日本の文学賞

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嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

大宅壮一ノンフィクション賞

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

米原万里

プラハのソビエト学校で少女時代を過ごした著者が、かつての同級生たちを東欧の激動後に訪ねるノンフィクション。記憶の中の友情と、政治に翻弄された人生の真実が交差する。

東欧友情社会主義記憶ノンフィクション

作品情報

少女時代の友情を追う旅が、二十世紀東欧の傷跡を浮かび上がらせる。

米原万里の代表的ノンフィクション。プラハで出会った友人たちの消息を追い、社会主義の理想と現実、民族、家族、言葉の問題を描く。

レビュー要約

  • 個人的な回想が国際政治の変化とつながる構成が高く読まれている。ユーモアを含む語り口の中に、体制の崩壊が人間関係へ及ぼした影響が鋭く残る。

書籍情報

出版社
KADOKAWA
発売日
2004-06-25
ページ数
304ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784043756018
ISBN-10
4043756011
価格
836 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/エッセー・随筆/日本のエッセー・随筆/近現代の作品

ユーモラスに、真摯に綴られた、激動の東欧を生きた三人の女性の実話! 一九六○年、プラハ。小学生のマリはソビエト学校で個性的な友だちに囲まれていた。三〇年後、激動の東欧で音信が途絶えた三人の親友を捜し当てたマリは――。第三三回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。

●米原 万里:1950年生まれ。本作『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』は第33回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。他に『不実な美女か貞淑な醜女か』(読売文学賞)、『魔女の1ダース』(講談社エッセイ賞)、『オリガ・モリソヴナの反語法』(ドゥマゴ賞)等がある。

レビュー

  • 夢中で読んだ

    自分とは全く異なる世界のお話でいて、登場人物の少女たちの心情がよく分かる。もっと早く読みたかったと思わせる作品です。

  • 最高に面白い

    米原万里さんの文章はとても読みやすく、気がつけばあっという間に1時間経っているという感じです。波乱の情勢の中、チェコスロバキアのソビエト学校に通う生徒たちのレベルの高さ、生活水準の高さには驚くばかりです。そんな掛け替えのない経験を「本」を通して米原万里さんと共有している気分になります。

  • 米原万里さんの正確で熱い思い

    NHKの万里さんのヨーロッパヨーロッパに友人を訪ねて行った番組を見て、この本を読みました。よって、彼女の友達の実像も、それから周りの風景、この辺もわかった。上での読書でしたが、30年も後も再会がとても印象的でした。日本にいるとわからない世界が充分理解できました。特に私自身もセルビアに何度も足を運んだことからとても懐かしい感じがしました。米原さんが生きていらっしゃったら、どれだけ素晴らしいかと想像した。

  • おとぎ話のようなタイトル

    けれども現在進行系の話。 東欧の複雑な事情を分からないから知ろうとしない自分のような人にぴったりな本。

  • 「体制」というものの理不尽さを体現した珠玉の一冊

    東西冷戦及び東側陣営間の対立(ソ連とルーマニア、ユーゴの関係)をきちんと理解していれば、かなり面白く読み進めることができ、最後に悲しみに襲われると思う。つまり、読者の基礎知識と理解力が前提となる。 悲劇は喜劇となり、また悲劇になるようだ。米原万里氏の自伝的なエッセイだが、彼女のようなキャリアもまた、冷戦下でしかありえなかったものである。 なお、プラハ・ソビエト学校での学友3名を訪ねるこの旅については、NHKでドキュメンタリーにもなっている(元々はNHKでの企画が先のようだ)。見比べると、より立体的な理解が出来そうだ。 ところで、平和ボケという言葉が好戦的な論者により喧伝される昨今だが、そうした人々が「体制」がもたらす悲劇を全く理解していないこと自体もまた、左右を問わない、平和ボケの帰結であろう。

  • 一方的な報道を鵜呑みにしてはならない。

    旧ユーゴスラビアで起こった内戦、とくに激しかったボスニア・ヘルツェゴビナでのセルビア人勢力とクロアチア人勢力の争いは激しく、NATO軍が空爆を行った。このとき広く喧伝されたのはイスラム教徒の多いセルビア側の蛮行であり、それゆえ空爆が是認されたのだった。だが、蛮行を行ったのは片方だけだったのか。ほんとうにセルビア側が100%悪かったのか。米原万里は、在プラハ・ソビエト学校(小学校)の同級生たちを訪ねる旅を通して、それがヨーロッパ側、つまりキリスト教世界からの一方的な見方であったこと、日本での報道もそれに引きずられたものであったことを明らかにしていく。その後、この内戦に関係する映画も何本か見たが、セルビア側から描かれたものはなかった。まあ、あっても公開されなかったのかもしれないが。この本によって、決してヨーロッパ・アメリカ発の報道が中立でも公正でもなく、自分の視点もすっかりその報道によって色眼鏡をかけられていたことを思い知らされた。チェコにあるソビエト学校という特殊な環境で小学生時代を過ごし、東欧のさまざまな国に暮らす友人を持つ彼女でなければ書けなかった一冊。 それにしても、米原万里の記憶力の凄さ! 小学生時代の授業で先生の話した一言一句を、友人たちの言葉一つ一つを正確に覚えているのだ! つくづく彼女の早すぎた死が惜しまれる。ロシアによるウクライナ侵攻が行われている今、数多くのソ連・ロシアの要人と接してきた彼女が生きていたら、どんな見方をしたろう。

  • 今話題の傑作。民族、アイデンティティ、階級、等々溢れる内容でしかも読みやすい超お勧めしたい本

    美装本の上、内容も絶品で、わが愛蔵本となりました。今日起きている国際紛争の一断面がくっきりと見えます。

  • 年少期に経験したソビエト学校での出来事、人種の違いや、文化の違いが織り成す特異な経験

    プラハ(チェコスロバキア)のソビエト学校に通っていた著者が、32年ぶりに同地を訪れ、旧友たちに会いに行くという話です。 ソビエト学校に通い始めたのは9歳の時。 1959年から64年まで通っていました。 会いに行く旧友は以下の三人。 ①ギリシャから亡命した父親を持つリッツァ ②インド生まれ、幼年期を中国で過ごしたルーマニア政治家の娘アーニャ ③ユーゴスラビア公使の娘ヤスミンカ 著者と三人の家族は、いずれも共産主義者。 学校はソビエト共産党の影響を強く受けており、世界各国の共産主義同士の対立が、学園生活にも大きな影響を及ぼします。 その影響が色濃く出ているのがヤスミンカの章。 当時、ソビエト共産党と中国共産党の対立が激しくなり、地理的に近い日本も中国共産党の仲間だとみなされ、学園内でも著者への風当たりが厳しくなっていました。 ヤスミンカの出身国であるユーゴスラビアも、ソビエト共産党から敵対勢力とみなされ厳しい状況に置かれており、二人は学園生活の過ごしにくさを共有していました。 そんな状況のなか、父の任期が終わり、著者は日本へ帰ります。 帰国後、著者は三人だけでなく、仲の良かった旧友に手紙を送りますが、あまり返事は返ってきません。 あとで知ったことによると、資本主義圏の人間とは、痕跡が残るような交際をしてはならないと、親や周囲から厳しく牽制されていたのだそうです。 帰国してから数年後の1968年「プラハの春」が起こり、ワルシャワ条約機構軍はチェコスロバキアを占領し、改革派の排除弾圧を決行しました。 1980年代後半になると、東欧の共産党政権が軒並み倒れ、ソ連邦が崩壊していく中で、旧友たちの祖国も激動の波に巻き込まれていきます。 そんな状況のなか、著者は旧友たちに会いに行きます。 三人は、それぞれ異なる場所で生活をしていました。 リッツァはドイツで、アーニャはイギリスで、ヤスミンカは内戦が激しく行われているユーゴスラビアで。 ヤスミンカの父親は、その後大統領を務めていました。 本書では、年少期に経験したソビエト学校での出来事、人種の違いや、文化の違いが織り成す特異な経験が数多く述べられています。 以下、興味を引かれた話について。 ヤスミンカの父親が話す学生時代の教師の話。 ある日、学校にウシュタシュ(クロアチアのファシスト党)の男たちがやってきた。 男たちは、生徒の身体検査をするように、先生に命じた。 身体検査の結果、一人の生徒のポケットから、パルチザンのマークの入った紙が出てきた。 先生は、何食わぬ顔でその紙を自分のポケットに入れ、問題がなかったことを男たちに報告した。 最後に、先生が身体検査を受けた結果、パルチザンのマークの入った紙が見つかった。 先生は、その紙は私が持っていたものだ、と言い、男たちに連れ去られていった。 五日後、先生は亡くなった。

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