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第29回(1975年) 受賞受賞作: 陸軍特別攻撃隊
『陸軍特別攻撃隊』は、高木俊朗が特攻をめぐる証言と資料に基づいて構成した記録文学である。軍の組織、命令、若者たちの死をめぐる構造を追い、戦争の記憶を個人の悲劇だけでなく制度の問題として描く。
特攻を、証言と構造の両面から見つめ直す記録文学。
494ページ戦争特攻記録文学証言軍組織
高木 俊朗
たかぎ としろう
Takagi Toshiro
プロフィール
- 性別
- 男性
- 生誕
- 1908-07-18 (東京都)
- 死没
- 1998-06-25 89歳
- 国籍
- 日本
- 言語
- 日本語
- 居住地歴
- 東京都 → 鹿児島県知覧町(現:南九州市) → ブラジル(1952年滞在)
経歴
- 職業
- 映画監督, 脚本家, ノンフィクション作家, 小説家, ジャーナリスト
- 活動期間
- 1933年〜1998年
- 所属
- 松竹蒲田撮影所, 富士スタジオ, 日本映画社, 陸軍映画報道班, 朝日新聞社(出版)
- 影響を受けた人物
- 清水宏
- 影響を与えた人物
- 鴻上尚史
学歴
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| 早稲田大学 | 政治経済学部 | — | 学士 | 〜1933 | 日本 |
早稲田大学
政治経済学部
学位:
学士
期間:
〜1933
卒業年:
1933
国:
日本
卒業後に松竹蒲田撮影所に入社
受賞歴
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1954 | ブルーリボン賞 | 白き神々の座 | — | 東京映画記者会 | 受賞 |
| 1975 | 菊池寛賞 | 陸軍特別攻撃隊 | — | 菊池寛賞選考委員会 | 受賞 |
ブルーリボン賞
1954
対象作品:
白き神々の座
主催:
東京映画記者会
結果:
受賞
菊池寛賞
1975
対象作品:
陸軍特別攻撃隊
主催:
菊池寛賞選考委員会
結果:
受賞
受賞・候補エディション
菊池寛賞
1回登壇
作品
代表作
イムパール
1949年 戦記第33師団などの苦闘を描いたインパール作戦に関する初期の戦記。自身が報道班として従軍した体験に基づき、作戦の無謀さと兵士の悲惨さを描く。
インパール作戦戦争の悲惨さ軍上層部の責任
遺族 戦歿学徒兵の日記をめぐって
1957年 ノンフィクション戦没学徒兵の遺した日記や遺族への取材をもとに学徒出陣と遺族の視点を描いたノンフィクション。戦争の現実と遺族の苦悩を照らし出す作品。
学徒出陣遺族の証言戦争の記憶
映像化・舞台化
- [テレビドラマ] 遺族(NHKドラマ) / 脚本: 山田洋次 (screenplay by Yoji Yamada) (1961)
知覧
1965年 ノンフィクション鹿児島県知覧を拠点とした特攻隊員たちとその周囲の人々の証言を丹念にまとめたノンフィクション。特攻作戦の個人的側面と組織の問題点を描く。
特攻証言慰霊と記憶
映像化・舞台化
- [テレビドラマ(参考)] 空よ海よ息子たちよ(TBS特別ドラマ) / 脚本: 木下惠介 (screenplay by Keisuke Kinoshita) (1981)
陸軍特別攻撃隊(上・下)
1974年 ノンフィクション二十余年の調査に基づく特攻隊に関する大著。組織的背景や責任の所在を追及し、特攻が単なる殉国の美談ではないことを明らかにした。
特攻組織病理責任追及
抗命 インパール作戦烈師団長発狂す
1966年 戦記第31師団長佐藤幸徳中将の行動に焦点を当て、インパール作戦における指揮系統と責任を検証した作品。後に文庫化にあたり加筆・訂正が行われた。
指揮責任インパール作戦史料検証
戦死
1967年 戦記インパール作戦の各部隊の戦闘模様と将兵の運命を描き、軍指導部の責任を問いかける作品。
戦闘記録軍の責任
全滅 インパール作戦 戦車支隊の最期
1968年 戦記戦車支隊を中心に、井瀬支隊などの悲惨な戦闘状況を描いた記録。被害と指揮の不備を明らかにする。
部隊壊滅指揮の失敗
憤死 インパール作戦 痛根の祭師団参謀長
1969年 戦記第15師団の事例を通じて、作戦命令の矛盾と幹部の苦悩を描き、上層部の責任を問い直す。
命令の矛盾将校の苦悩
白き神々の座 日本ヒマラヤ登山隊の記録
1954年 記録映画/ドキュメンタリー日本のヒマラヤ登山隊を記録したドキュメンタリー作品。高木は演出を担当し、同作でブルーリボン賞を受賞した。
探検記録映像記録
ルソン戦記 ベンゲット道
1985年 戦記ルソン島の戦闘の一端を、ベンゲット道などを中心に描いた戦記。多年的な取材に基づく証言集成的な性格を持つ。
フィリピン戦線証言集
全著作
- イムパール(1949)
- 遺族 戦歿学徒兵の日記をめぐって(1957)
- 知覧(1965)
- 抗命(1966)
- 戦死(1967)
- 全滅(1968)
- 憤死(1969)
- 狂信(1970)
- 焼身(1972)
- 陸軍特別攻撃隊(1974-1975)
- 白き神々の座(1954・映画)
- ルソン戦記 ベンゲット道(1985)
- 戦記作家高木俊朗の遺言(2006、編纂)
翻案
- 遺族(NHKドラマ、1961)
- 空よ海よ息子たちよ(TBS特別ドラマ、1981)
- 白き神々の座(1954・記録映画)
作風・主題
- 文体
- 事実と証言を重視するルポルタージュ的文体詳細な史料検証と加筆修正による精査叙事的で記録重視の記述
- 頻出モチーフ
- 軍上層部の無責任と傲慢兵士・特攻隊員の人間的苦悩戦争の悲惨さと記憶の継承
健康
-
右腎臓癌19981998年に逝去。執筆・講演活動を終えた。
評価・遺産
高木俊朗は徹底した取材と現場証言を基礎に、インパール作戦や特攻に関する詳細な記録を残した戦記作家である。軍上層部の責任を追及する視点から高い評価を受ける一方、取材手法や表現の点で論争も生んだ。
記念館・博物館
- 冨士霊園 文学者之墓(高木俊朗墓所) 静岡県駿東郡小山町 冨士霊園
資料所蔵先
- 国立国会図書館(NDL)所蔵・識別子: ndlna/00077437
- CiNii(論集・書誌データベース)
大衆文化への影響
- 著作のテレビドラマ化(NHK、TBSなど)
- 劇作家・演出家への影響(例:鴻上尚史が作品に触発された)
引用
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日本はもとより、この地球上に、再び特攻作戦を実現させてはならない。
出典: 『遺族』(1957)および特攻関連の論述 (1957年)
豆知識
- 早稲田大学政治経済学部を1933年に卒業し、卒業後に松竹蒲田撮影所に入社した。
- 1954年の記録映画『白き神々の座』でブルーリボン賞を受賞。
- 1975年に『陸軍特別攻撃隊』で菊池寛賞を受賞。
- 1998年に右腎臓癌で逝去。本人の遺志で葬儀は行われなかった。