作品情報
歌舞伎の殿堂で起きた惨劇が、昭和初期の社会と芸の業を照らし出す。
集英社刊。『小説すばる』連載を大幅に加筆修正して単行本化した作品で、ミステリーであると同時に、昭和八年の日本を克明に描く社会小説、芸の道を生きる者の業を描く小説として紹介されている。集英社の文芸案内、CiNii、丸善ジュンク堂系書誌で ISBN を確認した。
書籍情報
- 出版社
- 集英社
- 発売日
- 2018-12-05
- ページ数
- 336ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.4 x 2.7 x 19.4 cm
- ISBN-13
- 9784087711707
- ISBN-10
- 4087711706
- 価格
- 1815 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
昭和八年、東京。 江戸歌舞伎の大作者、三代目桜木治助の孫でありながら現在は早稲田大学に奉職する桜木治郎は、その知識と確かな審美眼で歌舞伎役者や裏方から厚い信頼を集めていた。 四月。築地小劇場で女優となった親戚の娘・澪子の行く末を案じる実家からの懇願により、木挽座で陸軍軍人・磯田との見合いの席が設けられる。舞台では歌舞伎界の「女帝」荻野沢之丞が見事に舞う中、澪子は真向いの席の男女に、ある違和感を抱いた。 翌日、木挽座そばで男女の惨殺死体が発見される。遺体は右翼結社「征西会」大幹部・小宮山正憲と芸妓の照世美だった。二人が最後に目撃された木挽座を捜索するため、治郎は警察から協力を要請され、事件に巻き込まれていく。 澪子もまた、自身が目撃した二人の奇妙な様子を治郎と磯田に打ち明け、それぞれの立場から事件の真相に迫っていくことに――。 戦争へと歴史の歯車が大きく動いた昭和八年を鮮烈に描き出す、圧巻の歌舞伎ミステリー!第四回渡辺淳一文学賞受賞作。 【著者略歴】 松井今朝子 まつい・けさこ 1953年京都市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科演劇学修士課程修了。 歌舞伎の企画制作に携わった後、故・武智鉄二氏に師事し、歌舞伎の脚色・演出を手掛ける。 1997年『東洲しゃらくさし』で小説デビュー。同年『仲蔵狂乱』で時代小説大賞、2007年『吉原手引き草』で直木賞、2019年『芙蓉の干城』で渡辺淳一文学賞を受賞。 『師父の遺言』『縁は異なもの 麹町常楽庵 月並の記』『料理通異聞』など著書多数。
レビュー
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「芙蓉の干城」って何なん?
松井今朝子の歌舞伎ミステリー。 5.15事件のころ(1932年=昭和7年)の世相を背景に書いている。 ネタバレになるから、内容については一切触れない。ただ、歌舞伎の一座の 華やかさとそのうらに潜む汚泥のような部分がよく描かれていると思う。 例えば、わき役たちの大部屋はこんな具合。 ・・ここは楽屋の三階になる大部屋で、漆喰で塗られた壁に沿わせる ようにして小ぶりの鏡台がずらずらと並んでいた。震災後に新装改築した 木挽座でも、ここは以前と同様、天井から裸電球をいくらか垂らしただけの 薄暗い空間だ。澱んだ空気は脂粉や衣装の汗、洗濯物や飲食の残り香が 混じり合って饐えた臭いと化していた。衣紋掛けにぶら下がった長襦袢や 床にとぐろを巻いた腰紐はいずれも古びてくすんだ色をしている。・・ それと戦争前の当時の世相がいまのコロナ自粛下の私たちの生活によく 似ているのにも驚く。政治家の無能ぶりにうんざりし、多くの者が失職して 路頭に迷い、自らの将来性を見限ったせいなのか、変にぎすぎすし、 自分だけは損をしてはなるまいという、誰もがいじましい気持ちでいっぱい である。ちょっと怖くなった。 2019年、当作品は第4回渡辺淳一文学賞受賞。せつない物語である。
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歌舞伎役者とそれを支える様々な人々の、それぞれの勝手な思い違いの中で起きる連続殺人事件
松井今朝子氏のことは「吉原手引草」で直木賞(2007年)を受賞されたときに知り、それ以来デビュー作からほとんどの作品を読んできた。 この作品は、昭和初期の歌舞伎の世界と昭和8年前後という日本の危なっかしい時代世相をストーリに上手く取り入れたミステリー小説で、日本の大混乱の時期を独特の視点から見た物語は初めて知ることが多く非常に興味深く感じた。 (日本の自虐史観の強い人のために) 余談になるけど、小説の中の日本で作りすぎた麻酔薬を中国大陸に密輸する組織が日本にあった話はあまり聞いたことがなかったので新鮮だったが、米国のフランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)大統領の奥さんの親(デラノ家)は中国に大量の麻薬を密輸して大儲けした会社ラッセル商会の経営者で、それによって大富豪になった家族は香港に大豪邸を持って優雅に暮らしていたようだ。 この時代、米国は中国のいい加減さを利用してこの手の荒稼ぎができ米国に都合の良い国であった。米国政府も意図してこの悪事を見逃していたらしい(これが米国人の宗教信念 manifest destiny の正体)。 こういう時代背景も含めFDR大統領のときの米国は、日本の日露戦争勝利後日本を警戒し始めた敵視感情を更に強くし、既に起きている欧州戦争への参戦をイギリス等と密約していたFDR大統領は都合の悪い米国内の戦争否定世論80%を覆すために、太平洋戦争を日本が先に仕掛けるように日本への経済制裁・石油輸出の停止や日本がこれ以上譲歩する余地のない戦争を避ける提案を無視して日本への圧力を強め、日本はFDR大統領の策略に利用されたのである。 この時代の米国は頭脳明晰な金の亡者ダレス兄弟(戦後、岸信介が最も恐れた兄弟。弟のアレン・ダレスは米国の国益に反する中南米・アフリカなどの民主独立派リーダを次々に失脚させ殺した)や米国転覆を狙う米国の最上級官僚になった大勢のソビエトスパイの暗躍等もあり、正義がどこにあるのか分からない混沌としていた時代だった。アル・カポン(カポネ)もいたことだし。ちなみに禁酒法廃止後、ウィスキー等の独占販売権を取得したのが政治権力の強いケネディ家だったことも以外な話だと思う。 日本の暗号通信はこの頃より前に、既に米国に完全に解読されていた(米国でパープルコードと呼ばれた。パープルと命名するとは、さすがに暗号解読者は日本に詳しい)。外交は相手国の世論を知り、それを自国の外交交渉に有効に活用すべきだが、当時の日本政府と軍部にそういう発想はなかったようだ(現在も、かな?)。(興味のある方は渡辺惣樹氏等の著書を探してください)
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途中で気付いた・シリーズ物だったのか
…何か分かり難いなあ…と、思ったら、「前」があるシリーズだったのね 「前」について数行でも触れてくれれば「よし。『前』から行くか」と思えるんだが、どっちかというと「当然、『前』を知ってる」が前提で少々不親切 それなりに人望あって周知されてる人だったら、「引っ掛け」や「探り」じゃなくて「真摯」に「お願い」すりゃ話してくれる人もいるだろうに 恩着せがましさ全開の聞き込み手法に途中かなり苛々し、読み進むのに時間が掛かった
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時代を映し出す傑作
5・15事件が起き、満州国が認められず国際連盟から脱退し、まさに戦争の足音が間近に迫った昭和8年と言う時代背景において、歌舞伎の殿堂である木挽座で事件は起きます。 発見された二つの惨殺死体の殺害場所さえ分らない状態で、更に二つの殺人事件が起きてしまい、科学的な捜査が発達していない時代において、捜査は難航します。 そこで探偵役として登場するのが、歌舞伎界からの信頼の厚い大学教授桜木治郎です。彼の歌舞伎界に対する深い知識が事件の裏に隠された人間関係を浮かび上がらせ、事件の真相に迫ってゆきます。しかし、真犯人が見つかっても、その決着は当時の時代情勢がその真相を闇に頬むります。 ミステリーとしてだけでなく、歴史小説としても、現代日本を映し出す鏡の様な社会小説でもあると思います。いろんな意味で、素晴らしい作品でした。
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「軍人さんは、アカよりもたちが悪い・・・」
昭和の戦争前夜を扱った歌舞伎座(文中では「木挽座」)三部作の2作目である。 最後の『愚者の階梯』、最初の『壺中の回廊』と読み進めてきたが(いずれもレビュー済み)、歌舞伎ファンや歴史好きには興味深い歌舞伎ミステリーである。 レビュータイトルは食わせ者の笹岡警部の漏らした言葉だが、満州国建国と国際連盟脱退、さらには五・一五事件と続く当時の危ない世相は、刑事にさえここまで言わせたとしてもおかしくなかっただろう。 実際、本文中に引用される「ゴーストップ事件」(1933年)は、大阪の天六交差点を信号無視して横断した軍人を交通係の巡査が派出所に連行したところ抵抗されて喧嘩となったというもので、軍が「皇軍の威信に関わる」として警察に謝罪を求めたことから、軍部と警察(内務省)の対立にまで発展した。 本書の物語は、主人公桜木治郎の妻の従姉妹の澪子が木挽座で見合いをするところから始まるが、見合い相手の軍人が昭和維新をめざす青年将校で、その支援者と愛人が同日の観劇直後に死体で発見されるという偶然から澪子と主人公が事件解明に関わっていくという筋立てである。 戦争前夜の世相を背景に、青年将校を支援するいかがわしいフィクサーと歌舞伎役者を絡めたミステリーはなかなかよくできている。 また、この物語でも稀代の女形荻野沢之丞が物語の進行に重要な絡み役として登場するが、その養子宇源次、さらにその子の藤太郎ともども妖艶な舞踊が見事に描かれ、歌舞伎女形の魅力に魅せられる。 タイトルの『芙蓉の干城』(ふようのたて)の意味は最後に明らかにされるが、「干城」(かんじょう)とは元来は皇帝を守る武士や軍人のことで、上記の青年将校はまさに「皇国の干城となる」と言い残して大陸へ旅立っていく。ちなみに、西南戦争の政府軍側で熊本城を死守した谷干城は「たにたてき」と読む。 澪子と青年将校が銀座の資生堂パーラーや日比谷公園の松本楼でデートする場面は、場違いな感じながら昔の白黒映画のシーンのようで面白く感じたことを付記する。
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