日本の文学賞

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戦場のレビヤタン

文學界新人賞

戦場のレビヤタン

砂川文次

書籍情報

出版社
文藝春秋
発売日
2019-01-31
ページ数
161ページ
言語
日本語
サイズ
13.8 x 1.7 x 19.4 cm
ISBN-13
9784163909851
ISBN-10
4163909850
価格
2121 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

風が吹いている。おれは、その風を肌でしっかりと感じながら、 レンジローバーの後部座席で揺られている。 英国系の石油プラントを守るため、イラクの紛争地帯に進んで身を投じた武装警備員のKは、キルクークからアルビルへ伸びる国道を北上していた。 荒涼とした紛争地。戦火はおさまったかに見える地で、わき上がる問いに答えは出ない。 なぜこの地にやってきたのか、戦争とは何か、何が戦争を作り出すのか。敵は誰なのか。 大義なき戦争、警察国家が撤退した後の世界の風景を淡々と乾いた筆致で描き出す21世紀の戦争文学。著者デビュー作「市街戦」を併録。

レビュー

  • 『戦場のレビヤタン』と『市街戦』の併録。

    第160回芥川賞候補作の表題作と、デビュー作『市街戦』を併録した、1990年生まれの元自衛官作家による作品です。 デビュー作の方は、自衛隊の幹部候補生学校(訓練生)の最後の訓練を描いた中編。 個人的にタイトルから自衛隊がテロリストか何かと市街戦をするものかと思っていましたが、じっさいは、受動的で画一的な人生に倦怠を覚えて勢いのまま自衛隊に入った主人公Kが、 訓練の行軍の中で過去の葛藤を幻として見、ラストは敵地制圧訓練の中でそれらを打ち砕きながら、今ここに居ることに答えを出すという青春小説的なもの。 文章は荒削りですが、ポストモダンというか、漠然と生きながら同時に常に他者に承認を求めるしかない現代社会の圧迫感(ディストピア感)をうまく捉えていると思います。 あと分かりにくい喩えかも知れませんが、個人的には某小説の主人公・比企谷八幡がもし自衛隊に入ったらこんな感じかな、と何となく思いました。 芥川賞候補作の『戦場のレビヤタン』の方は、自衛隊ではなく、民間軍事会社に勤めるKという名の元自衛官が主人公の中編です。 設定からはデビュー作の続編とも取れますが、作品としては4作目らしく、著者の文章力が格段に上がっていて読みやすいです。 自衛隊を辞めて英国に本社のある民間軍事会社に何となく入社し、イラクに派遣された主人公の視点(一人称と三人称の混成)で、民間軍事会社の日常をかなりリアルに描いているのが読みどころだと思います。 どことなく、三島賞作家・宮内悠介さんの連作短編集『ヨハネスブルグの天使たち』収録の短編〈ジャララバードの兵士たち〉や、本作はSFではないですが、SF作家・伊藤計劃さんの『虐殺器官』にも似た、乾いた空気感のミリタリー小説といった感じでした。 もっとも、前半の空気を支配している乾いたハードボイルド調の語り口が後半になるとやや観念的になってしまうので、どうせなら終わりまでクールに突っ走って欲しかったかも。 ちなみに、こちらもテーマは社会学的というか、ガチガチの社会システムから逃げ出して『死』(存在の自由)を取り戻したい主人公の葛藤が描かれています。 芥川賞の選考委員のコメントでは、そこが従来の戦場カメラマンや傭兵小説と変わらないと言われていましたが、 システムからの逃走の果てに無目的なまま『軍隊』に入ってしまうところは、むしろ、イスラム国の戦闘兵を暗喩しているように受け取ることはできなかったのでしょうか? 自分は、この作品を読みながらISに入った日本人が少なからずいるという事実を思い出しました。 それはそうと、特に細かい部分に拘らずに読めば、元自衛官というだけあってリアルな描写の行き届いたミリタリー小説として楽しめると思いますよ。 あと、個人的には今後どんな長編小説を書かれるのかとても気になりました。

  • 面白かった

    市街戦しか読んでないです。 どうせこれも、めちゃくちゃ退屈で意味不明なやつでしょ、って期待せずに読んだのですが、 (ホント、純文学って何が言いたいのかさっぱりわからん、時間返せっていうのばっか) 意外にも面白かったです。 三人称ですが、一人称目線で話が進みます。 汗に濡れた戦闘服を着る苦しみもまた戦争、こういうとらえ方がリアルでなるほど、と思いました。 とにかく自衛隊のリアリティがスゴイ。さすが元自衛官。 長々と描かれた行軍の閉塞感から、ラストの解放感、躍動感もすごい。

  • 文章が下手。自分で整理できない観念を妄想してそれに何かを語らせようとしている。要するに、自分が何を語っているか分からず書いていて、その文章もひどい。

    どうもなぁ、悪口しか出てこない。どうしてこれが芥川賞候補になったのか不思議。 図書館は便利だ。一冊2千円も3千円もする本がタダで読める。ただ問題もある。私みたいな老眼人間にとっては、印刷された本の文字は読みにくい。小さすぎるのだ。老眼用の眼鏡をかけてもやっと読めるようになる程度。特に数百ページを超える厚い本の場合は中央の見開きのところが紙も文字も歪んでしまい非常に読みにくい。文庫本は問題外だ。昔買って今も捨てられないで置いてある文庫本は、全く読めなくなってしまっている。 だから、図書館に行って本を選ぶ基準は、文字が比較的判読しやすそうに見えるか否かにある。先日、たまたま図書館に行ったとき、この本が目立つ置き方で展示してあった。手に取って見ると、紙が比較的白いように見え、文字との明暗のコントラストがあるように思えたので、借りることにした。芥川賞候補になった作品であることは知っていた。 ただ、結果としては、詰まらなかった。 この作品は、民間軍事会社の社員となって、イラクで命を危険にさらす業務に就く元自衛官を描いている。面白い題材ではあると思う。 彼はなぜこんな業務につく気になったのだろうか。 P43に以下のような記述がある。 「彼だけではなく、いわゆる先進国であるとか西側諸国とよばれている国で産み落とされた人間は、その誕生日から今日まで、欲しくもないものを買わされるためだけに生かされ、そうでなければ実体の伴わない、広告によって言葉巧みに作り出された恐怖に怯えながら生きてきた。少なくともおれはそうだったし、不慮の事故とか病気と漏水程度しか自身に直接脅威をもたらさない”恵まれた”環境が整備され、乳幼児死亡率も低く、高度先進医療が受けられるような国家に所属する人間がわざわざ中東まで出向いて銃を持つ理由は、そもそも人として壊れているか、購買意欲から逃れるためか、あるいはその両方かでしかない。」 P50で、大学時代の友人と飲み屋に入って話した時の心境が語られている。 「Kをよそに、二人はこれから何を買うか、例えばそれは金融商品であったりカバンであったり服であったりだったが、そのどれも自分を突き動かし得るものにはならなかった。ぼんやりと彼らのやり取りを聞きながら、いつしかKは世界のどこかで繰り広げられる紛争地帯を夢見るようになった。自分の生死以外に興味がなくなってしまった。後生大事に、彼らのように大まかに死期とそれに至る経路を選定して歩くことが出来ないおれは、自分でいつでもそれが降りかかってくるような環境に身を賭す以外選択が無いように思えた。」 つまり、先進国での安定した日常生活に主人公Kは満足できない。それは単に消費者として生かされているだけであり、生きる喜びを一切感じられない。そのような時間の過ごし方に倦んでいる。人によっては、生死をかけ険しい山に登ったり、競技スポーツに熱中したり、政治運動や宗教活動、ボランティア等に熱中することでそのような退屈から逃れたりする。しかし、Kにはそのような対象が見つからない。だから、外国、それも先進国の安全性が全く期待できない紛争地帯へ脱出する道を選んだのだ。戦地取材を行うジャーナリストや戦場カメラマンは、使命感を持って、已むに已まれぬ気持ちから戦地に赴いているのだろうが、これと通じるものもあるのかもしれない。 ただ、現代社会の暮らしのありように退屈さを感じる感性は鋭敏だと言えるかもしれないが、特段新鮮な設定であるわけではない。ありふれていると言っても良い。ハードボイルド小説の主人公なんて、大体そんなものでしょう。 そして、戦地に赴いても、退屈であることは変わらなかった。 P19に以下のようにある。 「初めてこの世界に飛び込んで来た時の思いが、わけもなく喚起された。世界を見る。日本から出る。等身大の自分を見つける。そのいずれもが、今思いついた嘘のようにも思えた。本当は、ただ退屈な毎日から抜け出すためだったのかもしれない。結局ここにきても退屈だったのが分かり、つまるところ影のようにおれについて回るこのアンニュイな感情ないしは厭世観は、俺自身だったのだ、ということに気が付くにはあまりにも遅すぎた。」 この作品の大きな欠点は文章にあると感じた。 素人がこんなこと言うのは余りにも不遜だとは思うけど、あえて言わせてもらえば、この作家は文章が下手。透明性が無いんだよね。でも、それが独特の味を生むようなものであるならそれはそれでも良いけど・・・と、我慢しながら最後まで読んだ。結局、味なんてまるで無かった。 例えばP45からP46にかけて、次のような文章がある。 「携帯のアラームを任務の四十分前にセットした。ベッドに腰を掛け、小銃を手元に手繰り寄せてセイフティを改めて確認する。銃を立てかけ、靴を脱ぐ。頭で考えるよりも先に、体が覚えている行動だった。」 「改めて」って入れる必要があるのかな? この言葉があると、読んだときのイメージづくりの邪魔になる。ほんの一瞬だけどスッとイメージが立ち上がることを邪魔される。最後の「行動だった」も同様。「体が覚えている」だけで良いでしょう。あるいは「体が動く」。「行動だった」という言葉が入っても頭に浮かぶイメージは何も変わらない。後ろの文との間の無駄な夾雑物になっているだけ。全体的にこんな文章が多く、読み進めにくい。 あと、何を言っているのか分からない文章が結構ある。それもこの作品のテーマを記述している肝心の文章に於いて。 例えば、P79。 「人を殺めたり、死をひた隠しにしたりする連中というのは、巨大資本でもマネーそのものでもなければ、ましてや神様とかいうものでもない。そんなものは元から存在しないのだ。あるのは、ただそれらがあって欲しいと願う確固の思いだけであり、そしてそれこそが、その集合体こそがレビヤタンなのだ。恐ろしいことに、自らが生み出したと、願ったと思っていたものはそんな意志とは関係なく、自らとは遊離していき、水滴が集まり一塊になるがごとく、累積的に膨れ上がっていく。(読点の打ち方がおかしいけど、原文のままです)」 「そんなものは元から存在しない」? 神様が存在しないということだとしたら唐突な主張だけど、まあ構わない。私もそう思っているから。でも、巨大資本もマネーも元から無いわけ? ハァーッ? 何か、超現実的なことを語ろうとしている? 「あるのは、ただそれらがあって欲しいと願う確固の思いだけであり」? 巨大資本やマネーは、願わなくても存在しているよね。そうでなければ経済は回らない。 「確固の思い」って、誰の思い? 主語が無いよ。 「自らが生み出した」 「自ら」って誰?分からないよ。 「その集合体こそがレビヤタンなのだ」? 何の集合体?どうやって集合するの?できるの? もし、それが「国家」とか「民族」とか「正義」とかの抽象的観念のことを言っているのだとしたら、そう言えば良いだけのこと。「レビヤタン」とか訳の分からない言い方をすれば思想が深いことになるわけではない。それから、この言葉、旧約聖書に出てくる海の怪物のことだけど、そんなこと知っている日本人がどれほどいるのかな?人の知らない言葉を使って煙に巻いたって偉くはないよ。そして、魔物の例えとして使われる言い方としては普通「リヴァイアサン」だよね。トーマス・ホッブスの主著「Leviathan」は「リヴァイアサン」と表記される。 レビヤタンについては、P24にも記述がある。 「イラクからアフガニスタン、それからシリアへと激戦地は移っていき、警備会社や建設会社、チェーン店がハイエナのごとくそれを追いかける。間違ってはいけないことは、我々が戦争を起こしているわけではなく、ましてや国や人がそんなことを始めようとしているわけでもなく、戦争それ自体が生き物で、その餌が土地や人であるということである。この生き物は巨大で透明で、そして強い。正しく聖書で描かれる「レビヤタン」とはこいつのことではないかと思う。そんな偉大な力は、企業ごときは持ちえない。企業はむしろ、レビヤタンにまとわりつくコバンザメか、そうでなければノミかダニといったほうが適切であるかもしれない。だからおれは、そういう強大な存在を憎むことも愛することも、とても畏れ多くてするべき立場にはいない。大きいとか強いとかいうことは、同時に真実であり、秩序であり、そしてそれが故に感知し得ない。だからこそこれがあろうがなかろうが分からないし、生きてもいけるのだ。世界を見ようと思い、すべてから無関係に退屈に生を浪費するくらいなら、世界のすべてと関係を持ちたいと考えたにもか関わらず、ふたを開けてみれば、とっくに自分は世界の一部で、本当にそこにあるのは自身の無関心であることに気付く。」 分かったようで分からない。「戦争それ自体が生き物でその餌が土地や人」?。まるでヘーゲルの絶対精神みたいだな。「国家」や「民族」や「正義」、「神」といった観念は、個人を超える観念であるが、その観念が人間から独立し存在しているわけではない。そのような抽象的存在を措定できる能力を人間が持ち、それが人間の行動に深く強い影響を与えるということである。そう理解すれば、神秘的なものは何もない。このページの記述は、大状況に置かれた個人の卑小さを実感として表現したものとは言えるが、レビヤタンが実際に存在しているということで押し切ってしまっては、Kって人は理性の乏しい人なんだな、と思わせるだけにしかならない。 ストーリーテリングの中で、「おれ」という一人称と「K」という三人称が区分なく混在しているのも不思議だ。それが何らかのプラスの効果を生み出しているなら構わないが、実際は紛らわしいだけ。 それから、驚くべき長文があるね。もう少し何とかならなかったのかな?高校の「日本語表現」の授業でこんな作文を提出したら、間違いなく突き返されるよね。 P81 「死後の世界を特徴的に約束するあちら側にいるであろうカラシニコフを握ったバッドメンも、こちら側において、金銭に、つまるところこの世においてもっとも永続性が、半ば不死の力に近しいものが文字通り存在すると信じているグッドメンたちも、資本も国家も脅威も、すべては観念的に作られ、暗黙の裡に共有されていると看破し、そうしたことに否定的でありつつも、敢えてこれに目を瞑って、同じく作られたことが自明である陣営に分かれて戦う我々も、自らの審判の日に際して、聖戦か遺産かを差し出すことによって、やはり自らの死をその埒外に避けると信じて疑わないその姿勢は、全く同質なのである。」 凄いわ、これ。何年か前に、堀辰雄の文章が凄い(ネガティブな意味で)って書いたことあるけど、現代の作家でもこんな文章を書く人がいるとは思わなかった。文は長くなればなるほど意味が通じにくくなるというのは、作文技術の常識。この文をサラッと読んで、即座に意味を了解できる人がどれほどいるのかな? まあ、欠点をあげつらうのは易しい。じゃ、お前がこの作品を代わって書いて見ろと言われれば、できるはずもないことは承知している。ただ、こういう作品を読むと、前回挙げた桜木紫乃やその他の作家がいかに偉大であるかを再認識させられる。

  • 今後の成長が期待されます。

    表題作は大仰な表現が浮いており、読み飛ばしながらページを進めて行かざるを得なかった。 この点はKindle版での感覚であり、紙媒体であればまた違った感想を持つのかも知れない。 また戦場における緊張感の描写が若干弱いところが感じられ、恐らくは著者自身が経験のない部分での限界が露呈した感がある。 こちらは星3。 カップリングとも言える「市街戦」については、テクニックとしてではない「夢と現実」の混沌を見事に描き切って見せた意欲作と言える。 表題作とは異なり著者のエネルギーが作品の中に送り込まれている事が感じられた。 読んでいて気になる部分はなかったため、基本的に文が破綻しているところはなく綺麗に纏まっていると考えるが、一方で「市街戦」の最終場面では更にリズムに勢いをつけるために破格も許容されるべきではないか?とも感じた。星5。 2作併せての評価として星4とさせた頂きました。

  • 「小隊」の次に読みました

    ロシアのクリミア侵攻で、「小隊」を書いた著者の砂川文次さんが、 インタービューに取り上げられたので、初めて、こういう方が居るんだと知りました。 それで、市立図書館で「小隊」を借り、読みました。 リアルな展開で、まあまあ、面白かったです。 続いて、この本を借りて読み始めました。 「戦場のレビヤタン」は、いわゆる民間軍事会社の戦闘員の話なので、まあ読んで理解は出来ました。 続く「市街戦」は、市街戦の話かと思えば、幹部候補生の長距離行進と戦闘演習の話なのですが、 学生時代の話と現在の話が、幻影のように混在して行きつ戻りつ不条理劇のようで読みにくかったです。 兎に角、砂川文次さんの小説を読み終えたと云う疲れが、読後に残りました。

  • あたりとはずれ

    100枚超の中編をふたつ収録 戦場のレビヤタン 1に近い2 民間警備会社に所属する男がイラクのプラント警備にあたる話。 とても珍しい分野をよく調べて書いているし物語の展開は迫真に迫るものがある。文章もうまい。 ただKの三人称とおれの一人称がまじりあって展開されていてすごく読みずらくなっている。 なにか意図があったのかもしれないがどちらかに統一すべきだった。また戦争とか、死とか そういう壮大なものを、~とは、~なのだ。と断定するような箇所がいくつもみられて正直つらい。 そういうことを書かないで読者に感じさせるのが小説なのに、あまりにもわかりやすく書いてしまっているので はっきり言ってうんざりする。しかもなお残念なことに、全体の文章はうまいのに、そういうところにかぎって、 人気芸人の決め台詞ではないが、ちょっと何言ってるのかわからないのだ。 そういう意味ではこれが候補になるのはちょっとどうなのかと思う。 市街戦 5に近い4 こっちは新人賞の作品。こっちのがはるかにいい。 幹部自衛官の最後の二日の心情をそこに至る展開もうまく組み込みながら鮮やかに描いていると思う。 近年の文学界新人賞のなかでも屈指の傑作ではないか。また若いのに文章がとてもうまい。 こちらは個人的な想念を三人称で客観的に書いているのだが、つまらない主張もなく、あっても個人的な 部分なので鼻白むこともなく展開していく。自衛隊の最後の訓練という特殊な状況にいる人物の心理描写 という点でも出色の作品だ。正直これが候補にならないのがわからないし、レビヤタンが候補になるのもわからない。 いろいろとつっこみどころもあり、読ませるところもありの楽しい読書になると思う。

  • 【注意】必ず「小隊」から先に読んでください!

    【注意】必ず「小隊」から先に読んでください! でないと表題作の取っ付きにくさにリタイヤしようものなら、傑作「小隊」を敬遠してしまうかもだから。 まるで昔流行った携帯小説のような変な日本語使った語り口。わざとなのかなー? 物語も盛り上がると思いきや盛り上がらない。えっ?それで終わり?と置いてけぼりくらっちゃう。 逆に言うとここからよくぞ「小隊」のような傑作を世に送り出すほど成長してくれましたと、作者を褒め称えたい。 「小隊」読んでファンになった人なら、きっとそんな暖かい目で読み切れると思う! 「市街戦」はおもしろい。初出は表題作より先だけど実はこちらが後に書いてたのかなと思うほど。 過酷な行軍訓練を行う中、過去の自分と向き合い、夢と現実がごっちゃになりながら歩き続ける。 疲労困憊の中、虚構の中で戦う場面は、シン・エヴァの戦闘シーンを思い出した。 「市街戦」は一読の価値あり。

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