日本の文学賞

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朝のガスパール

日本SF大賞

朝のガスパール

筒井康隆

朝のガスパール は、新聞連載と読者参加型の試みを結びつけた筒井康隆の長編である。現実、夢、コンピュータ・ネットワークが入り交じり、物語が読者との応答の中で変容していく実験性を備えている。

SFメタフィクションネットワーク

作品情報

物語と読者の境界を揺さぶる、ネットワーク時代初期の実験小説。

朝のガスパール は、新聞連載と読者参加型の試みを結びつけた筒井康隆の長編である。現実、夢、コンピュータ・ネットワークが入り交じり、物語が読者との応答の中で変容していく実験性を備えている。

レビュー要約

  • 作品の主題や時代背景を丁寧に追う読者に向く。派手な展開よりも、人物の置かれた状況や文章の落ち着いた運びを味わう読み方で評価されている。

書籍情報

出版社
朝日新聞出版
発売日
1992-07-01
ページ数
327ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784022564832
ISBN-10
4022564830
価格
1388 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

第13回(1992年) 日本SF大賞受賞

レビュー

  • スカタン読者にいい薬?

    「ご注意願いたいのは、この文章が既に小説の一部であると言うことだ。」 相変わらず人を食った書き出しです。「虚人たち」の解説で著者は小説のルールをからかっている、と言っていましたが、本書のからかいの対象は読者です。当初の触れ込みでは著者が読者の提案を受け入れてストーリーを作っていくという事でした。しかしほとんど建設的提案がなかった(と少なくとも作中からは判断できる)せいか読者の投書は「読者投書の感想会」で取り使われ、しかも終盤ではそれも櫟沢(この作品を書いていると言う設定の人物)が約2回分丸々使って読者の低劣さを罵る(「スカタン投書の言説は人目にさらされて子々孫々まで笑いもの。」)という展開になります。小説が読者を啓蒙する使命があるとするとこれほど直接的な働きかけは無いでしょう。 にしても某宗教関係者の意見も一部理解できます。読者の低劣な罵詈雑言や陳情も著者においしく料理されている感があります。「朝から人妻が操を捨てる話を読まされると、出勤前、または途上の亭主族は妙に落ち着かなくなる。」なんてただの投書なのになかなかナマナマしくていい文章だと思います。

  • よく出来た失敗作 or 失敗だけど傑作

    個人的な筒井再読祭りで、再び手にした一冊。 当時は、なんか喜んで読んでた覚えがありますが、今読むと微妙かも。 特にまずいと思うシーンは ・過剰な投稿者批判 その日の分まるまる使って・・・しかも3,4日分続くし。 当時の”新聞小説ファン層”は、この期間ホントに憂鬱だったと思います。 ・登場人物過多 後半にて、”作者のシャドウ”に「新聞小説の枠を壊したかった」的なことを語らせてますが 既に門構えや造り自体が異常なんだから、他の部分で枠をはみ出す必要はなかったかもね。 余計にややこしくなるし。 ま、大勢を一気に退場させる荒業を披露することに繋がったので、有りと言えば有りだったかも。 ・他作品への依存 『パプリカ』を読んでいないと、まったく分からない部分が終盤ある。 ・(最初のにも繋がるが)作者上から過ぎ 作家側の”言葉への敏感さ”を語る部分が中盤あたりにあったと思いますが、 それは誰のジャッジなの?肥大した自我・自意識とも言える作者が行っていいのか?と。 また、終盤にガートルード・スタイン女史やピカソの言葉を借りて、 今作の正当性を主張する部分がありますが、だからソレのジャッジは誰が出来るんだと。 ピカソの言う”醜い作品”に、朝ガスが当て嵌まると、誰が言い切れるのでしょうか? (自分で言うのは違うだろうと) かつて『読者罵倒』で見せた強烈な罵倒芸の片鱗を見せる部分もありますが 筒井さんてホントに読者嫌いだったんだなぁ・・・。 また、一歩引いて思うのは、現在では作ることの出来ない作品だなーという事です。 現在の”新聞小説”ファンはもっと受け入れてくれないだろうし、 ネット面だと、今のツイッターやFBでやってたら、そりゃもう収拾つかんだろうなぁと。 パソコン通信という、牧歌的なものだったから、ある程度成立してた様な気がします。 とはいうものの、虚数の洞窟と、テーブルを手刀で割るシーンは 今でも変わらず「好きだ」と言える自分もいた。

  • 天才 そして 極悪人

    インターネット普及前に 現在のネット時代の光と影を予見するような社会実験を行い それを新聞小説という形で発表した、天才にしかできない作品。 小説内の存在である人妻の貞操を巡って 舞台回し(これも虚構の存在)である「作家」が右往左往したり、読者の意見を容れて? 登場人物を大量殺害したり、「読者参加」小説のハチャメチャぶりには大爆笑させられる。 一方で、現在でいうところの「荒らし」の主体を小説内で揶揄したり、読者を罵倒したり、社会実験の全てを小説に巧みに取り込んでいく作者の悪辣ぶりには本当に関心させられる。 筒井さん あんた 本当に食えない極悪人ですなぁ。完全に脱帽。

  • 読者参加小説

    紹介するまでもありませんが、この小説は1991年10月から1992年3月まで、朝日新聞朝刊に連載された小説です。ゲームの世界の人物が現実世界に出現するという超自然的な設定以上に驚かされるのが、この小説の展開が、投書やパソコン通信により読者から寄せられた意見に左右されるという、「読者参加」小説であることです。まさに「筒井ワールド」の新展開と言えます。インターネット全盛の現在ならともかく、単なる双方向通信の時代に、メッセージ数が23,805を数える(「電悩録ー解説にかえて」より引用)という事実はまさに驚異というほかありません。小説上で筒井は、櫟沢という人物に名を変え、筒井とは違う次元で、冷静な判断をくだしていきます。また、ゲーム「まぼろしの遊撃隊」の作者がご存知、時田浩作という設定も筒井ファンにとっては泣かせる話です。小説中で、美貌の人妻貴野原聡子が借金清算のため不倫を働く場面が、読者の要望で変えられてしまうなど、この小説の真髄を見せられます。野性の女性隊員穂高、チャーリー西丸など強烈な個性を発揮する人物も多く、決して途中で退屈することはありません。

  • 天才!

    流石はSF御三家!この一語に尽きます。 日本SF大賞受賞作品の中で(私も全てに目を通した訳ではありませんが)最も秀逸な作品です。 筒井康隆作品の共通項はどれ程、荒唐無稽な作品であっても若しかしたら有り得るかもと思わせるリアリティーではないかと思います。 そしてそれこそが天才・筒井康隆と凡百なその他のSF作家との絶望的ともいえる実力の差を如実に物語っているでしょう。 文句のつけようが有りません。

  • いかにも筒井康隆らしい本。

    読了:2017年104冊(8月11冊)★3.2 『朝のガスパール (新潮文庫)』1995/7、筒井 康隆 (著) いかにも筒井康隆らしい本。かなり“虚構”です、オンパレードです。本書は朝日新聞に連載されていた小説であるが、その内容がいつも通り斬新である。本書は、堂々と小説中で感想や意見を募り、それを小説中で発表する。それも小説中に作者(筒井康隆)と編集者が登場し、その内容にあーだこーだいう場面が定期的に訪れる。こんな小説がいままであっただろうか?実際に、読者の意見を、読者が読むという機会は少ないので、それはそれで新鮮だった。新聞連載なので、登場人物が多すぎると読者が混乱する(切り抜きで残していない限り思いだせない)こと、やはり筒井康隆にはSFの内容を望むファンが多いこと、そして新規のファンはSFではなく人間模様のストーリーを望んでいること、など。 特に際立ったストーリーで仕立てられている訳ではない、この奇想天外な展開を純粋に楽しむ、というのが本書の読み方であろうか?筒井康隆作品を読みながらいつも思う。筒井康隆のメッセージとは何だろう?と。どんな小説でも何か読者に訴えたいことが必ずあるのである(だから小説を書く)。ちなみに本書で日本SF大賞を受賞している、、、文学的価値がまだまだ私には掴み切れない…、小説界の現代アートのようだ。 ───「何を書こうとしているのかわかっていて書いても面白くないだろうが」櫟沢は憤然とする。「コロンブスだって、そこにアメリカ大陸があると思って航海したわけじゃないんだぞ。俺は他の作家みたいに、安全な沿岸航海はしたくないんだ」(p.109)

  • 最高傑作のひとつ

    みなさんのように立派なレビューは書けません。 しかしながら筒井作品の中でも比較的レビューが少ないことに納得がいかず書いています。 時かけ、七瀬、ラゴス、パプリカ等を読んだのならなぜコレを読んでないのか疑問に思います。 笑ったり焦燥感に襲われたり泣いたり、と、めまぐるしい程の感情体験ができます。

  • 小説の限界を超えた

    新聞連載で、読者参加型の小説です。 「虚構と現実が入り混じり」と書くと割とありきたりに聞こえますが、 ほんとに混じっちゃってます。 終盤あたりは感覚として「本」ではない別のものに思えたくらいです。 筒井作品すべて読んではいないですが、今のところ一番好きな作品です! お勧めします。

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