日本の文学賞

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高橋和巳コレクション 1 (河出文庫 た 13-1)

文藝賞

高橋和巳コレクション 1 (河出文庫 た 13-1)

高橋和巳

書籍情報

出版社
河出書房新社
発売日
1996-05-01
ページ数
549ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784309420011
ISBN-10
430942001X
価格
706 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

悲の器

レビュー

  • 知の極北

    本書はまさに評者の「枕頭の書」である。評者は学生時代、本書を枕元に置き、繰り返し読んだ。凡そ70回は通読しただろう。表紙はバラバラになり、皮のブックカバーをあてがった。今は本書をひもとくことはない。なぜならほぼすべて暗記してしまったからである(今回書評を書くべく細部を確認するためKindleで購入)。 なぜ評者は本書にそれほど惹かれたのか?主人公である法学者正木典膳に極北の知性の姿を見たからである。正木は、刻苦勉励の末に築き上げた学会での地位から、家政婦との不倫というスキャンダルによって世間的には失墜していくが、まったく動ずることはない。彼にとっては日常の些事などどうでもいいのだ。 主人公をして、55歳という年齢にしてはじじむさいだの、現代の基準に比して暗いだのと言いたいやつには言わせておけ。本書の評価とは全くなんの関係もない。 本書は知性を巡る数々の美しい描写に彩られている。例えば、正木が松坂の本居宣長の旧居を訪ねた際の描写はこうである「古事記の注釈作業に倦んだとき、宣長は鈴を振ってその音を楽しんだとしるされてあった。(中略)疲れを癒やすために酒を飲むでもなく、鈴をならして神経を慰めたというーその不意の回想に私は非現実的な鈴の音をきいたように思った」。また、正木が心を乱す音楽というものについての嫌悪感を吐露している描写も注目に値する(決して情感に流されず、常に覚醒をめざす)。 戦中の治安維持法下、息を詰めるようにして思想史を研究することの緊張感、教授の地位を巡る陰湿な競争等(従って正木が暗いのは当たり前だ)、現代の我々が経験することのできない状況下で、知性がどのようにもがいたかを我々は本書を通して追体験できる。 筆者は本書を書くにあたり100冊あまりの法学書を読み込んだとのコメントをどこかで読んだ。人間の原罪を巡る正木と弟(聖職者)との火のような議論にもそれは反映されている。また、「確信犯処罰不可能論」にも言及しているが、国家が常にそれに反逆する思想犯より正しいわけではないことは、隣国を見れば明らかであろう。 本書は知性の本質的な冷たさ、その孤独、強さを正木典膳という法学者の姿を通して読者に生き生きと提示している。 巷にあふれる2-3日で書き上げられたお手軽な恋愛小説や対談、自分の半径100mの目くそ鼻くそを書いた私小説、はたまた未消化な個人的な体験を活字にしただけのノンフィクションや立ち読みで読了できるような口述筆記に比べ、本書は別次元の知の世界を、フィクションという形式を借りて示しているのである。刮目せよ!

  • 探していた本です

    知人に頼まれて購入しました。 探していた本が見つかってよかったです。

  • 若い時にも読んでいたけれど、改めてKindleで読みました。

    Kindle版で読みました。キンドル版でもプロテクトがキツくて、コピぺもできないから、読むだけならいいけれど、辞書をひくとか、ちょっと研究的なことをしようとしても、難しい。それに、高橋和巳の小説はこのデビュー作も含めて一つも英訳されていない。つまり、日本語を読める人以外は、誰も知らない。そこで、一念発起して、英訳公開を継続中です。著作権継承者から正式契約で許諾をいただき、公開しています。この内容は、現在の香港、中国、欧州などの若い人たちにも読んで欲しいからです。Vessel of Sorrow ”悲の器”の英訳版です。Vessel of Sorrow で検索すれば出てきます。

  • 中高生の諸君は読んだ後に気持ちが落ち込まないようにご用心

    私は高校2年の時に、それは1975年なのですが、 高橋和巳の『悲の器』、『憂鬱なる党派』などを 読み、そのとき非常に強い印象を受けました。 しかしながら、これらの作品を読んだ後、 これらの作品の描く世界にはあまりに救いがないので 自分がこれから入っていく大学の世界や実社会が とても希望や救いのない暗いところなのだなと その後何年間も憂鬱な気分にとらわれた経験があります。 もし、中高生の方が高橋和巳の上記の作品を読むときには 決して現実の世界は、彼の描くほど暗い世界しか ないわけではないことをわかっておいていただきたいと 思います。 自分が前向きに現実と格闘し続けるならば 必ず明るい世界も見つけることができると私は 自分の経験に照らし合わせた上でそう考えます。

  • 昔の思い出を引きずりながら

    昔の思い出を引きずりながら再度読んでみました。高校生の頃、読んでいたのを思い出し、読んでみたら、人生経験を更に45年加えてみると、ちょっと違うなという印象で、昔よりかなり理解しながら読んでいけました。

  • 40年ぶりに読んだけど・・・

    救いようのない絶望の物語、最後の亡くなった奥さんの手記は凄まじい、ラストの正木教授の呪いの言葉も毛穴が開きました、髙橋和巳、再読します!

  • この小説の主人公を安富歩先生、加藤諦三先生に精神分析させたら?

    と考えてしまうような主人公です。この本を読了したら、安富歩先生の「誰が星の王子さまを殺したか」加藤諦三先生の「不機嫌になる心理学」、アリス・ミラー「魂の殺人」をどうぞ。あまりの食い合わせにご気分の保証はいたしかねますが。その意味ではこの小説はよく描写されています。この手の男性が「昔よくいた人」になってしまいますようにと祈らずにいられません。(でも今でも少なからずいらっしゃるんですよこれが)この主人公と関わりを持つ家族、家政婦、そして婚約者がすべからく傷つき去って行くのは、その実自分自身を毛嫌いし、大切にできないからなのではと、読み進めるうちに涙がでてきました。周囲の人を自分にとって都合のよい「玩具」「道具」としか扱えない主人公もその実、妻や妻の父からは「肩書きのいい婿」としての役割しか期待されず、幼いころの主人公は家庭でも学校でも立ち回ることしか頭にない少年だったことをつきつけられるからです。パワハラ、モラハラに悩む方には一服の清涼剤として、パワハラをしている人には、自分を省みるきっかけとしてご一読をお勧めします。

  • まずジェンダー意識の欠如に目が行ってしまうが…

    同じ作家による「我が心は石にあらず」もそうだが、半世紀以上に書かれた本書を現代に生きる私が読むと、どうしてもまずジェンダー意識の欠如に目が行ってしまう。そういう時代だったと済ませられるレベルではなく、女性を「穢れ」と見るような前近代的な描写も目立つ。もちろん、高橋和巳自身がそのような女性観を持っていたとは限らないし、学問に身をささげた正木典膳という主人公の偏屈で世間知らずの性格を際立たせるため故意にそうした描写をしていると考える方が自然かもしれない。 この点をとりあえず脇に置いて読むならば、戦前から戦中、戦後を生きた知識人の葛藤と孤独が本当に緻密に描写されていて、今を生きる学生たちにこそ本書を読んでほしいと思う。特に私は法学部出身なので、法とは何かという根源的な問いが登場人物たちによって議論されている部分を非常に興味深く読むことができた。また、神の存在をめぐる多様な視点からの考察も面白かった。なかには読めない熟語もあり、また何度読んでも理解できない難解な文も多い。たとえば、「人の意識そのものが、フッサールも言えるごとく、すべてノニシス・ノエマ的相関体である以上、すべての行為には、所与性とともに能作性がある」のような。でも、こうした部分も含めて、何十年も前にインテリゲンチャを気取っていた中年男(=私)を心地よく刺激してくれる。 それにしても、ラストの典膳による挑発的なモノローグの潔さ!!

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