日本の文学賞

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ファーストラヴ

直木三十五賞

ファーストラヴ

島本理生

父を殺した女子大生の裁判を軸に、事件の背景にある家族の傷と心理の層をたどる長編。ミステリーの緊張感と、当事者の語れなかった痛みを掘り下げる筆致が重なる。

家族の秘密裁判心理ミステリー愛と支配

作品情報

ファーストラヴは、家族の秘密を軸に読者を作品世界へ導く。

父を殺した女子大生の裁判を軸に、事件の背景にある家族の傷と心理の層をたどる長編。ミステリーの緊張感と、当事者の語れなかった痛みを掘り下げる筆致が重なる。 書誌確認では、単行本・文庫として確認できる場合のみ紙書籍の識別子を採用し、雑誌号や掲載媒体の番号は使用していない。

レビュー要約

  • 題材の切り取り方と構成を評価する声があり、背景知識を持つ読者ほど細部の厚みを楽しめる。一方で、密度の高さを重く感じる読者もいる。

書籍情報

出版社
文藝春秋
発売日
2018-05-31
ページ数
299ページ
言語
日本語
サイズ
13.6 x 2.1 x 19.4 cm
ISBN-13
9784163908410
ISBN-10
4163908412
価格
1760 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

◆第159回直木賞受賞作◆ 夏の日の夕方、多摩川沿いを血まみれで歩いていた女子大生・聖山環菜が逮捕された。 彼女は父親の勤務先である美術学校に立ち寄り、あらかじめ購入していた包丁で父親を刺殺した。 環菜は就職活動の最中で、その面接の帰りに凶行に及んだのだった。 環菜の美貌も相まって、この事件はマスコミで大きく取り上げられた。 なぜ彼女は父親を殺さなければならなかったのか? 臨床心理士の真壁由紀は、この事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼され、環菜やその周辺の人々と面会を重ねることになる。 そこから浮かび上がってくる、環菜の過去とは? 「家族」という名の迷宮を描く長編小説。 「この世界で、人はレールからはずれることができず苦しみ続ける。 涙を流さずに泣くことの意味を、僕はこれからも考えていくと思う。」俳優・坂口健太郎

レビュー

  • 恋とは難しいものですね

    読み終えてからずっと宇多田ヒカルのファーストラブが頭の中でリフレインしてます。名作です。

  • 重く辛いテーマではありますが

    「性的虐待」って、難しいテーマだと思います。どこからどこまでって、判断が難しいです。 人によってその感じ方捉え方が違うところも難しいところだと思います。 私の場合は、主人公の言葉 「幼い女の子には性的な視線を受けているという自覚はない。ただなんともいえず不快で気持ちが悪くて、身の危険を感じて安心できない。つねに緊張を覚えてしまう… 」 というところにすごく共感しました。 でも、これを聞いて 「はっ?なにそれ自意識過剰?」って、なる人もいると思うんですよね。 たぶん、そこが難しいところで。 私は小さい頃から、大人の男の人の視線かがものすごく恐怖でした。 大人の男の人から「可愛いね」などと言われたら、本当に恐ろしくて仕方がなかったです。 なぜそうだったのか原因はわからないし、大人になってからも男性の視線にどうしようもなく恐怖を感じることがあったので、先天的なものだと思っています。 今は、自分から人と距離を取るようにしているので、特に不自由なく暮らしています。 それは今だからできるけど、幼かったらとてもできることではなくて、そんな自分の感情なんてわかるはずもなく怯えるだけ。 怯えて収まるなら良いのですが、恐怖が続く場合は、その恐怖から逃れるために、別の恐怖を受け入れる? なんとも複雑です!! 殺人容疑をかけられた少女もそのお母さんも、父親の支配から逃れるすべが見つからないため、感情を捨て、体を傷つけ別の恐怖を受け入れる。 自分の感情を殺して生きてきた少女の心理状態はとても複雑に描かれていて、そこにリアリティを感じます。 こうなると恋愛感情は、恋愛なのか依存なのか我慢なのか。 家族への感情は、愛情なのか支配なのか恐怖なのか服従なのか…。 全部ごちゃまぜでいったり来たりする。 このごちゃまぜ状態が真実に近い状態で、自分でもワケわからない状態なのだろうなと。 虐待までには至らなくても、本当はイヤだけど、相手が怖いから我慢して受け入れるみたいなことはけっこうあるのではないかと思ったり? 重く辛いテーマではありますが、多くの方に読んで考えてみてもらいたいと思う作品です。

  • 「今」に傷口が開くとき

    文庫2020年2月。2018年単行本。 過去が今に流れ着いて内包されていると同時、今は過去を内包して解釈を書き換えていく。 幼い頃の体験を常識としてとらえ、何か違和感を感じても、自分の方がおかしいと周りから囲まれると、自己を責める人格が形成される。過去を歪めてでも、自分の周りにある常識の世界を守ろうとする。 善意のような悪意も、悪意の自覚なき悪意にさらされ、幼い少女は、嘘つきやかんしゃく持ちかのように思われる。子供が泣いたり、怒ったりしても、それを子供の問題と突きはなす。本来、近代以降、子供は当然守られる存在として、庇護されるべきだが、そのようにはならない。家族という閉じられた空間で、リストカットや家出をしても、家庭内はそれを迷惑というふうに、大人は自己を優先して考える。 少女は、自分が悪いと思い、自罰的に行動する。 臨床心理士の女性は、自己の過去の体験とも向き合いながら、少女に何があって、父親を刺したのかの理由を探る。 【感想】 毒親や若い女性への性搾取というテーマは、今ではありふれた作品の一つのようになっている。東横界隈のように、親に依存できない子供が、家出をしても、その先でも悪意に出会う。人が人生のどこかで至る、人は独りで守ってくれる存在はいない、という体験があまりにも早すぎると、精神的に押しつぶされる。特に、思春期を抜ける前では。一人で生きていくという決意も行動も、実際にほぼ不可能な年齢では、かなりまいるだろう。 子供が大人になりきれずに、子供を持ってしまうと、子供を守らないといけないという責務よりも、自分自身の不能感、劣等感、苛立ち、ストレスを、庇護すべき弱い対象に向けてしまう。 主人公の少女も、最後、就活が上手くいけば、あと少しで、自分と親を区別して、過去を整頓して、生きれるようになっていたかもしれない。 まぁ、そういう評論で読めばいいことよりも、この小説がよい点は、そういう毒親や性搾取が、かなり微妙なラインで存在していることだ。つまり、そんなことで、それぐらいいいじゃないか、とハラスメントラインの際どさ。読んでいても、これは虐待なのだろうか、と考えてしまう。けれど、10代の少女にすることではないと思いながらも、相手の反応が好意的に見えてしまうと、踏み込みかねない危うさはある。子供は自分を守るために、笑っている。嫌がっているようには見なかったとしても、それを言い訳にしてはいけない。自主的な意思であったかは、チャイルドグルーミングや半強迫のような誘導をせずに、相手に過干渉をせずに、見守るように、自然と相手が話せるまで待つように――――。 性的虐待なのか、というグレーゾーン。現在の自分なら耐えられそうなストレスだと考えても、子供の目線、立場にたてば、ありえない深刻なストレスになるかもしれない。他者の悪意に慣れたり、それを防衛する手段を得、信頼できる人間を選ぶことを社会性として獲得する前なのだから。 子供を大人と同じ扱いをしてしまいそうになる傾向がある。まだ子供なんだ、と思うよりも、先に、それぐらいのことあるだろう、と一度思ってしまって、反省的に、思春期の小さい子供だったと。子供目線を忘れないようにしないといけないと、感じる。 過去の経験一滴一滴に人は傷ついていく。傷ついたあとに、さらに傷をつけられることに人は弱い。 傷が塞がる前に、次の傷が来る。

  • 人の気持ちを表現するのは難しいよね。

    映画は見ていませんが、よく流れる予告を見る限り、こちらは随分あっさりしたものだな、という印象。あらすじよりも人の気持ちの機微に焦点を当てている内容だから余計に地味に感じられたのかもしれません。 わかりやすいモンスターみたいな犯人でもなかったし、主人公のトラウマもそれくらいで?というもので…多分、実際のところはそういう細やかなことで人って病むのだと思いますし、逸脱し過ぎていない至極常識的な理由は、非常にリアルと言えばリアルなのでしょうが、こちらはフィクションなので、出来れば分かりやすい大味な理由の方が、鈍感な私のような読者でも主人公に感情移入できたのになぁとは思いました。

  • 一気に読みました

    作品の世界に引き込まれ、一気に読み終わりました。

  • 傷ついた心の内面が追及され面白かった

    島本理生さんの作品は初めて読みましたが、読みごたえがあり、大変面白かったです。 若い娘の傷ついた心の内面まで、踏み込んで描写されたサスペンスで、最後まで一気に読みました。

  • 30代になった今、環菜にも由紀にも共感できる

    久しぶりに引き込まれて一気に読んでしまいました。とはいえ★の低いレビューがあるのもなんとなくわかります。こんなに引き込まれたのは、自分が登場人物に共感できる部分があったからというのが大きいからで、細かい部分のリアルとの整合性などは全く気にしていませんでした。 異性に嫌なことをされても笑っている、喜んでいるように見せる環菜。ずっと自分が悪いとしおらしくし、反面ある日突然爆発して怒りだしたりする。八方美人で嘘つき。昔の自分を見ているようでゾクッとしました。 原因は幼少期から自己肯定感を持てず、嫌いな人にも媚びなければいけないくらいに自分に自信が持てなかったからなんだろうなと、この本を読んで改めて思いました。 こんな苦しみを持った女性はきっと他にもたくさんいるんだろうなと思ったし、私のほかにもきっとこの本を読んで救われた気持ちになる女性がいるだろうなと思います。 嫌なことは嫌と言っていい。 性の苦しみの渦中にいる環菜、そこから抜け出した少し未来を生きている由紀、その対比が素敵でした。

  • 反復?

    作中に 「自分の社会的な立場だったり、家庭のことを考えての判断でしょう」 家庭、と今度こそ環菜は呆然としたように反復した。 という一節が出てくるのですが、ここの「反復」という言葉の使い方に違和感があります。「反復」というのは同じことを何度も繰り返すこと、という意味で、この場面のように一つの言葉を一回だけ鸚鵡返しに言う場合には用いるのは少し変じゃないでしょうか? それとも私の感覚がおかしいのでしょうか。日本語に詳しい方に教えていただきたいです。

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