作品情報
愛することの危うさを、十人の女性の人生から切り取る。
表題作を含む短編群が、恋愛に向かう女性たちの選択と揺れを描く。甘いだけではない愛の感情を、江國香織らしい澄んだ文章で日常の奥へ沈めた短編集。
レビュー要約
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恋愛を甘さだけでなく痛みや不毛さまで含めて描く短編集として読まれており、江國香織らしい透明な文体への支持が目立つ。
書籍情報
- 出版社
- 集英社
- 発売日
- 2005-02-18
- ページ数
- 232ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784087477856
- ISBN-10
- 4087477851
- 価格
- 616 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
愛を通して人生を切りとる傑作短篇集。 安全でも適切でもない人生の中で、愛にだけは躊躇わない―あるいは躊躇わなかった――10人の女たち。愛することの喜び、苦悩、不毛……。第15回山本周五郎賞受賞の傑作短篇集。(解説・山田詠美)
レビュー
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泳ぐのに、安全でも適切でもありません
とても面白かった。どの短編も面白かったが、表題作の「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」が特によかった。
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美人ですけど
え~そこまでうまくないし、おもしろくもないかな。美人だからって、なに?
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ささっと
安全でも適切でもない人生の中で、いろんな環境の中で泳いで(生きて)る女性達の短編集ってとこか。 江国香織は、結構好きで読む。 これも、ささっと読めちゃう、何気ない生活の中の出来事なのだ。 しかし、ナマっぽい生活感は、感じられない。 直面するリアルな生活で、譲れないこと、あきらめないこと、妥協しなきゃいけないことが、いろいろ散りばめられている。 それらは、とてもクールに流れてる。 人生って、所詮、そんなもんでしょ? そんなささやきが感じ取れるいくつかのストーリだ
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不思議な非日常の平衡感を、みずみずしい文書でつづった短編
多くの作品が二十歳前後の女性を主人公にした作品が多い短編集 すみません、作者の江國さんは、有名なのですが、わたしにとっては初めて読む作品で 江國さんテーストからの観点のレビューでないことをおわびします。 短編の内容は、 ・表題作の不思議な家族構成のそれぞれの人生がふしぎとかみ合っているという作品 ・本能のように食べ、そして交わるという純粋な関係を描いた、「うんとお腹をすかしてきてね」 ・莫大な遺産で、くたびれた海の別荘で暮らす女性を描いた「サマーブランケット」 ・バーカウンターで無表情に生きている女性が、仕事帰りのトランペットの音で気づく「りんご追分」 ・主婦3人が集ってボーリングをしながらお互いの家庭に触れる「うしなう」 ・不倫関係の相手が、アメリカに出張した際、一緒にアメリカに行き、そのルームシェアの 相手などを描いた「ジェーン」 ・動物園に行きたいと言った息子と動物園に行き、子供がこわい父と合流する話の「動物園」 ・犬を飼いたい几帳面な彼が、犬小屋を造ったが、犬小屋に彼が住み着いてしまう「犬小屋」 ・留学先で同じように破れかぶれという共感をもっていたと思っていた彼と別れてしまってからの 話をまとめた「十日間の死」 ・不倫関係という立場にありながら、交わることでまるで一つになってしまう感覚とその 待ちわびている感情を描いた「愛しいひとが、もうすぐここにやってくる」 です。 要約がへたなので、まるで面白くなさそうなのですが、とっても平易な文書で、ライトノベル のような、無駄な設定説明もなくしっかりとした短編集です。 設定は、ありそうでなさそうという微妙なところをうまくついて、且つ感情も 男である私でも理解出来る内容ですので、女性だともっと共感できるのではという 作品が集まっています。 この文庫を読んでの感想は、個々の出来事は非日常でおぼろげな状態ではあるものの その中で平衡が成り立っている様子がとても面白いなぁと思いました。 大人の小説らしく性描写もあることはあるのですが、この作者の特徴かうまく エッセンスだけを伝えていやらしい感じが薄く作品にプラスの感触を与えています。 平易な文書で、これほどの品質を保っているこの作品群、ちょっと大人でないと 理解は出来ないかもしれませんが、なかなか面白かったです。
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自分では気づかない恋愛への想い
恋は盲目。恋愛しているときの自分を客観的に見ることなんてできない。それは好きであれば好きであるほど。そんな素敵であり情けない自分を江国さんの小説で思い出す。そして自分がどれだけ相手を好きであったのか思い出して泣けてくる。 人間の感情的な部分をこれからも書いてほしいと思います。
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いつもとちょっと違う・・・
人生とは、泳ぐのに安全でも適切でもないよってのが主題の10の短編 いつもの江國さんの透明感溢れる世界とは、微妙に感じが違い、 ちょっと生々しくて、重苦しかったかな。 それはそれでと思いつつも、私としてはちょっとなぁ。。。って感じでした。
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変化はこわいものだ。
愛も恋も若さも、ずっとそのままじゃいられない。 諸行無常を生きる女性たちの短編集。 ページをめくると、ぽつりぽつりと過去が滴ってくる。きっとこの本を読んだ他の誰かも、私とは違う過去に思いを馳せたのだろう。 主人公の女性たちのほとんどは、本能的で、愛の前ではとことん無力。それは自分とは違う生きものなのではと疑ってしまう程に。 ぴかぴか光る今も、そのうち傷がたくさんついて、手に入れた頃のようには光らなくなってしまう。それを劣化だと思うか、それとも経年変化だと思うかは、その時の自分の気持ちによって変化するものだから、恐がり過ぎたって仕方がないのかもしれない。ものはみな平等に変わっていく。たとえくい止められたとしても、残るのは以前のそれとは違うもの。 誰にも分かってもらわなくて良い。安全でも適切でもなくても、私しか知り得ない幸福だってある。
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洋書のような、一枚の絵画を見ているような気持ちになる
日本語で書かれた小説なのに、洋書のような匂いがしたり、まるで一枚の絵画を見ているような感覚にさせられるから不思議だ。 どこかヨーロッパの美術館で絵の鑑賞をしているような気になってしまう。 登場する人物は、ほとんどが日本人であるのに、醸し出す匂いは和ではなく洋なのだ。 それは、出てくる食べ物や風景がそう感じさせるのかもしれない。 たとえば、ある場面では海が見えるレストランで家族がワインを飲んでいたり、またある場面では砂浜でサマーブランケットにくるまって過ごしたりしている。 ワインを飲むことは珍しいことではないが、それが当たり前の光景で、極自然な行為として登場してくるから、なおのことそう思ってしまうのだ。 表題作「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」を含む、十話から成る短編小説は、十人の人生の断片を切り取った物語である。 祖母の危篤の知らせを聞いて集まった家族、ある恋人たちの食事の風景、BARで働く女の日常といった、一見するとどこにでもありそうな情景を描いている。 しかし、実情は違う。 危篤の祖母の見舞いの帰りにレストランで乾杯をする家族であり、恋人と毎日大量の食事を食べ尽くす女であり、BARで働きながら、客の男との情事を夢想する女なのである。 当人たちは何の気なしに行っていることでも、他者から見ると異様な光景に映ってしまうのだ。 ただそういうものを見せられても、エグさ、気持ち悪さのようなものを感じないのは、江國香織の表現の巧みさなのだろう。 短編小説とは思えないボリューム感で、読み終わった後は、もうお腹いっぱいで何も食べられないという満足感でいっぱいになります。
関連する文学賞
- 山本周五郎賞 第15回(2002年) ・受賞