大宅壮一ノンフィクション賞
おおやそういちノンフィクションしょう
大宅壮一の業績を記念して、各年のすぐれたノンフィクション作品を表彰する文学賞。
- 創設年
- 1970
- 主催
- 公益財団法人日本文学振興会
- カテゴリー
- ノンフィクション・記録文学
- 選考方式
- 推薦
- 受賞対象
- プロ
- 開催頻度
- 年1回
- 発表時期
- 5〜6月頃
- 賞のステータス
- 活動中
説明
公益財団法人日本文学振興会が主催、文藝春秋が運営。前年1月1日から12月31日までに発表されたノンフィクション作品を対象に、選考会は4月中旬、贈呈式は6月中旬に開催。第45回以降は書籍部門と雑誌部門の二部門制を採用。正賞は100万円、副賞は日本航空国際線往復航空券。受賞作品は『文藝春秋』6月号に掲載される。
賞品
- 主賞品
- 正賞100万円、副賞日本航空国際線往復航空券
- 賞金
- 1,000,000円
- 日本航空国際線往復航空券
選考情報
選考プロセス
| 段階 | 審査員 | 通過率 | 発表 |
|---|---|---|---|
| 選考会 | 選考委員 | — | 6月中旬 |
関連の賞
- 講談社ノンフィクション賞
- 新潮ドキュメント賞
- 小学館ノンフィクション大賞
- 開高健ノンフィクション賞
- 本屋大賞
公式情報
https://bungakushinko.or.jp/award/ohya/過去の受賞者
2008年の漁船沈没事故を起点に、取材を重ねながら事故の見立てと記録のずれを追うノンフィクション。沈没の経緯だけでなく、証言と制度のあいだに残る違和感を執拗に掘り下げていく。
事故の真相は、ひとつの説明では閉じない。証言の積み重ねが、別の輪郭を浮かび上がらせる。
2004年から2011年までの中日ドラゴンズ監督時代を、関係者12人の証言と著者自身の番記者経験から描くノンフィクション。落合博満の采配と組織づくりを、勝利至上の現場から立体的に追う。
落合博満その人だけでなく、彼に関わった選手やスタッフの変化から、勝てる組織の輪郭を描く。
1972年の早稲田大学構内リンチ殺人事件を、当事者としての記憶と追加取材でたどるルポルタージュ。学生運動の暴力と、その後に残った沈黙や責任を問う。
事件そのものだけでなく、その後に続いた言い訳や沈黙まで掘り下げる。
香港の重慶大厦に集うタンザニア人商人たちの交易と助け合いを追った人類学ノンフィクション。制度に頼らず、ついでの連鎖で回る商慣行と信用のあり方を描く。
助け合いは、かたちばった制度よりも、ついでの連鎖から生まれる。
出生前診断の誤診をめぐる裁判と家族の経験を軸に、命を選ぶことの倫理と医療の現場を追うノンフィクション。障害、妊娠、医療判断の重さを丁寧に問う。
選べなかった命を前に、医療と家族の選択を問い直す。
天安門事件を、中国、香港、台湾、日本の取材から問い直すノンフィクション。運動の参加者、亡命者、労働者などの声を通じ、事件の記憶と現在の中国社会を結ぶ。
天安門事件の記憶を、地べたの声から問い直す。
加計学園の獣医学部新設問題をめぐり、政治、官僚、地方自治体、業界団体の利害がどう絡み合ったかを追う調査ノンフィクション。安倍政権下の権力構造と政策決定の不透明さに切り込む。
悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞は、受賞歴と書誌情報を確認して記録した作品。
外務省機密費流用事件に挑んだ警視庁捜査二課の刑事たちを描くノンフィクション。国家のタブーに地道な裏付け捜査で迫る現場の姿を追う。
石つぶて 警視庁 二課刑事の残したものは、受賞歴と書誌情報を確認して記録した作品。
小倉昌男 祈りと経営は、森健による受賞作。刊行情報と賞データを照合して整理した作品で、人物の選択や時代・場所の空気を通じて、読後に残る問いを描く。
小倉昌男 祈りと経営は、受賞歴と書誌確認をあわせて読むことで輪郭が見えてくる作品である。
『原爆供養塔』は、堀川恵子による受賞作。受賞記録で確認できる作品名と著者名をもとに、書誌識別子は単行本・文庫・短編集として独立刊行が確認できる場合だけ記録する方針で整理した。現時点では雑誌や掲載媒体の識別子を流用せず、作品情報を受賞データに沿って保持している。
『原爆供養塔』は、受賞歴と刊行状況を切り分けて確認すべき作品である。
『堤清二『最後の肉声』』は、児玉博による受賞作。受賞記録で確認できる作品名と著者名をもとに、書誌識別子は単行本・文庫・短編集として独立刊行が確認できる場合だけ記録する方針で整理した。現時点では雑誌や掲載媒体の識別子を流用せず、作品情報を受賞データに沿って保持している。
『堤清二『最後の肉声』』は、受賞歴と刊行状況を切り分けて確認すべき作品である。
『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』は、佐々木実による大宅壮一ノンフィクション賞の受賞作です。受賞時の作品名と著者情報に基づき、作品単位の書誌識別子を確認しました。
佐々木実の『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』は、大宅壮一ノンフィクション賞で評価された作品です。
『全聾の作曲家はペテン師だった!』は、神山典士による大宅壮一ノンフィクション賞の受賞作です。受賞時の作品名と著者情報に基づき、作品単位の書誌識別子を確認しました。
神山典士の『全聾の作曲家はペテン師だった!』は、大宅壮一ノンフィクション賞で評価された作品です。
『カウントダウン・メルトダウン』は、2013年の受賞作として記録される作品です。作品名と著者情報を基点に、受賞歴、刊行形態、公開書誌を照合し、受賞対象そのものに結びつく範囲で整理しました。
受賞作『カウントダウン・メルトダウン』の書誌と作品情報を、掲載誌 ID を混入させずに整理しました。
『つなみ 被災地の子どもたちの作文集 完全版』は、東日本大震災の被災地の子どもたちが自らの体験を書いた作文集。臨時増刊版をもとに、福島の子どもたちの作文も加えて再編集された。
子どもたち自身の言葉が、津波の恐怖、喪失、避難生活、その後の支えを伝える。
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』は、伝説的柔道家・木村政彦の生涯と、力道山戦をめぐる問いを追う大部のノンフィクション。柔道、プロレス、戦後社会の変化を一人の格闘家の運命に重ねる。
無敵と呼ばれた柔道家の栄光と敗北を、戦前戦後の格闘技史として描き切る。
チベットのツアンポー峡谷に残された未踏区間へ挑む探検ノンフィクション。地形、身体感覚、恐怖と判断の積み重ねを通じて、冒険の高揚だけでなく危険と孤独の質感まで描き出す。
空白の五マイルは、角幡唯介の視点から題材の核心をたどる受賞作である。
『日本の路地を旅する』は、中上健次が「路地」と呼んだ被差別部落をめぐり、著者自身の出自とも向き合いながら各地を歩くノンフィクションです。大阪、青森、秋田、東京、滋賀、沖縄などを訪ね、土地の記憶と現在の暮らしを静かに記録します。
日本各地の路地を歩き、土地に刻まれた記憶と人々の現在を見つめます。
ALSの母を在宅で支えた十二年を、介護する家族の身体感覚と患者の意思を探る時間から描くノンフィクション。言葉や動きが奪われていく過程に寄り添いながら、ケアが生と尊厳をどう支えるかを問い直す。
動かない身体のかすかな反応から、なお生きようとする意思を読み取っていく。
『キャパになれなかったカメラマン ベトナム戦争の語り部たち』は、平敷安常による2009年の受賞作です。刊行形態と書誌識別子は公開情報で単行本・文庫・短編集として確実に確認できる範囲に限定し、掲載誌や雑誌号の識別子は含めていません。
『キャパになれなかったカメラマン ベトナム戦争の語り部たち』は、平敷安常の受賞歴を語るうえで重要な作品です。
『あの戦争から遠く離れて 私につながる歴史をたどる旅』は城戸久枝による大宅壮一ノンフィクション賞の2008年受賞作。作品の題名が示す主題を軸に、人物や場面の変化をたどる文学作品として扱われる。
『あの戦争から遠く離れて 私につながる歴史をたどる旅』は、大宅壮一ノンフィクション賞で評価された城戸久枝の作品です。
『自壊する帝国』は佐藤優による2007年回の受賞作です。人物や社会、記憶との向き合い方を軸に、受賞作として評価された主題を読者に伝える作品です。
自壊する帝国は、佐藤優の筆致で人の選択と時間の重みを描く受賞作です。
『黒澤明vs.ハリウッド「トラ・トラ・トラ!」その謎のすべて』は田草川弘による2007年回の受賞作です。人物や社会、記憶との向き合い方を軸に、受賞作として評価された主題を読者に伝える作品です。
黒澤明vs.ハリウッド「トラ・トラ・トラ!」その謎のすべては、田草川弘の筆致で人の選択と時間の重みを描く受賞作です。
戦後沖縄の密貿易時代に「女王」と呼ばれた金城夏子を描く評伝ノンフィクション。米軍統治下の混乱と活力のなかで、沖縄の戦後史を一人の女性の生涯から浮かび上がらせる。
戦後沖縄の荒波を、才覚と度胸で渡った女性の生涯を追う。
硫黄島守備隊を指揮した栗林忠道の実像を、家族へ宛てた手紙を軸に描くノンフィクション。玉砕を禁じた指揮官の姿を、戦場の記録と私的な言葉からたどる。
家族への手紙から、硫黄島の指揮官の孤独と覚悟が立ち上がる。
映画監督を夢見ながら戦地で亡くなった詩人・竹内浩三の生と死を追うノンフィクション。残された詩と足跡をたどり、戦争に行くことの意味を若い著者の視線で見つめる。
戦死した若い詩人の言葉をたどり、戦争と表現の距離を見つめる。
アフガニスタンのバーミアン大仏破壊を、タリバン、ビンラディン、国際政治の動きの中で検証するノンフィクション。文化財破壊を、後の世界的危機へつながる政治過程として描く。
大仏破壊の背後にあった政治と暴力の構図を、世界史的な危機の前奏として読む。
筋ジストロフィーとともに地域で生きた鹿野靖明と、彼を支えた人々の葛藤を追うノンフィクション。介助する側とされる側の関係を問い直す。
こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたちは、受賞時の題名が伝える核を手がかりに、登場人物の選択と変化を追う作品です。
『藤田嗣治「異邦人」の生涯』は、近藤史人による藤田嗣治評伝。エコール・ド・パリの寵児となった画家が、帰国後の戦争画、戦後の批判、フランス帰化へ至るまでの運命を、未公開資料も用いて追う。
華麗な伝説と戦争画の影をあわせて、藤田嗣治の生涯に迫る評伝。
プラハのソビエト学校で少女時代を過ごした著者が、かつての同級生たちを東欧の激動後に訪ねるノンフィクション。記憶の中の友情と、政治に翻弄された人生の真実が交差する。
少女時代の友情を追う旅が、二十世紀東欧の傷跡を浮かび上がらせる。
『光の教会 安藤忠雄の現場』は、平松 剛による建築ノンフィクション。安藤忠雄の代表作の現場を追い、建築が生まれる緊張と職人たちの手仕事を描く。
光の教会 安藤忠雄の現場は、題名が呼び込む世界を手がかりに、人や時代の輪郭を静かに浮かび上がらせる。
『転がる香港に苔は生えない』は、星野 博美によるノンフィクション。返還前後の香港に暮らし、街の変化とそこで生きる人びとの息づかいを記録する。
転がる香港に苔は生えないは、題名が呼び込む世界を手がかりに、人や時代の輪郭を静かに浮かび上がらせる。
『火花 北条民雄の生涯』は、高山文彦による作品。大宅壮一ノンフィクション賞で受賞となった。
大宅壮一ノンフィクション賞で評価された『火花 北条民雄の生涯』。
絶滅の危機に瀕したトキをめぐる人間の努力と自然保護の困難を追うノンフィクション。鳥を守ろうとする現場の情熱と、環境問題の重さが伝わる。
朱鷺の遺言は、トキを手がかりに人の心と時代の気配を描く作品です。
北朝鮮に関わる失踪と政治の闇を、個人の友人関係から追うノンフィクション。国家の問題を一人の人間の不在として見つめることで、事件の切実さを浮かび上がらせる。
北朝鮮に消えた友と私の物語は、北朝鮮を手がかりに人の心と時代の気配を描く作品です。
『ゆりかごの死 乳幼児突然死症候群(SIDS)』は、阿部寿美代によるノンフィクションの作品。大宅壮一ノンフィクション賞で評価された作品として、作者の関心や時代性が表れた一作である。
大宅壮一ノンフィクション賞で注目された、阿部寿美代の個性がうかがえる作品。
旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三は、佐野眞一による受賞作品。人物、時代、社会、記憶のいずれかを軸に、題名が示す主題へ読者を導く作品である。
旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三は、受賞歴を通じて読み継がれる佐野眞一の作品である。
『ホンダ神話 教祖のなき後で』は、佐藤正明による大宅壮一ノンフィクション賞の対象作。作品名が示す題材を軸に、人物、時代、場所、記憶の手触りをたどる作品として読める。
ホンダ神話 教祖のなき後でという題名のもと、佐藤正明が対象に向き合う姿勢が前面に出る作品。
『森の回廊』は、吉田敏浩による大宅壮一ノンフィクション賞の対象作。作品名が示す題材を軸に、人物、時代、場所、記憶の手触りをたどる作品として読める。
森の回廊という題名のもと、吉田敏浩が対象に向き合う姿勢が前面に出る作品。
日本共産党の要人だった野坂参三の生涯を追い、戦前・戦後の政治史の暗部に迫るノンフィクション。長い沈黙と権力の構造を検証する。
『闇の男 野坂参三の百年』は、ノンフィクションを入口に人間の心の動きを描く作品。
日本共産党の要人だった野坂参三の生涯を追い、戦前・戦後の政治史の暗部に迫るノンフィクション。長い沈黙と権力の構造を検証する。
『闇の男 野坂参三の百年』は、ノンフィクションを入口に人間の心の動きを描く作品。
エリザベート ハプスブルク家最後の皇女は、塚本哲也によるノンフィクション作品。歴史上の人物や社会の動きをたどり、時代の変化と人間の生き方を重ねて描く。
エリザベート ハプスブルク家最後の皇女は、塚本哲也の作風と主題が凝縮された受賞作品です。
エイズ患者と過ごした一年を記録し、病と偏見、愛と死を正面から扱ったノンフィクション。社会が恐れたテーマを個人の関係から描く。
病への恐れの向こうに、人を抱きしめることの意味を問う。
『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』は、辺見じゅんによる受賞作。文藝春秋から1989に刊行された作品として確認できる。
辺見じゅんの受賞作『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』。
『レーザー・メス 神の指先』は、中野不二男による受賞作。新潮社から1989.8に刊行された作品として確認できる。
中野不二男の受賞作『レーザー・メス 神の指先』。
『フィリッピーナを愛した男たち』は、久田恵による受賞作。文芸春秋から1989.10に刊行された作品として確認できる。
久田恵の受賞作『フィリッピーナを愛した男たち』。
『ストロベリー・ロード』は、石川好による受賞作で、題名が示す人物・場所・出来事を手がかりに、人間の選択や時代の空気を描く作品である。物語性のある作品では登場人物の関係と転機を、評論・ノンフィクションでは対象への観察と論点の積み重ねを軸に読ませる。
『ストロベリー・ロード』は、受賞時代の問題意識と著者の視線が交差する一作である。
『チャイコフスキー・コンクール』は、中村紘子による受賞作で、題名が示す人物・場所・出来事を手がかりに、人間の選択や時代の空気を描く作品である。物語性のある作品では登場人物の関係と転機を、評論・ノンフィクションでは対象への観察と論点の積み重ねを軸に読ませる。
『チャイコフスキー・コンクール』は、受賞時代の問題意識と著者の視線が交差する一作である。
『コンピュータ新人類の研究』は、野田正彰によるノンフィクション作品で、大宅壮一ノンフィクション賞の受賞作です。
『コンピュータ新人類の研究』は、野田正彰の受賞歴を語るうえで欠かせない一作です。
気がつけば騎手の女房は、吉永みち子による受賞作です。人物や時代の手触りを軸に、題材の背景と登場人物の選択を落ち着いた筆致で描きます。
気がつけば騎手の女房の世界へ読者を導く、受賞歴を持つ一作です。
『中国・グラスルーツ』は、受賞時に評価された題材と作者の視点が結びついた作品である。題名が示す人物、土地、出来事、記憶を手がかりに、時代の空気や人間関係の揺れを読者に伝える。
『中国・グラスルーツ』は、題名に込められた含みから人間と時代の姿を浮かび上がらせる。
『線路工手の唄が聞こえた』は、受賞時に評価された題材と作者の視点が結びついた作品である。題名が示す人物、土地、出来事、記憶を手がかりに、時代の空気や人間関係の揺れを読者に伝える。
『線路工手の唄が聞こえた』は、題名に込められた含みから人間と時代の姿を浮かび上がらせる。
沢田美喜とエリザベス・サンダース・ホームに集った子どもたちの歩みをたどるノンフィクション。戦後日本の差別と救済の現場を、個人の信念と子どもたちの生の両面から描く。
これはあなたの母 沢田美喜と混血児たちは、ノンフィクションを軸に人間の感情と時代の気配を描く作品です。
終戦時の首相・鈴木貫太郎の生涯と決断をたどる評伝。軍人としての経験、天皇との関係、敗戦を受け入れる政治判断を通じて、近代日本の転換点を描き出す。
宰相鈴木貫太郎は、評伝を軸に人間の感情と時代の気配を描く作品です。
『さよなら日本』は、宇佐美承による作品で、1982年前後の文学賞で評価された一作。題名が示す情景や主題を軸に、作者の関心と時代の空気を反映した作品として読むことができる。
宇佐美承の『さよなら日本』は、受賞歴とともに読み継がれる作品である。
尾張の船乗り音吉が、宝順丸の漂流をきっかけに北米、マカオ、上海へと渡り、開国前後の東アジア外交の周縁を生きた軌跡を描くノンフィクションである。限られた記録から一人の漂流民の生涯を掘り起こし、モリソン号事件や通商、宣教、通訳の歴史を結び合わせて、幕末日本を外側から照らし出す。
望郷だけでは語りきれない漂流民の生涯から、幕末外交のもう一つの入口が開かれる。
『テロルの決算』は、沢木耕太郎による評論・随筆で、1979年前後の受賞作として記録されている。人物や社会の輪郭を追いながら、時代の空気や価値観の揺れを読者に伝える作品である。
沢木耕太郎の視点から、時代と人間の姿を静かに照らし出す受賞作。
『サイゴンから来た妻と娘』は、近藤紘一による評論・随筆で、1979年前後の受賞作として記録されている。人物や社会の輪郭を追いながら、時代の空気や価値観の揺れを読者に伝える作品である。
近藤紘一の視点から、時代と人間の姿を静かに照らし出す受賞作。
太平洋戦争末期、米軍収容所で降伏勧告ビラ作製に関わった日本人捕虜たちの足どりを追うノンフィクション。敗戦をめぐる複雑な心理と、極限状況での選択を掘り下げる。
太平洋の生還者は、上前淳一郎の視点から時代と人間の姿を映し出す作品である。
『新西洋事情』は、深田祐介が西洋社会を内側から観察するノンフィクション。海外経験を通して、生活感、社会制度、価値観の違いを軽やかな筆致で伝える。
海外で見た日常の細部から、時代の西洋像が浮かび上がる。
『マッカーサーの二千日』は、袖井林二郎が連合国軍最高司令官マッカーサーと日本占領の時代を描いたノンフィクション。占領政策、天皇制、日米関係を、人物像と制度の両面から読み解く。
占領期日本を、マッカーサーという人物の二千日から見渡す。
『“南京大虐殺”のまぼろし』は、鈴木明による文学作品。1973年の受賞作として、題材を絞り込んだ表現と、人物や土地、時代の手触りを読者に残す構成が評価された。
“南京大虐殺”のまぼろしは、限られた形式の中に時代と人の気配を刻む作品。
『マッハの恐怖』は、柳田邦男によるノンフィクション。受賞時期の文学・出版状況を映し、題名が示す人物、場所、事件を軸にした表現が作品の核になっている。
『マッハの恐怖』は、受賞作として残る題材の強さと作者の視点を伝える作品である。
『淋しいアメリカ人』は、桐島洋子によるノンフィクション。受賞時期の文学・出版状況を映し、題名が示す人物、場所、事件を軸にした表現が作品の核になっている。
『淋しいアメリカ人』は、受賞作として残る題材の強さと作者の視点を伝える作品である。
『日本人とユダヤ人』はイザヤ・ベンダサンによる大宅壮一ノンフィクション賞の対象作である。日本人論とユダヤ人論を対比させ、文化の違いを挑発的な視点で論じたノンフィクションである。
『日本人とユダヤ人』は、イザヤ・ベンダサンが人間の経験と時代の空気を作品の中心に据えた一作である。
『誰も書かなかったソ連』は鈴木俊子による大宅壮一ノンフィクション賞の対象作である。ソ連社会の実像を外側から見つめ、政治体制と市民生活の緊張を伝えるノンフィクションである。
『誰も書かなかったソ連』は、鈴木俊子が人間の経験と時代の空気を作品の中心に据えた一作である。
『極限のなかの人間』は、尾川正二による作品で、1970年のoya-soichi-nonfiction-awardで受賞対象となった。受賞記録と公開書誌をもとに、作品単位で参照できる項目として整理される。
oya-soichi-nonfiction-awardで受賞対象となった『極限のなかの人間』。
『苦海浄土 わが水俣病』は、石牟礼道子による作品で、1970年のoya-soichi-nonfiction-awardで受賞対象となった。受賞記録と公開書誌をもとに、作品単位で参照できる項目として整理される。
oya-soichi-nonfiction-awardで受賞対象となった『苦海浄土 わが水俣病』。