日本の文学賞

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福田須磨子

ふくだ すまこ

Fukuda Sumako

プロフィール

性別
女性
生誕
1922-03-23 (長崎県長崎市浜口町)
死没
1974-04-02 (大阪府豊中市) 52歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
長崎県長崎市 → 大阪府四条畷市(在住歴) → 大阪府豊中市(晩年)

経歴

職業
詩人, エッセイスト, 作家
活動期間
1956年〜1973年
所属
長崎生活をつづる会, 長崎原爆被災者協議会

学歴

長崎県立長崎高等女学校
卒業年: 1938
国: 日本
最終学歴は高等女学校卒業

受賞歴

田村俊子賞
1969
対象作品: われなお生きてあり
主催: 田村俊子賞選考委員会
結果: 受賞

受賞・候補エディション

田村俊子賞 1回登壇
  1. 『われなお生きてあり』は福田須磨子による原爆文学。被爆後を生きる身体と声を通して、なお生きることの重さを記す。

    われなお生きてありは、時代の陰影の中で人が抱える痛みと意志を見つめる作品。

    442ページ
    原爆戦争生と死

作品

代表作

詩と随想・ひとりごと

1956年 詩集

ガリ版刷りで刊行されたデビュー詩集。被爆体験や平和への祈りを題材とした詩を含む。

被爆平和日常の記憶

原子野

1958年 詩集

被爆体験を中心に据えた詩集。戦後の苦悩と原爆の非人道性を詠む作品が収録されている。

被爆反核再生

烙印

1963年 詩集

被爆の記憶や社会への問いを刻んだ詩集。タイトルは心身に残る刻印を表現する。

記憶傷跡社会批判

生きる(被爆後二十年の生活記録)

1965年 記録・エッセイ

被爆から二十年後の生活を記録した随筆集。健康や生活の困難、被爆被害者の現状に触れる。

被爆後の生活健康問題証言

われなお生きてあり

1968年 自伝的小説

自伝的要素をもつ小説で、被爆体験と戦後の生活、病気や困窮の中での生きざまを描く代表作。

被爆生と死回復と抵抗

全著作

  • 詩と随想・ひとりごと
  • 原子野
  • 烙印
  • 生きる(被爆後二十年の生活記録)
  • われなお生きてあり
  • 長崎の証言 第4集(編著)
  • もういやだ(編著・復刻)
  • 原子野に生きる 福田須磨子集(編)

作風・主題

文体
率直で力強い語り口被爆体験を直接的に表現する詩情
頻出モチーフ
被爆平和への訴え生と死の対峙日常の記憶

健康

  • 被爆による後遺症
    1945-1974
    慢性的な健康問題と生活困窮を招き、創作活動や日常生活に大きな影響を与えた。
  • 全身性エリテマトーデス(紅斑症)
    1955-1974
    1955年に発症し、以後入退院を繰り返した。体調不良が創作と生活に制約を与えた。

評価・遺産

被爆体験を詩と随筆で伝え続けた被爆詩人。長崎では詩碑が建立され、没後も集いが続くなど反核・平和運動の象徴の一人として顕彰されている。

記念館・博物館

  • 爆心地公園詩碑(福田須磨子詩碑) 長崎市 平和公園(爆心地公園) 1975年開館
  • 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館(関連施設) 長崎市

関連学会

  • 長崎原爆被災者協議会
  • 長崎の証言の会

資料所蔵先

  • 長崎県立長崎図書館 郷土資料センター(福田須磨子プロフィール)
  • 汐文社刊行『原子野に生きる 福田須磨子集』関連資料

大衆文化への影響

  • 没後50年の集い(長崎、2024年)で朗読や講演が行われる
  • 令和6年(2024年)長崎平和宣言で詩が引用される

豆知識

  • 1955年、朝日新聞に詩「ひとりごと」が掲載され大きな反響を呼んだ。
  • 1975年に長崎市の爆心地公園に詩碑が建立され、命日には集いが行われる。
  • デビューは1956年のガリ版刷りの詩集『詩と随想・ひとりごと』。