日本の文学賞

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鬼の橋 (福音館創作童話シリーズ)

児童文学ファンタジー大賞

鬼の橋 (福音館創作童話シリーズ)

伊藤遊

『鬼の橋』は、伊藤 遊の受賞作として注目された作品。題名が示す中心的なイメージを軸に、人物や出来事の変化を追う。

受賞作人物の変化時代と社会

作品情報

『鬼の橋』は、受賞時の時代感覚と作者の関心が交わる作品。

『鬼の橋』は、伊藤 遊の作品として文学賞で評価された。受賞対象となった魅力は、題材そのものだけでなく、人物や場面を通して読者に余韻を残す構成にある。

レビュー要約

  • 題材の切り取り方と語り口に関心が集まる作品。読者には、人物の置かれた状況や作品が描く時代性を読み解く面白さがある。

書籍情報

出版社
福音館書店
発売日
1998-10-15
ページ数
344ページ
言語
日本語
サイズ
21 x 15.8 x 2.5 cm
ISBN-13
9784834015713
ISBN-10
4834015718
価格
1540 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/評論・文学研究/日本文学研究

平安初期の京都、妹を亡くし失意の日々をおくる少年篁は、ある日妹が落ちた古井戸から冥界の入り口へと迷い込む。そこではすでに死んだはずの征夷大将軍坂上田村麻呂が、いまだあの世への橋を渡れないまま、鬼から都を護っていた。この世とあの世、鬼と人間、少年と大人。二つの世界を隔てる様々な橋が、大人になる手前で葛藤する篁の前に浮かびあがる。家族を亡くし、ひとり五条橋の下に住む少女、阿古那と、田村麻呂に片方のツノを折られ、この世へやってきた鬼、非天丸。それぞれに何かを失った痛みを抱えて生きる人々との出会いのなかで、少年は再び生きる力をとりもどしてゆく。 この世と地獄を往き来したと伝えられる平安初期の文人、小野篁の少年時代を主人公に、思春期の少年の揺れ動く心情が、勢いある筆づかいで力強く、さわやかに描かれます。「元服」という人生における大きな節目を苦しみながらもこえてゆく篁の姿は、現代に生きる子どもたちにも通じ、多くの読者の共感をよぶでしょう。作者が生まれ育った京都の四季や情景も、作品のなかに巧みに織り込まれ、物語にふくらみと陰影を与えています。 伊藤遊さんは、96年に初めての長編「なるかみ」で第二回児童文学ファンタジー大賞佳作を受賞、続いて本作で第三回同大賞を受賞、今回のデビューとなりました。

伊藤 遊(いとうゆう) 伊藤 遊(いとう ゆう)一九五九年生まれ。京都市出身。立命館大学文学部史学科卒業。九六年、はじめての長編『なるかみ』が、第二回児童文学ファンタジー大賞佳作を受賞したことをきっかけに、以後本格的に創作をはじめる。九七年に『鬼の橋』で第三回児童文学ファンタジー大賞を、『フシギ稲荷』で第六回小川未明文学賞優秀賞を受賞。本作がはじめての単行本となる。札幌市在住。太田大八(おおた だいはち)一九一八年生まれ。長崎県出身。多摩美術学校卒業。絵本の仕事に、『だいちゃんとうみ』『馬ぬすびと』『やまなしもぎ』(以上、福音館書 店刊)、『絵本 玉虫厨子の物語』(童心社刊)など。童話の挿絵も、『寺町三丁目十一番地』(福音館書店刊)、『恐竜探偵フェントン』シリーズ(小峰書店刊)など多数ある。小学館絵画賞、国際アンデルセン賞画家賞次席など受賞も数々あり、九七年には『絵本西遊記』(童心社刊)でサンケイ児童文化出版文化賞美術賞を受賞。東京都在住。 太田 大八(おおただいはち)

レビュー

  • 言葉で表しきれない。むちゃくちゃおもしろいよ、この小説。

    時(平安)季節(夏)場所(京都)、これだけ示しただけで実質2ページ目ですぐに物語に入る。 そこから最後まで興奮と感動が入り混じって、どこを切ってもおもしろい。 伊藤遊作品を読むのは『ユウキ』に続いて2作目だが、本当に文章力が豊かで、かつ人間の心の機微を描くのがうまい。 だから登場人物(本作には〈鬼〉もいる)すべてが生き生きと動き出す。 p.108 これからおこるかもしれない不幸なできごとを、どこかで期待していた人々は、あらたな展開のない状況にあきはじめた。 p.136 阿子那の表情は、言葉ほどには明るくなかった。(中略)あんのじょう、あてがあるわけではないらしく、阿子那はこまった顔でたちつくしていた。 p.147 負けおしみはきそって鳴く秋の虫たちにかきけされた。 p.193 母の言葉のうらにある忌まわしきにおいをかぎとり、篁は体のなかが、かっと熱くなった。 p.235 つぶやくようなその問いは悲しげで、篁ははっと胸をつかれた。しゃべり続ける自分を、ようやくとめることができた。 p.299 いっそ気持ちよく、篁はその言葉を聞いた。 あるレビュアーの方がこんな書評をしていらした。 「大人でも楽しめる児童書」という言い方は、好きではない。大人が良いと思わないものを、繊細な子供の感性が、良いと思えるはずがないからだ。面白い物に大人も子供もない。 「大人」が納得できないものは「こども」も納得できない。これこそが言いたい。 文章を読めるようになった瞬間から、そこにおかしなことがあれば鋭敏に感じとるはずだ。 阿子那(女の子)は非天丸(鬼)のために鬼にも大勢の大人にもひるまずに立ち向かう。非天丸は阿子那を文字通り身を投げる覚悟で守ろうとする。自分が怪我をおってもまず先に相手をいたわる。 大切な人のために心を砕く のは大人もこどもも変わらないじゃないか。 本作では、なにげない会話かと思ったものも最後に2つ繋げてさりげなく帰結させる。見事だ。 多くのデタラメな「大人向け」の小説よりもよっぽど練り上げれらている。 「児童書」という言葉はこどもを蔑んでいるようで好きになれない。 ※最後に、もしこのレビューを読んで、この本をお子さんのために買おうと思っている親御さんがいれば参考にしてほしい。 使われている言葉・表現が小学校上級生向けとしては少し難しいかもしれない。 一字一句読み飛ばすのが惜しいくらい文章が美しいから、そこを味わえないともったいないが、 それを乗り越えてでも読むだろうおもしろさがある。

  • 面白かった

    話の構成がまとまっていて、すらすらと読めました。 時間の合間合間を縫って読んでいたのですが、続きが気になって早く読みたいと思うほど。 主人公と少女、そして鬼などの友好関係が上手い具合に表現されていて、非常に面白かったです。

  • 鬼と仏性

    自分の心のうちに棲む鬼、そして仏性を知り得たるファンタジーです。

  • 児童書かと思いきや…

    40代。泣いた。 モラトリアム期のような主人公の心の行く末も気になるし、澄んだ心の少女がどうか救われますようにと気づいたら祈るように読み進めていた。最後、お父さんとの対峙のシーン、ぐっときた。児童書と思っていたが、40代でも感動しまくりの一冊だった…

  • 小学5年生の子にプレゼント

    プレゼント用としてこう購入しました、喜んで購読しておりました、気に入った本は何回も読み直すようですので、この本も数回読み直しておりましたので気に入ったと思います。

  • 子供の頃に読みたかったので、今の子供たちにすすめたい

    古井戸を通ってこの世と冥界を行き来し、閻魔大王の手伝いをしていた、という伝説もある実在の人物、小野篁の少年時代を描いたお話です。 篁は異母妹を自分の不注意で死なせてしまい(少年にありがちな好きな女の子対する小さな意地悪もしていた)、罪の意識と喪失感で無為な日々を過ごしていました。 そんな中、町で父親の作った橋を必死に守ろうとしている少女阿子那、冥界の入り口にある橋で、死後も勅命(帝の命令)に従い都を守る続ける将軍田村麻呂。この出会いと様々な経験の中で、篁は普通の少年から大人へと成長していきます。意地っ張りだったり情けなかったりする篁が、「強くなりたい」「大切なものを守りたい」と思うようになるまでを無理なく物語の中で描いています。 またこの二つの橋がこの物語の重要なものとなります。 登場人物もそれぞれ魅力的で、お話も分かりやすくとても面白い。思春期の子供にぜひ読んで欲しい。難しい言葉や、風習の違いなども調べながら読むと楽しいと思います。(エピソードごとに章に分かれているので、調べたり考えたりがしやすいです) わたしも子供の時に読みたかったとそこだけが残念です。 大人が気楽に読むにもおすすめですが、決して子供だましではなく、充分に読みごたえがあります。

  • 鬼も人間で、辛いことがあった

    児童館で子供を遊ばせながら暇つぶしに読みはじめたのですが、大人の私が、いつまでも読んでいたい終わらないでほしいと思う本でした。 その後子供達に読み聞かせたとき、「今日はここまで」としたら、末っ子の幼稚園児が真っ先に「ヤメナイデ!」と叫びました。「ヒテンマルがカワイソウ」と泣いていました。その子が今21歳です。 中学生の課題図書になったことがある作品ですが、読み聞かせでは小学生も喜びました。 あと私は太田大八さんのこの挿絵が大好きです。

  • 読むたびに味わいが深まる歴史ファンタジー

    『鬼の橋』は第3回児童文学ファンタジー大賞の大賞受賞作品である。1997年度に大賞受賞後、翌年10月に福音館書店から初版が出版されている。物語の舞台は平安時代の京都、主人公は、妹を亡くし失意の日々を送る少年篁である。ある日妹が落ちた古井戸から冥界の入り口へと迷い込む。そこでは、すでに死んだはずの征夷大将軍坂上田村麻呂が、いまだあの世への橋を渡れないまま、鬼から都を護っていた。 妹の死への負い目を背負い、大人になれない篁、両親に死に別れ、深い孤独を抱えて生きている阿子那、人を無惨に食い殺すという悪行を重ねてきた鬼の非天丸、三人が平安の世で、ある橋を通して出会い、それぞれの負い目や過去の罪や孤独感を乗り越えて生きていく。小野篁を中心とした物語であるが、阿子那と非天丸の関係抜きには語れない物語である。 小野篁や坂上田村麻呂という実在の人物を登場させることを通して、読者は平安時代にまつわる様々なイメージを喚起しながら、物語世界に入ることができる。確固たる時代考証に裏付けられており、平安時代の精神を巧みに描き出している。篁、阿子那、非天丸の三者がそれぞれの物語を生きている。それぞれの物語が、作者の心の闇のフィルターを通して描かれているため、読者の心に響く。 橋について考えさせられる作品でもある。非天丸が「橋はあると思えばある、ないと思えばない。」という。橋は本来つながっていない場所をつなぐものであり、境界線上にある。篁が蹴り飛ばした橋は、父である岑守を象徴しているのではないか。自分に元服を強い、妹の存在を忘れるように言い、篁の抱える心の負い目に寄り添おうとはしない冷徹な父、そんな父を篁は敬いつつ、疎ましく思っていた。篁も父の心に寄り添えなかった。しかし、橋を通して、阿子那や非天丸と出会い、あの世の橋を通して、坂上田村麻呂と出会い、この世の橋の大切さを理解するようになり、父の心に寄り添ってゆく。 阿子那にとって、また、非天丸にとっての橋は...。かつての友を追い切れず、あの世の橋の手前で泣いている坂上田村麻呂の姿が印象に残る。田村麻呂は、日本初の征夷大将軍であり、蝦夷の英雄、阿弓流為との対決や鬼退治の英雄として語り継がれている。歴史上の英雄である田村麻呂が一人寂しく泣く姿に、人間誰もが抱えている潜在的な不安感や疎外感や孤独感が象徴されている。そんな弱さを抱えて生きているのが人間なのだ。『鬼の橋』は読むたびに味わいが深まる作品だ。

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