作品情報
白V字 セルの小径という題名のもと、江代充が対象に向き合う姿勢が前面に出る作品。
『白V字 セルの小径』は、江代充による歴程新鋭賞の対象作。作品名が示す題材を軸に、人物、時代、場所、記憶の手触りをたどる作品として読める。
レビュー要約
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題材への着眼と読みやすい構成が評価される一方、背景知識を求める読者にはやや専門的に感じられる部分もある。
書籍情報
- 出版社
- 思潮社
- 発売日
- 2015-04-30
- ページ数
- 160ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784783709909
- ISBN-10
- 4783709904
- 価格
- 1282 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/詩歌/詩集
「江代充の詩篇を読んでいると、いつの間にか、自分が、ふしぎな超越と浄化の時間にいることに気がつく」(粕谷栄市)。『梢にて』(萩原朔太郎賞)全篇をはじめ、第1詩集『公孫樹』から『隅角 ものかくひと』まで、全7詩集から代表作を網羅。飾りのない生の起伏を巡り、書き置かれた途上の歩みを辿る。解説=小川国夫、稲川方人、中村鐵太郎、上田眞木子
1952年静岡県生まれ。78年、第1詩集『公孫樹』刊行。83年『昇天 貝殻敷』、89年『みおのお舟』、95年『白V字 セルの小径』(歴程新鋭賞)、97年『黒球』、2000年『梢にて』(萩原朔太郎賞)、05年『隅角 ものかくひと』。
レビュー
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日本語が「江代語」に変わる前の貴重な作品が読める
江代充の詩は、感想を書くのがむずかしい。書かれていることが、「直接的」であるというより、「間接的」である。「間接的」に感じられる。そして、それが「間接的」であるにもかかわらず、「存在感」がある。「抵抗感」がある。「間接的」なら、直接かかわってくるわけではないから半分無視してもいいのに、無視することを拒む力がある。 この「文体」の力はどこから来ているのか。 私は今回はじめて『公孫樹』の詩篇を読んだ。そして、そこに江代の「文体」の原点を見たように感じた。 「2」の部分。 夏に朽ちる木がある おんなのひとと遊んでいると 庭を隔てた壁に蛇がしずかに這うことがある 壁のむこうの神社にはひともとの公孫樹があって そのまわりに人だかりのすることがある 夏に朽ちる木がある 祖母の死をおもって啼くことがある おんなのしとと遊んでいると 庭を隔てた壁に蛇がしずかに這うことがある 「おんなのひとと遊んでいると」という行と「おんなのしとと遊んでいると」という行の、微妙なずらしに目を奪われてしまう。「ひと」「しと」の交錯に「江戸っ子訛り」を感じ、そういうことを書きたくなるが……。 そのことに目をつむると違うものに気がつく。 「動詞」のつかい方がとてもかわっている。 「おんなのひとと遊んでいると」「おんなのしとと遊んでいると」の二行には「遊んで+いる」という動詞があるが、その他の行は「ある」という動詞で統一されている。ほんとうはこの二行も「ある」でしめくくりたかったのだろうと思う。しかし、このときの江代には、そのことができなかった、ということだろう。 「ある」という動詞は、動詞といいながら「動かない」。江代は、世界を「動かない」状態で把握している。世界を「名詞」の組み合わせで把握している。動詞を排除して把握している。そのために、読んでいて何かが迫ってくるという感じがない。直接的に自分にかかわってくるという感じがしない。世界が「視覚化」されて、固定されている。その「固定化」が強固すぎて、うーん、どうすれば打ち解けることができるかなあ、と困った感じになってしまう。 世界を「名詞」で把握している、ということを別の言い方で表現すると、世界を「名詞化」することで把握するということだ。「動詞」をそのまま書いてしまうのではなく「動詞」を「名詞化」する。 たとえば、「庭を隔てた壁に蛇がしずかに這う」ならば、這う「ことがある」と、「こと」をつけくわえることで「名詞化」する。この方法は他の行でも「することがある」「啼くことがある」という具合に繰り返されている。 江代は「名詞(こと)+ある」という「状態」として世界を表現する。「庭を隔てた壁に蛇がしずかに這う」は、ある意味では(ほんとうは?)「庭を隔てた壁に蛇がしずかに這う」+「のを(私は)見た」かもしれない。「私」が見ないかぎり、その世界は存在していたとしても、存在の意味を持たない。だが、江代はそうは絶対に書かない。だから、この「名詞化+ある」という文体は、「私」を消しながら、世界だけを存在させる文体(表現方法)だと言えるかもしれない。「私」を消しながら、しかし、「私が見た」ということを読者に意識させるという入り組んだ構造が、なにかしら「抵抗感」となって読者に響いてくる。あ、読者と書いたけれど、私だけに限定されることかもしれない。 このことから逆のことも言える。一行目には「こと」がない。「こと」を補うと「夏に木が朽ちることがある」というのがいちばん簡便な文かもしれないが、そう書かないのは、江代はそう考えていないからだ。「夏に朽ちる木になることがある」。たぶん、そう考えているのだ。「木が、木になる」、「木」をそんなふうに「動詞」として考えている。(これは、説明ができない。私は直感的に、そう感じている。)「名詞」には「名詞」+「に+なる」という「動詞」が含まれている。短縮して言うと、「名詞」は究極の「動詞」である。そしてそのことから考えるならば、ここに書かれていない「私」も「私になる」という形で隠れて存在している。 おんなのしとと遊んでいると は おんなのしとと遊んでいる「私になると」と と読み直すと江代の世界にのみこまれてしまう。「私になると」の「私」が「江代」ではなく「読んでいる私(読者)」の体験のようになまなましくなる。 「動詞」のつかい方も変わっているが、「名詞」のつかい方も、とても変わっているのだ。「動詞」は「名詞」、「名詞」は「動詞」という、変わった「文体」が、江代のことばを「間接的」に感じさせるのだ。 ところで、どうして「おんなのひとと遊んでいると」「おんなのしとと遊んでいると」の二行だけ、「こと+ある」と書けなかったのだろう。書かなかったのだろう。「おんなのひとと遊ぶことがある そのとき」という具合に書けるはずなのに書かなかった。 なぜだろう。 一つは、このときはまだ江代の「文体」は確立途上であったということがあるかもしれない。私はこの時代の江代の作品を知らなかったので、この作品を読むことができなのは江代を理解する上でとてもよかった。 もう一つは、先に書いたことと関係するが、「おんなのひとと遊んでいると」には「私が」という主語が省略されていることが影響しているかもしれない。「私」というのは「ひと」。「ひと」については「ある」という「動詞」のかわりに「いる」をつかう。その日本語の習慣に影響されていると言える。このとき、まだ江代は「江代語」ではなく「日本語」で詩を書いている。そんなことも感じさせる。この「いる」がやがて「なる」に変わる。「日本語」が「江代語」に変わる。
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