日本の文学賞

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無敵のハンディキャップ: 障害者がプロレスラーになった日

講談社ノンフィクション賞

無敵のハンディキャップ: 障害者がプロレスラーになった日

北島行徳

『無敵のハンディキャップ:障害者が「プロレスラー」になった日』は、北島行徳のノンフィクション賞で評価された作品です。題名が示すモチーフを軸に、人物の行動や時代の空気を通して主題を立ち上げる作品として読めます。

受賞作人物描写時代性

作品情報

『無敵のハンディキャップ:障害者が「プロレスラー」になった日』は、受賞時の評価対象となった主題を読者に印象づける作品です。

『無敵のハンディキャップ:障害者が「プロレスラー」になった日』は、北島行徳のノンフィクション賞で評価された作品です。題名が示すモチーフを軸に、人物の行動や時代の空気を通して主題を立ち上げる作品として読めます。 国立国会図書館の検索で単行本または収録書籍を確認したため、書籍として確認できる範囲をもとに入手状況を整理しました。

書籍情報

出版社
文藝春秋
発売日
1997-12-01
ページ数
317ページ
言語
日本語
サイズ
19.2 x 13.4 x 2.6 cm
ISBN-13
9784163536309
ISBN-10
4163536302
価格
2699 JPY
カテゴリ
本/社会・政治/社会学/社会学概論

女をめぐる殴り合いの喧嘩から障害者プロレスは誕生した。女装癖、大酒飲み……個性豊かな障害者とボランティアの愛と笑いの物語

レビュー

  • 人間同士の斬り合い

    障害者とプロレスとは意外性の組み合わせだ。 身体的に障害を持ったレスラーが観衆の前でプロレスを行う。 一歩間違えれば一昔前の見せ物小屋だ(当然、そのような批判を受けた時代もあったようだが)。 そんな不快感や議論を引き起こすのが著者の意図である。 ボランティアや福祉の世界は絶対的な善意の上に築き上げられなければならないといった観念が日本を支配している。 だが、障害者も人間である。女性や酒に目がない人間もいれば、金に汚い人間もいる。嫉妬や欲に駆られることもある。それこそ人間の性である。しかし、そんな人間としての一面は出てはいけない、出してはいけない善意の世界である。悲しいかな、現在でもそのような側面は生き残っている。 著者はあまりにも人間くさい障害者とつきあっていくうちに、従来のボランティアや福祉のもつ善意の人の枠組みに我慢できなかった。それは自分の善意を注ぐ相手を探すためのボランティアでなく、相手を生のままの人間として受け止めるボランティアである。 そんな枠組みを打ち破るための道具立てが障害者プロレスであった。 痛快である。固定観念を破壊し、存在の根底を揺さぶるかのような障害者プロレス。 健常者と障害者は平等である、しかし、健常者が障害者に歩み寄る姿勢も必要である。そして健常者であろうと障害者であろうと本気で生身でぶつかって初めてわかりあえる。 当然といえば当然の帰結であるが、著者とその周囲の人々は体で実践した。そんな生真面目さ不器用さには一つの爽快感を感じる。

  • 新聞の書評で購入

    はじめのうちは読みにくい印象がありましたが、だんだん引き込まれていきました。障害者に対する見方が変わり、結構だらしない姿をさらけ出すところもほかにはないものです。

  • 人間として真剣にぶつかる姿

    障害者プロレス団体「ドッグレッグス」を立ち上げたボランティアの回顧録。 既存のボランティアの枠組みに限界を感じて試行錯誤の末たどり着いた障害者プロレス。健常者と障害者がリングで闘い障害者が痛めつけられるのは見ていて後味が悪いものですが、実は現実社会の姿そのもの。目に見えない歴然とした差を突きつけて観る者の常識を揺さぶります。 障害者だからといって手加減せず、一人の人間、同志としてぶつかる。仲間を真剣に思いやり、先を見つめてもがこうとする筆者の真摯な姿勢に胸打たれます。 所々で挿入される出会いや家族のエピソードも読ませます。

  • 全然無敵じゃない無敵

    障害者プロレス「ドッグレッグス」のレスラーたちの話です。 ミゼットプロレスは知ってたけど障害者プロレスというのがあるとは知らず91年からやってるというからもう20年近くあるのに聞いたことがなかった。 作者は障害者のボランティア活動に疑問や問題を感じ自分なりの答えの一つとして障害者プロレスを始めた。 本を読む限りあまり「見世物小屋」感を感じないのは作者が障害者レスラーたちと肉親に近いかかわりを持っているからかなと思いました。 その作者の北島 行徳も自らリングに上がり健常者対障害者の試合を行っている。 読んでるとこの人のセンスの良さを随所に感じる。 例えば選手の入場紹介とか 「福祉の皮をかぶった悪魔、今世紀最大の偽善者!ビッグバンボランティア選手の入場です!」 「ボランティア界のヒットラー。そのラジカルなイデオロギーは愛を語るボランティアを死のガス室へと送り込む。俺が福祉だと言い切る男!アンチテーゼ北島!!」 調べたら今もプロレスの活動しながら小説やゲームのシナリオを手がけたりしているやっぱり賢い人だった。 本は障害者レスラーたちの生い立ちや生活を綴っていてそれぞれかなりヘビーなんだけど重くなりすぎないような微妙なさじ加減がきいています。 とにかく自分が障害者のことについて何も知らないなと考えさせらる。この障害者プロレスもやる側も見る側も障害について「お前はどう考えてどういうスタンスで接するのか」と問われるかなり深いものがこめられているけどそれをプロレスという一見誰でも楽しめるもので表現してるところがすごいというかうまいというか一言でいえない・・・ 一番印象に残った言葉はリングで障害者のサンボ慎太郎をボコボコにして倒した作者のアンチテーゼ北島が言い放った一言「なんだそのざまは!いいか、お前の本当の敵はナ、オレの百倍強いぞ!覚えておけ!!」 うーん・・色んな意味ですごい本だった。読んでよかった。

  • 障害者と健常者は、「同じ」か?

    私たちは、障害のある人もない人も「同じ」だと言います。同じでない、という人を非常識だとも思います。しかし、著者は、それは「同じと言うことで、障害者について考えることをやめている」ことだと言います。ですから、著者は、健常者のそういった「常識」にゆさぶりをかけます。障害者同士が、障害者と健常者がぶつかりあう「障害者プロレス」を企画し運営する著者は、その過程で「障害者と健常者は違う。それを表現するために闘い抜き、最後に得た物は、障害者も健常者もないという一瞬だった。」と述べます。 「障害」とは何だろうか、と考えさせられました。

  • 身体をぶつけあう日々

    著者は障害者のボランティア活動をしているが、活動を続けるうちにこれまでのボランティア活動に疑問を持ち、自分たちで新たな活動を始めた。試行錯誤のうち辿り着いたのが、プロレスだった。障害者同士の試合や、障害者と健常者の試合は息をのむ。身体と身体のぶつかり合いは、ボランティアをする・されるという関係を超えて、障害者と健常者をつなぐものとなった。 あっという間にこの本を読み終えた。そして、著者達がつくったプロレス団体「ドッグレッグス」の試合を見に行きたくなった。

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