アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極 (集英社文庫)
フランクリン隊遭難の謎を追い、北極の現地を歩きながら探検史と人間の極限を考えるノンフィクション。記録の検証と身体的な旅が重なり、過去の探検が現在の問いとしてよみがえる。
作品情報
消えた探検隊の足跡を、北極の風景と記録の中に探す。
19世紀のフランクリン隊全滅をめぐる史料と伝承を追い、著者自身の旅と重ねて書かれた探検ノンフィクション。極地の自然、探検家の野心、記録に残らない死者の時間を、現代の視点からたどる。
レビュー要約
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探検の臨場感と歴史調査の厚みが評価されている。冒険譚としての面白さに加え、過去の遭難を現代の身体感覚で追う構成が読みごたえにつながっている。
書籍情報
- 出版社
- 集英社
- 発売日
- 2014-09-19
- ページ数
- 464ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 10.5 x 1.9 x 15.2 cm
- ISBN-13
- 9784087452297
- ISBN-10
- 4087452298
- 価格
- 1045 JPY
- カテゴリ
- 本/ノンフィクション/歴史・地理・旅行記/紀行文・旅行記
19世紀、英国を出発したフランクリン隊は北極探検中にその姿を消した。彼らはそこでどんな光景を目にしたのか。その足跡をたどった壮大な冒険記。講談社ノンフィクション賞受賞作。(解説/東えりか)
レビュー
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冒険ものが好きな方へ
ドキドキわくわくしながら読みました。その場にいるかのような文章で、自分も体験しているかのようでした。まさに冒険といった感じです。その場でしか知り得ないことが新鮮で、本当に面白かったです。
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我々が絶対に体験できない冒険
北極圏の地図を見ながらでしたが、とんでもない冒険を共有することができます‼︎
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梱包も綺麗ですぐに届きました
注文後、すぐに届きました。 ありがとうございました。
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圧倒的な北極圏の描写と冒険することの意味
ダン・シモンズ作「ザ・テラー」という小説があります。1845年、北西航路を探すため北極圏探検に出たサー・ジョン・フランクリン率いる英国軍艦2隻が、氷に閉ざされ動けなくなり、艦を放棄するはめにおちいり、最終的には129名の隊員全員が餓死した(らしい)という実話をドキュメンタリータッチで描いた物語ですが、これを読んで、ものすごく同じルートに行きたくなってしまいました。が、まず無理だろうな・・と思っていたところ、実際に行ってしまったというこちらの本をみつけてびっくり、即、購入してしまいました。小説もかなり臨場感がありましたが、こちらは同じルートを、しかも自分で全行程をソリを引いて歩いて行ったというのだからすごいものです。その勇気と、それを実行に移す行動力、必要な体力をつけるために体を鍛える忍耐力や持久力にまず敬意を表したいと思います。 マイナス30〜40度にもなるという厳寒の地に関しては、意外なことがたくさんありました。たとえば・・・ ・陸よりも凍った海の上の方が歩きやすいこと。 ・しかし、海といっても日本で想像するような平らなものではなく、乱氷帯といって流氷が積み重なって凍りつき、何メートルもの高さのでこぼこがあるものや、氷山が漂着してそのまま凍りついたまるで軍艦のような大きさのものもあること、そこを引いてきたソリを押し上げてはまた落としして何十キロも乗り越えて行かねばならないこと。 ・連日マイナス30度以下の気候でソリを引いて歩いていると、1日5千カロリーものこってりした食事を取っているのに、だんだん体重が減りやせ細っていく。冬の極地体験では、体重を増やして太ってから臨まなければならないということ。 ・気温が低い方が動きやすい。というのは気温が上がって雪や氷が溶け、地面が現れてくると、ソリも引けないので重い荷物を担がなくてはならない。、現地のイヌイットはスノーモービルにも乗れなくなる。また海上では歩いている氷が突然割れて海に落ち込む危険もある。 ・北極圏の凍った大地には野生の牛の群れがいる・・・・・・・・・・・などなど・・・。 そんな困難な極北の地で、角幡氏はGPSや衛星携帯電話を持つこともいさぎよしとしないのですが、それはもし遭難すれば電話をかけて来てもらうこともできるし、食料が足りなければ上空から投げ落としてもらうこともできる、厳密に言ってそれが冒険と言えるだろうか?という疑問からです。まずこの地球上には、未踏の地自体がほぼなくなってしまっており、いろんな意味で、この世界で”探検”または”冒険”するということは、本当にむずかしくなっているように思えます。私事で恐縮ですが、自分はアジアや中東、アフリカなど秘境っぽいところへ旅行するのが好きです。ところが「きっとすごい所だろうな。」と思って出かけて行くと、こんな奥地にと思われる所まで、実は高級ホテルが建っていたりして、そのたびに「地球上にもう秘境という場所はないのではないか?」と感じてしまいます。 行程の半ば、予想したより早く食料がなくなりつつあり、角幡氏たちは食べる量を減らしてゆくのですが、それでも連日、何十キロという距離を歩かないわけにはいかず、だんだんと飢餓感までおぼえ始めます。途中何度か出くわした北極グマがおいしそうに見えてきたり、実際に麝香牛を撃って解体し、久々の肉を何時間もひたすら食べ続け、あげくはお腹を壊してしまったりします。(狩猟や動物の解体の仕方まで知っているとは・・。すごいサバイバル技術です。)自分が殺戮をおかすことになってしまう心の葛藤など、そのあたりの描写にも思わず引き込まれてしまいました。 乱氷帯が続き、予定したより行程に遅れが出ているあせりの中で「今日もまたこの困難な場所を、重いソリを引いて1日歩かなければならないのかと思うと心底うんざりした。」という角幡氏。それでもまたきっと困難な旅に出かけてしまうのが冒険家という人種の病のようなものでしょう。 フランクリン隊の説明や自分たちの行程、そしてユーモラスな失敗話などがバランスよく驚くほどうまくまとめてあるという印象です。角幡氏の著書を読んだのは「探険家36歳の憂鬱」に続いて2冊目ですが、角幡氏には、一見、男臭くて無骨に思える探検家と、考え深く繊細な文筆家が同居しているところが素晴らしいと思います。お奨めの本です。
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表現の重複&冗長
前半から中盤、かなり面白く読んだ。ユーモアもあって時節クスッとなる。 しかし首をかしげる箇所がいくつかある。 たびたび似たセンテンスおよび表現の繰返しが見られる。ケアレスミス? 推敲をしなかったのか、編集者は気づかなかったのか。 またたとえば、衛星携帯電話を置いていくことをめぐって荻田と言い争いにはならなかったのか。 単独探検ではなくパートナーとの協同探検なのだから、常に人間同士の緊張があるはずだが、 そうした記述は(意図的にか?)ほぼなかった。何か読んでいて違和感が残る。
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雪男>アグルーカ>空白の5マイル
すごく面白いんだけど、フランクリン隊の話の展開は不要かな。 空白の5マイルでも過去の歴史が紹介されてるけど、興味がない人間にとっては苦痛だ。 「雪男は向こうからやって来た」での雪男捜索の歴史は面白かったんだけどね。 日本人が主役になってのものだからであり、西洋の探険史に興味がないからかもしれない。 著者の行動シーンの描写はとても面白いし秀逸である。特にジャコウウシのところ。
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二つの冒険を一度に堪能できるノンフィクション
アフリカ東部で誕生した人類が、失敗に次ぐ失敗を重ねて、南極を除く地球全土に拡がった冒険史を垣間見ることができました。
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三部作のうちで最も洗練された構成。と同時に最も過酷な冒険
『空白の五マイル』、『雪男は向こうからやって来た』に続く初期三部作(と勝手に命名させていただきます)の最後の作品。一つの冒険があり、その冒険に深みを加える背景=歴史が同時並行的に進行する展開は今回も同じですが、冒険と歴史が錯綜してごった煮状態だった処女作『空白の五マイル』に比べると構成はずいぶんすっきりとして洗練された印象で、作家としての進化が感じられました。今回の舞台はカナダ北部の北極海。19世紀、ヨーロッパから北極海を通ってアジアへと抜ける「北西航路」の発見に躍起となっていた時代、イギリスの探検隊フランクリン隊がこの航路の発見に向かって129人全員が命を落としたという実話が背景にあります。角幡氏とパートナーの荻田泰永氏はフランクリン隊の足跡を辿るようにカナダ北極海へと踏み込んでいきます。零下二十度から三十度の中、氷に埋まった北極海を行く前半部。カナダ本土に上陸して雪どけの始まった不毛地帯をゆく後半部。特に氷山が複雑怪奇に折り重なった乱氷帯と呼ばれる海域をゆく前半は疲労と飢餓で極限状態に追い詰められ緊迫した場面が続きます。飢餓感から野性の麝香牛を撃って食べた場面の臨場感はハンパじゃない!牝の麝香牛を殺す生々しい描写に続き、子牛が悲痛な叫び声を上げながら突進してくる様子には悲痛な気持ちにさせられました。しかも・・・とこれ以上はここでは書きませんが。一方、北米大陸に上陸してからの後半は探検の過酷さもやわらぎ、地元のイヌイットとの交流も頻繁になります。それにつれてフランクリン隊の足跡についての記述も多くなってきます。フランクリン隊の探検は今から160年ほど前のことですが、今でもイヌイットの人たちの間に伝承として残り時代の隔たりを感じさせません。日々変化する都市文明の中で生活していると160年前は遥か彼方の遠い過去ですが、千年一日のような厳しい自然条件の中では百年前もつい先日のような感覚なのかもしれません。「アグルーカ」と呼ばれたフランクリン隊の生き残りとは誰だったのか?北極も南極もエベレストも征服され地球上において人跡未踏と呼ばれる地がなくなって久しい現代、探検とは何か?冒険とは?その問いに対する一つの回答が、今回の角幡氏と荻田氏による百日を超える今回の追跡行ではないか。角幡氏はこの冒険で北極に魅せられ、次の『極夜行』へと続いていったのでは、と想像しました。