日本の文学賞

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優雅で感傷的な日本野球

三島由紀夫賞

優雅で感傷的な日本野球

高橋源一郎

『優雅で感傷的な日本野球』は高橋源一郎による、人物の記憶や関係の揺らぎを通じて、時代や人生の陰影を描く作品です。受賞作として、題名が示す主題を軸に、読後に残る余韻を重んじた一作として位置づけられます。

記憶家族時代喪失

作品情報

『優雅で感傷的な日本野球』は、短い題名の奥に人物、時代、土地の気配を重ねる作品です。

河出書房新社刊行の『優雅で感傷的な日本野球』に収められた作品です。『優雅で感傷的な日本野球』は高橋源一郎による、人物の記憶や関係の揺らぎを通じて、時代や人生の陰影を描く作品です。受賞作として、題名が示す主題を軸に、読後に残る余韻を重んじた一作として位置づけられます。

書籍情報

出版社
河出書房新社
発売日
1988-04-01
ページ数
264ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784309005041
ISBN-10
4309005047
価格
1 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

第1回(1988年) 三島由紀夫賞受賞

レビュー

  • 究極の記号『野球』に迫る

    本書は徹底的に野球を追及し、詩的に野球を語ります。 が、野球チームが団結して勝利をつかむような一般的なスポーツ小説では決してありません。神学者が、究極の記号である神様について学術的に理解しようとする。そのように、多くの登場人物が(野球をせずに)ひたすら野球の本質を理解しようと苦闘します。 熱心を超えたファン、つまり信者が求める真の野球像。 この関係に気づくと、難解な本書が急に面白くなるはずです。 野球を多面的に追及しようとするほど、読者は理解が困難になり、結果として野球の本質から遠ざかります。章ごとに問題が解決されないまま、場面の異なる次の章に移り、『小さな物語』が関連性はありながらも、分裂的につながります。野球を追及し、野球の究極性を証明しようとすればするほど、論理も物語も無限後退を続けることになります。 そこで、ついに架空の神話――野球とはそもそも神様が創ったものなのだという神話まで挿入され、野球の神格化が行われます。本書でもっともエキサイティングな部分といえますが、これもあるオチによって否定されてしまいます。 そして、最終的に証明されるものは、身近な野球という概念ひとつにしても、追求してみると無限の解釈が可能で、ひとつの答えは出せないということです。多角的に開かれた結末を含め、読者に野球に対しての自由な解釈を求めているようです。 ポストモダン文学の特徴をよく表したテクストです。デリダや脱構築批評の用語を覚えてから読むと、さらに積極的に楽しめる、味わい深い文学といえます。

  • 多彩な変化球でいい狙いだ。

    日本の普通に見るスポーツ小説とは一線を画していて興味深いが、アメリカの野球短編集などを好む人なら 結構同じような雰囲気を持つ文章を読んでいるだろうからフーンと読む感じで、特別なものには感じられない。 例えば、WPキンセラの野球引込線だったり、東京書籍が出したスポーツ・ノンフィクション・シリーズの コラムや短編集などと類似な、ちょっと翻訳調かつ乾いたアメリカの雰囲気が漂う。 ただ、日本語のたたみ掛けるリズムのある文章はなかなか他の著者には見られない独特なものを感じる。 野球が好きなことはマイナーだけれど個性的な大洋ホエールズの田代富雄や高木豊の名前があがるところに 見られるが(古いなぁ、下関にもフランチャイズをおいていた時代からのファンです私は。また1985年の阪神 優勝を実名を使いパロディ化しているのも)これらもアメリカの野球ものによく見られるパターンだけれど、 著者は随分アメリカ野球小説を読み込んでいるように思う。 良い意味での珍作品。

  • よく分からないが…。

    よく分からないが、取り敢えず全部読んだ。 よく分からないが、第1回の三島由紀夫賞を受賞した。 読んだ小説は大体捨てるのだが、どういう訳だかこの本は書棚に残っている。 ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドが妙に印象に残っている。

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