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藤田嗣治異邦人の生涯

大宅壮一ノンフィクション賞

藤田嗣治異邦人の生涯

近藤史人

『藤田嗣治「異邦人」の生涯』は、近藤史人による藤田嗣治評伝。エコール・ド・パリの寵児となった画家が、帰国後の戦争画、戦後の批判、フランス帰化へ至るまでの運命を、未公開資料も用いて追う。

藤田嗣治評伝近代美術戦争画エコール・ド・パリ

作品情報

華麗な伝説と戦争画の影をあわせて、藤田嗣治の生涯に迫る評伝。

近藤史人『藤田嗣治「異邦人」の生涯』は、講談社から刊行された評伝。藤田嗣治の芸術の変遷、戦争との関わり、戦後に日本を離れた理由を追い、日本近代美術史の難所に踏み込む。

レビュー要約

  • 出版社紹介は、日本近代美術史のタブーに挑む評伝として本書を位置づけている。芸術家の栄光と孤独を、資料に基づいて読み解く点が評価される。

書籍情報

出版社
講談社
発売日
2002-11-01
ページ数
317ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784062101431
ISBN-10
4062101432
価格
3199 JPY
カテゴリ
本/アート・建築・デザイン/絵画/西洋画

波瀾万丈!歴史に翻弄された「巨匠」の真実「私が日本を捨てたのではない。捨てられたのだ」――裸婦と猫から戦争画へ、そして宗教画へ。パリの寵児はなぜ祖国日本と訣別したのか。新資料で描く傑作評伝!

レビュー

  • 生涯がよくわかる

    藤田嗣治の生涯がよくわかる内容です。これを読んで、藤田の作品も見たいと思いました。いろいろ他の本も読んでみたいと思わせる内容でした。

  • 素晴らしい⭐️

    藤田嗣治の生涯を理解するには、うってつけの本です。

  • その為に日本国籍と日本での生活を断念せざるを得なかった ということ

    FOUJITAという映画を観たことで藤田への興味が増し、本書を読んだ。本書を読むまで 殆ど藤田のことは 知らなかったことをまず表明しておきたい。映画を観た分、藤田の知識があったと言いたいところだが 映画と本書は全く違う視点で藤田を描き出しているので、殆ど知らなかったと言って良い。 映画では、小栗康平という映画監督が藤田を描き出している。端的にいうと芸術家が別の芸術家を表現 しているわけだ。僕らは小栗が表現した藤田しか分からない。加えて小栗がどこまで藤田の人間性に 興味があったのかも不明だ。かくて映画はひたすら「美」に拘った作品となっており、その美とは 藤田の美ではなく小栗の美学から来ている。 本書はどうか。著者は藤田の美を必ずしも追いかけていないと僕は読んだ。著者 が 追いかけているものは、藤田という人間である。極論すると、藤田が音楽家であっても 本書を書けたはずだ。著者は藤田という人間を通して、日本人であることとは何かを 追いかけているからだ。 僕は自分を日本人だと単純に考えているが、その時代によって、そもそも「日本人であること」 の意味も重みも全く違うだろう。例えば戦前に「日本人であること」がどのような意味を 持っていたのかは実は僕にはまるで分からないはずだ。そう思いついたことができたのは 本書のお陰である。 本書で描かれる藤田は美を追求することで、あの時代に「日本人であること」を追求している と言ってよい。日本人であることと、日本国籍を持っていることは似て非なる話だ。それも本書 から伝わってくる。藤田はおそらく、日本人であり続けたいと生涯思って来たはずだ。その為に 日本国籍と日本での生活を断念せざるを得なかったという悲劇が本書の根幹である。喜劇とも 言えるかもしれないが、そこまでは僕も言いたくない。大変勉強になった一冊である。

  • 猪熊弦一郎の手術に立ち会い、気絶!

    猪熊弦一郎を調べていて、ちゃんと藤田嗣治も知らないといけないと感じた。順序が逆だと言われそうだが…。 これ程、波乱万丈の人生とは知らなかった。著者はよくぞここまで詳しく調べたものだ。1920年代の絶頂期も面白いが、やはり根っからの日本贔屓なのか、戦時中、先頭だって戦争画を描く藤田が私には興味深い。同じ画家かと言うくらい、画も人間も変わってしまう。父親が陸軍軍医総監だった影響なのか。 しかし、敗戦後、美術界から戦争責任を追及されて、結局はパリに戻り、国籍まで変えてしまう。フランスではリスペクトされ、母国では何故か冷たい対応を受けた藤田。日本で認められたかったのだろうな、藤田は。

  • 類書のなかでダントツによい。藤田の著書からの適度な引用も光る。

    1.現在 藤田の評価は非常に高まっているが、これまではそうでなかった。 その背景に画集の出版、展覧会の開催が難しく、ひろく国民にその絵画が 見られていない ということがあった。その背景が書かれている。(プロローグ) 2. 1920年代のパリ時代(第二章)、その後の帰国後の皇国の画家時代(第三章) 戦後のパリへの定住時代、日本国籍離脱、洗礼、嗣治のなまえ放棄(第五章)と時代を追って書かれており 作品の変遷もよくわかる。 3. 戦前からのフランスでの高い評価と日本での人格侮辱的な評価の違いの大きさに唖然とする。 根拠なき 低評価が 完全に払拭されるのにはまだ 時間が必要かもしれない。 4. 日本美術界の体質が、藤田に深い傷を負わせた。 日本人のアイデンティティを強く持っていた藤田は その日本人から「異邦人」扱いされ 日本に捨てられたと感じた。 自画像が多いのは、ゴッホ同様、自分の拡散する像を統合するためだったと思われる。

  • 日本人に生まれた不幸を思う

    フランスに生まれていれば、もっと芸術を突き詰めることができたのかもしれないと思った。 芸術・文化に対するフランスの懐の深さを垣間見たような気もしました。 日本の美術界の閉鎖性が、ここにも犠牲者を作ったようです。 もっともこの本自体が、藤田サイドのストーリで展開されているので、当然のことでしょうが・・

  • 愛を求め続け、日本から拒絶され続けたエコールドパリを代表する日本人画家の一生を描く

    藤田嗣治ほど過小評価されている日本人はいないのではないだろうか。今でこそこの本の著者のNHKの番組等で知名度は上がってきたものの、少なくとも日本においてはピカソ、ゴーギャン、セザンヌ、ルノワールと同等の知名度若しくはもっと愛着をもたれるべきなのに。 この本は裕福な家庭に生まれ芸術に非凡な才能を示した藤田嗣治の幼少期からパリでの苦節の年月、そして本格的に画家として認められ、エコールドパリの寵児として名声と人気を思うままにした絶頂期から、日本へ戻って戦争画家としての期間、そして再びパリへ戻り、最期にフランス人に帰化して亡くなるまでの波乱万丈の人生を描いてくれています。 NHKドキュメンタリーのためだけあって、最後の夫人である君代さんや、藤田の手記や彼を取り巻く人々の手紙など数々の資料を紹介してより真実の藤田嗣治に迫りたいという著者の情熱が伝わってきます。 私の感想ですが、藤田は5歳にして不幸にも母を亡くしてしまい父とは手紙で通信するほどの距離を感じていたせいで、本当に愛された経験がなく、その後ずっと人から認められたい、褒められたい、そして愛されたいという欲求が強かったのではないでしょうか? 本当は派手な性格でもない真面目な人物なのに、パリで認められたいばかりに積極的にパリの芸術家たちの世界へ飛び込み、時には派手で目立つパフォーマンスをしていたような気がします。 パリっ子が大事にするのは情熱と愛の表現、一方で日本人が大事にするのは勤勉さと忠義。不幸にもパリでの人気は日本では国辱とも言われ、本当は日本が大好きだった藤田の心は激しく傷つきます。そんな彼はなんとか日本でも認められようと、戦争画家としての道を歩み出し、あの乳白色の肌とは180度違った、悲惨な戦争画を描き、その絵から伝わる日本人の国への玉砕的奉仕の精神が買われてついに日本でも認められるのです。 しかし日本は彼を本当に愛してはくれず、敗戦後、周りからは戦争犯罪人呼ばわりされ、居た堪れなくなってパリへ戻り、そんな彼をさらに「逃げた」と非難する日本人がいたのです。 さらに藤田の面白いところは、自分の名誉が激しく傷つくような時以外は決して強く反論したりせず、基本的に人当たり良く接するところです。これも彼の人から好かれたいという希求があるのではと思います。 子供の出来なかった藤田は自分の作品にいつも同じ顔の人形の様な少女を登場させ、晩年には数多くの人形を集め、人形と一緒に寝ていたそうです。世間からの愛を思う様に受けれなかった彼が最後に頼ったのは無垢な少女、そして聖母の愛だったような気がします。

  • 藤田嗣治という生き方。

    とにかくフランスで成功して、日本で失敗した画家。 乳白色の裸婦は傑作である。そのまま、フランスにいた方が良かったのかもしれない。 しかし、彼は戦時中帰国し、愛国者として心ならずも戦争画に協力した。 このときの絵画は狂気としか表現のしようのないものばかりである。 が、この協力は報われなかった。敗戦したら、全部戦争協力の責任をとらされ、失望し、絶望した彼は、半ば亡命する形でフランスに戻った。結局、カトリックに改宗し、かつフランスに帰化した藤田嗣治。そして、フランスの土になったが、それは彼の望む終わり方ではなかったろう。できれば、戦争協力者の汚名を雪いであげたいものだ。

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