日本の文学賞

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植物になって人間をながめてみると

文學界新人賞

植物になって人間をながめてみると

みどりゆうこ

書籍情報

出版社
紀伊國屋書店
発売日
2010-01-30
ページ数
336ページ
言語
日本語
サイズ
13.2 x 2.4 x 18.8 cm
ISBN-13
9784314010627
ISBN-10
4314010622
価格
1980 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

★もしかして、わたし、植物に働かされてる?!★ 農業、食糧、エネルギー、環境問題…その昔から、人間は長く植物を「利用」してきたと思っている。でも、実はその逆だったとしたら…。植物の目から読み替えると見えてきた、人間の歴史の意外な真実! ●いとうせいこうさん推薦!! 「世界史はつまり、植物史の一部に過ぎなかった! 人類と植物が関係して富を産み、海を越え、しかし結果ヒトは自分の首をしめ続ける。勝利は常に植物にあり。緑さんの筆致はぐいぐいと我々を新たな認識に導く。でありながら、チャペックに匹敵する草花への愛の繊細さが素晴らしい。いつまでもそのはかない描写にひたっていたいと思うのは、人類の愚かしさに目をつぶりたいからか、あるいはそれ自体が愚かしさだろうか」

小説家、エッセイスト。1958年生まれ。上智大学文学部(仏文)卒業後、広告・編集・翻訳業界などに勤めるかたわら、環境運動に携わる。ニュージーランドでの有機農業研修などを経て、イギリス人写真家と結婚し、1988年よりロンドン郊外に在住。1991年「海を渡る植物群」で第72回文学界新人賞を受賞しデビュー。著書に『イギリス人は「理想」がお好き』『イギリス人は「建前」がお得意』 (紀伊國屋書店)、『こうのとりを放つ日』(集英社)、『イギリス発日本人が知らないニッポン』(岩波書店)ほかがある。

レビュー

  • 植物側から人間世界を観察した本と言う触れ込みにひかれて購入しましたが期待以上に面白かった。

    緑ゆうこさんが実際にガーデニングで植物育成で苦労を楽しみにする生活の中でご本人が゛緑゛の世界の植物史について人間が作り出す植物に働かされている現実をさまざまな植物と人間との関わりの歴史が展開していくのを冒険物語りを読むようにワクワクしながら読んでしまいました。

  • 何を言いたいのかわからない。

    著者は農業、環境問題、エネルギー問題、すべてに精通している。歴史に絡めてそれを警告として語る手口は ほかの イギリス人は「理想」がお好き イギリス人は「建前」がお得意 などで感じた軽快さもある。ただ、、、 一貫して著者の言う、人口増え過ぎ論。わからなくもない。 やみくもに人間が増えすぎた、その人間がキャパを越え、エネルギーを浪費し、万能だと錯覚しているから 地球が苦しんでいる。という意見、もっともである。 じゃあ、人口増やすの止しましょう。いまの日本の少子化も、歓迎せよという。 飛躍しすぎである。適正人口より多いから、子供は制限し、高齢者は(言ってはいないが)はやく逝ってくださいと いわんばかりである。日本の国力なんて、言っている場合でしょうか?と。 残念なのは、思い込みかもしれないが、その一点張りが、それと著者には子供がいない事と関係していそうだからである。 こうのとりを放つ日 でもあったが、人工授精に鋭いメスを入れている。 人口増え過ぎ、子供も制限したら?と簡単に言ってのけるのは、自分に心配する後世がいないからだと思う。 少なくとも環境を憂いている学者で男性の場合、こんな極論の一点張りはしない。 強がっているようにすら見える。 もうちょっとバリエーションを持たせて、これは無理ならこちらは?といろいろ提案してくれたらいいのに。 将来に希望もなにももてない、嫌な後味が残りました。 だから★1

  • 良いです

    すべて適切に処理され申し分のない状態で、とても満足できました。

  • 植物を元にする地球圏生物の生活

    とても面白く、友だちにも勧めたくなる良い本でした。 ここに書いてあることは実は「当たり前」のことだと思いました。 地球圏の生物は、植物の光合成を元に生を営んでいるということです。 動物は酸素を吸い、二酸化炭素を吐くのと同様に、植物は二酸化炭素を吸収し、酸素を放出しているという意味では、動物と植物は補完しあう運命共同体です。 その関係性に気づかされました。 実際には、動物が居なくなっても、植物は生きていけるということは、動物の発生以前に植物が存在していたことから想像できます。 つまり、いとうせいこう氏の帯コメント「世界史は植物史の一部だった」ことに留まらず、「動物史は植物史の一部だった」とも言えると思いました。ヒトの世界史を取ってみても、古代ローマ時代の食料としての植物から、21世紀の先進国産業・政策の拡大における食料及びエネルギーとしての植物(緑の革命、遺伝子組み換え、バイオマス、化石燃料等)まで、ヒトの文明が植物によって動かされていることが分かりました。 そして、ヒトが植物のおかげで人口を増やし、その人口を養うために、更なる植物を求めるために、水の制御、植物への潤し、土の肥やし等、自然に手を加える活動に至った「ヒトと植物の関わり」の客観的な根拠をひとつひとつ分類して分かりやすく記されています。 当たり前のことなのですが、当たり前のことを当たり前ということの大切さが分かりました。 一人でも多くの方にこのような本を読んで頂き、ご意見を伺いたいと感じました。 個人的には、著者のような視座を持った方が少しでも多く地球上に存在して自由な意見が述べられる世界であったら、ヒトは数段賢明に生きることが出来るだろうと思いました。

  • 妻に頼まれて買いました。

    あっという間に読んでしまったようです。良い本だと言ってます。

  • 目線を変えて見えてくるものが世界を変える。

    読んでいてすーっと頭に浸透しました。私たちが考えている環境問題がいかに狭い視野の中にあるのかが分かります。多くの人に読んでもらいたいです!

  • 植物と人間の長い歴史と今も続く複雑かつ面倒な関わり合いへの深い洞察と愛情

    植物と、いや作物というべきかもしれませんが、人類が集団で生活し、都市文明を興した、食料増産と環境破綻の歴史を淡々と、敢て植物側からの視点でなぞって教えてくれます。その語り口は何ともユーモアと優しさに(一見)溢れてすんなり頭に入ってきます。環境団体に勤務した経験を持つ著者が、植物と人間の関係を知りつつこういった本を出してくれるのは非常にありがたい事です。植物を追いかける人間の執念(植物がほくそ笑むわけですが)は最近出た「フルーツ・ハンター」を思い起こします。そして古くはエルトンのアカデミックな「侵略の生態学」なども。 一方実際にイングリッシュ・ガーデンに奮闘される著者の記述にも同情。大変でしょうね。元々は相性が良くない土から世話するわけですから。ここはかのターシャさんもそっくり土壌入れ替えましたし、ロンドンのキュー・ガーデンも一見自然に見せて実は恐ろしいほど管理してますし、あれが英国の理想の庭としますと。こういった歴史と実際の作業過程(肥料の必要性含め)が交互に出てくる構成も読者を引きつけるものがあります。そこで浮き出されるのは、著者も控えめに、でも繰り返して伝えるメッセージは、温暖化でもエネルギーでも食料でも環境でも、それはヒトの人口増加が、大きなアンバランス(ヒト個体の異常発生が植物の異常発生を要求し、それが次の異常発生をもたらす悪循環と脆弱性、できなくなると破綻)に至った現在に対する危惧でしょう。ソフトな語り口に、「もう実は遅すぎませんか」という警句が込められているような気がしてなりません。良い本を読ませていただきました。

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