作は作者・岡本好古のデビュー作(1971年の小説現代新人賞を受賞)であるだけでなく、直木賞候補作にもなっている。これは結果的に岡本好古という小説家の経歴における、ピークともなった 本作以後の岡本氏はコンスタントに戦記小説・歴史小説を上梓し続け、安定した筆力を持つ中堅作家として息の長い活動履歴を築いたものの。終生、文学賞・ベストセラー・ロングセラー・話題作といったたぐいの「栄冠」とは縁が無いまま2018年1月7日、86歳にて病没している。著作量と現役期間の長さからみれば小説家として不遇だったとは考えにくく、むしろ充実した作家人生だったと総括すべきであろうにせよ。やや華には欠けるというか、話題性に乏しかった印象も否めない。現に私が氏の物故に気づいたのは実にその2年後のことで、「空母プロメテウス」の愛読者としては、一抹の寂しさを感じたものである じっさい表題作を読むにつけ岡本好古の筆力・取材力は、文句なしで素晴らしいものの……登場人物の「キャラを立てる」ことが苦手? なのか、群像劇というも地味な作風なのだ ちなみに本書巻末解説(尾崎秀樹)によると岡本氏には在日米軍基地に勤務した経験があり、表題作を含む本書の短編群はあきらかに、その経験から得られた財産が元手になっている そして彼の描き出すアメリカ軍の組織と人の実態は等身大でなまなましく、それでいて反戦作家にみられがちな「敵意のフィルター」も無ければ、ミリタリーおたくにありがちな興味の偏りにもとづく「敷居の高さ」もない。あくまでも機能的組織に身を置く将兵群像を、ドキュメンタリー・タッチで描き出すことに成功している ただし……「作者の視線が見えてこない」点が、選考委員から今後の課題として注意喚起されていたのも事実である。これは表題作が一人称の形式であるにもかかわらず、語り手ハマナカ軍医が職務熱心な医師に徹するのみのどこか散文的な人物で、感情移入しにくいことが大きい。旧友と偶然再会する場面ですら面白い過去が語られるでもなく、観察する医師とされる患者の関係に徹してしまう。ただしこれはハマナカの本質が単なる狂言回しであり、実は“真の主人公”が航空母艦という無機物の塊であることから、意図的に演出している節がある そして、この解釈に立ったうえで読み直した時。表題作「空母プロメテウス」からはあきらかに凡百の架空戦記小説とは一線を画した、文学性の高さが読み取れるのである。この要素は本書に収録されている他の架空戦記小説にも無いものであり、本作を直木賞候補作たらしめた要素でもある (以下、表題作のネタバレ注意) 時に1967年7月。アメリカ海軍が誇る(架空の)巨大空母プロメテウスが北爆、すなわち北ベトナム空爆の海上基地となるべく軍港サンディエゴを出航する場面から、物語は始まる 語り部である主人公ケイル・ハマナカ軍医大尉は日系二世のアメリカ人。国防総省がかれに課した任務は作戦行動中のプロメテウスに乗艦し、空母乗員が環境の変化に伴って発症する環境病の症例を発見することだった そのために「私」ことハマナカは艦内をくまなく「巡診」し、上は艦長のアイケル・キーナン少将(なお空母と言えども通常、艦長は大佐である)から下は19歳の炊事兵トミーにいたるまで、母なる空母プロメテウスのシステムに組みこまれた五千人の男たちの生態を、つぶさに観察していく。艦長キーナン提督は大学教授から転身した初老紳士で経営管理学と統計の泰斗だが、旧知の主治医でもあるハマナカが指示する食事療法に専念している虚弱体質。いっぽう万事機械化された艦内で、ポパイのような筋肉を持て余しているトミー一等水兵はその握力で提督専用のレモンジュースのジューサー役を務めているが、本業の方は缶詰を自動的に開封する機械の流れ作業を、ただほんやり監視するだけであることをぼやいている。また艦長によれば司令塔配置の対空機銃射手も問題をかかえており、ノイローゼで敵機襲来の妄想に襲われたあげくその凄腕でかもめを撃ち落としてしまったという。かと思えば艦載機スカイホークのパイロットであるリチャードはハマナカの高校時代の同窓で、再会を喜び合うもつかの間かれもまたすべてが人工物ずくめの艦内で「おれは働いているのだろうか」と、ハマナカに問いかけてくるのである。ジェット機という、非生物的な飛翔体の圧倒的なパワーを操ることに対する違和感と戦慄をいつまでたっても拭うことができず、あげく旧友ハマナカに「空が怖い」と苦悩を吐露する始末…… そしてこの悩めるパイロットとハマナカの会話の中で、プロメテウスという艦名の由来が話題にあがる。「天帝ジュピターの許から火を盗んで地上に持ち帰ったが、天罰で内臓を食われたという」火盗人の巨神。ハマナカは思わず呟く。科学という名の火を、「人間が乱用しているのを神は怒り給わないか」――― 果たして空爆任務に就いたプロメテウスは、四十機もの戦闘爆撃機が満を持した飛行甲板上で一番機がカタパルトから離艦しようとした、まさにそのときに事故を起こす。あげく誘爆による火災で、瞬時にして危機的状況に陥るのだ。必死の消火作業も空しく七十機の艦載機と二百の人命をうしない、「プロメテウスは元の神話通りに内臓を猛火でかき回されていた」。 負傷者を運ぶ救助ヘリコプター群が到着する中、艦長はなおも司令塔に陣取って事態収拾の陣頭指揮を執る。そんな艦長の傍に侍し、疲労と心労を隠せない彼にせめて習慣となっている養生用レモンジュースを調達しようと努めるハマナカ軍医。そんなハマナカに艦長は照れつつ、昔書きかけた小説の話をする 「ある万能ギャングがいた(中略)。長い間、人々はこの一匹狼の死をあきらめていた。ある時、彼は急死した。殊勲者は彼が愛用している銃の暴発だった(以下略)」…… だがその会話の直後にさらなる誘爆が起こり、ついに艦長は地獄と化した巨艦からの、総員退去の指令を下す。「艦は廃棄するのですか」と迫る士官たちにたいし、艦長は腹立たしく答える。「彼女が我々を廃棄するのだ」と――― すなわち表題作「空母プロメテウス」は、あたかも従軍ドキュメンタリーと見まがうほど細部まで作りこまれた、巨大空母火災事故の物語なのである。架空の軍艦でありながら戦記小説にありがちな、血沸き肉躍る実戦をあえて避けて通る作劇はなかなかユニークな趣向と言えよう。あげく作者は巨艦の自滅を、みごと「天帝神の裁きを受ける巨神」であるかのごとく描き出すことに成功した。かくして「空母プロメテウス」は軍艦を「物神」に見立てた、優れた文明批評小説へと昇華されたのである 本作を契機に手堅い戦記作家としての地歩を確立する岡本好古氏ではあるが、或いはこの「文学」路線に徹していたらまた異なる可能性を見出すことも、できたのではあるまいか……? 蛇足。アメリカ海軍は1922年3月にはじめて改造空母「ラングレー」を就役させてからこの一世紀、「プロメテウス」なる艦名の空母を保有したことは無い。そもそもギリシア神話にちなむ艦名はアメリカ空母の命名基準の伝統から外れており、完全に架空の艦名といえる。大抵は実在の人名ないし地名からの採用、もしくは帆船時代からの伝統ある艦名の踏襲である