作品情報
終戦の前後に続いた日ソ戦争を、国際戦略と各地の戦闘から見直す。
ソ連の中立条約破棄や満洲での戦闘として断片的に語られがちな1945年の日ソ戦争を、国家戦略、地域ごとの戦闘、戦後への影響という連続した視野で解説する。満洲・朝鮮半島・南樺太・千島列島に及んだ戦いを通して、帝国日本の終焉と東アジアの戦後を見つめ直す一冊。
書籍情報
- 出版社
- 中央公論新社
- 発売日
- 2024-04-22
- ページ数
- 304ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 1.5 x 10.9 x 17.3 cm
- ISBN-13
- 9784121027986
- ISBN-10
- 4121027981
- 価格
- 1078 JPY
- カテゴリ
- 本/ノンフィクション/歴史・地理・旅行記/歴史/日本史
第26回読売・吉野作造賞受賞 第28回司馬遼太郎賞 第10回猪木正道賞正賞受賞 日ソ戦争とは、1945年8月8日から9月上旬まで満洲・朝鮮半島・南樺太・千島列島で行われた第2次世界大戦最後の全面戦争である。 短期間ながら両軍の参加兵力は200万人を超え、玉音放送後にソ連軍が侵攻してくるなど、戦後を見据えた戦争でもあった。 これまでソ連による中立条約破棄、非人道的な戦闘など断片的には知られてきたが、本書は新史料を駆使し、米国によるソ連への参戦要請から、満洲など各所での戦闘の実態、終戦までの全貌を描く。 【目 次】 はじめに 第1章 開戦までの国家戦略―日米ソの角逐 第2章 満洲の蹂躙、関東軍の壊滅 第3章 南樺太と千島列島への侵攻 第4章 日本の復讐を恐れたスターリン おわりに 「自衛」でも、「解放」でもなく 【書評掲載案内】 ・朝日新聞(朝刊)2024年11月23日/山田朗(明治大学教授) ・読売新聞(朝刊)2024年9月1日/小泉悠(安全保障研究者・東京大准教授) ・京都新聞(朝刊)2024年8月12日 ・日本経済新聞(朝刊)2024年8月9日 ・図書新聞2024年7月27日/坂野徹(科学史・フィールドワーク史) ・毎日新聞(朝刊)2024年7月6日/加藤陽子(東大教授・日本近代史) ・産経新聞(朝刊)2024年6月23日 ・毎日新聞(朝刊)2024年6月9日/著者インタビュー ・西日本新聞(朝刊)2024年6月8日/著者インタビュー ・文藝春秋2024年7月号/平山周吉(雑文家) ・週刊エコノミスト2024年6月4日号/井上寿一(学習院大学教授) ・日本経済新聞(朝刊)年6月1日
麻田雅文 1980(昭和55)年東京都生まれ.2003年学習院大学文学部史学科卒業.10年北海道大学大学院文学研究科博士課程単位取得後退学.博士(学術).日本学術振興会特別研究員,ジョージ・ワシントン大学客員研究員などを経て,15年より岩手大学人文社会科学部准教授.専攻は近現代日中露関係史.著書に『中東鉄道経営史――ロシアと「満洲」1896-1935』(名古屋大学出版会,2012年/第8回樫山純三賞受賞)、『満 蒙――日露中の「最前線」』(講談社選書メチエ,2014年)、『シベリア出兵――近代日本の忘れられた七年戦争』(中公新書、2016年).『日露近代史――戦争と平和の百年』(講談社現代新書、2018年).『蔣介石の書簡外交――日中戦争、もう一つの戦場』上下(人文書院,2021年).編著に『ソ連と東アジアの国際政治 1919-1941 (みすず書房、2017年)
レビュー
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日ソ戦争はあまり書かれていないので新鮮な印象を持ちます❗
第一次資料を駆使した実証的な論文ですが、記述内容は直接的引用を極力避け、分かりやすく、明快かつ簡潔に書かれているので非常に読みやすいと思いました。
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日ソ戦争の実態
日ソ戦争の実態を知ることができる。
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ロシアの正体を知って、備える全ての愛国日本人へ
日ソ戦については、重要視されてこなかったか、ソ連が崩壊するまで資料が開示されなかった為に、多くが語られてこなかったようだ。 しかし、日本人が、今読むべき戦争の歴史があるとしたら、この新書一冊をお勧めしたい。 読了すれば、現代のウクライナ戦争に至るまでの朝鮮戦争までも、点でしか見えていなかったものが繋がっていたことに気付くだろう。 そう、ウクライナ戦争は決して他人事、遠いヨーロッパの戦争と気楽に考えているような事態ではないのだ。 少し前に韓国の大統領が大統領になる以前、反日言動剥き出しの頃に語った言葉が記憶に新しい。 彼は「分断されるべきは日本だった。日本が分断されれば良かったのだ」と支援者に向けて怒りの演説をしていた。 このニュースを聞いた時、一般的な日本人なら「いったい何を言い出すんだ?日本が分断されるわけがないだろう!」と逆に怒りを覚えたことだろう。 しかし、日ソ戦で日本最北端にいた将兵以下、死を覚悟した抵抗がなければ、 北海道は悪くすれば南北に分断され、樺太と千島列島を含む北をソ連、南をGHQが統治した可能性があった。 そしてソ連に占領された側の日本の領地は決して返還されることはなかっただろう。 独ソ戦で数千万の死者を出したとはいえ、それらのいわばソ連(ロシア)の根底の歪められた国家としての人格の問題の経緯を知る上で、今、日本人に必ず読んでほしい内容、日ソ戦についての2024年版最新の研究結果が網羅されている。
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日本今も続く、戦争の跡。
降伏後も、行われた戦争が、描かれていて色々な意味で勉強になります。
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わずか1ヵ月間の日ソ戦~その全貌と意味がよく分かる優れた研究成果。
2024年4月刊。巷でなにかと評判の本著を私も読んでみた。著者は1980年生まれ、学習院大学文学部~北海道大学大学院博士課程などを経て、現在は成城大学法学部教授。専攻は近現代の日中露関係史。本著は新たに出てきた史料などを詳細に検証したうえで、1945年8月8日から約1ヵ月間展開された「日ソ戦争」の概要を見事に描いた優れた研究成果だ。特に時系列を緻密に整理して当時の流れを正確に記した本著を、あの歴史研究者:加藤陽子氏も絶賛したというのもよく分かる。私も初めて知ることも多く非常にいい学びになった。 まずそもそもの発端として、ソ連の「対日参戦」は1941年12月8日の日米開戦以前から、米国ローズヴェルト大統領よりソ連・スターリンに要請されていたこと~そこに英国も加わり米英による再三の「対日参戦」要請にもスターリンは「まずは対独戦への兵力集中と勝利が大事で、極東戦線には戦力は割けない」とかわし続ける。 そして、日本のアジア太平洋戦線での戦局悪化から連合国側との「停戦交渉」の仲介役としてあくまでソ連に頼る帝国日本軍部や大本営。1941年4月に締結された「日ソ中立条約」に依拠し、何とかソ連の仲介によって「無条件降伏」だけは避けたいという思惑と甘い見込み。ちなみに昭和天皇も戦争終末期に「無条件降伏だけは避けたい」との言葉を残している。そして1945年7月26日ポツダム宣言の「黙殺」と、それに続く8月6日の米軍による広島原爆投下~8月8日のソ連対日宣戦布告(ソ連はクレムリンに駐ソ日本大使を呼び出しモロトフ外務人民委員(外相)から正式に宣戦布告している)~さらに9日の長崎原爆投下・・・5月に対独戦を勝利した後、大量の兵力を極東戦線に振り向けたソ連軍の圧倒的侵攻に、太平洋戦線への戦力移動で兵力全体が脆弱になっている関東軍が太刀打ちできるはずもない。その後の「満州国」瓦解、華北へのソ連軍侵攻(これら地域でのソ連軍による関東軍の武器等接収がその後、中国共産党への武器供与に繋がる)、朝鮮半島北部38度線までの侵攻(これは米ソ合意の下)~さらには南樺太(サハリン)・千島列島(クリル列島)への侵攻と占領。私にはサハリン・千島列島周辺海域を通じての米国からソ連への軍需物資供与や、「この地域のソ連軍基地を使用した日本本土への爆撃」をスターリンに要望し続けていた米国の姿を初めて知った。また、スターリンは敗戦後日本が米軍主体で占領統治されるのに抗し、北海道北半部の占領も企図していたという(最終的に実行されなかったが)。しかし、ソ連の「対日参戦」は連合国の一員として米英などの要請と承認の下で行われたことであり、日本で広くイメージされているような「敗戦直前の卑怯なだまし討ち」ではない。 一方、侵攻してきたソ連軍兵士による在満日本人などへの苛烈な性暴力や略奪など非戦闘員(民間人)への残虐行為。著者によると、当時のソ連兵には文字も読めないまともな教育を受けていない者も多くいたらしいが、ある意味「中世的価値観」による「占領地での強姦や略奪は当然」という兵士たちの行為を、ソ連軍上層部も「黙認」状態だったという。その後の「シベリア抑留」など、日ソ間(現在は日露間)にはまだまだ解決されていない歴史的課題も多い。 あとがきで著者が書いているように、日ソ戦争の戦場となった原野(古戦場)でいつか全ての参戦国が参加する犠牲者追悼・慰霊行事が行われるようになればいいと思う。そのためには、歴史の事実を真っすぐ見据える努力を個々人が続けることだ。こういう優れた歴史研究成果が新書という形で手軽に読めるのだから。 *ちなみに本著は第26回(2025年度)読売・吉野作造賞、第28回司馬遼太郎賞などを受賞している。
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ソ連の侵略は英米の取引によるもの
これはすごい。 これまで教えられていたソ連の侵略が、そうではなくて、英米との約束によるものと知らされたことだけでも、世界観が変わる。
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スターリンを甘く見たアメリカ
昭和20年8月8日にソ連が日本に宣戦布告して、その後半月足らずの戦争だったが、全貌を知る機会がなく、それでいて未だに北方領土問題は置き去りにされたままで、日本とロシアの間で正式に平和条約は結ばれないままだ。最近プーチンがエトロフ島を訪問して、再び北方領土がクローズアップされた。 この戦争は日本側から見れば、やむを得ず戦った「自衛戦争」であり、ソ連側からは「軍国主義」日本からの「解放」となる。しかしソ連を対日戦に引き込んだのはアメリカで、できるだけ早く日本を降伏させたかったからだが、結果的にソ連が参戦したことでアメリカと中国国民党は満州や千島列島などを取りこぼし、この地域の大部分が共産主義陣営に組み込まれた。日本軍上層部はソ連が参戦の準備をしていることに気づきながら、見て見ぬふりをして参戦後混乱した。最後まで情報より自分らの思い込みを優先した。 なお、昭和20年5月9日、梅津参謀総長が対ソ戦準備のため朝鮮の第17方面軍を関東軍の隷下に編入したいと上奏したところ昭和天皇に拒まれている。満州国という「外国」に駐屯する関東軍が、植民地とはいえ日本の領土内にある朝鮮半島の軍隊を指揮下に置くというのは前例がなく、朝鮮軍は天皇直属とされてきたから、その原則を曲げるのも問題視され、これは昭和天皇が「最後まで統帥大権の侵害は断固として許さなかった」からだと書かれている。朝鮮軍が天皇直属なのは最初からわかっていたし、拒まれることも十分想定していただろうに、梅津が翻意させようと粘ったとは書かれておらず、天皇の前に出ると反論させない威厳は最後まであったのだろう。
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日本と戦ったのは「中華人民共和国」でなく「中華民国」
第2章「満洲の蹂躙、関東軍の壊滅」「中ソ友好同盟条約」のなかで、「当時、ソ連をはじめ各国が認める中国の正式な政府は、蒋介石との交渉妥結を課していた。」「スターリンは、1945年8月14日に、国民政府と中ソ友好同盟条約を結んでいる。」を読んで、日中戦争で日本が戦った国は、現在の中国共産党の「中華人民共和国」ではなく、国民政府の「中華民国」であったということを考えました。 「中華人民共和国」は、1945年の大東亜戦争終了後、内戦で「中華民国」を台湾に追放、勝利し、1949年に建国されたもので、日中戦争時には国として存在がなく、歴史上、日本とは戦っておらず、日中戦争の「中」は「中華人民共和国」の「中」ではなく、「中華民国」の「中」だということを考えました。 現在、「中華人民共和国」は、日中戦争における日本の戦争責任を主張し、日本の政府、オールドメディア・マスコミ、一部有識者もこれに同調、追従していますが、歴史上、日本の戦争責任を主張することができるのは、「中華人民共和国」ではなく、台湾の「中華民国」ではないかということを考えました。(日本は、1972年、台湾の「中華民国」と国交断絶し、「中華人民共和国」と国交正常化をしています。)
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