日本の文学賞

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橋本 夢道

はしもと むどう

Hashimoto Mudo

別名: 橋本 淳一
ペンネーム: 橋本 夢道俳号(本名は橋本淳一)

プロフィール

性別
男性
生誕
1903-04-11 (徳島県名東郡北井上村(現・板野郡藍住町))
死没
1974-10-09 71歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
徳島県名東郡北井上村(現・板野郡藍住町) → 東京(深川、銀座、月島)

経歴

職業
俳人, 編集者, 甘味処経営関係者, 丁稚・店員
活動期間
1922年〜1974年
所属
層雲(投句、井泉水に師事), 旗→プロレタリア俳句誌(創刊参加), 俳句生活(創刊、編集担当), 新俳句人連盟(創立参加), 秋刀魚(創刊), 月ヶ瀬(甘味処、創業参加・戦後は役員)
所属団体
新俳句人連盟
影響を受けた人物
荻原井泉水, 栗林一石路, 横山林二

学歴

小塚尋常小学校
国: 日本
卒業後、藍玉問屋の奥村商店に丁稚として奉公。その後14歳で深川の東京支店へ抜擢。

受賞歴

多喜二・百合子賞
1975
対象作品: 無類の妻
主催: 多喜二・百合子賞選考委員会
結果: winner

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: 無類の妻

    自由律俳句の俳人・橋本夢道が、妻との生活と老いを見つめた句集。生活者としての実感と反骨の気配が、多喜二・百合子賞の文脈で評価された。

    妻と暮らす日々のなかに、自由律俳句の率直な呼吸がある。

    自由律俳句夫婦生活老い

作品

代表作

橋本夢道句集 無礼なる妻

1954年 俳句

庶民的な視点とユーモア、反骨精神を併せ持つ句が収められた代表句集。

庶民生活ユーモア反骨精神自由律

橋本夢道第二句集 良妻愚母

1964年 俳句

家庭や日常の機微を捉えた句を中心とした第二句集。

家庭庶民生活女性像ユーモア

無類の妻 橋本夢道句集

1973年 俳句

生前最後期の句集の一つ。没後この句集により1975年に多喜二・百合子賞を受賞。

戦後庶民文学生活の諧謔

橋本夢道全句集

1977年 俳句

全集として刊行された句集(没後刊行)。全期の句を収める。

生涯の句庶民生活自由律

母郷 橋本夢道句集

2009年 俳句

徳島にまつわる句を中心に編まれた後年の復刻・編纂物。

郷土回想

全著作

  • 『橋本夢道句集 無礼なる妻』未來社、1954年8月。
  • 『橋本夢道第二句集 良妻愚母』未來社、1964年7月。
  • 『無類の妻 橋本夢道句集』昭森社、1973年9月。
  • 『橋本夢道句集』海程戦後俳句の会〈戦後俳句作家シリーズ35〉、1977年5月。
  • 『橋本夢道全句集』未來社、1977年10月。
  • 『無類の妻 橋本夢道句集』(新日本出版社〈新日本文庫〉)、1983年10月。
  • 『無禮なる妻 橋本夢道句集』(新装版)未來社、2009年1月。
  • 『母郷 橋本夢道句集』徳島県立文学書道館〈ことのは文庫〉、2009年3月。

作風・主題

文体
自由律俳句プロレタリア俳句的傾向庶民詩的表現ユーモアと反骨
頻出モチーフ
食べ物庶民生活獄中(投獄経験)郷土(徳島)

評価・遺産

プロレタリア俳句運動の中心人物の一人として、自由律を用いた庶民的な俳句表現を志した。戦前の弾圧や獄中経験を経ながらもユーモアと明るさを失わない句風が評価され、没後に句集『無類の妻』で多喜二・百合子賞を受賞した。月島の資料室や鳴門市の句碑など地域での顕彰もある。

記念館・博物館

  • 橋本夢道資料室(夢道サロン) 東京都中央区月島(詳細不明)
  • 徳島県立文学書道館(関連所蔵) 徳島県徳島市

関連学会

  • 新俳句人連盟

資料所蔵先

  • 橋本夢道資料室(東京・月島)
  • 徳島県立文学書道館 所蔵資料

大衆文化への影響

  • あんみつの発案者とされる伝説(『月ヶ瀬』での考案)
  • 甘味処の宣伝に俳句を用いた広告手法
  • 鳴門市に建立された句碑

引用

  • 農民が生産しながら歌っている稗搗歌、米搗歌、俚謡、俗曲のように共同に生きつらぬく文学でありたい
    出典: 『無礼なる妻』あとがき (1954年)
  • うごけば、寒い
    出典: 獄中の句
  • 無礼なる妻よ毎日馬鹿げたものを食わしむ
    出典: 終戦時の句

豆知識

  • あんみつの発案者とされる(『月ヶ瀬』での考案と言われる)
  • 甘味処の宣伝に自作の俳句を用いて電通に広告を依頼した
  • 新興俳句弾圧事件に連座し拘留された経験がある
  • 没後1975年に句集『無類の妻』で第7回多喜二・百合子賞を受賞