遣唐使 (岩波新書 新赤版 1104)
『遣唐使』は、東野治之による毎日出版文化賞の受賞作。空海の生涯において、延暦二十三年(八〇四) の入唐が大きな転機となったことは、改めて述べるまでもない。はじめ正式な学問僧でもなかった空海が、唐土着岸後、優れた才覚で入京を果たし、青龍寺の恵果阿閣梨から真言密教の奥義皆伝を受けて早速帰国したことは、単に空海にとどまらず、日本の歴史にとってまことに意義深いことであった。しかし、入唐の事情や入唐までの前半生に関しては謎が多い。この点は、史料の残りがよい最澄の場合と、好対照といってよかろう。ただ、これまで十分に検討されていない史料もないわけではない。それに注目しながら、空海の入唐に至る経緯と事情を再考してみたい。
作品情報
空海の生涯において、延暦二十三年(八〇四) の入唐が大きな転機となったことは、改めて述べるまでもない。
『遣唐使』は、東野治之による毎日出版文化賞の受賞作。空海の生涯において、延暦二十三年(八〇四) の入唐が大きな転機となったことは、改めて述べるまでもない。はじめ正式な学問僧でもなかった空海が、唐土着岸後、優れた才覚で入京を果たし、青龍寺の恵果阿閣梨から真言密教の奥義皆伝を受けて早速帰国したことは、単に空海にとどまらず、日本の歴史にとってまことに意義深いことであった。しかし、入唐の事情や入唐までの前半生に関しては謎が多い。この点は、史料の残りがよい最澄の場合と、好対照といってよかろう。ただ、これまで十分に検討されていない史料もないわけではない。それに注目しながら、空海の入唐に至る経緯と事情を再考してみたい。
書籍情報
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 2007-11-20
- ページ数
- 220ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 1 x 10.7 x 17.3 cm
- ISBN-13
- 9784004311041
- ISBN-10
- 4004311047
- 価格
- 1122 JPY
- カテゴリ
- 本/ノンフィクション/歴史・地理・旅行記/歴史/日本史
中国で、遣唐留学生「井真成」の墓誌が発見されたというニュースは、まだ耳に新しい。国家の使節として、また留学生・留学僧として海を渡った人々は何を担い、何を求め、何を得てきたのだろうか。遣隋使と遣唐使を通時的にとらえる視点から、7、8、9世紀の約300年にわたる日本古代外交の実態と、その歴史的な意義を読み解いていく。
レビュー
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遣唐使を知ることで新たに見えてくるものがある。
遣唐使について、高校日本史や受験参考書も兼ねた山川出版社の「詳説日本史研究」のレベルを越えた知識を得るべく、読みました。教科書での遣唐使に用意されたスペースと、新書1冊のそれは比較になるはずがありません。したがって、読む前から詳しい知識がそこにあることは自明でありました。さらに、目的意識を持った読者としては強烈な知的好奇心を強く刺激されることを期待するものであります。 結果的に期待以上のものを得ることができました。抽象的なレベルでは、当時の日本と唐の交流の目的は意外と多くの目的をもっていたことがわかり、そのために多くの国力を注いだことが理解できました。このことと関連して、送る使節団が大規模であったこと、時期によって人数や船の隻数は異なるものの、多いときは4、5百人が4隻に分乗していたようです。 任務をもって唐に渡る人々の出自や現地での多様な行動(滞在する期間や仕事や勉強に従事する形)に驚きます。阿倍仲麻呂は科挙に合格し、唐の役人になり今のベトナムの一部あたる安南の節度使まで務めたようです。当然、鑑真のことも触れられています。 どんな知識も、より広く深く求めることで、結果的に知識量が増えるだけでなく、期待以上の何かを掴める気がしました。本書では、日中交流の歴史に関することや、交通の発達事情がわかリ、海を渡ることのリスクもより具体的に理解できました。
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遣唐使(岩波新書)気に入りました。
大学の講義に使うため購入しようと思いましたが、新しいものは書店になく、アマゾンで中古品を購入しました。 まだ、全部を読んでいませんが、古の遣唐使について詳しく書いてあり気にいりました。
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勉強になった
2007年刊行。 歴史の授業で習った程度の遣唐使について、この本は勉強になった。 当時の日本という国の状況、そして中国。 国交を通じて日本が学んだことはあまりあるほど大きい。 学術書的でありながら平易な文章で読みやすいのがありがたい。 中身も濃いし良かったです。
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遣唐使のことは一応わかるが、学者談義が多く消化不良
遣唐使について、そのルートや使節の構成員たち、贈り物などについて解説してくれている本です。 遣隋使、遣唐使と多くの人々が中国に渡っていったのに、その逆はなかったわけで、当時の中国と日本の関係が、その文化、文明度において中国がはるかに優っていたことがわかりました。 日本からの留学生の僧たちが片っ端から経典などを持ち帰ったのに対して、日本が中国へ朝貢したものは、銀や火打ち石といった素材がほとんどで、中国にとって日本から学ぶものは何もないといった感じです。小野妹子の遣隋使で「日出るところの天子」と書いた国書を出してしまったせいで中国皇帝を怒らせてから反省して、皇帝に面会するときはへりくだった態度をとりながら、日本の国内では天皇を世界の中心として中国を蛮国扱いしているところが、独りよがりで強がっている感じです。 ということで遣唐使についての一通りの一般知識は得られますが、説明が時々前後したりで、あまり上手くはありません。最澄や空海の話も浅くて、司馬遼太郎「空海の風景」の方が彼らの遣唐使の旅についてはずっと面白かったです。 その代わりに学者先生の本に時々ありがちな、細かい話の学者談義が多い。 本書で遣唐使が無事に還ってこられたのは6割に過ぎないと書かれていますが、何が大変だったのかの説明がなく、陸路も大変だったと言いながら、揚州から洛陽まで運河沿いに舟に乗ったと書いてあって何が大変なのかわからない。全体的にそういった感じで消化不良が多かったです。
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実証的に遣唐使の実態をうかがう
「はしがき」に「遣唐使の実態について普及されていることがらは、思いのほか少ない」「遣唐使全体を扱った一般読者向けの本は、(略)ここ半世紀余りも出ていない」とあるのを見て、「確かにそうだなあ」と感じた。小学校の歴史の授業でも登場するくらい有名なことであるが、一般ではせいぜい中学校の教科書レベルまでの内容しか知られていないであろう。それ以上は大学の専門レベルの内容になり、よほど興味がない限りふれることのない話になってくる。 また、著者が同じく「はしがき」で触れているように、遣唐使というと正倉院の遺物とか、留学生とか言った文化交流の側面が強調され(学校教育の内容もそれに準じている)、日中政治史から見た遣唐使という側面は軽視されてきた。日中交流は微妙な問題もあるので、当たり障りのよい文化交流を前面に出してきたと言うことだろう。歴史研究が政治的思惑から解放されてきた昨今、やっと遣唐使本来の目的であった政治的側面が日の目を見ることになったと言えるだろう。 著者の執筆のスタンスは実証的である。 学者らしく、文献を中心とした史料から遣唐使を分析し、奈良・平安という時代における日中の交流について冷静な視点を持って記述している。「日没する処の天子」と隋に対等の関係を要求したとか、失明しながらも日本の仏教興隆に検診した鑑真とか、帰国の念願かなわず異境で果てた阿倍仲麻呂とか、とかくロマンをもって語りがちなテーマも、仏教経典の文句を引用したとか、なかば干されて当初の意図がかなわなかったとか当時の状況や史料から現実の姿を描き出している。そういった活きた姿のほうがよほどロマンとドラマにあふれていると感じるのは私だけだろうか。 「歴史が好き」という人々はいろいろな志向があるが、この本は歴史学への興味が強い人に薦めたい。歴史小説的なドラマやロマン、教訓話を期待する向きにはあまり面白くないだろう。
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知っているようで知らない日本史の一面「遣唐使」
教科書に必ず出て来ることからなんだか知っているような気にさせられるものの、実体や詳細についてはあまり知らない事柄の代表のような「遣唐使」という、日本の古代政府の中国への使節・留学生派遣制度への入門書として最適だと思います。1000円弱で2018年現在も古本でなく手に入り、「新書とはこういうもの」のいい例だと思います。
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遣隋使と遣唐使
遣隋使と遣唐使は、日本と中国の関係を深めるための大事な鍵を握っている。 文化と経済の要である。 遣隋使と遣唐使の詳細を追いかけていって、中国と日本の文化を解剖していくと、 今後の中国と日本の友好関係の絆が見つかるかもしれない。
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遣唐使の概要がつかめる
私が本書から新たに仕入れた知識のひとつは、遣唐使船の遭難の理由である。もちろん航海技術が未熟だったせいもあるが、唐の都で行われる元旦朝賀の儀礼に参列するのが原則だったため、航海するのに相応しくない夏に出発しなければならなかったのである。 一方で、道教を日本に持ち込まなかったり、朝廷への影響力を削ぐため鑑真を唐招提寺に囲い込んだりと、当時でも中国文化をふるいにかけて享受していた様が読み取れる。
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