作品情報
『神無き月十番目の夜』は、受賞時の評価対象となった主題を読者に印象づける作品です。
『神無き月十番目の夜』は、飯嶋和一の同時代文学の実験性や達成を評価する賞で候補となった作品です。題名が示すモチーフを軸に、人物の行動や時代の空気を通して主題を立ち上げる作品として読めます。 国立国会図書館の検索で単行本または収録書籍を確認したため、書籍として確認できる範囲をもとに入手状況を整理しました。
書籍情報
- 出版社
- 小学館
- 発売日
- 2005-12-06
- ページ数
- 448ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784094033144
- ISBN-10
- 4094033149
- 価格
- 749 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
慶長七年(一六〇二)陰暦十月、常陸国北限、小生瀬の地に派遣された大藤嘉衛門は、野戦場の臭気が漂う中、三百名以上の住民が消えるという奇怪な光景を見る。いったいこの地で何が起きたのか? 恭順か、抵抗か―体制支配のうねりに呑み込まれた誇り高き土豪の村の悪夢。長く歴史の表舞台から消されていた事件を掘り起こし、その真実の姿をミステリアスかつ重厚に描いて大絶賛された戦慄の巨編。
レビュー
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時代物小説の入門
日頃は東野圭吾などのミステリー小説を多く読んでいる人でも楽しめます。 時代物に読み慣れていない人は、最初の数頁、物語の情景がどうなっているのか掴めないかもしれません。 しかし、一旦ストーリーの中に入ってしまったらもう抜け出せません。 面白くて頁を捲る手が止まらず、次から次へと読み進めてしまいます。 読んで後悔することはないので、是非とも読んでもらいたい一冊です。
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歴史は繰り返すのか。
ミステリーとしての評価が高いようだったのでkindleで購入。 面白いことは面白いのだけど、、、という感じ。 帯は「歴史の闇に葬られた大事件」とあるけれど、読んでいて感じたのは、その事件に太平洋戦争に突き進んでいく日本の状況を当てはめたのだな、という思い。 老若男女を問わない殺戮はまぎれもなく大空襲のアナロジーだ。 つまりは、集団戦というのはその大義から個人的な事情からいろんな要素がどこかしら似通ってしまうということなのだろう。そしていつの時代でも繰り返される。 果たしてその繰り返しを防ぐ知恵は人間に備わっているのだろうか。 時代の描写は少しくどい感じがするけれども、筆力には脱帽。 著者の作品は初見だけど、他の作品も読みたいと思わせる力作だ。
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中身の濃い小説
幕藩体制の確立時に常陸国北限の村が皆伐されたという言い伝えを、200年後に調べ記した「探旧考証」及び明治時代に刊行された「水戸歴世譚」を基にした小説です。四部構成となっていて~ {序章}1602.10.13 比藤村で肝煎(庄屋)を務める大藤嘉衛門が、皆伐された小生瀬村の肝煎を託されるべく幕府使者から呼び出され、事件から数日後の惨状を目の当たりにする場面から話は始まります。 徳川治世になり再検地が行われ、それまで村人の自治を尊重されていた半士半農の日々から単に徳川に年貢米を供出するだけの百姓とならざるを得ないことを思いながら~小生瀬での蜂起を最後に郷士・保内衆は滅びて時代が変わりつつあることを痛感した嘉衛門は「ともかく生きることだ」と、自らに言い聞かせます。 {第一章}1589.10.26~関東進出を目論む伊達政宗が須賀川城を攻め、対して関東勢の一翼を担う常陸佐竹の一員として参戦した小生瀬の肝煎・石橋藤九郎が弱冠16歳でありながら敵・白石騎馬武者三騎をほふり一躍近隣に名を馳せる顛末の後、1602.5.8に家康の覚えの良くなかった藩主・佐竹義宣が領地没収され出羽秋田へ転封されることが書かれています。 {第二章}1602.7.1~24 小生瀬を含む佐竹氏統治下の依上保の地の背景・風習が述べられた後、田の検地方法や年貢米の上納割合を案じた藤九郎は幕府の起請文に署名せず帰村して七名からなる村顔役に相談、厳しい取立ての中で恩典のある肝煎を辞退する旨伝えます。やがて検地が始まり、藤九郎が検地に同行している間~大切にしている稲田を検地を理由に踏み荒す検地役人、村人が楽しみにしている盆の風習を無視するそのやり方に危機感を募らせた村の若衆組頭・辰蔵が絵図にない隠田を探しに赴く検地役人の一派を殺戮。 また、事件調査の為に新たに水戸から送られた検使一行を謀を用いて月居峠で惨殺してしまいます。 {第三章}1602.8.2~関東郡代が小生瀬に密偵を放し得た情報を知らされた検使・芦沢信重は小生瀬征伐の意を固め1602.9~水戸から袋田に武田24将の一人・穴山梅雪以下400名の兵を呼び寄せます。 一方、辰蔵以下村の若衆は血気にはやり武器を準備しますが、戦となっては甚だ勝算ないことを知っている藤九郎は己一人が責を負い村を救おうと検使のもとへ向かいますが、辰蔵らとの行き違いから事故死。 1602.10.10 梅雪の兵が一村皆伐します。皆伐前日の夕暮れ時、生瀬四か村随一の鉄砲術をもつ直次郎が一人守備を離れ、自分の子であると思われる娘と産んだ母を隣村に訪ね、夕暮れ時の透き通った光のなかで陰から二人を見つめながら「霊魂というものが本当にあるとしたら、己の魂はこの沢水を引いた洗い場を見下ろす杉木立の陰にやって来て、コトとこの女童をずっと見守り続けていくような気がした」この場面、胸が熱くなります。 読み終えて~今更ながら、ありふれた日常を生きていることの有難さ大切さを思いました。 p.s. 脇差しについての記述も心に残ります。藤九郎は須賀川城へ出陣の際に戦死した幼なじみの彦七と脇差しを差し換え、月居峠で事故死した際には直次郎が自分の脇差しと差し換えます。10.10 死を覚悟した直次郎は、弟・弥三郎に「藤九郎様の脇差し」として託します。常に身につけている脇差しですから、その人をも写し込んでいると考えていたのでしょうか。(刀身の細くなった室町期の脇差しです)
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生々しい迫力がある作品
時代は変わり徳川の世になった。だが小生瀬村の住民達は屈しようとは しなかった。検地にやってきた役人をひそかに葬り去るという暴挙に出る。 肝煎の一人石橋籐九郎が最悪の事態を避けようとどんなに奔走しても、 事態は坂道を転がり落ちるように悲劇に向かってつき進んでいく。住民達の 運命を先に知ってしまっているだけに、読んでいてかなりつらいものがあった。 徳川家康に従うのか?逆らうのか?どちらにしても住民達にとっては悲劇だった と思う。だが、彼らが選んだ道が正しいといえるのか?村が滅びてしまったと いう事実を前にして、籐九郎の無念さをあらためて思う。歴史の闇に埋もれて いた事件を元に書かれたものなので、生々しい迫力がある作品だった。
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葬り去られた惨殺の事実
ある村の村民全員が役人によって殺害された小説。 ちなみに、これが真実であったのかフィクションであったのか、はっきりした証拠が残っていない。 事件が起こったとされる年代も確定していない。 不気味な出来事であるが読み応えもばっちり。 ネットで調べるといろいろと出てきて興味深い。
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恐ろしい
江戸時代初期に起こったといわれる悲惨な事件を元にした小説。 文章は硬いが、導入から引き込まれる。それぞれの立場のボタンの掛け違いや思い込みから最悪の結果となるのが恐ろしい。
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”己(おのれ)の生を信じ、己を拠り所にして生きよ。”というメッセージ
不思議な題名のこの歴史ミステリーは、帯や背表紙を見ると、おおよその内容は分かってしまう。現代で言うところの「大量虐殺」とか、「ジェノサイド」であろう。悲劇の結末に向かって、物語は進行するのだ。 だが、読ませます。悲劇を「おもしろい」というのも語弊があるが、ぐんぐん読み進めたくなってしまい、寝不足になってしまうほど。 興味深かったのは、当時のオオカミや馬などの動物の習性、森の藪の中でヤマカガシに噛まれないように歩く方法、まるでこの時代にタイムスリップしたかのような生活のこまごまとした様子、などなどの時代考証である。 人物描写も説得力があるので、おもしろい。 神域の森に入った役人たちが次々に「やられて」ゆく場面は、過酷な「検地」にて生活の糧を土足で荒らしまわられた村民の「仇討ち」の心理をよく表しているので、読んでいてもなんだか小気味好いとすら思ってしまう。 実際の史実は詳細が伝わっていないらしい。 どなたかが書いておられたが、「教科書の歴史」は「勝者の歴史を記載したもの」ということなのだろう。 それに近い、年貢をめぐるいさかいはあったのかもしれないが、為政者(この場合は徳川家康)による見せしめとして、歴史上よくあることだったのかもしれない。 理不尽に殺されるほうは、堪らないが、「人権」の概念はなかったのだ。 御沙汰があれば、即刻、命のない時代。 とはいえ「人権」のあるはずの近現代でも、世界を見渡せば理不尽な殺戮は絶えず存在することを思ってしまう。 作中は、自治独立の村が、徳川幕府の年貢納め直轄地になる、という設定だが、その対比がまた現代社会の縮図を見ているような錯覚を起こすのはなぜだろうか。 (以下、徳川幕府の年貢納め直轄地:「蔵入れ地」の描写) 「それぞれに課された年貢に追いかけられ、そのあげくお互いの暮らし向きにしじゅう気を向け、ささくれだった日々しかありえない」、「妬っかみと僻(ひが)みに身を焼く毎日」、「他人の不幸ばかりを願って夜も満足に眠れん」。 「倉入れ地(幕府直轄地)としての暮らしの耐えがたさは、その貧しさなどよりも、絶え間ない退屈さにある。」 村で共同の、神域の森としての「拠り所」のあるのは、幸いなのだと思う。 精神的な意味でもそうだが、生活するのには実際的、合理的でもある、と感心する。 幕府の役人にとっては「隠し田」だが、自然相手の村民にとっては、それは食糧自給のためのセキュリティシステムなのだった。 長雨の夏も、「予備の田んぼ」があれば、ぎりぎりの食でも翌年の種もみは確保できる。 他国に攻め入られても、「神域」の森に逃げ込めば、数日間、生き延びられる。 現代人の我々に、そんな「余力」のようなものがあるだろうか。「森」さえあれば、「土地」さえあれば、厳しいけれども十分な暮らし、という世界が、この日本にもあったのだろう。 作中にこの虐殺を逃れた、ごく少数の者は、「森」も「土地」もなくしたが、”己(おのれ)の生を信じ、己を拠り所にして”、その後を生き延びたのだろうか。 そうだったらいいな、と思う。 それだけが、このわずかな史実に基づいた物語の希望である。
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良かった。
とても良かったです。
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