作品情報
断絶した世界に、もう一度つながりを取り戻すための人類学。
ミシマ社刊。経済、感情、関係、国家、市場、援助、公平を章立てに、現代社会の窮屈さを人類学の言葉でほどく。
レビュー要約
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身近な違和感を社会構造の問題へ広げる語り口が支持されている。制度批判だけで終わらず、関係を作り直すための実践的な視点が読みどころとされる。
書籍情報
- 出版社
- ミシマ社
- 発売日
- 2017-09-16
- ページ数
- 192ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 18.8 x 12.8 x 2 cm
- ISBN-13
- 9784903908984
- ISBN-10
- 4903908984
- 価格
- 1683 JPY
- カテゴリ
- 本/人文・思想/文化人類学・民俗学/文化人類学一般
第72回毎日出版文化賞<特別賞>を受賞しました! 市場、国家、社会... 断絶した世界が、「つながり」を取り戻す。 その可能性を、「構築人類学」という新たな学問手法で追求。 強固な制度のなかにスキマをつくる力は、「うしろめたさ」にある! 「批判」ではなく「再構築」をすることで、新たな時代の可能性が生まれる。 京都大学総長・山極壽一氏推薦! 世の中どこかおかしい。なんだか窮屈だ。そう感じる人は多いと思う。でも、どうしたらなにかが変わるのか、どこから手をつけたらいいのか、さっぱりわからない。国家とか、市場とか、巨大なシステムを前に、ただ立ちつくすしかないのか。(略)この本では、ぼくらの生きる世界がどうやって成り立っているのか、その見取り図を描きながら、その「もやもや」に向き合ってみようと思う。 ――「はじめに」より
1975年、熊本生まれ。京都大学総合人間学部卒。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。岡山大学大学院社会文化科学研究科/岡山大学文学部准教授。専門は文化人類学。エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続け、富の所有と分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎなどについて研究。著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社)、『文化人類学 ブックガイドシリーズ基本の30冊』(人文書院)がある。
レビュー
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わかりやすいが難しい。
入門編です。面白い。
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ポジティブでいい
著者は「構築人類学」なる名前を提唱。文化人類学を、行き詰まりや生きづらさがある既存の枠組みを見直して再構築するためのツールとして活用することを試みる。その考え方はポジティブでとても共感できる。 ただ、本書で、答えとして新しい枠組みが提示されているわけではない。文化人類学的な視点を持てば既存の枠組みを疑えるよ、という問題提起や方法論にとどまっている。願わくば、何か一つ、新しい社会のモデルのようなものを示してほしかった。
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国家と市場という怪物を退治しても世の中は変わらない
読んでいて、わかりづらいとかこいつは何を言ってるんだとかいう変なストレスがなく、うんうんそれから?うんうんわかるね!とどんどん読み続けられる読書本来の楽しさを久しぶりに感じた。 その楽しさの由来は、構成や文章のうまさ、エチオピアという素材の物珍しさもさることながら、人類学に出会う以前のもやもやした問題意識を著者がいまも大切にしながら「構築人類学」という新たな地平をてさぐりで切り拓こうとしているところに生じる緊張感や意外性にあるのではないか。未完成の思想は未来に開かれているだけに強くしなやかである。 「これまで人類学は、西洋近代の国民国家や市場経済といった巨大な力を批判してきた」。その際しばしば、国家や市場が諸悪の根源であるという結論に結び付きがちな構築主義の方法がとられた。構築主義は、構築する主体の批判、排除、破壊、解体によって問題解決をはかろうとするが、著者はそれにかなり強い違和感を感じていることがわかる。構築する主体の批判まではよいだろう、しかし排除と破壊によっては何も生まれない。反省、対話、再構築を経て希望へつなげる、それが彼の考える「構築人類学」の基本的なスタンスである。 この本は、構築主義への違和感を告白することから始まって、おそらくは著者が「人類学をという学問に染まる前」から抱いていたより根源的な違和感の解消に向かってときに寄り道をしたり思い出話をしたりしながらゆっくりと向かっていくその違和感の対象は「不公平」だ。 国家の成り立ちや市場の力によって構造的に生まれる不公平もあれば、戦争や災害によって突如としてあらわれるものもある。日常的な不公平もあれば国家レベルの不公平もある。完全に公平な社会はありえないが、人間社会では不公平がある閾値を超えるとそれを是正しようという力が働いてきた。公平はある種の均衡状態なのだ。 その均衡をもたらすためのもっとも大掛かりな仕組みが国家による再分配であったり、市場での自由競争であったり、あるいは贈与であったりする。どうやったらよりよい社会がつくれるのか、人類は歴史を通して模索してきた。国家を強くすればいいのか、市場に任せればいいのか。「国家と市場。このふたつはよく対立する仕組みのように言われるけれど、それは違う。市場は国家を必要とし、国家も市場を必要としている」と著者は指摘する。だから「市場や国家をたんに批判するだけでは、なにも変わらない。どちらか一方を過度に批判することは、他方の力を増大させることにもなりかねない。それらは裏でつながりあっているのだから」。 もともとは自分たちが生み出したものでありながら、それを外部化してさらに怪物化させ、それを退治したらなにかよきものが訪れると素朴に信じているような姿勢はよくない。 著者は、国家や市場の話にいくまえに、感情や関係の話をする。それは、人間の人生が差異(不公平)から始まるからだ。わたしとあの人は違う。この国とあの国は違う。そこから立ち上る感情があり、その感情に影響される関係がある。そしてそれはもともとの差異にフィードバックする。人間がつくりだした国家や市場は、このループから抜け出す仕組みとしても、このループを強化する仕組みとしても機能する。この点、ディープラーニングでどんどん賢くもなり、残酷にもなるAIにも似ている。 市場や国家が不公平を増幅するようになると人は反発して公平のバランスを取り戻そうとする。そこで戦争や革命が起きる。しかし著者は「おそらく公平な世界を実現するのは、革命的な手法ではない」、そもそも市場や国家の手綱を握っているのはわたしたち一人ひとりなのだということを思い出そう、と言う。 では何ができるのか。それがこの本の不思議なタイトル「うしろめたさ」に行きつくのである。公平でない現実を目の当たりにしたとき、その状態のなかで自分は他者よりも有利な立場にいるとうとき、多くの人が抱く感情が「うしろめたさ」である。居心地の悪さ、自責の念、罪悪感、いろんな言い方があるだろう。著者にいわせるとそうした感情が「社会に公正さを取り戻す動きを活性化させる」。その「うしろめたさ」が構造化された個人の「越境行為」を後押しする。税金を払っている納税者、お金を払っている消費者、仕事に対する対価を得ている労働者、という「交換」に基づくアイデンティティを越えて「贈与」を介した他者とのかかわりに踏み出すことが、社会をより公平な場所に変えるのだ、というのが現時点での構築人類学の到達点である。多くの社会では「うしろめたさ」の取り扱いは宗教の領域だ。国家と市場のほかに、宗教というもう一軸があれば、より奥行のある「うしろめたさ」の考察になったように思う。 第九章の援助と国家・市場の関係についての話は非常に興味深かった。飢餓の国エチオピアというイメージはアメリカの穀物メジャーとPR会社、そして国連と現地利権がつくりだしたフェイクの部分もあるということだ。贈与が援助や投資と似て非なるものであるのは、国家や市場とは別の次元における行為だからだ。
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カオスな現代の突破口
現代の人との関わりかたに凄く温かく、冷静にヒントを述べてくれてると思いました‼️
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現代の社会構造を知るにもってこいの良書。週末読みがオススメ。
最近ネットでも荒れている「民主主義とは?」「国家とは?」「自由や平等とは?」から「ウヨク」「サヨク」「フェイクニュース」「ヘイト」「安倍がー」まで、あらゆるトピックスを語る上で、まずは議論するよりも一息入れて、一歩立ち止まって、コーヒーブレイクしながら「日本」ではなく最貧国「エチオピア」を観ることでこれらのトピックスの生い立ちをおさらいしてみるのもたまには良いでしょう。 そもそも自分たちのいる国家とは、経済とは、市場とは、社会とは、そしてそれらの隙間のなかでささやかに巻き起こる人間関係とはー、とてもプリミティブな切り口で構築人類学が切り込みます。 文体は非常にわかりやすいので、とてもリラックスしながら一晩で読めるのが嬉しいですね。 頭を休め深呼吸できる週末にこそ読んでみたい一冊です。 とは言え、著者の視点は、著者が若い世代の為、彼のエチオピアでの体験はつい40-50年前の戦後の日本にもありましたので、特段新鮮なものではありません。正直読んでて私の記憶の中に残る日本の日常風景が蘇り、おもわず懐かしくも感じました。 そういう意味ではある意味、大学の中の囲いにいる先生の近視眼的な物語かな、とも読み取れます。
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優しい表現で深いところまで潜ろうとしている本
自分の日常的な感情から、すごく遠くにあるように感じがちな世界というものがひとつながりの関係であるように、この本を読んで感じるようになりました。複雑に絡まった糸をほぐしてくれるような本です。
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社会を変えるための「ズレ」や「スキマ」を発見する手立て
筆者は日本とエチオピアの比較から社会を変えるためにはどうしたらいいかを見つめてきた。 「構築主義」に立脚し、社会がどのように出来上がったのかを解明すれば、新たな社会の再構築も可能ではないかと問いかける。その手がかりとして、いかにして社会を揺さぶり「ズレ」や「スキマ」をつくるか。その「余地」にこそヒントが隠されているという。 本書は、経済、感情、関係、国家、市場、援助、公平の章で構成され、社会を変えるための「ズレ」や「スキマ」を発見する手立てを模索している。 「構築人類学にできることは希望を可視化すること」だと筆者はいう。一人の人間にできることはちっぽけだが、そこから何か一歩でも踏み出せないか。しかしそれを行うのは、ひとりひとりの「わたし」の意識変化しかない。モースの『贈与論』と合わせて読むと理解が深まる一冊。 ただ、タイトルに「うしろめたさ」とつけたのは、あまり奏功したようには思えない。うしろめたさとは裏を返せば同調圧力を含んでしまうから。
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男女が最初に「呼び名」を変えること
努力や能力が報われる一方で、それらが足りなくても穏やかな生活が送れるフェアな場所。そんな理想的な社会を築くことができるのか?贈り物と商品の違いからヒントを与えてくれる本。人との格差からわきあがる自責の感情に注視し、そこからスキマを作る視点が新鮮。
関連する文学賞
- 毎日出版文化賞 第72回(2018年) ・奨励賞