日本の文学賞

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丸木 俊

まるき とし

Maruki Toshi

別名: 赤松俊子 / 丸木俊子
ペンネーム: 赤松俊子結婚後1956年までは本名の赤松俊子で活動, 丸木俊子一時期(1957年 - 1964年頃)に使用した女絵かきの名

プロフィール

性別
女性
生誕
1912-02-11 (北海道雨竜郡秩父別村 善性寺)
死没
2000-01-13 (埼玉県毛呂山町(病院)) 87歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
北海道(出生地) → 千葉県松戸市(移住の試み) → 東京都・豊島区長崎(アトリエ村) → 埼玉県東松山市(原爆の図丸木美術館開設以後) → 市川市(代用教員時代の間借り生活)

経歴

職業
洋画家, 絵本画家, 挿絵画家, 初等教育教員
活動期間
1933年〜2000年
影響を与えた人物
いわさきちひろ

学歴

女子美術専門学校(現 女子美術大学)
師範科西洋画部 / 西洋画
卒業年: 1933
国: 日本
師範科西洋画部を卒業

受賞歴

国際平和賞(世界平和評議会)
1953
対象作品: 原爆の図(位里との共作)
主催: 世界平和評議会
結果: 受賞
ゴールデンアップル賞(ブラティスラヴァ世界絵本原画展)
1971
対象作品: 『日本の伝説』(松谷みよ子 文、位里・俊 画)
主催: ブラティスラヴァ世界絵本原画展
結果: 受賞
ソフィア特別賞(第3回反ファシズム・トリエンナーレ国際具象美術展)
1979
対象作品: 『三国同盟から三里塚まで』
主催: 反ファシズム・トリエンナーレ国際具象美術展(ソフィア)
結果: 受賞
第3回絵本にっぽん大賞
1980
対象作品: 『ひろしまのピカ』
主催: 絵本にっぽん賞(全国学校図書館協議会関連)
結果: 受賞
ミルドレッド・バチェダー賞(全米図書館協会)
1980
対象作品: 『ひろしまのピカ』
主催: 全米図書館協会
結果: 受賞
ボストン・グローブ=ホーンブック賞
1980
対象作品: 『ひろしまのピカ』
主催: ボストン・グローブ/ホーンブック財団
結果: 受賞
ジェーン・アダムズ平和賞
1980
対象作品: 『ひろしまのピカ』
主催: ジェーン・アダムズ平和賞選考委員会
結果: 受賞
第32回小学館絵画賞
1982
対象作品: 『みなまた海のこえ』
主催: 小学館
結果: 受賞
講談社文化賞・絵本賞
1984
対象作品: 『おきなわ島のこえ』
主催: 講談社
結果: 受賞
第30回赤い鳥文学賞 特別賞
2000
主催: 赤い鳥文学賞選考委員会
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 水俣の海とそこに生きる人々の声を、力強い絵と言葉で伝える絵本。公害の痛みを子どもにも届く形で描き、失われた暮らしへのまなざしを促す。

    みなまた海のこえは、水俣病を軸に人間の感情と時代の気配を描く作品です。

    200ページ
    水俣病絵本公害

作品

代表作

原爆の図(全体シリーズ)

1950年 洋画(壁画・連作)

丸木位里と共同で制作した連作の壁画群。広島原爆の惨状と被爆者の苦しみを描き、国内外で巡回展を行い反戦・平和のメッセージを伝えた。

原爆戦争と平和被害と記憶人間の尊厳
映像化・舞台化
  • [映画(記録映画)] 原爆の図(1953年 映画) / 今井正 / 青山通春 (1953)

ピカドン

1950年 絵本

原爆の図と連動して刊行された絵本。原爆の記憶を子どもにも伝えるための絵本作品。

原爆記憶反戦

ひろしまのピカ

1980年 絵本

被爆体験や原爆の影響を題材にした絵本。国内外で評価され、多数の海外賞を受賞、15か国語圏で翻訳出版された。

原爆平和教育被爆児の視点

全著作

  • 絵ハ誰デモ描ケル(1949年)※赤松俊子名義
  • ピカドン(1950年)
  • 幽霊 原爆の図世界巡礼(1972年)
  • 女絵かきの誕生(1977年)
  • ひろしまのピカ(1980年)
  • みなまた海のこえ(1983年)
  • おきなわ島のこえ(1984年)
  • 言いたいことがありすぎて(1987年)

翻案

  • 映画『原爆の図』(1953年)
  • 映画『水俣の図・物語』(1981年)
  • 映画『劫火―ヒロシマからの旅』(1986年/製作:ジャン・ユンカーマン、ジョン・W・ダワー)

作風・主題

文体
表現主義的な描写記録的・叙事的な大作児童向けには抑制された語りと象徴性
頻出モチーフ
原爆と被害者の姿戦争の記憶差別・公害・社会問題への告発海・子ども・民話

健康

  • 敗血症
    2000年1月13日に敗血症のため死去(87歳)

評価・遺産

丸木俊は位里との共同制作『原爆の図』で世界的に知られる洋画家・絵本画家であり、戦争と被害の記憶を描き続けた。原爆の図丸木美術館をはじめ、多数の国内外展覧会と受賞を通じて反戦・平和表現の代表的存在となった。

記念館・博物館

  • 原爆の図丸木美術館 埼玉県東松山市 1967年開館

資料所蔵先

  • 原爆の図丸木美術館所蔵資料・アーカイブ

大衆文化への影響

  • 複数の映画化・記録映画(『原爆の図』『劫火―ヒロシマからの旅』など)

豆知識

  • 出生名は赤松俊(のちに赤松俊子/丸木俊子を経て丸木俊)である。
  • 『ひろしまのピカ』は約15か国語圏で翻訳出版された。
  • 原爆の図は位里との共同制作で、世界巡回展が行われた。