日本の文学賞

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牛と土 福島、3.11その後。

講談社ノンフィクション賞

牛と土 福島、3.11その後。

眞並恭介

福島第一原発事故後、警戒区域に残された牛を生かそうとした畜産農家と、それを支える人々を追ったノンフィクション。被曝した牛、土、帰還をめぐる問いから、命と地域の回復を考える。

福島第一原発事故畜産

作品情報

経済価値を失った牛を生かす決断から、福島の土と暮らしを見つめる。

集英社刊行の単行本として書評・書誌情報で ISBN とページ数を確認した。紙書籍のため ASIN は ISBN-10 と同値で補完した。

書籍情報

出版社
集英社
発売日
2015-03-05
ページ数
272ページ
言語
日本語
サイズ
13.8 x 2.3 x 19.5 cm
ISBN-13
9784087815672
ISBN-10
4087815676
価格
1650 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

第37回講談社ノンフィクション賞受賞 第58回日本ジャーナリスト会議賞(JCJ賞)受賞 震災から4年。被曝した牛たちは生き延びて、ふるさとの大地を守り続ける。 園子温(映画監督)氏も絶賛! 2011年東日本大震災。家族のように暮らしてきた牛と牛飼いの絆は断ち切られた。多くの農家が安楽死処分に泣き、被災地を去る中、一部の農家は立ち位置禁止の警戒区域に自ら餌を運んで、牛を生かし続ける道を選ぶ。 当初は心情的な部分からであったが、やがて牛飼いたちは「牛を生かす意味」を見出していく。それは、失われようとする“ふるさと"を取り戻すことだった。 牛飼いと牛たちの圧倒的な存在感! 2011年以来、福島取材を敢行。ある時は立入り禁止区域に入り込んでまでの克明な取材からこの作品は生まれた。特筆すべきは牛と牛飼いのシーン。牛飼いと牛のつながりがみずみずしく描かれる。美しいシーンであるだけに、この震災で失われてしまったものの大きさが心に響く。 被曝した牛が生きる意味とは? 牛飼いたちはかつて農地だったところで牛たちを飼う。最初は雑草を餌にするためだったが、牛たちが旺盛な食欲で雑草を食べつくすことが農地を荒廃から救っていく。 また、動物への被曝を通して人体への影響を調査する研究者たちも加わることで、草に含まれる土壌の放射能が牛の排泄を通して除染の一助となることも判明していく。 現在も牛飼いと研究者たちは牛を生かすべく活動を広げている。今も被曝した牛たちを生かす牛飼いたちの不倒の闘いは続く。 【目次】 序 章 安楽死という名の殺処分 第一章 警戒区域の牛たち ―― 餓死でも安楽死でもなく 第二章 飯舘村の牛たち ―― 人も牛も姿を消した 第三章 飛散した放射性物質 ―― 土と動物の被曝 第四章 放れ牛と牛飼いの挑戦 ―― 牧柵の内と外……牛の生と死 第五章 ふるさとを遠く離れて ―― 動物の時間と人間の時間 第六章 牛が生きつづける意味 ―― 牛飼いを支援する研究者 第七章 被曝の大地に生きる ―― 家畜と野生の狭間で 第八章 帰還困難区域の牛たち ―― 牛が守るふるさと 第九章 検問を越えて牛の国へ ―― 牛が教えてくれたこと 終 章 牛と大地の時間 著者: 眞並 恭介(しんなみ きょうすけ) 1951年大阪府生まれ。北海道大学卒業。出版社・編集プロダクション 勤務経て、1992年にライブストーン株式会社を設立、代表取締役。主に医学・医療分野の雑誌・書籍の編集・出版に従事。2002年~2014年まで毎日新聞大阪本社特約記者。著書に『セラピードッグの子守歌――認知症患者と犬たちの3500日』(講談社)

レビュー

  • 地に足のついた骨太なノンフィクション

    フクシマで被曝して、多くの家畜が殺処分になった。 とくに何年もかけて育てる「牛」は、飼育者との愛情も湧き、 どこも悪くないのに殺さなければならない飼育者たちの心情は 察してあまりある。 本書は殺処分の対象になった牛たち、そしてそれを阻止できないかと悩む 飼育者たちの心情に迫った重厚なルポルタージュである。 いきなり「原発悪者」と始めるのではなく、 まず、牛と人間との強い結びつきを描く。 震災前からどれだけ丹精込めて育ててきたのか、 まるで我が子のように育ててきた様子が淡々と描かれるのだ。 そのことが余計に、原発事故によって壊されていったものに、強く迫る。 被曝した牛を殺処分する。果たしてこれは正しい国の選択だったのか。 飼育者たちのなかには、これを受け入れなかった人もいる。 本書のもうひとつの視点は「土も被曝した」ということだ。 テレビなどで、被曝した土を山積みにしている光景を見かけることがあるが、 あれがいかに異常か……。 牛は土に生える草を食べて育つ。 そこに排泄し、土はさらに肥沃になる。 原発は、そういう営みも壊してしまったのだ。 まさに「地に足のついた」骨太のノンフィクションである。

  • 理不尽な境遇を強いられた牛と牛飼いたち

    2015年1月までの記録。 被ばくして殺処分を言い渡されたことに納得できない牛飼いの人びとの苦闘。 大事故を起こしても、原発以外の産業設備は敷地の外を居住不能地域にしない。 敷地の外の広域を人はもとより、ともに生きる動物たちを死なせなければならないようにする原発プラントは、この世に存在してはいけない設備である。

  • 予想以上に面白い

    解説につられて購入しました。期待以上の面白さでした。原発のことは勿論、今まで知らなかった牛の世界に驚きを感じました。

  • 多くの方に読んで欲しい

    被災酪農家の方達の苦難と決意、闘い。 そして牛たちの苦難と闘い。 諦めない人と逞しい牛と自然がある。 探したら、ここで、登場する人や牛にも出会えました。 [・・・] 著者は子どもの時に牛が身近にいた方。 その体験が、取材対象の人に対して「被災した他人」という視点を持たせない。 いつの間にか、牛の心に入っている。 そしてちゃんと裏付け資料にも当たっていらっしゃる。 ちゃんとしたジャーナリストの仕事とはこういうものなのだと思います。 著者の主宰するサイトを見ていたら 『講談社ノンフィクション賞の候補作に』 [・・・] 受賞されましたね。

  • まるで体験したかのような感覚です

    親戚が酪農やっていてよく手伝ってました。しかも現地のほぼ隣の地区。 ホルスタインは身体が大きいのに見かけによらずとてもおとなしいです。 噛まれたって痛くない。歯がないから。そう血統を作られた、産業動物。 畜産は肉用ですが、酪農は牛乳です。 ハガレンの荒川弘さんの百姓貴族、とても勉強になります。共感します。 そんな自分でも全然知らなかった事実がこの本で勉強できました。思わず息を飲みます。 あそこはこんな、、、こっちはこんなになっていたのか。 あそこにも牧場があったのかとか、もういっぱい知らないことだらけでした。 中でも処分、、名前だけは聞いていて知ったかのように思ってましたが間違ってました。 土の中に埋める、もうそれだけ。鳥インフルエンザとかのよう。。焼却も不可。 それも知ってたと思ってたけど、眞並さんの取材の記録を読むとぜんぜん違う。ものすごい現実。 餌がなくて餓死、それでも雑草などを求めて生き残った牛。 生まれたホルスタインとかみんな番号あります。酪農家はなまえをつけて呼んであげます。 みつからなかった番号で生き残った牛をさがしだす。 おとなしい牛が野生化して、角も見事になっている。 このままでは人間に危害が及びます。 処分しなくては、住民が帰還できないーーー この後の取材記録には圧倒されました。まさに生と死。人間と生き物。 生きるとは、死ぬとは、人間と牛との間にある絆、愛情、牛と牛との愛情。 人間が生きていくために犠牲となる生き物がいるという現実、現代の人間社会。 何が正しくて何が間違いか、そもそもそんな基準なんて誰が決めているのか。 その基準はほんとうは、そもそも存在するのか、いや無いのか。 「なぜ人間は人間になってしまったのか(白土三平氏あとがきより)」を思い出しました。 色々と考えさせられました。ものすごい詳細な記録に記憶がおぼつかないです。 何年もの記録をさっと見ただけで評価なんておこがましいですが書かずにはいられなかった。

  • 牛は、家族と同じ。

    飯舘村で和牛を飼っていた農家に生まれました。 小学生の時に、じいちゃんと牛の世話をする担当になりました。 中学生の時、この本に書いてある獣医の先生の助手(といっても、切開した皮膚を持っているくらいでしたが)をしました。 難産のときは、家族総出で、出産を手伝いました。 子牛が乳を飲まない、母牛が飲ませなないときは、ミルクを作って飲ませてあげました。 牛は家族です。 飯舘村の部分しかまだ読んでいませんが、震災前のことを思いだしながら、涙がでました。 良い本です。

  • 文さん

    放射能で汚染され商品価値の無くなった牛の存在価値を教えてくれます。

  • 希望の牧場、ふくしま

    帰還困難地域で生活する吉沢さんの覚悟には鬼気迫るものがあります。「希望の牧場、ふくしま」の話は友人から聞いていたのですが、ほとんどの人が知らない。メディアがいかに取り上げてこなかったかということです。メディアの責任は大きい。

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