TRIP TRAP トリップ・トラップ
『トリップ・トラップ』は、旅や移動の気配をまとった短編を通じて、女性の身体感覚、恋愛、結婚、妊娠、異国での孤独を描く作品集です。鋭い言葉で、他者との距離や自分自身の変化に揺れる心を浮かび上がらせます。
作品情報
移動する女たちの視線から、恋愛と身体と孤独が鮮やかに切り取られます。
金原ひとみの短編集で、収録作それぞれが異なる場所や関係性の中で、女性が抱える違和感と欲望を描きます。軽やかな題名とは対照的に、日常の言葉の奥に潜む支配、退屈、不安をすくい上げる一冊です。
書籍情報
- 出版社
- 角川書店
- 発売日
- 2009-12-25
- ページ数
- 259ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784048740128
- ISBN-10
- 4048740121
- 価格
- 1473 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
「ねえ、何しに来たの? 海に」 逃避だよ――。日常から逸脱した旅の果てにあるものとは? 研ぎ澄まされた描写が光る、著者新境地の最新作!
1983年生まれ。2003年「蛇にピアス」ですばる文学賞を受賞しデビュー。同作で04年に芥川賞を受賞。著書に『アッシュベイビー』『ハイドラ』『憂鬱たち』などがある。
レビュー
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自分自身が変わっていくこと
一人の女性マユにまつわる連作短編集。全部で6話からなるが、一話ごとに彼女が年齢を重ねていく姿を描いている。結婚をし、子どもを産み、仕事と子育てに忙殺される中で、得たものと失くしたもの。マユの中で変わらないものと、変わってきたもの。それが「旅」という、非日常の中でクローズアップされていく。彼女は言う。 「生まれてこの方自立を拒み続けていた私が、とうとう何かを出来る人間になりたいと思うようになった。何も出来ない女でいたい、いつも誰かに何でもしてもらえる人間でありたい、そう望み続けていたのに、もうそういう女であり続ける事が出来なくなってしまった。そう思った途端、私は自分自身の在り方と、私にとっての彼の存在と、私たちの関係性がまた一からと言っても良いくらい変化しているのを実感した。(中略) 私は、自分自身が変わっていくこと、彼に対する人格が全く変わってしまったことを思い、申し訳ない気持ちになった」 しかし、そうでありながらも思うのだ「私を助ける男はいつも夫だ」と。 作者の筆は、極めて軽快で、マユの心情描写が、その年代の女性をとてもよく映しているように思える。展開されるエピソードも切実だったり、コミカルだったりして、飽きさせない。
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個人的に
金原さんの本はやっぱり好きです。彼女の出す本をこれからも全部読みたい。
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感情移入できない私小説
どうやら前に読みかけてやめたらしいのだが、改めて我慢して読んで、子供ができるところまで来てやめた。中学生や高校生のヤンキー生活と、編集者と結婚してからパリで食中毒になった話とハワイへ行った話で、私小説ながら全然感情移入できない。むしろ前のほうがまだ文学的完成度が高いが、後半は金持ちの自慢話みたいでよくない。(一日たったら何だかよく思えてきたので一点上乗せした)
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だんだん落ち着きが出てくるような、、、
はじめて金原ひとみさんの小説を読みました。 、、、ラストが妙にほっとしました。 醒めた視点や それと対極の愛情や依存 主人公に対して、 犬と猫なら 猫的なものを感じて 妙にさばさばしていて リアルな心情の描写の半面、 心地よい距離感を感じる作品のようにも、感じました。 こういう主人公のような人、いそうですね、、、。 文章で書くと、こんな風になるんですね。
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幸せが伝わってくる
はじめの2つの話はあまり共感はできませんでした。 しかし、3つめの話から作者の強い心入れが伝わってきて、よかったです。 パリの話が一番好きです。 この本の一番最後に、舌のピアスが出てきます。 なんて素敵な終わり方なんだろうって思いました。 蛇にピアスのことをまだ忘れていないよっていうメッセージともとれて感慨深いです。 新作が待ち遠しいです。
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割とまとも?
金原ひとみさんの著書はハードでえげつない。けれどもその中に生きる登場人物はいとおしい。ふしぎな作家です。
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私小説はナラティブ(語り)が命
私小説です(独断でそういうことにします)。読み終えて感動しました。 素晴らしい作家であると同時に読み巧者でもある辻原登氏が絶賛しているので、本書を手に取りました。 金原氏のデビュー作にして芥川賞受賞作である「蛇にピアス」を一読したときは、作品の底を流れる強烈な依存への渇望にちょっとたじろいで、これは親から庇護されているという感覚を一切持てないまま育った女の子なんだなと、小説への感想というのとは違う作者への感慨を抱いたのを覚えています。 若い女性ふたりの受賞がたいそう話題になったそうですが、(当時は雑誌もテレビもあまり見ない生活だったので知らなかった)私は金原氏の写真を何かの折に見て、なんとなく中年になった時の姿が透けて見える若さだな、と感じました。もう一方の受賞者は三十路過ぎたら至極平凡な容姿になりそうでもあり、逆に滅茶苦茶いい女になりそうでもあり、つまり女性として未知数の印象を受けました。年齢を考えると当然です。ですが金原氏は、年若くして女としては完成型だったのです。しかし… 女性には、母になる、という偉大なる契機(成長とはいいますまい)があったのですね! 子のない人生を送った私には、思いつきませんでした。 本作は6編の短編を編年体に編んだ私小説です。 15歳。17歳。いきなり作家になって、結婚し、子が生まれ母となる。順番に、ひとりの非凡な女性の10年をたどれます。読み終わり、深々と感動します。もし私が作者と同年輩だったら、これほど感動はしなかったかもしれません。若い頃は、まともな口ひとつきけなかったギャルが母になってやっとこさ社会性を獲得し、まあ時候の挨拶程度の会話なら交わせるようになる、という例をいくつか見てきて、あんたら、動物のメスがたどる過程を経て、初めて一人前かよ、と内心軽蔑していました。驕りでした。それはそれで、大したものだと今では思います。 病的なほど男からの庇護を渇望する女の子、その為には自分の性を利用するのもへっちゃら、貞操観念も倫理観もなし、親だったら絶対にこんな風に育って欲しくないと思う女の子が、子を産み育てることで、小さな命を守る立場になる。育児と仕事で疲れ果てながらも、母であることからは逃げない。赤子が他人に笑顔を向ければ、自分と違って社交的になって欲しいと願う。これが感動せずにはいられますか! 私、涙ぐんでしまいました。 この感動は、やはり小説のナラティブ(語り)の力です。私小説は、小説の構造よりもナラテイブに拠るところが大きいのかもしれません。私小説には短編が似合う、長編でいいものは少ないと、西村賢太氏が島田雅彦氏との対談で言っていますが、長編だと単一な「語り」が息切れしてしまうのかな。私小説にポリフォニーなんて似合いませんものね。小説の構造に凝ることで、かえってナラティブの力が弱まってしまうなら、成る程、私小説に長編は向きません。もちろん、こんな考えを覆すような長編が、将来生まれてくるかもしれませんが。
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自伝ですかね
15才の中学生時代から結婚し母親となった「マユ」の物語。フランス編から突然不良少女が既婚さらに有名作家になったというギャップに驚きつつも、金原さんの私小説なのだなとそこで気づきました。「マザーズ」「パリの砂漠、東京の蜃気楼」などを読了後だったので、ああここからあの小説達が産まれたんだ。と感慨深いものがありました。「パリの砂漠~」読了後、金原さんがもしパリではなくハワイに6年住むことになったらまた違ったのかな?と想像したり。母親になってもモデルと間違われたり年下男性からナンパされたりする雰囲気はやはり生まれ持ったファムファタルなのかな。フィクションとノンフィクションがきっと入り交じった作品にはなっているのでしょうが、今後もヒリヒリした金原作品にカタルシスを求め続けてしまう自分が見えてしまうのです。