日本の文学賞

← 受賞作品一覧に戻る
ひきこもりの弟だった (メディアワークス文庫)

電撃小説大賞

ひきこもりの弟だった (メディアワークス文庫)

葦舟ナツ

書籍情報

出版社
KADOKAWA
発売日
2017-03-25
ページ数
354ページ
言語
日本語
サイズ
10.5 x 1.7 x 14.9 cm
ISBN-13
9784048927055
ISBN-10
4048927051
価格
803 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

第23回電撃小説大賞《選考委員奨励賞》受賞! 圧倒的衝撃の異色作! ラスト、読む人に【幸せとは何か】を問いかける――。圧倒的衝撃の“愛”の物語。 【あらすじ】 『質問が三つあります。彼女はいますか? 煙草は吸いますか? 最後に、あなたは――』 突然、見知らぬ女にそう問いかけられた雪の日。僕はその女――大野千草と“夫婦”になった。互いについて何も知らない僕らを結ぶのは【三つ目の質問】だけ。 まるで白昼夢のような千草との生活は、僕に過ぎ去った日々を追憶させていく――大嫌いな母、唯一心を許せた親友、そして僕の人生を壊した“ひきこもり”の兄と過ごした、あの日々を。 これは誰も愛せなくなった僕が、君と出会って愛を知る物語だ。

レビュー

  • 「知っている側」の人にしか書けない小説。

    今後何度も読み返すことになるだろうとおもいます。「知っている側」の人にしか書けない小説です。

  • 一番の弱点をゆっくりと力を込めて突き刺してくる本

    僕は小学校時代から不登校を経験していて作中の兄に少し近しい経歴を持っている 親はやっぱり作中の母親にいくらか似たところのある人だし、兄弟にも極軽度の引きこもり経験者がいる そんな僕にとっては、不幸な境遇を跳ね返し真っ当な人生を掴み取った人物からこれまでの僕の怠惰甘えなど諸々を指摘されたように感じさせる本だった そもそもの家庭の不和や、引きこもりに陥った子供をただ甘やかすばかりで矯正する力を持たない親、惨めで擁護し難い現状をなんとか理屈をつけて正当化しようとする兄、そんな兄の低レベルな葛藤を他所に自立の為日々外で挑戦を続ける弟...これまでの人生の色々な部分を思い出した まあ読んでてなにが辛かったかっていうと自分が知らず知らずのうちに誰かに対して犯した罪を詳らかに見せつけられている気がしたこと この世は適者生存という現実を今一度突き付けられたこと 弟がこれだけ苦しい境遇の中でも必死に同年代と関係を築き這い上がり、最終的には幸せな家庭を手にした一方、兄は自死の勇気こそ持てど他者と関わる一歩は踏み出せず部屋の中で死んだ事が答えで みんなありふれた幸せを掴むために必死に努力するのだし、そこについてこようとしない者はただただ邪魔者にすぎず 被害者ですらなくて消極的加害者なのだということ 家族の枷であるということ しかし兄だって僕だってそんなことは分かっていて それでも恐怖で体は動かないし、外に出るという最低限のボーダーをクリアしてもそこから先には自分が今まで先延ばしにした何百の課題が利子と共に待ち受けていて 誰だって幸せになる力を持って生まれて来たはずと思ったって事実ここに落ちこぼれはいて 僕らを肯定する物は何もなくてただ歩まなかったという事実だけがあって 手遅れなのかまだ助かるのか歩み出せば認められるのか否定されるのか 年齢に不釣り合いな不安を抱えた自分がただ1人でここにいる 僕と同じような境遇にあったのにしっかり社会性を確立した主人公とヒロインという巨人が雲の上で慰め合うのを見上げるばかりで情けなかった ヒロインの日記や兄の手紙、文章のそこかしこに含蓄ある言葉があり共感できる文章がありまた読み返したい本だと思うがそうするにはなかなか苦しい気持ちもある タイトルから抱いた印象に対して十二分の内容で答えてくれたので評価としては満点としたいが、人におすすめしたいかと言われると...辛かった

  • 「帰る場所」の無い一組の男女が自分たちの帰るべき場所を作ってみたら…。一人で生きていく事を選ぶ人の増えた時代を考えさせられる一冊。

    ライトノベルでも漫画でもアニメでも良いけど、若い人向けのメディアに溢れかえっているメッセージ。 「友情は素晴らしい、恋は美しい、他人と過ごすことは良い事だ!」 …本当か?腹の底からそう思っているか?そう言わんと「寂しい人」扱いされるから取りあえず言ってるだけと違うか? そんなに他人と過ごすことが素晴らしく楽しいっていうなら生涯未婚率がガンガン上昇し、 その一方で出生率は落ちていく日本の現状をどう説明する? 実際、人間は他人と過ごすのが大して好きじゃないんじゃないか? 環境さえ整えば「一人で生きて、一人で死ぬ」ことをそれほど嫌がらないんじゃないか? …とまあ、そんな事を考えるくらいに「一人で生きていく」事を選ぶ人が増えているわけなんだが、 そんな時代を象徴するような一冊が登場した。 物語は主人公の掛橋啓太が地元の宇都宮から埼玉へと帰ろうと列車を待っている場面から始まる。 数日間ろくに眠れず草臥れきった状態で折り合いの悪い母から無理やり預けられた 読みにくい字で「啓太へ」と書かれた手紙と思しきものを放り投げた啓太だったが、 ベンチで眠りかけていた啓太に二人連れの女性の片割れが声をかけてくる。 「美味しい餃子の店を知りませんか?」と見ず知らずの自分に話しかけてきたその女性に 思い付いた店の名前を挙げてやった啓太だったが、連れに「千草」と呼ばれた小柄で人懐っこい雰囲気の女性は 一旦去ろうとして戻ってくるや否や「質問が三つあります」と言い放ち「彼女はいますか?」「煙草は吸いますか?」と 質問を重ねた後、「最後に――」と三つ目の質問を投げかけてきた。 最初の二つの質問には適当に「いいえ」と答えた啓太だったが、 最後の質問には「そうです、何で分かったんですか」と素直に答えてしまう。 「わたしもそうだから」と返事を返した千草は間髪入れず「だからお兄さん、私と結婚しよう」と持ち掛ける。 「唯ちゃん」と呼ばれた連れが何を言ってるのと止めるのも構わず「きっとうまくいくよ」と 唐突な結婚を唆す千草に啓太は「いいですよ」と答え、見ず知らずの千草との結婚を承諾する事に。 駅で別れた後、数日間連絡が無かった千草と電話で連絡が取れた啓太は 婚姻届けにサインし、それまで住んでいたアパートを引き払って千草との「新婚生活」を始めるが… もうね、「つかみ」の強烈さという点では空前絶後じゃなかろうかと。 「行きずりの女と一晩を過ごす」なんてのは割とありふれているが、 「行きずりの女から申し込まれた結婚をあっさり承諾し、そのまま新婚生活に突入」って… もう、この冒頭から一気に「何じゃ、こりゃ」と引き込まれた。 この「見ず知らずの女と始めた新婚生活」だけでも相当に異様ではあるのだが、 本作はこの「現在」と主人公である啓太の生い立ちが交互に描かれ、この啓太の「過去」も相当に異様。 シングルマザーの母と兄の三人家族で育った啓太なのだが、幼少時にはよく遊んでくれて 「頼りになる優しい兄ちゃん」だった兄の「ヒロくん」こと弘樹が近所の友だちである祐介に 「ヒロくんってフトーコージなの?」と指摘された事から「いつも家にいる」兄のおかしさに気が付いてしまう。 その兄に感じてしまった違和感は啓太が年をとるにつれて強まる一方なのだが、 困った事に幼少時から自分に妙に辛く当たってきた母親が「ヒロくんはまだ学校に行ける状態じゃないから」と 繰り返し、学校にも行かず家族の食事を作る弘樹を「偉いね」と誉めるばかりであることにも違和感を感じ始める。 流石に「兄はおかしいんじゃないか」と思い始めた啓太が最初は慎重に母親に尋ねても 「なんでお兄ちゃんにそんなひどい事を言うの」と叱られ、「おかしいのは誰なんだ?」と頭を抱える羽目に。 年を経るにつれて「頼りになる優しい兄ちゃん」が「ひきこもり」である事に啓太が気付き、 「家の外に出ず、それをおかしいと感じ始めた自分を疎んじるだけのどうしようもない存在」へと 認識が変容すればするほど、兄との共依存関係に陥っている母親の存在もあり、 実家の中で居場所を失っていく異様さは読者をグイグイと更に引き付けていく。 「家族」という事で切るに切れない縁がどうにも持て余す「腐れ縁」と化していった過去を描く一方で 「現在」パートの啓太も会社のお荷物社員で仕事を覚える気も無ければ責任感もゼロという坂巻が 自分の部署に異動してきた事で「おかしいのはいったい誰なんだ?」と頭を抱える羽目になるので 次第に「啓太はまともだよな?おかしいのは周りだよな?」と読者も不安を感じ、下手すれば自分の正気を 疑い始めるような「異様な隣人」の迫力が素晴らしい。 (学生諸君に言っておくが、坂巻の様な「なんでウチの会社はこいつをクビにしないの?」と思わされる 社員は割とどこの会社にもいるのである…実にリアルでサラリーマン読者は読んでるだけで胃が痛くなる) やっとの思いで脱出した実家は「帰るべき場所」ではなく、職場に行けば常識が通用しない同僚を相手にさせられる… 過去にさんざん痛めつけられ、現在進行形でも痛めつけられている啓太の性格が歪むのも仕方のない所。 同じ職場の女性社員がエサを与えていた捨て猫を追い払い「生きていく力が無いなら死なせてやったら?」と 真顔で言ってしまうぐらい「一人でいきていく」事に拘る歪み方は実にエグみが効いている。 ただし、その追い払った捨て猫に似た猫の死体が道端に転がっているのを見て、 必死で自分に言い訳するぐらいには人間性が残っているという塩梅が絶妙。 「俺が歪んでいるのは俺から居場所を奪った連中が悪いんだ」と必死で自分に言い聞かせるような啓太が 一人で生きていく事に拘りながら悲痛なばかりの「居場所」「帰るべき温かい場所」を求める叫び声が 次第に現在パートでも過去パートでもページを埋め尽くす様になり、正直途中から読むのが相当にキツかった。 そんな啓太が必死で追い求めてきた「帰るべき場所」を突如与えてくれた千草の存在、これこそが本作最大のミステリ。 冒頭で突如見ず知らずの啓太に結婚を申し入れ、承諾させるに至った「三つ目の質問」とは何だったのか? その答えを知りたい、という欲求だけが、上に書いた読むのが辛い状況を乗り越えさせる原動力となっていた。 「独りぼっちは寂しいが、誰かと生きたい、という自分の欲求は我儘であり他人を害するのではないか…」という 不安を刻み込まれた人間のジレンマが明かされるにつれ、最終的にこの「見ず知らず同士の夫婦」が どこに辿り着くのか…その行きつく果てが明かされる最後の数ページの展開は「こういう締めくくり方は想像してなかった」と その異例なオチの付け方に最後の最後まで唖然とさせられた…が、最後は「これ以外無いか」と納得させられたのも事実。 読む人によって評価は様々なのだろうけど、「これは『あり』だな」と小生自身は十分納得できるだけのモノを見せて貰った。 まあ、色々と濃くて深い作品だから多少クセがあるのは仕方ないが、台詞が妙に長くなるのは玉に瑕。 特に啓太唯一の親友である深川が出てくるとやたらとこの長台詞癖が出てくるのはちょっと気になった。 会話文が不自然だとどうしても気が削がれるので、この辺りはもう一工夫欲しかったところ。 ライトノベルを含めたフィクションの世界で無批判に繰り返される「他人と過ごす事のすばらしさ」に 「本当に腹の底から他人と過ごしたいと思ってる?」と一石を投じる作品。 こういう「口にしにくい事」を物語の形で表現できてこその文芸だよなあ、と改めて思わされた。 今年の電撃小説大賞は「文芸路線への回帰」が特徴的だったけど、その象徴とでも言うべき一冊。

  • 惹き付けられます

    話はすごく良かったですし何度か泣ける場面はありました。 現在と過去が交互に語られるところもすごく惹き付けられました。 ですが最後はバッドエンドで終わる方が個人的にはよかったです

  • 不穏さはどこにでもある

    主人公の人生は不穏に満ちている。これまでの家庭環境、そして幸せなはずの今の家庭環境すらも、常に不穏さがつきまとう。 不穏な家庭で育った人間は、不穏でない家庭を作ることは不可能なのではないかとすら思わせる、言外の不穏さが生活の随所につきまとう。 爽快感はない。 ただひたすら、不安、不穏、不安定、そういった感覚が、ギリギリのバランスを維持しながら続く。 最後は……。 こうなってしまうのだろうなあ、と思うと同時に、最後の2頁は蛇足ではないかと感じた。 辻褄は合ってるのだ。 主人公は彼女のおかげでこうなった→結果としてこうなった。ちょっと時間は必要だったかもしれないけれど。 辻褄は合っているけれど、これでいいのだろうかというのが、率直な感想だ。 ということで、電撃大賞選考時の講評を探して読んでみた。 後味の悪さを指摘するコメントが目立った。同時に冒頭の表現力を高く評価するコメントもあった。 思うに、最後の2頁は受賞後に編集者の指導のもと加筆されたのではないだろうか? 投稿時はその前の1行で終わっていたのではないだろうか? もしそうだとしたら、私はこの加筆は妥協のように感じる。 後味をマイルドにするために、そしてそれは商業的に商品価値としてマイルドにするための要請であり、 その要請自体も、それを受け入れたこと自体も、作品に対する妥協であるように思う。 もし思い込みだったら編集者に対しても作者に対しても申し訳ないことだが。 救われることが必然とは限らない。 少しの変化を主人公が得たところで、それですべてが救済につながるなんて簡単なことは、そうそう起こることでは ないし、たとえ物語であっても起こさなければならないということはない。 だから私は、突き放してくれてよかったのに、と思うのだ。 いや、思い込みなので、思い違いであったら、重ね重ね編集者と作者には的外れなレビューで申し訳ないと思うと、言い訳しておく。

  • 読んでいて本当に気持ち悪くなった

    同じ作品でも十人読んだら十人異なった感想を抱く みたいな文章を以前、どこかのブログで見かけましたが、当作はその典型のように思えます。 ただ、誰が読んでも『さっぱりした読後感』からは程遠い作品となります。それは間違いありません。 当作の主人公は、一言で言えば社畜。 仕事に忙殺され、休日出勤、サービス残業は当たり前、そして無能な上司の尻拭いなど とにかく損な役を押し付けられる『仕事ができる人』であり『可哀想な人』でもあって『都合の良い人』です。 しかし、そこに同情はできません。いえ、したくない、と私は思えました。 以下、引用です。 『余計なことを考えずに済むから、忙しいのは好きだった。仕事に没頭することで、それ以外のことに対する努力を放棄する免罪符を得たような気持ちになるのだ。』 『夕食を摂る暇もなく残業は深夜まで続き――仕事以外の時間は全て仕事をするための休養に充てられた。まるで生活のために仕事をするのではなく、仕事のために生活をしているようだった。』 ここからは偏見を混じえて書きます。 主人公は、社会に揉まれて摩耗していくことで自己を正当化するタイプです。 ようは自己陶酔です。「もう三日も寝てないわ―」と自慢する大学生の超延長線上にある思考回路です。 しかし徹底的に閉じているので、それを表に出すことはありません。 自己弁護でガチガチに殻を固めた、ある種、究極型のぼっちと言えます。 自分を、そして他者を大切にするあまり、考えに考えて、結局何もできなくなってしまう人間です。 このような輩は常に地獄の中にいる。 主人公は永遠に幸せになれないと私は思います。 幸せとは何か。愛とは何か。 この話は、それらを消去法で教えてくれます。

  • 好きにはなれませんでした

    この著者の作品は他にも何冊か読みましたが、自分には合わないみたいです。 特に終盤の展開から結末までの流れは、読んでいて残念な気持ちになりました。

  • ものによっては、いつまでも今のまんまにしておきたいものがあるよ。そういうものは、あの大きなガラスのケースにでも入れて、そっとしておけるというふうであってしかるべきじゃないか。それが不可能なことぐらいわかってるけど、でもそれではやっぱし残念だよ。

    ※いつも私のレビューは自分の思った事、感じた事を直接的に語っているのが特徴なのですが、今回はその傾向が顕著に感じられるかもしれません。 納得できない部分ももしかしたら多々あるかと思いますが、これも1つの意見として温かく見守ってもらえれば幸いです。 「引きこもり」 それは「仕事や学校に行かず、且つ、家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態」を指す、今や、社会現象となってしまった言葉 周囲との摩擦によるストレスや精神疾患が原因で引きこもる場合、原因を特定出来ないまま引きこもる場合等、様々なケースが存在するのが特徴である 昨年の2016年において、日本国内の引きこもり数は推定、54万人 この数字はこれでも前回、調査した2010年における69.5万人に比べたら、約15万人減少したとされる 全体的に見たら、この数字は改善の余地に向かっていると言えるだろう… しかし、ひきこもりの期間が「7年以上」と答えた人は約35%と最大勢力 そして、引きこもりになった年齢は35~39歳が10.2%で前回調査から倍増し、20~24歳も34.7%で上昇傾向が確認されている また、このデータの対象には40歳以上の方が含まれていない事、少子高齢化社会によって日本の若者人口は徐々に減っている事を視野に入れていない 実は海外の統計だと、日本の引きこもり数は推計300万人ほど存在し、男女比では男性の方が若干多めなのではないかとの報告がある 最近は、上記のような「引きこもり」の定義も理解せず、気軽に日常語として使う人も増えた昨今になったと言えるだろう… さて、私にもあまり表立って公言出来ないが、実は引きこもりの過去があった 詳細は省くが、少しばかり身に沁みている自分が語るに、本作は上記を含む社会的現象を軸とした小説の中では、実に珍しい事が起こっている それは「引きこもり」をしている当人でなく、その当人と関係した人物に対して、焦点を当てている作品だと言う事 しかも出たのは天下のメディアワークス文庫 ある意味、本作のような存在がこのレーベルで遂に出てしまった事に、私は恐怖と驚愕を隠せない ここだからこそ、このような作品が出せた事を賞賛すべきか… ここでも、このような作品が出てしまった事に悲観すべきか… 自由なレーベル万歳と語るか… このレーベルでも本作のような作品が出てしまう現状やべえとなるか… 人によって思考は分岐するだろうが、これだけは断言出来る 今年の選考委員奨励賞はとにかく「凄い」 『ひきこもりの弟だった』 自分の精神状態が良好に続く限り、語ってみようと思う さて、本作の最初にあるのは主人公である僕――掛橋啓太が宇都宮駅のホームで電車を待つ間に眠ってしまう場面 そこで出会った1人の女――大野千草に3つの質問をされ、見事、彼女の条件に適合した彼が突然、求婚されてしまうと言う、理解不能な出だしから始まるのが特徴だ 彼はさして、疑問にも思わずに彼女のことを受け入れ、彼女はその返答ににこやかに微笑んだまま、受け入れられるのが分かっていたかのように笑ったまま 「こいつら、一体何なんだ…」と言うのが、この場面を読んだ時点での私の正直な感想である そして、この気持ちは終盤近くまで、全く潰える事はない 私がこの本を読んでいく内に感じていった感情の名前を挙げるとするなら…… 「不安」「不審」「悲嘆」「空虚」「焦燥」「困惑」「違和感」「不思議」そして、「愛しさ」 ネガティブな感情に包まれた作中展開で、裏側から見えてくる「愛」の描写が実に冴え渡った作品であると言えるだろう しかし、ここで勘違いしないでもらいたいのは、本作に登場する「愛」は我々が一般的に考える定義と微妙に違うと言う事 甘酸っぱい描写なんて物は全くないし、温かい気持ちなんて露程も起こらない 主人公は結婚生活最初の頃、大野千草の事を地の文で妻としか呼んでいない(会話文には名前も出ない)し、全ての描写が淡々としていて、躍動感等と言う物は欠片もない そう、この2人が送る共同生活は、どこか現実味のない家庭風景にしか見えないし、そうとしか思えないのだ まるで、大掛かりなおままごと遊びをしているような… 小さい旅館に泊まっているような… 絵画の中に入り込んでいるような… しかし、最後まで読むと、これは【あらすじ】にも書いているように、「引きこもり」の兄を持った弟を主軸として語られる、愛の物語だと断言出来る 「愛」と言う物は決して、1つだけではないし、側面的部分だけを映した概念でもない この部分は、葦舟ナツ氏の手腕が見事に光った最終盤を読めば、きっと、分かってくれる方も一部出てくる事だろう… さっき私は「一部」と言ったが、正直に言って、『ひきこもりの弟だった』は誰にでも薦められる、万人賛美の代物ではない 「圧倒的衝撃の異色作!」と囁かれる物が賛否両論となってしまうのは世の常であり、当然の事だが、それはこの作品についても同様 本作の場合、特に評価が分かれてしまう事だろう そんな議論でまず、第一に生じるのは作中登場人物達のキャラクター性 読破した今でも豪語できるが、私は本作の登場人物が殆ど嫌いである 主要人物は兄弟と妻の3人(母親も含めれば4人)で、それ以外にも同僚や友人、先輩、その他諸々の人々が数多く出てくるが、もしかすると私は彼等が殆ど嫌いかもしれない ここまで好きになれないキャラクター揃いと言うのも、ある意味珍しいと言える 嫌な奴に対して、平気で陰口を叩く同僚や先輩、部下の女の子である白井さん 他人から与えられた好意を揶揄して返す事しか出来ず、不用意に誰かを傷つけていく主人公の友人、杉田祐介 そして、安全な場所から他人を勝手に批評する行為に嫌悪感を示している癖に、自分だって同じ事をやっているのを自覚していない 「自立」していない者は死ねばいいと勝手な事を宣ってはいるが、そんな自分もかといって、自立している訳ではない 主人公、掛橋啓太 この主人公が私にとっては、とにかく大嫌いだった これは一種の戦いである(上記のはほんの一例) 「キャラクター」の嫌悪感に耐えられずにリタイアするか、「ストーリー」の結末が気になって最後まで読み続けられるか… 自分は何とか苦しみながらも、後者の道へと進む事が出来た 実に運が良かったと言えるだろう 感情移入しやすい傾向のある方は注意が必要である そして第二に生じるのは、本作は気軽に理解出来る代物ではないと言う事 この小説は、普通に読んでいたら流してしまう所で、一部の方に、そこにある皮肉的感情を気付かせてくれると言う手法が実に多く使われている 1個だけ、例を紹介する事を許して欲しい ----------------------------------------- 「ああいう人の家族についてはどう思う?」 白井さんは一瞬不思議そうな顔をしたが、不愉快そうに言った。 「そんなの家族も悪いに決まってるじゃないですか。他人に迷惑かけてる時点で。家族なら責任持って世話しろよって感じです」 「いろんな人がそう思っているだろうね」 ----------------------------------------- 上記の会話は、職場で嫌われている坂巻さんと言う人に対して、語っている主人公と部下の女の子、白井さんの会話である まだ読んでいない方には想像出来ないだろうが、じっくりと読んできた諸賢の一部にはこの会話が坂巻さんから丸々、兄に置き換える事が出来ると言う事に気付くのだ 兄は小学校の頃から不登校児であった そんな彼を主人公は作中で社会復帰させる為に、無理にでも学校に行かせたり、バイトに向かわせたりして、手段を講じようとしている(引きこもりの経験者である私が語るにこの方法は間違っているし、思った通り、上手くいかないのだが) しかし、兄がたとえ社会経験を積む為に、自分で働いて生きる事を選んだとしても、そこには必ず白井さんの放ったこの心無い言葉が重く圧し掛かってくる事だろう 「他人に迷惑をかけるな」 「迷惑をかけたのは、ここまで育ててきた家族が悪い」 「家族なら隔離して、責任持って世話しとけ」 ここに「世間」と言う日本特有の概念に対して、皮肉的批判が織り込められている感覚を私は覚えた こういった描写はこの例以外にも、数多い ブラック企業批判に社会体制批判、結婚体制批判に愛情批判 etc… 本作の評価は、どれだけこの皮肉に気付けるかでも変わってくると言えるだろう… そして、最後に生じるのは只々、読んでいて辛いと言う事 私が好きな作家の1人であるフランツ・カフカは生前、親友オスカー・ポラックへと宛てた手紙に、このような文章を書き残している ----------------------------------------- ぼくは、自分を咬んだり、刺したりするような本だけを、読むべきではないかと思っている。 もし、ぼくらの読む本が、頭をガツンと一撃してぼくらを目覚めさせてくれないなら、いったい何のためにぼくらは本を読むのか? きみが言うように、ぼくらを幸福にするためか? やれやれ、本なんかなくたってぼくらは同じように幸福でいられるだろうし、ぼくらを幸福にするような本なら、必要とあれば自分で書けるだろう。 いいかい、必要な本とは、ぼくらをこのうえなく苦しめ痛めつける不幸のように、自分よりも愛していた人の死のように、すべての人から引き離されて森の中に追放されたときのように、自殺のように、ぼくらに作用する本のことだ。 本とは、ぼくらの内の氷結した海を砕く斧でなければならない。 (親友オスカー・ポラックへの手紙 1904年1月27日)より ----------------------------------------- また、同じく私が1番好きな作家、ジェローム・デイヴィッド・サリンジャーは主著『ライ麦畑でつかまえて』の中で出てくるアントリーニ先生に、次のような事を語らせている ----------------------------------------- 君は人間の行為に困惑し、驚愕し、はげしい嫌悪さえ感じたのは、君が最初ではないということを知るだろう。 その点では君は決して孤独じゃない。 それを知って君は感動し、鼓舞されると思うんだ。 今の君とちょうど同じように、道徳的な、また精神的な悩みに苦しんだ人間はいっぱいいたんだから。 幸いなことに、その中の何人かが、自分の悩みの記録を残してくれた。 君はそこから学ぶことができる――君がもしその気になればだけど。 そして、もし君に他に与える何かがあるならば、将来、それとちょうど同じように、今度はほかの誰かが、君から何かを学ぶだろう。 これは美しい相互援助というものじゃないか。 こいつは教育じゃない。 歴史だよ。 詩だよ。 ----------------------------------------- カフカ的に言えば、本作は正に「自分を咬んだり、刺したりするような本」「ぼくらの内の氷結した海を砕く斧」 サリンジャー的に言えば、本作は登場人物達の「悩みの記録」である。 そんな風に評する事の出来るこの小説は正直に申すなら、読破するのが大変に苦しい産物だ 読まなくても良かった、読まなければ良かったと言う人、絶対にこれから出てくると思う 私だって読破したのは1日前だが、このレビューを書いている今でも実を言うと、かなりしんどい 上記の彼らを信奉し、影響を受けてこれまで生きてきた私は、事実、このような類の小説は数多く読んできた(傲慢) そんな作品を今まで読んできて、鬱になる事も多い私だが、ここで正直に吐露しよう もしかすると、本作は今まで読んだ中で、1番辛い小説だったかもしれない… なので、私はここで表示されている、もしくはこれから表示されるかもしれない低評価レビューについて、否定する事は出来ないだろう… 何度も言うが、これは誰にでもお薦め出来る類の代物ではない(良い意味) 世の中には、理解や共感が出来ない方が幸せな本も数多くあると思うし、本作は「絶望の証明」という部分において、完膚なきまでに優れていると言う事が読んでいく内に、読者諸賢にも分かってくると思う これを読んだ所で恐らく、読んだ全員が幸せな感情、愛情に至る事は出来ないのは確実だ(ラストシーンの解釈は実に分かれる) しかし、そんな本作であるからこそ、この作品は「幸せの意味」を与えてくれていると私は思う 人間が幸せの定義なんて曖昧な概念を掴むのに、特別なきっかけや理由なんて要らないという事に、本作を読んで私は気付いた もし貴方が、その定義を捕まえたいと考えた時 底に潜む真実を見つめたいと決心した時 その時、現実を見据える覚悟をお持ちであるのなら… それこそ、貴方がこの作品を読む「潮時」と言えるのかもしれません… この小説を読んで何も感じなかったら、貴方はとても幸せです しかし、同時にそれは、とても不幸せな事だと思う この小説を読んで何かを感じてしまったなら、貴方はとても不幸せです しかし、同時にそれは、とても幸せな事だと思う 問題作としてはこの上なく相応しい本作、どうか六畳一間のドンキホーテに着目して読む事をお勧めします P.S. もしかすると三秋縋氏のファンなら、読んでいる最中に、彼がこの小説を推した理由と言うのも分かるかもしれません もしくは、幾らファンでも、分からないかもしれません そして、こんな事を偉そうに書いている私でも、これが合っているかどうかは断言出来ない、不確定の代物です だから、こればかりは私の個人的解釈である事をお許し下さい 終盤、机の中にしまってあった物 それを発見したときの主人公の想い ここの文章を読んだ時、私は彼の事を可哀想だなと思いました そして、ここを読んで感じたのは、氏も影響を受けたと言う、ある作品について… 「イノセンス」を持っていない登場人物揃いだが、唯一、彼だけはあの頃の感情を忘れていなかったのだ さらっと流されて描かれているあの二文に、このレビューがきっかけで、皆さんが気に留めてくれたなら… 三秋縋氏が本作を推した理由の1つである(かもしれない)この部分に対して、皆さんが考え、思いを馳せてくれたのなら… このレビューを書いた者としては、とても嬉しいです P.P.S 番外編を読んだので、その感想も手短ではありますが、書きたいと思います この小説を読んだ後に、あの書き下ろしを読んで、皆さんはどのような感情をお持ちになるでしょうか? 私は恐らく少数派の類に入るでしょうか、この番外編を読んで、少しばかり安心したんです いや、確かにこの視点変更は辛かった 個人的に言わせてもらうなら、少々しかないのに本編並みかそれ以上にキツイ、キツすぎる番外編です しかし、この話は 本編で私の感じていた兄への見方像が間違っていなかった事 変わらなかった、変われなかった弘樹と変わってしまった、変わる事を選んだ啓太の構図 上記を見事なまでに証明してくれました そして、また本編を読む事でようやく実感出来る、兄が引きこもりに至った理由の一端 これに確信を持てただけでも、この番外編は読んで良かったと胸を張って豪語する事が出来ました 啓太や母親、その他の物事について、考える所も多い弘樹の葛藤が生み出した細かな描写、静寂の音 その繊細な心の動きは、見事なまでにこちらにも伝わって来て… この5ページで人はここまで苦しくなれるんだなと感じました 誰が悪いと言う訳ではない 誰もが悪くないと言う訳でもない みんながみんな、可哀想 そう俯瞰して見るのでさえ、現代世界では難しいこの物語 本編を読んで心刺さった方は、電撃小説特集サイトのチェックも忘れないように…… そして、読み終わった後に、またこの小説を再読してみる事をお勧めします ヒロに話したい事、伝えたい事、きっと出てくる事でしょう…

関連する文学賞