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ただ、それだけでよかったんです (電撃文庫)

電撃小説大賞

ただ、それだけでよかったんです (電撃文庫)

松村涼哉

書籍情報

出版社
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
発売日
2016-02-10
ページ数
280ページ
言語
日本語
サイズ
10.7 x 1.4 x 15.1 cm
ISBN-13
9784048657624
ISBN-10
4048657623
価格
340 JPY
カテゴリ
本/コミック・ラノベ・BL/ライトノベル

第22回電撃小説大賞<大賞>受賞作! 壊れてしまったこの教室で、一人ぼっちの革命がはじまる―― 頂点に輝いた空前の衝撃作!! ある中学校で一人の男子生徒Kが自殺した。『菅原拓は悪魔です。誰も彼の言葉を信じてはいけない』という遺書を残して――。 自殺の背景には"悪魔のような中学生"菅原拓による、Kを含めた4人の生徒への壮絶なイジメがあったという。だが、Kは人気者の天才少年で、菅原拓はスクールカースト最下層の地味な生徒。そして、イジメの目撃者が誰一人としていなかったこと。彼らの接触の証拠も一切なかったことなど、多くの謎が残された。なぜ、天才少年Kは自殺しなければならなかったのか。 「革命は進む。どうか嘲笑して見てほしい。情けなくてちっぽけな僕の革命の物語を――」 悪魔と呼ばれた少年・菅原拓がその物語を語り始めるとき、そこには誰も予想できなかった、驚愕の真実が浮かび上がる――。 圧倒的な衝撃、逃れられない感動。読む人全てを震わせ4,580作品の頂点に輝いた衝撃作。

レビュー

  • 現代社会に向けたアンチテーゼ

    同調圧力、上部しか知らないのに全てを知った気になっているSNSの中に生きる人々、ワイドショーのコメンテーター。 この息苦しい社会を生きる全ての人へ是非読んで頂きたい作品 ありのまま生きていい ーもちろん社会を生きる上で最低限の倫理は必要だがー そう背中を押してくれるような 暖かくも冷たい作品

  • 「承認欲求」という時代の病を生徒の評価システムと化した悪夢の学校生活に挑んだ一人の少年による革命の物語

    驚異的なデジタル音痴という事もあって今をときめくSNSにはおよそ縁遠い小生であるけれど、SNSを嗜まれる方々がこのAmazonレビューも含めて 見知らぬ他人からの肯定、即ち「参考になった」や「いいね」、「ふぁぼ」、「RT」、「友達申請」といった諸々の承認によって己を満たす風潮に 「奇妙な時代であるなあ」と思う事が多くなった。同じ様な違和感をふとした瞬間に持たれる方も少なくないかと思われる 第22回電撃小説大賞の「大賞」受賞作はそんな時代の病とでもいうべき他者からの承認を評価システムとした「人間力テスト」なる奇妙な制度を 導入した学校とその中で生じた息のつまる様な学生生活に革命を起こそうとした一人の少年の物語。物語の冒頭で語られる状況は スポーツ万能・学業優秀の完璧超人とでもいうべき中学生・岸谷昌也の自殺とその遺書に残された「菅原拓は悪魔です。誰も彼の言葉を信じてはならない」 という謎めいた言葉。弟を含めて四人の生徒、それも人間力テスト上位の優秀な生徒が菅原拓という一人の生徒に虐めを受けていた挙句、 その中でも最も優秀だった筈の弟が菅原に暴行を受け菅原と他生徒との直接的な接触が禁じられていたにも関わらず、暴行事件の一ヶ月後に 自殺に追い込まれたという状況に納得がいかない昌也の姉、香苗が調査に乗り出したところから物語は本格的に動き始める 「教師時代に懐いていた生徒が有名大学を出たにも拘らず、就職活動での面接が不得意だった事で精神を病み自殺した」との理由で昌也や拓の通う 中学校の校長・藤本が導入したガリ勉だけで得た高学歴だけでは通用しない時代に合わせた新評価法「人間力テスト」。生徒に第一問で社会で 役立つ能力を挙げさせ、第二問でその能力を持つ生徒を実名で挙げさせる相互評価システム。一見すると非常に奇妙なシステムではあるけれど、 個人的には見事に現代社会を反映している制度だと感じられた。この評価システムはマズローの言う所の「所属と愛の欲求」に基づく高学歴・有名企業への 「所属」が万能では無くなり、ステータスや肩書が以前ほどの重みを持たなくなった代わりにSNSなどを通じて個人の「生き方」「考え方」で 「承認・尊敬」される事をより多くの人が求める様になった現代社会の縮図と見ても良いのではないだろうか? ストーリーの方は藤本校長への聞き取りから始まった香苗の調査と事件の中核に位置する少年・菅原拓の語りが入れ替わり続ける様な形で進む 特に菅原拓の語りは時系列を作者が意図的にシャッフルしている事もあり、初読では若干の取っつきづらさも感じられるかもしれない 暴行事件を起こし昌也の遺書で「悪魔」と呼ばれた事や、虐めに対する糾弾に対し「革命は止められないよ」と放言するなど不敵な態度を取り続け PTAも含めた学校関係者だけでなく、マスコミも世間も敵に回した事で全教室で土下座をして回るという菅原拓が置かれた現在進行形の異常な状況と、 それとは対照的な意図的に空気を読まない拓が自身の態度をクラスメイトの少女、人間力テストで上位の石川琴美から「菅原君はすごいね」と 誉められた事に始まり、人間力テストの産み出す「友達は重くて潰れそうになる」という閉鎖的な空気に疲弊し切った琴美の追い詰められた事情を 知った事から人間力テストに支配された状況を変えようと立ち上がった過去の回想が入り混じりながら進行する事で虐めの裏に重層的に 覆い隠されていた「真相」が明らかにされていく独特の構成はなかなか楽しませてくれた 香苗が調べを進めれば進める程、菅原拓という少年の無力さ・存在感の薄さが明らかになり、そんな少年がクラスの中心に居た同級生四人を どうやって虐めたのか、という疑問が香苗と読者の胸中には渦巻き始まるのだが、明かされていく事実は琴美を助けようとしたものの 「愚図は何をやっても無駄」「昌也との間には超えられない壁がある」という冷たい現実に打ちのめされた拓の経験や有能過ぎる息子に狂った愛情を 注ぎ続けた香苗と昌也の母親にしてPTA副会長の明音の暴走する真の姿であったりと、どうにも胃が重くなってくるものばかりである 空気を読む事に何の価値も見出せず、無力で誰からも認められない身でありながら「人間力テスト(=他者評価)がビリでも幸せになれるのだ、と。 他人にいくら蔑まれようとも、自分が信じた物を守れるような、空気の読めない様なクズになる事を決意した」と決意し、人間力テストをぶっ壊す革命を 成功させようと、あらゆる憎悪を耐え、革命を成功に導こうとする拓の姿はかなり悲惨。「本物のクズはこんな事で傷付いてはならない」 「人間力テストに縛られて、そのストレスのはけ口を虐めにむけるお前らはカスだ」と信念を抱えボロボロになりながら突き進み続ける拓を ヒーローとして描く事が可能なのは、やはり現実の日本社会に異常なレベルで見知らぬ他者からの評価を得たいという承認欲求を拗らせている方が 多い現状が反映されているのではないだろうか? 最終的に事件は拓と昌也、二人の少年の生い立ちにまで根源を遡る事になるのだが、考えてみれば「親からの愛情」というのは承認欲求の根源として 不動のものであり、その部分が歪んでしまっていた二人の少年が人間力テストのカギを握り、生徒を疲弊させ続ける「どうでも良い相手からの承認の数」 ではなく「自分は誰に承認して欲しいのか?」という問題に行き着くのは当然の流れかと。本作はどこまで行っても承認欲求がベースにある物語 なのである。このクラスの対極的な位置にある二人の奇妙な関係はこじれ切ったまま終わり、その点においては何とも救いが無いが、拓自身が 「誰に認めて欲しかったのか」が明らかにされる事でこの重苦しい物語に付き合って来た読者に僅かながらの「救い」が齎されるのである 最終的にカタルシスが得られるわけでもないので万人向けとは言い難いし、伏線の張り方や時系列の置き方などで多少引っ掛かる部分があり、 スムーズに読めない部分もあるので満点とまではいかないが、誰とも知れぬ相手からの承認を掻き集める事ばかりに振り回され、他者の承認を 得る為に自分を見失い、自分が本当は誰に承認されたいのかを省みる余裕を失っている現代日本のSNSに見られる病理の一つを見事にテーマ化した 作品という意味で非常に興味深く読めた。作風的に量産は効かないタイプの作家さんである事は分かるし、作家性を強く出すタイプと言う事もあって コアな読者向けではあるのだろうけど、半年、それが無理なら一年に一作でもこのレベルの尖ったテーマを追究する作品を発表し続ける事が出来れば、 ラノベ界に何がしかの地位を築けるのではないだろうか? 本来は幅広い層の支持を得るタイプの作品が多い大賞受賞作品から「なかなかの曲者が出てきたな」と期待させてくれた本年度の大賞であった

  • ただのラノベだと思って読むとえずいてお腹を壊す

    あらすじから文章の導入まで一気に引きこまれてしましました。 序盤までは自分の「知りたい」という欲求のもとガンガン読み進めていきすが、 読んでる途中でだんだんと「キケン」を感じるのです。「このまま最後まで知れば自分はどうなってしまうのか」と。 そして、読了後の私は表題の通りのありさまですが、これは私の元来の胃腸の弱さからくるもの ですからあまり深刻に捉えないで頂きたい(笑)。 でも、それほどの衝撃を伴うものであり、読中に「キケン」を感じた読書体験は久々のものでした。 皆さんが言われている通り、これを「電撃文庫」「ラノベ」という括りにおくかは難しいところであります。 しかし、最近の「売れる諸要素のツギハギ」と化している作品群に飽々して、何か新しい刺激を望んでいるそこのあなた。 そんなあなたにこそ、この本を手にとって読んでそして私と同じ衝撃を味わって欲しい、そんな作品です。 その衝撃が、快楽か苦痛になるか、どちらになるとも、保証できませんが。

  • 視点が偏りすぎ

    一人称をする登場人物が複数いるけど、内容の殆どがその視点で書かれている 心理描写もいまいちで物足りない できが悪い推理小説を読んでいる感じでした。 ソーさんは早い段階で正体が誰かわかってしまったので、もう少し人物の語り口調を練っておいた方が良いかなとは思いました 読み放題で読めたのでこの評価ですが、正規のお金払ってこの内容だと星はもう一つ下げたでしょう。

  • ここまで素晴らしいとは想定外だった

    ここまで仕組まれ、考え込まれたミステリーを読んだのは初めてだ。 全てが予想を裏切ってきた。 狂おしいほどに完璧な物語。 感動してしまった。 あと、1つ付け加えるなら、菅原は、球磨川禊の一歩手前までいき、球磨川禊にならなかったような人物だった。

  • 合コンのルール

    このレビューにはネタバレ要素が含まれています。 岸谷昌也という男子中学生がイジメを苦に自殺をした。 『菅原拓は悪魔です。誰も彼の言葉を信じてはいけない』という遺書を残して。 しかし自殺した岸谷君は人気者の天才少年で、彼をイジメていたとされる菅原君はスクールカースト最下層の地味な生徒だった。 他にもイジメの目撃者が誰もいなかったことなど、多くの謎が残る事件だった。 なぜ天才少年の岸谷君は自殺しなければならなかったのか。 というのが、あらすじです。 低い評価をつけてはいますが、魅力的なストーリーであることは間違いありません。 まだ読まれていない方はここで引き返して、買って読んでいただけたら幸いです。 物語は事件の真相を探るべく奮闘する自殺した岸谷君のお姉さんと、イジメの加害者とされている菅原君の視点を交差しながら進められていきます。 本作で最も多く使われている単語はおそらく『クズ』でしょう。 とにかく自己評価の低い主人公の菅原君はことあるごとに自らをクズ呼ばわりして、挙句のはてに自分のことを『キモオタコミュ障ボッチ童貞ゴミクズ野郎』と表現します。 なんてきたない言葉でしょう。でも、これが人から避けられるタイプだというのなら、この正反対の人格ならみんなの人気者になれるのではと思い、せっかくなので考えてみました。 『小綺麗な非処女』なんてのはどうでしょう。 さて、私が本作を低評価にしている決定的な理由は、この物語の根幹に関わるルールに全く共感できないから、その一点のみです。つまり、そこ以外は悪くないと考えています。 ここが最終防衛線です。ここから先はネタバレのパレードです。未読の方は今すぐ商品をカートに入れて読んでから戻ってきてください。 では、はじめます。 まずはこちらをご覧下さい。本文からの引用です。 人間力テストは二種類の質問事項によって構成される。 『この時代、○○に重要な能力はなんだと思いますか? 以下の群から三つ選びなさい』 『同じ学年の中で、××を持つ人物を挙げてください』 その二種類だ。 ○○にはリーダー、上司、人気者、などといった言葉が入る。リーダーに必要なものは何か? 友達になりたいのは何を持つものか? 文化祭ではどんな能力を持つ者がいれば役に立つか? 将来、仕事で活躍するのに必要な能力は何か? などとなる。 そして、××には、優しさ、真面目さ、外見の良さ、などが書き込まれる。 生徒は各々の理想像やその理想に合った人間を答案に書き込むのだ。「リーダーシップには勤勉さ、優しさ、カリスマ」「学年の中で、一番勤勉なのは加奈子、二番目は妙子」などと。 最後に、すべてを点数化する。現在、生徒が重要視する能力を持った人間ほど高得点というわけだ。生徒全員の順位を公表することはないが、生徒たちは自分の順位や点数を目の当たりにすることになる。 自分という存在の価値を知る。 自分という性格の評価を知る。 ——以上が、本作の柱というべき『人間力テスト』を説明しているくだりです。 自殺した岸谷君のお姉さんは、この人間力テストの存在と岸谷君の自殺に関係があるのではと推理します。後述しますが岸谷君の自殺と人間力テストにそこまでの関係性はありませんでした。 さて、生徒同士で格付けしあうこのシステムが誕生した経緯は、これの生みの親である主人公たちが通う中学の校長先生がまだ若い教師だったころ、学業は優秀だったのにコミュニケーション能力がないせいで自殺した生徒がいて、そういう生徒をもう出さないために発案したのだそうです。 マッドサイエンティスト的といえるかもしれませんが、全く問題の解決になっていません。 コミュニケーションで必要なのは相手を理解する気持ちと伝達能力ですが、他者を格付けするこの人間力テストが生徒に要求しているのは比較と区別による差別です。 校長が何を言っているのか私にはさっぱりわからないのですが、校長先生曰く、『このテストを批判するやつは何も分かってないマヌケだ。』そうで。 いいですか、みなさん。つまりこのレビューはマヌケが書いてます。いえーい。 100歩譲って人間力テストがコミュニケーション能力を養うために開発されたものとしましょう。しかし、根本的な問題が他にもあります。 この学校には人間力テストはあっても、人間力の授業がないのです。 グループワークが多い学校だと後で説明が入るのでそれが授業なのかなと思うと、それも人間力テストの採点素材だと書かれていますし、そもそもコミュニケーション能力の低い人にとってグループワークは地獄ですから。 もう一度確認しましょう。人間力テストはコミュニケーション能力が低いせいで自殺した生徒のために作られました。 言葉を変えると、英語ができないせいで自殺した生徒のために毎週英語テストをすることにしたけど、英語の授業自体はしない。それがこの中学のスタンスなんです。 校長先生のやり方だと生徒の自殺するタイミングが早くなるだけだと思うのですが。 人間力テストに関して覚えておくべき情報があと二つあります。まずはその内の一つ。 生徒がお互いを格付けして採点して順位を出すこのテストですが、安心できる要素もあります。それは、順位自体はおおやけにされることなく、トップだからといって学校内で何か良いことがあるわけでも、最下位だからといって悪いことがあるわけでもないということです。 そして、それこそがこの物語全体を異常なほど理解しがたいものにしているのです。 ここでヒロインの石川さんに登場していただきましょう。 セミロングの黒髪を持つ美少女で、人間力テストの順位も高いみたいです。 出会って数分しか経ってないのに、石川さんは菅原君にこんなことを言います。 「わたしのおっぱい触らせてあげる代わりに、次の人間力テスト、わたしに投票してくれませんか?」 ご覧ください、みなさん。まさに小綺麗な非処女です。 なぜ石川さんがそんなことを言い出したかというと、彼女はおそろしく人間力テストの順位を気にしていて精神を病んでいるみたいなのです。 石川さんに限らず、この学校の生徒たちはカルト的に人間力テストを信奉しています。 学生さんたちにとって学校こそが社会であり世界。そこでの評価こそ全て。みたいなことがいいたいのかもしれませんし、そういう描写もあるのですが、そんなことってありえますか? この作品が1950年くらいを舞台にしているならそういうのもわからなくないですけど、おもいっきり現代が舞台の話ですし。 つまり、世界は開かれているのです。 なぜ人はコンビニのアイスケースに入ったりファミレスのソースを鼻の穴に突っ込む姿を撮影してネットにアップするのかといえば、頭がおかしいからというのは大前提として、そこに過剰な承認欲求があるからです。 すなわち、もっとリツイートしろ、いいねボタンを押せ、動画の再生数よ伸びろ、ということです。 みんなに自分を評価してほしい。そしてどれほどの数字を稼いだか見てほしい。 見せびらかせない評価に価値などないのです。異論は認めません。 誰かがよくわからない基準で投票した公表もされなければ学校生活に支障もない点数にどれほどの意味があるというのでしょうか。 実際、人間力テストがほぼ最下位の菅原君もトップクラスの岸谷君もそれが理由で学校生活は良くも悪くもなっていません。 余談ですが私も小中学生のころ、人間力テストみたいなことは何度かやらされました。 特定の項目に該当する生徒の名前を書いて採点をさせられました。 ご丁寧なことに後で順位と点数をプリントアウトして配ってきたので、この作品の学校よりも鬼畜です。自分の順位は菅原君と同じく最下位あたりだったと記憶していますが、性病の検査並みに自分には関係のないイベントでしたし、それを理由に嫌な思いをしたこともないので、作品内で人間力テストにおびえる生徒たちの姿にリアリティーを感じないのです。 人間力テストに関して覚えておくべき情報の二つ目。 物語内で最重要ともいえる人間力テストですが、作中でテストを受けているシーンが一度もないのです。 どれくらいの頻度で行われているのか、今回はどういう出題で、その回のトップと最下位は誰で、その人たちはその後の学校生活にどういう影響があったのか。 最低でもそれくらいは描いてもらわないと、人間力テストのおそろしさについてイメージできません。 特殊なルールのある学園ものといえば、幾原邦彦監督の『ユリ熊嵐』や衣笠彰梧先生の『ようこそ実力至上主義の教室へ』などがあります。 クラスメイト全員で気に入らない生徒に投票して見事1位に選ばれたら教室から排除されるとか、テストの成績が悪いと人間扱いしてもらえなくなるとか、現実味はゼロですが、敗者をしっかり描くことでその物語の中ではリアリティーがあるし、ストーリーから目を離せない魅力となっています。 このシステムの中で敗北すると、人間としての尊厳を奪われてしまう。だから立ち向かわなくてはいけないんだ。そういうものが人間力テストには欠落しているのです。 作品内リアルも緊張感もない人間力テストに異様なまでに血眼になっている登場人物がわんさか出てくるこの作品には説得力がありません。 ここで思い出したことがあります。 少し前、真昼間から牛丼屋さんで牛丼を食べていると、離れた席で同い年くらいのお兄さん二人が昨日の合コンについて談笑していました。 別に聞き耳をたてていたわけではなく、店内放送かってくらい二人の声が大きかったので、いやでも耳に入ってきただけです。 「お前と話してた子、かわいかったよな。身長162センチくらいの」 「いやいや、あの子、身長163センチはあったよ」 まさかこの世に『豚汁』は『ぶたじる』と読むのか『とんじる』と読むのか以上にくだらない議論が存在するとは思いもしませんでした。 しかし二人の意見は対立し、譲らず、ヒートアップして、最終的に殴りあいとなり、警察沙汰にまで発展しました。 二人はお酒でも飲んでいたのか特殊なお薬にでも手を出していたのかは不明ですが、実はここには重要な情報が一つぬけています。 私自身が合コンなるものに参加したことがないので、合コン参加者にとって出会った女性もしくは男性の身長がどれほどの意味を持つのか見当もつかないということです。 『マジで』の音階だけで会話を成立させ、九九は二の段までしか言えなくて、頭の中は交尾のことでいっぱいの、いやしい身分の人たち。 というのが合コンをたしなむ方の基礎知識だと思っていたのですが、これでは、ラノベってあれでしょ? とりあえず異世界いって美少女と出会ってチートもらって美少女と出会って居酒屋はじめて美少女と出会って森を歩いてたら美少女と出会ってと思ったらそいつは実は男の娘でそれでも次は美少女と出会って姫騎士はオークに襲われてるんだろ? とかなんとか中途半端な知識で偏見をぶつけてくる人と変わりません。 相手の身の丈を1センチでも間違えることは許されざること。訂正も謝罪もないのであれば決闘も辞さない。合コンとは、そういう貴族の社交場なのかもしれませんね。 話を戻します。 人間力テストに苦しむ石川さんを救うべく菅原君はそれを破壊するための革命を起こそうと決意します。ここから物語の飲み込みづらさは爆発的に上昇していきます。 菅原君の目的は人間力テストをやめさせることです。そのための手段が無意味かつ遠回りすぎます。 詳細を書いていたら文字数制限に引っかかったので割愛しますが、風が吹けば桶屋が儲かるみたいな、一見よくわからない理屈でも順を追って説明されたら納得いくようなものではなく、一歩目から破綻しているし、仮にうまくいったとしてもテストがなくなるとは思えませんし、実際、作中では失敗します。 くどいようですが、人間力テストの結果が良かろうが悪かろうが生徒たちの人生には何の影響もないのです。それなのになぜそこまでテストに執着しているのかわかりません。あまりにも価値観が違うので実は物語の舞台が地球ではなく猿の惑星だったみたいなどんでん返しがあるのかなと勘ぐったくらいです。異世界転移もの流行ってますし。 とりあえず『人間力テストをやめないなら自殺します』といった内容の手紙を学校とマスコミに送ればそれでよかったような気もします。ただ、それだけでよかったんです。 とはいえ、この流れ自体は嫌いではありません。 小説の中盤で菅原君は読者に、この物語は僕の愚かさを笑いながら読むのが正しい読み方であると推奨してきます。今のところ順調に愚かです。 それに、頭の中で完成した完璧で素晴らしい計画が後から考えたら清々しいほど無意味だった、なんてことは誰でも一度は経験あると思います。 これまであれこれ書いてきましたが、ここまでの印象は決して悪くありません。Amazon的に評価するなら星四つはつけます。 さて、物語も残りわずかとなりました。ページ数でいうと248ページ。問題はここからです。 万策つきた菅原君は最終手段として人間力テストの生みの親である校長先生を殺害しようとします。 それを紗世さんという女子大生に阻止されます。 紗世さんは岸谷くんのお姉さんの幼馴染みです。小学校から高校まではずっと一緒で、岸谷君のお姉さんに依頼されて今回の事件の解明に協力をしていました。この情報はとても重要なので覚えていて下さい。 人間力テストのせいでどれだけの人が傷ついているのかわかっているのか、と叫ぶ菅原君。 校長先生は言います。「もちろんわかっている。テストは不完全だ」だからこそ順位の低い生徒には個別に連絡を取っていたことを明らかにします。 そこで菅原君は気づきます。「お前が『ソーさん』だったのか?」と。 ソーさんというのは、主人公とネット上でメッセージのやりとりをしていた友達です。 校長先生は言います。「キミがソーさんに学校のことを相談していれば今回の悲劇は起こらなかったのに」と。 意味がわかりません。 どこの世界にハンドルネームしか知らない赤の他人にリアルの情報を提供して問題解決を頼む人がいるのでしょう。「いやー実は僕、学校でむちゃくちゃなことされて困ってるんだけど、もしあなたがその学校の校長だったりしたら、なんとかしてもらえませんか?」とでも言えと? このソーさん(校長)はすごいんです。自分の学校でイジメが発覚して真っ先にしたことが、イジメの起きたクラスの担任のYouTubeのページに匿名で突撃して荒らしをはじめることですからね。それだけじゃおさまらなくて、あろうことか、その担任の個人情報をマスコミに拡散します。 落ち度のある人間には何をしても許される。なぜならそいつは悪であり、それに怒りを覚えた自分たち正義の側は無限の制裁を与える権利がある。その結果そいつが死のうが破滅しようが知ったことじゃない。なぜなら悪いのはそいつだから。なんていう歪んだ価値観は教育者が絶対に認めてはいけないものだ思うのですが。 そして校長は決定的な一言を放ちます。「ただ、キミは情けない。困ったら周りに相談しなさい。それだけのことを言わねばならないなんて」 あのですね、そもそも校長が人間力テストなるものをはじめた理由は『コミュニケーション能力が低くて自殺した生徒のため』だったはずです。コミュニケーション能力が低い人がどういう人なのかというと、そこまで追いつめられても、それでも声をあげることができない人なんです。そういう人をさらに追いつめたらどうなるか。説明の必要はないと思います。 物語のラストで突然異世界に転移した校長がそこにいたオークとゴブリンに惨殺されてしまえば、私は迷わず本作の評価を五つ星にしたのち、もう一冊買って近所の図書館に寄贈したことでしょう。 多少の矛盾やご都合主義、後出し設定についてはそこまで気にしません。しかし、物語の根幹への不誠実さは無視できません。どうしてここまでふざけた話になってしまったのか、そのこたえは簡単で、作り手が信じていないからです。 作者の松村涼哉先生は信じてないんです。こんな話あるわけないって。だから自分が作ったルールの間違いにすら気づけてないんです。 後出し設定は気にしないと書きましたが、この作品に関してはちょっとひどすぎます。 話の発端となった人気者の岸谷君が菅原君にいじめられていた問題ですが、実際には岸谷君が菅原君をいじめていました。でも二人は同じ悩みを抱えて同盟を結ぶほどの親友だったんです。それなのに岸谷君は菅原君に暴力を振るいます。家に帰れば姉から振るわれる暴力からのストレスが原因の一つなんだそうです。 そうです。なんともう一人の主人公である岸谷君のお姉さんは岸谷君に暴行をくわえていたのです。弟を殺したのは人間力テストではなく自分だったのです。意外な展開です。伏線とかありませんでしたし。 二回読み返してみたのですが、唯一の理解者であり心の支えであるはずの菅原君を岸谷君がいじめるという展開には無理がありすぎると感じます。 後出し設定で忘れてはいけないのが紗世さんの存在です。こちらの紗世さん、なぜか終盤まで名字が明かされず、そしてそれが明らかになった瞬間、ある人物との関係がわかるという、ファンタジーの世界ならともかく、現代を舞台にした物語で2016年に使っていいテクニックなのか考えものの仕掛けがほどこされているのですが、それはいいとしましょう。しかし、紗世さんとある人物との関係を岸谷君のお姉さんが知らなかったというのは無理があるというより、不可能だと思います。 幼馴染みで、弟の事件の調査を依頼するほどのなかよしです。相手の家族のことを何も知らないなんてありえるでしょうか。 最後に最大の謎は本作が第22回電撃小説大賞の大賞受賞作ということです。 帯によると4580作品の頂点だそうです。他の4579作品は何がいけなかったのでしょうか。 一行目にガールズ&パンツァーの悪口でも書いていたんでしょうか。 鎌池和馬先生曰く『最初の一文字目から仕掛けは始まっている。』そうなんですが個人的には259ページある物語のなかで256ページのラスト2行目から後出しで設定を追加してくる卑怯な話だなという印象です。 本作が大賞受賞作と知って、とても嬉しかったことを覚えています。 『無職の俺が異世界に転生したけど何もできないので趣味の料理で居酒屋をはじめたら魔王が常連客になってしまったようです。一方そのころ妹は悪役令嬢に転生していた』 みたいなオリジナリティーあふれるタイトルの作品を選ばずに、こういう挑戦的な話に光をあてようとする電撃文庫はさすがトップランナーとして志が高いなと。 個人的にも学園ミステリーは大好物なので。 だからものすごい期待と応援の気持ち、それからやさしい心で予約して買わせていただきました。 でもこれは、あんまりじゃないかなと。 これを読んでいる途中で思い出したことが二つあります。 一つは、何年か前に爆発的なヒットをしていた『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』という本を読んだときの気持ちです。 絶賛の声しか聞こえてこなかったので、どれほど素晴らしいのかと期待して拝読すると、これはいかがなものかと思い、かなりの酷評レビューを書いたのですが、なぜかそのレビューは消されてしまったので証拠はありませんが。 もう一つは前述した牛丼屋さんでの合コンの一件です。 1センチの身長をめぐって殴りあうような、自分には理解できない価値観や評価軸でこの作品は大賞に選ばれたのかなと。 作者の松村涼哉先生は現在23歳と、とてもお若い方です。 かなり年配の方が書かれた作品なのかなと思っていました。 というのもこの作品、一言であらわすと『年寄りの愚痴』なんです。 若者はみんな狂ってるとか、ネットは闇であふれてるとか、そういう周回遅れの価値観で書かれているので。 プロフィールによると、松村先生は最近、ワインが飲めるようになったそうで。私はお酒飲めないのでうらやましいです。 ワインといえば、貴族の飲み物であり合コンの必須アイテム。 電撃小説大賞の大賞受賞者という人生の勝者となった松村先生は合コンでも大人気かと思われます。 メジャーで相手の身長を測ったり、「おっぱいを触らせてくれたら次の人間力テストでキミに投票してあげよう」とか自作ネタをぶちかましたりしているのでしょうか。さすがに言いすぎました。すみません。 大切なことは一つです。 どんな作家さんであれ、新人賞受賞作というのはその一冊しかありません。 はじまりの一冊です。 そして物語の素晴らしいところは、それを受けとった人によって、面白いくらい評価が異なることで、それはその人がその物語にふれるまで決してわからないことです。 この物語はあなたを不快にさせるかもしれない。あなたの宝物になるかもしれない。 つまり 絶対に買って読むべきです。

  • 久しぶりにおもしろかった

    この本は結構前に買ってはあったのですが、重そうな内容なのでしばらく放置しておきました。 それで暇があったので、ふと手に取ってみました。 読み始めると止まらなくなりました。 内容は、二人の語り手による話が交互に繰り返されます。 一人がいわば探偵役で一人が犯人役。 最後はどんでん返しの結末。革命ってそういう意味だったのね、と妙に感心しました。 いわゆるライトノベルのカテゴリーとは少しずれるし、 続編が出ることもないのかなと思いますが、 こういう小説を大賞にするのは、なかなかい選択だと思います。

  • イジメのコペルニクス的転回は見事

    今現在学生の人にはキツい内容かもしれない 心情描写も文章表現もまだまだだが、読んでよかったと思える作品 少なくとも、それらがしっかりしていても読んだ後何も残らないような小説よりは、こういう荒削りながらも光る部分がある作品に出会いたい 同じイジメを扱った作品と比べると、心情描写が弱い分真に迫ってこなかったのが残念だが、そこは斬新な展開でカバーできていたと思う 十分大賞にふさわしい作品だろう

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