日本の文学賞

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長谷川 路可

はせがわ ろか

Hasegawa Roka

別名: 杉村 龍三 / 長谷川 龍三
ペンネーム: 路可洗礼名ルカに由来する雅号

プロフィール

性別
男性
生誕
1897-07-09 (東京府)
死没
1967-07-03 (イタリア・ローマ) 69歳
国籍
日本
言語
日本語, フランス語, イタリア語
宗教
カトリック 1914年受洗 洗礼名: ルカ
居住地歴
東京府(生誕地) → 鵠沼(藤沢) → 目白(東京) → パリ(フランス) → チヴィタヴェッキア(イタリア) → ローマ(イタリア)

経歴

職業
日本画家, フレスコ画家, モザイク画家, 美術教育者, 挿絵画家
活動期間
1915年〜1967年
所属
カトリック美術協会, 新興大和絵会, 国画院, F・M(壁画集団), 日本美術家連盟
所属団体
カトリック美術協会, サロン・ドートンヌ(会員), 日本美術家連盟
影響を受けた人物
松岡映丘, 渡邊華石, シャルル・ゲラン, ポール・アルベール・ボードワン
影響を与えた人物
原田恭子(門下), 宮内淳吉(門下), F・M(多くのフレスコ・モザイク作家)

学歴

暁星学校(暁星小学校・中学校)
期間: 1904-1915
卒業年: 1915
国: 日本
暁星の寄宿舎に入居。渡邊華石に学ぶなど学生時代に画才を伸ばす。
東京美術学校(旧制)
日本画科 / 日本画
期間: 1916-1921
卒業年: 1921
国: 日本
卒業制作《流さるる教徒》。松岡映丘に師事。
エコール・デ・ボザール(フォンテーヌブロー フレスコ研究所)
フレスコ研究
期間: 1921-1926
国: フランス
シャルル・ゲラン門下で洋画を学び、フォンテーヌブローでフレスコ技法を修得。

受賞歴

菊池寛賞(第8回)
1960
対象作品: 日本聖殉教者教会の壁画制作など
主催: 菊池寛賞選考委員会
結果: 受賞
レオポルド2世勲章(シュヴァリエ)
1925
主催: ベルギー政府
結果: 受章
コローナ・デ・イタリア勲章(カヴァリエーレ)
1930
主催: イタリア政府
結果: 受章
旭日小綬章(追贈)
1967
主催: 日本政府
結果: 追贈

受賞・候補エディション

菊池寛賞 1回登壇
  1. 受賞作: 日本二十六聖人殉教大壁画

    イタリアの教会に描かれた日本二十六聖人の殉教図を中心とする大壁画。宗教画の伝統と日本人画家の視線を結び、海外の聖堂空間に日本の殉教史を刻んだ作品。

    フレスコの壁面に、日本の殉教史が祈りとして広がる。

    壁画宗教美術日本二十六聖人

作品

代表作

流さるる教徒

1921年 日本画

東京美術学校の卒業制作。キリスト教徒を主題にした日本画で、初期の宗教性の志向を示す作品。

キリスト教殉教宗教主題

切支丹曼荼羅

1927年 日本画・宗教画

大和絵風に描かれたキリシタンの歴史を一幅に描き、バチカンの宣教民族美術館へ献納された作品。

宣教キリスト教日本史

聖母子・教会の復活と聖ミカエル・殉教者と聖ザビエル

1928年 フレスコ

日本で最初期のフレスコ壁画の一つとして制作。伊東家聖堂(後の喜多見教会)に設置された。

フレスコ聖母子宗教物語

受胎告知(屏風)

1949年 日本画(屏風)

1949年のカトリック美術協会展に出品された二双一曲の屏風絵。1950年のバチカン主催宣教美術展に出展され、ウルバニアーナ大学所蔵となる。

受胎告知宗教画屏風

日本二十六聖人殉教図(祭壇画)

1954年 フレスコ・祭壇画

チヴィタヴェッキア日本聖殉教者教会のために制作した祭壇画の大作。欧州で学んだフレスコ技術と日本画の表現が融合している。

殉教宣教日伊交流

勝利 / 栄光(メインスタンド壁モザイク)

1964年 モザイク

旧国立霞ヶ丘競技場メインスタンドの正面に制作された大型モザイク壁画。《勝利》《栄光》として知られる。

スポーツ施設モザイク装飾壁画

長崎への道

1967年 フレスコ

長崎・日本二十六聖人記念館のために制作された遺作的な大作。1967年制作。

長崎殉教記念

全著作

  • 美術に現れたる服装乃話(1942)
  • 服装の美學 デザインの仕方(1947)
  • 図解服装史(1948)
  • 服装の移り変り(共著・1958)
  • デザイン講座(1962)
  • 長谷川路可画文集(編・1989)

翻案

  • 日伊合作映画『マダム=バタフライ』 タイトルバック(制作協力)

作家による翻訳

  • (共訳)岡倉覚三『茶の本』仏訳関連の仕事(1927)

作風・主題

文体
大和絵(日本画)の技法と西洋フレスコ技法の融合装飾美と叙事性を併せ持つ壁画表現宗教的主題に対する静謐で象徴的な表現
頻出モチーフ
聖母子像殉教者・宣教師の場面和装の聖像祭壇画・天井画・モザイク

健康

  • 心臓病
    1966
    1966年に入院。制作と活動に制約が生じた。
  • 脳溢血(脳卒中)
    1967
    1967年に脳溢血を発症しローマで死去。遺作を残した。

評価・遺産

長谷川路可は、日本画(大和絵)を基礎に西洋のフレスコ・モザイク技法を導入して壁画制作を拓いた先駆者であり、カトリック主題の宗教画や公共空間の装飾美術において国際的に評価される。教育者としても多くの門下を育て、戦後日本のフレスコ・モザイク表現の発展に寄与した。

記念館・博物館

  • 東京芸術大学大学美術館 東京都台東区
  • バチカン宣教民族美術館 バチカン市国
  • 日本二十六聖人記念館 長崎県長崎市
  • アーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館 所蔵) 東京都中央区

関連学会

  • カトリック美術協会
  • 日本美術家連盟
  • 国画院

資料所蔵先

  • 東京国立博物館(中央アジア壁画模写所蔵)
  • 東京藝術大学大学美術館(所蔵)
  • 石橋(ブリヂストン)コレクション(現・アーティゾン美術館)

大衆文化への影響

  • 日伊合作映画『マダム=バタフライ』のタイトルバックに関与
  • チヴィタヴェッキア市 名誉市民に推挙

引用

  • 祭壇の周囲に描かれたこの壁画が、感動すべき日本信徒の殉教をわれらに知らせたばかりではなく、画家がイタリアで学んだ技術を立派な形でわれらに示したことに注目しなければならない。
    出典: コスタンティーニ枢機卿(祝辞・1954年 壁画完成式) (1954年)

豆知識

  • チヴィタヴェッキア市から名誉市民に推挙された。
  • 1954年の日本聖殉教者教会壁画完成式には枢機卿や各国関係者が列席した。
  • 石橋正二郎の支援でバチカン所蔵の名画模写を行い、その作品が日本の美術館に収蔵された。
  • 作品の多くは建築物に描かれており、建物解体や戦災により遺失したものが多数ある。