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原発のコスト――エネルギー転換への視点 (岩波新書)

大佛次郎論壇賞

原発のコスト――エネルギー転換への視点 (岩波新書)

大島堅一

『原発のコスト』は、原子力発電が安いという通念を、立地対策費、廃炉、事故処理、使用済燃料などの費用から検証する岩波新書。エネルギー転換を経済的合理性の面から論じる。

原子力発電エネルギー政策コスト再生可能エネルギー脱原発

作品情報

見えにくい費用を積み上げ、脱原発と再生可能エネルギーへの転換をコスト論から問い直す。

岩波新書。発電単価だけでなく、立地支援、バックエンド費用、事故被害、再生可能エネルギー導入の費用を比較し、原発依存の合理性を問い直す。

レビュー要約

  • 公開データをもとに原発の費用構造を整理し、政策判断に必要な論点を示す本として参照されている。事故後のエネルギー議論を数字から考える入口になる。

書籍情報

出版社
岩波書店
発売日
2011-12-21
ページ数
240ページ
言語
日本語
サイズ
11 x 1 x 17 cm
ISBN-13
9784004313427
ISBN-10
4004313422
価格
152 JPY
カテゴリ
本/ノンフィクション/ビジネス・経済/その他

原発の発電コストは他と比べて安いと言われてきたが、本当なのか。立地対策費や使用済み燃料の処分費用、それに事故時の莫大な賠償などを考えると、原子力が経済的に成り立たないのはもはや明らかだ。原発の社会的コストを考察し、節電と再生可能エネルギーの普及によって脱原発を進めることの合理性を説得的に訴える。

大島堅一 (おおしまけんいち) 1967年福井県生まれ 1997年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得.経済学博士. 現在─立命館大学国際関係学部教授 専攻─環境経済学,環境・エネルギー政策論 著書─『再生可能エネルギーの政治経済学』(東洋経済新報社) 『アジア環境白書2010/11』(共著,同上) 『環境の政治経済学』(共著,ミネルヴァ書房)ほか

レビュー

  • 「私は、若者に賭けたいと思います」

    本書は『原発のコスト』というタイトルから分かる通り、あくまでもコストについて語った本である。そして、コストだけではない、たくさんの数字が本書にはでてくる。その数字をざっと紹介していこう。 ・スリーマイル島事故は数日で収束。チェルノブイリ原発事故は二週間で収束して、七ヶ月で石棺封じ込め。福島第一原発は事故から数ヶ月たっても収束のめどたたず。 ・大気への放射性物質の放出は、事故直後数日間は一時間ごとに2000兆ベクレル。四ヶ月過ぎた時点で、一時間ごとに2億ベクレル。中越沖地震の際、柏崎刈羽原発からの放射能漏れが問題になったが、あれは4億ベクレル。 ・福島第一原発事故により避難を強いられている人の数は15万人。 ・東京電力の計算では、福島第一原発の一〜六号機全体の廃炉費用は1兆6839億7000万円。しかし、チェルノブイリ原発事故では2350億ドル(約19兆円)かかっている。 ・電事連はこれまで、運転期間40年、設備利用率80%のモデル計算によって、原子力発電が他の発電方法よりも安いと計算。しかしこの前提は非現実的(またこのモデル計算でも、条件によっては原子力は石炭やLNGより高い)。 ・モデルではなく実績値で発電のコストを計算すると、一キロワット当たり、原子力は10.25円、火力は9.91円、水力は7.19円(※なお原子力については、放射性廃棄物の処分コスト、いわゆるバックエンドコストを含めずともこの数字)。 ・原子力発電所の立地にあたっては、自治体には、環境影響評価の対象になった翌年度から、(建設期間を10年とした場合)運転開始までに449億円が交付される。運転開始後は年間約20億円が交付される。 ・たとえば中国電力上関原発をめぐっては、未着工段階から(1984〜2010年)、人口3550人の上関町に総額45億円の交付金。上関町は室内プールなどを作る(なお、プールの目の前はきれいな海)。上関町の税収は約2億円。そこに原発がらみの歳入が14億円。 ・放射性廃棄物の処分コスト、いわゆるバックエンドコストについては、総合資源エネルギー調査会(経産省の審議会)がこれを18兆8000億円と計算しているが、実際の額はもっと高くなると想定される。 ・18兆8000億円の計算にもとづいて2005年に法律が作られ、再処理用のお金が積み立てられはじめている。国民は既に支払いを開始していることになる。2010年度は再処理用に2445億円。 ・原発をすべて無くした際の発電設備容量は1億8830万キロワット。2010年ピーク時の電力は8月7日の1億5913万キロワット。過去最高は、2007年8月7日の1億7928万キロワット。 ・東京電力管内での2010年ピーク電力は5999万キロワットを記録したが、その年、5900〜5999キロワットを記録した合計の時間は5時間程度。 ・脱原発に要するコストは今後15年間で年平均約2兆円。脱原発による便益(ベネフィット)は今後15年で年平均約2兆6400億円。脱原発の便益は脱原発のコストを上回る。しかも事故コストは計算に含めていない。起こりうる事故コストを避けられることを考えるならその差は限りなく大きくなる。 ・ドイツでは20%近い電力が再生可能エネルギーで供給されているが、電力システム全体が不安定に陥るなどの深刻な問題が生じたことはない。 以上のような数字を語る大島先生の口調は大変冷静である。なぜだろうか? それは大島先生が落ち着いた人柄の人物だからではない。福島第一原発事故の以前から、ずっとこのテーマで研究されてきた研究者だからである。その成果は『再生可能エネルギーの政治経済学』(東洋経済新報社)に収められている。同書は、何という因縁であろうか、2010年3月11日に出版されていた。 大島先生の口調は冷静であるけれども、本書の記述にはダイナミズムがある。話はちょうど半ばで大きな盛り上がりを迎える(p.98)。論じられている対象は大変問題含みのものであるのに、読者はそこである種の劇的な興奮を味わうであろう。これは、いま我々が直面している事故および損害賠償の概要を踏まえた上で原発のコストの話を持ち出すというこの本の構成あるいは舞台装置が見事な成功を収めていることの証拠である。 大島先生はあとがきで、「これまでの歴史上の大きな変革は、常に若者によって先導されました。私は、若者に賭けたいと思います」と述べている。これは決して希望に満ちた言葉ではない。もはや事態は「若者」に「賭け」ねばならないところにまで来ている。 しかし、「彼らに賭けてみたい」と思わせる若者がたくさん現れていることも事実ではないだろうか。いま、原発のない新しい社会を目指して、多くの若者が立ち上がっている。誰かも言っていた、「新しい時代を作るのは老人ではない」、と。 賭けには幸運luckが必要である。日本は大島堅一先生という人物をこの時期に有することができたという幸運に恵まれた。あと必要なのは、闘っていくための勇気pluckだけだと私は言いたい。

  • 中曽根康弘、正力松太郎は知っていた

    1959年、原発導入にあたり、科学技術庁は日本原子力産業会議に委託し報告書「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」を得ていたが、長く非公開とされていた。 この中で、福島第一原発事故に似た放出量37京ベクレルのケースでは、数百人の致死者、数千人の障害、百万人程度の要観察者がでる。物的損害は国家財政の半分以上に相当する。これには除染や廃炉の費用は考えられていない。 中曽根康弘をはじめ、当時の政策当局は具体的に知っていた…

  • 非常によく調べていらっしゃいます

    「再生可能エネルギーの政治経済学」で有名な大島堅一氏の一般向けに新書版です。 上記の本は、こういうエネルギー関係の分野や原発関係には一切興味もなく疎かったのですが、 震災後はじめて読ましていただきました。 コストの生じ方を実証部分(有価証券等で確認する)と階層的な違い(電力単価部分と総単価の区別)で綿密に論じていて、 とても勉強になりました。 今回の新書版も論じられている対象はかなり広範ですが、 コストという観点からは、結論だけを知りたい場合、一般の読者にはこちらの方が理解しやすく、便利です。 現在でも電気料金というコストを論じる時、知らず知らずに狭義の電気料金と税金などの形で負担させられる 国民一人一人のトータルコストがどのような関係になっているかに無頓着な議論が横行しがちです。 今回の新書版では、電力会社が負担している狭義の電気代金に含まれるコストを「私的コスト」、 最終的に国民が負担する税などの財政負担を全て含んだものを「社会的コスト」と呼び変えて解説しています。 非常にわかりやすく、見通しが良いと思います。 著者は世間的には原発の総コストという観点から注目されているとは思いますが、 今回は個人的には様々な詳細な事実を整理するのにとても役立ちました。 例えば除染について、これはお金の無駄使いではないかと様々なところから批判があります。 第2章で被害補償について解説されているのですが、そこを読むと法的には除染費用は東京電力の負担となるようです。 (事故という性格からすれば当然と言えば当然ですが)。 ところが一方で、原子力損害賠償紛争審議会の中間指針では、各地域の除染は各地域の自治体が自分ですることになってしまっており、費用も自治体の負担になってしまっているようです。 また、法的には賠償は各個人と東京電力が個別交渉しても良いことになっており、 原子力損害賠償紛争審議会というのは被害補償を迅速に進めるための枠組みとしての性格を持つようです。 その他、電力会社が原子力発電で事故をおこした場合の賠償の後ろ盾として、電力会社が民間の保険を使って 資金をプールする「責任保険」と国が賠償を肩代わりする約束である「補償契約」があるのですが、 今回の事故は地震と津波という原因が「責任保険」の対象外であるため、 すべて国による「補償契約」によって補填される仕組みになっているらしいです。 その他、具体的な国民負担の数字の復習としては、例えば再処理事業の政府自身の試算が約18兆8000億円、 その為の毎年の積み立て金の負担が年間約3000億円、MOX燃料の加工費は1兆1900億円に対して、 MOX燃料を加工せずに同量をウラン燃料として購入すると9000億円で差し引き2900億円損をする、など。 出来れば「再生可能エネルギーの政治経済学」を通読する方が良いのですが、 なるべく多くの方が立場に関係なく本書の議論に目を通されることをお勧めします。

  • 原発政策等の偏りがものすごくよくわかる! けど…

    大島先生の熱意をひしひしと感じる一冊ですが、あまりに計算が雑といいますか…確かに政府の原発コストの計算はばかげていると思いますが、 脱原発のコストに、原発から得られる便益が計算されていないこと、それらの計算方法も現実味がいまいちなかったところは、 残念ながら、政府とは逆方向に偏りすぎているなと思います。 でも、この研究をもっと正確にしっかり進めよう、進めるべきだと読者に思わせてくれるような、 本当に詳しく研究するのは若いこれからの科学者なのだと、捉えてもいいと思います。

  • 再び<脱原発>の道を歩むために。

    2012年、第12回<大佛次郎論壇賞>を受賞した本書は、3.11から日も浅い、2011年11月に、環境経済学、環境・エネルギー政策論を専門とする大島堅一(立命館大学国際関係学部教授)によって出版された。 岩波新書で、221ページというコンパクトな規模ながら、<コスト(経費)>というひとつの視点から、原子力発電の抱える問題と全体像を明確に描き出している。 コストが安いとの触れ込みで、積極的に推進された原発行政も、実は現実にはあり得ない状況を想定しての、作為的なコストの算定であったこと。 長期間にわたる巨額な政策コスト(技術開発と立地対策の費用)に、使用済み核燃料の処理・処分にかかわる、未来へのツケとしての莫大なバックエンドコストなど。 3.11の被害の広範さとその補償額の天文学的な数字を除いてすら、巨大な<金食い虫>である原発の実態に、今更ながら驚きと憤りを禁じ得ない。 数字に語らせるかたちでの、静かながら極めて説得的な内容の本書を読むことで、第二次世界大戦後の日本が、極めて歪んだ経済成長と繁栄を続けて来たことを痛感せざるを得ない。 私たちの多くは3.11を経て、原子力エネルギーへの依存の脱却を志してはずだった。しかし、2012年末の衆議院選挙の結果は、再び原発依存の体制を選択してしまった。景気回復は喫緊の課題ではあっても、この選択によって原発依存の国家体質は、本質的に何等変わることなく継承されようとしている。 私たちは、本当にこの選択でよいのだろうか。未来に対して本当に、後ろめたさはないのだろうか。 <卒原発>なる旗印を掲げた集団も、選挙後一カ月で解体してしまったし…。 現時点では明らかに、原発の問題は国民の意識の中心的な関心の的とはなっていないように感じられてならない。 この情況で、私たちは本当によいのだろうか?原子力の抱え多方面にわたる途方もない<厄介さ>を考えるにつけ、やはり原子力は生活の中に存在しては、いけないものなのだ。 この困難な政治状況にあって、やはり原子力エネルギーは放棄すべきと考える人たちに、今一度、原子力エネルギー全体像を見つめ直す上で、本書は格好なテキストであることは間違いない。私たちはやはりそれぞれの持ち場にあって、脱原発への行動を起こし、息長く継続して行かなければならないのだから。 本書はまた、原発依存を続けようとする人たちも、ぜひ読んでみてほしい本である。 彼等は言う。<安全対策を万全にして…>原発を稼働、増設して安く安定供給可能なエネルギーを豊かに確保して行こうと。その考え方は、本書によってあっけなく否定される。これはどまでに<金食い虫>な存在によって立つ根拠は何なのか。それこそを彼等に問うてみたい。明確は答えは、彼等にもないのではないか。 本書の帯にも、<脱原発の基本書>とある通り、多くの人々にとっての必読書となる書籍である。著者の大島堅一氏は、原発事故後、ほぼ半年でこの書を上梓している。しかも、コストの観点からの脱原発の可能性を強く主張するかたちで。大島氏の日頃の真摯な研鑽がうかがえる、爽やかな読後感に満ちた良書であった。

  • 真面目な良い著書

    立派な内容ですね。確り積み上げられたデータで原発の無駄があかされています。

  • 原発は莫大なバックエンドコストがかかることがよくわかった。

    それにしても、原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会」は、再処理モデル(使用済核燃料は全て、3年後に再処理をするモデル)、直接処分モデル(使用済核燃料は全て、54年後に直接処分するモデル)、現状モデル(使用済核燃料の半分は20年貯蔵後、再処理し、残りの半分は50年貯蔵後、再処理を行うモデル)の3つのモデルについて試算し2011年11月10日その結果を公表した。その結果がコスト等検証委員会報告書にそのまま引用されている。しかし、これについては、2012年5月24日の毎日新聞朝刊で「秘密会議で評価書き換え」等、一連の報道で、原子力委員会が事業者を集めた会議を開き、再処理に有利になるように報告書原案を書き換えた、などとの報道があった。それに対し、原子力委員会は5月25日にそのような事実はないとの見解を発表している。 私は報告書原案を詳細に見ているわけではないが、やらせ問題などこれまでの体質からは、この毎日新聞放送には信ぴょう性があると受け止めている。 従って、2011年12月のコスト等検証委員会報告書における3モデルのバックエンドコストについては信用できない。 著者が指摘するように、ガラス固化体がウラン鉱石と同じ水準の放射能量になるまでに数万年を要するので、日本列島が現在のような形になってからまだ3万年程度であることから考えると、廃棄物を安全に処分できるとは到底思われない。そのコストをどう考えればいいのか全く見当がつかない。バックエンドコストには、この他に廃炉にかかわるコストもある。 2004年からコスト負担方法に関する政策形成が開始されたが、電力会社には手に負えないコストであり、国が新たなコスト負担制度を構築するということであった。国民の懐をあてにした議論である。来年4月以降の電力小売り自由化では託送料金に廃炉費用を潜り込ませるようだ。 しかしこのコストは単に今後の議論ベースの話ではない。既に国民はこのコスト負担を強いられている。2004年に検討された18兆8000億円の請求書が基礎になって、2005年には「使用済燃料再処理等積立金法」が公布・施行された。これにより、再処理コストの積立金が電力会社とは別組織の「公益財団法人原子力環境整備促進・資金管理センター」に積み立てられるようになっている。また、高レベル放射性廃棄物については、2000年に最終処分法が策定されていたが、2007年にはTRU(放射性)廃棄物も含むものになり、これについても料金原価に算入されている。その額は、2010年度実績で再処理に2,445億円、高レベル放射性廃棄物・TRU廃棄物処分は697億円である。すでに莫大なコスト負担を国民は強いられているのだ。 コストの問題の本質は、いったい誰が負担することになるかという問題である。コスト問題を考える上でこの本は欠かせない。

  • 原発代替エネルギー技術からの切り込みが欲しい

    廃棄物処理の観点が弱い。 再生可能エネルギー技術への言及が不十分。

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