作品情報
言葉が姿を変えるたび、日常は少しずつ別の形へずれていく。
講談社から1986年8月に刊行された単行本。コピーライターの“私”とセーラちゃんを軸に、<言語>と<笑い>が渦を巻く群像新人賞受賞作として知られる。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 1986-08-01
- ページ数
- 212ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784062029568
- ISBN-10
- 4062029561
- 価格
- 210 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
第29回(1986年) 群像新人文学賞受賞
レビュー
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不思議な作品
独特な世界観でグッと引き込まれます。
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言葉と「もの」の物語
ポストモダンについて大きな物語の終焉とリオタールが述べていたと思うのですが、この小説は、彼とw1と私を巡る、言葉とその言葉の「もの」とが織りなす物語です。ラカンが精神分析の言葉を用いて世界を記述しようとするように、この作者もコピーライターの言葉を用いて世界を記述します。言葉なしで「もの」が存在しえるか、生きることができるかを思索する内容。「もの」が言葉となって現前できるわけですが、言葉なしで「もの」が存在しえるか。自由って本当に有るのでしょうか。映画の映像を見ているような表現も随所にあって、見えないのだけど見ているようなシーンが好きです。とくに金魚鉢のところのシーンは。当時、ポストモダンの考え方が流行りましたが、そうした文脈で読むこともできます。 全体的に重いことを軽い言葉で表層的に書いているので、逆に「晦渋」なのですが、この後の「忘れ蝶のメモリー」の宇宙へと繋がっていきます。80年代後半の日本に生まれた傑作、難しく書きましたが、おすすめします。
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バブルだなあ青春だなあ
1986年の群像新人賞受賞作。文庫にまでなった。「ナントの勅令」「なんときれいな平城京」とかいうつまらないダジャレが、妙に数少なくちりばめられ、男女がセックスし、軽薄な会話を交わすだけ。まあこれが新しい文学だと一部では思われた時代の雰囲気を知る資料かね。
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ことば。
学生の頃、いっぱい読んだ本の中のひとつ。 その後、社会人になり、結婚して自分の本棚が小さくなるにつれ、当時の本のほとんどを 捨ててしまった。でもいまだに僕の本棚に残っている貴重な一冊。 遊ぶようにことばを使っていて一見すると読みやすい軽い文章のようだけれど、 その実、多くの人に届きやすい「ことば」を選んで難しい「ことば」というテーマに 挑んでるように思う。この矛盾が奥深い。
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センスあふれる
コピーライターが小説を書くと、こういう文章になるのかと うなりました。 ながーい、尾ひれのついた比喩は 高校生の頃にかなりはまってしまいました。
関連する文学賞
- 群像新人文学賞 第29回(1986年) ・当選作