日本の文学賞

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吉原百菓ひとくちの夢 (メディアワークス文庫)

メディアワークス文庫賞

吉原百菓ひとくちの夢 (メディアワークス文庫)

江中みのり

書籍情報

出版社
KADOKAWA
発売日
2018-02-24
ページ数
276ページ
言語
日本語
サイズ
10.5 x 1.5 x 15 cm
ISBN-13
9784048936248
ISBN-10
4048936247
価格
671 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

ひとくちの菓子で繋がる優しい“絆”。とある料理番が紡ぐ人情物語。 『生きるための食事でなく、ひと時の幸福のための菓子を作る』 江戸の吉原一、料理が美味いと評判の中見世・美角屋。そこで働く“菓子専門の料理番”太佑は、日々訪れる客や遊女達のために菓子を作っていた。しかしある日、幼馴染で見世一番の花魁・朝露が全く太佑の菓子を食べていないことを知り……。 切ない想いを秘め、懸命に生きる人々にひとくちの“夢”を届ける――とある料理番の、心温まる人情物語。

●江中 みのり:第24回電撃小説大賞にて〈メディアワークス文庫賞〉を受賞し、デビュー。

レビュー

  • 苦界を生き抜く上で花魁に「夢」を見せる事は正しい事なのか?徹底的にリアルに拘った描写とそれを真っ向から受け止めるテーマの骨太さが見事。

    「漫画は駄菓子、またはジェットコースター。栄養にならない。目的地にも近づけない。 だけど食べているとき、走っているときは、絶対に楽しませる。 漫画は、それでいい」 ……漫画家・板垣恵介の言葉だけど、これほど「娯楽」ないしは「気晴らし」が 苦しい現実を生きる上で持つ「意味」を言い当てた言葉もなかなか無いと思う。 第24回電撃小説大賞「メディアワークス文庫賞」受賞作である本作はそんな実利は無いが 生きていく上では欠かせない純粋な「愉しみ」の持つ意味をテーマに据えた一冊だった。 物語の舞台は天明元年(1781年)から二年にかけての江戸・吉原。 中見世である「美角屋」の台所で働く太佑は菓子専門という一風変わった料理人だったが、 多くの店が仕出しに頼る吉原に在って、料理で客を呼び込む事で知られる美角屋には欠かせない若者だった。 御大尽が金を出して産ませた遊女の子である太佑は料理人の修行から戻ってくるのと時を同じくして 禿として美角屋に連れてこられ、今ではお職(一番の売れっ子花魁)となった朝露に頼まれた菓子を作る日々を送っていたが、 ある日、自分が作った菓子に朝露がまったく手を付けていない事を二階廻しの仁兵衛から知らされる。 かつて初めて自分が作った餡を美味しそうに食べた朝露の為を想って作り続けた菓子を蔑ろにされていた事を知った太佑は 自分が苦界を生きる花魁たちの為に作ってきた菓子に意味などあったのかと悩むことに…… 最高! 徹底的にディティールに拘って江戸・吉原に生きる人々の生き様を再現した上で、 「菓子みたいな単なる『愉しみ』に過ぎない物を作る事に意味などあるのか?」というテーマをこれ以上ない所まで掘り下げた一冊。 これこそ電撃小説大賞の受賞作に選ばれるべくして選ばれた作品と呼ぶに相応しい。 いきなり「後書き」の話に飛んで申し訳ないのだが、なんと作者の江中みのりはこれまで時代小説をろくに書いた事が無かったとの事。 読んでいる間中「ああ、いわゆる歴女系の作家さんか」と勝手に納得させられるぐらいに一分の隙も無い 江戸・吉原の遊郭文化や情景描写はもとより、作中に登場する菓子の製法や歴史、 果ては江戸期後半の角界の事情まで徹底的に拘った文章を堪能させて貰ったのだけど、最後に明かされた事実に度肝を抜かれた。 その上で後書きに続いて見開き二ページに渡って掲載された参考資料の量に再度仰天。 これだけの資料を精読して創作にあたる几帳面さと真摯さには自然と頭が下がる。 司馬遼太郎が「坂の上の雲」を執筆するにあたって東京の古書店街である神保町から 日露戦争関係の資料をトラック一台分買い漁って東大阪の自宅に運ばせたという逸話を残したが、 作品に「厚み」というものを持たせようと思えば一定以上の資料にあたるという行為は避けられない。 ライト文芸の世界でも同じメディアワークス文庫で同時に刊行された峰守ひろかずであったり、 あるいは同文庫で作品を発表している美奈川護なんかは下調べを徹底する作風で知られているけれども、 まさにその系譜を継ぐ作家さんが現れたという所であろうか。 こういう誉め方をすると「資料の厚みで読者を殴り倒すだけの作品じゃないのか?」という 些か意地悪な見方をする向きも出るものであるが、描写のリアリティに負けないテーマの深さがあるから 本作は凡百の新人賞受賞作品から頭一つ抜けた存在となっているのである。 主人公の太佑は遊女の子として生まれた事で 「苦界を生きる花魁たちにせめて美味い物だけでも食わせてやりたい」という 美角屋の昔の楼主の想いを引き継いで働いているのだけれども 店から出て吉原の中を歩けば遊女の自殺は目に飛び込んでくるし、 年季が明けるまで生き延びられる者が少ないという吉原の、遊女の現実は嫌でも突き付けられる。 そんな傍で見ていても厳しい現実をいつしか目に入れない様になっていた事に気付かされて物語は動き始める。 太佑が「同期」とも言える美角屋一の売れっ子である朝露が自分の菓子に一度も手を付けていなかった事に 全く気が付いていなかった件を通じて 「自分の作っている菓子なんて苦界を生きる人間の役に立たないのでは?」というレゾンデートルの危機に陥る事に。 物語はそんな思い悩む太佑が 妾の子として冷や飯を食わされながら、跡取り息子の急死で店を継ぐことになった商家の若旦那や 大名お抱えの身分になりながらも、新弟子時代に世話になった親方の娘への想いを引きずる力士、 堅気の娘に惚れてしまったが、「忘八」と呼ばれ賤業とされる遊郭で働くが故に身分を明かせない番頭、 様々な悩みを抱える人々に菓子を通じて相談に乗ってやる姿が描かれる。 そんな経緯を経て、自分が作った菓子に手を付けようとしない朝露に向き合おうとする太佑の姿が描かれるのだけど、 これで終わってしまえば「美食で全ての悩みが解決」という美〇しんぼみたいな話で終わっちゃうのだけど、そうじゃない。 終盤で明かされる朝露が菓子に手を付けない理由に息を飲まされた。 苦しい現実を生きているからこそ、「不幸であらねばならない」からこそ、菓子が与えてくれる喜びが許せない、 という朝露の語った真意には華やかで男に「廓のまこと」と呼ばれる疑似恋愛、一夜の夢を与える遊女が 地獄の様な現実を生きている存在なのだと嫌でも思い知らされる凄味があった。 そしてそんな「不幸であらねばならない」という朝露の想いの凄味を読者に突き付けたからこそ、 正面からその想いを受け止めた太佑が自分が遊郭で生まれ、遊郭で働く外の世界を知らない「井の中の蛙」だが 井戸の傍に咲く一輪の花に夢を与える存在で良い、と己の覚悟を伝えて朝露の凍て付いた心を溶かす場面が映える。 自分の作る菓子が苦しい現実を生きる人にとっての「一時の夢」であれば良いという覚悟が引き立つのである。 ライトノベルでも映画でも、ゲームでも菓子でも何でも良いが どこまで行っても向かい風の中を歩まざるを得ない苦しく苦々しい人生の中でひと時でもその苦しさを忘れさせてくれる そんな「愉しみ」や「娯楽」の意味を突き詰めたテーマの濃さは十分に作品のリアリティを受け止める骨太さが感じられた。 描写のリアリズムと骨太なテーマの両立をデビュー作で見事に成し遂げた作者・江中みのりの今後が楽しみでならない。

  • 和菓子がたくさん出てきます

    タイトルから歌舞伎の心中物を想像したが、良い意味で裏切られた。 主人公は吉原の遊郭の菓子職人で、全体にほのぼのした展開。菓子についての史実も散りばめられ、トリビア的に楽しめた。 遊郭の菓子職人という設定が興味深いうえに、若旦那、力士など、登場人物は魅力的。一方で、「面白い菓子を作る」という勝負の結末などは、肩透かしされた感もあり。 最後のシーン、主人公が夢の中で自分の職業について自問自答しつつ、天から降ってくる砂糖を手に受けるシーンは優しく、美しいと思った。 悪人は出てこず、波乱があるわけでもないのだが、読み返したくなるエピソードが多い。こういった時代小説も面白いと思う。

  • ほのかに香り立つ

    数千の遊女が暮らす吉原。堀に囲まれた夢の別世界は、これまで多くの作品の舞台となって来ましたが、この物語は意外にも妓楼の台所を支える菓子職人・太佑のやわらかな視点で展開されます。 流れ流され、行き着いた苦界に生きる太佑と花魁・朝露の優しい想いを基調に、江戸ならではの力士、好き者、旦那衆、それぞれのエピソードが交錯し、不器用な番頭の一瞬の恋も含めて、結びの二人の会話へ。 また、池波正太郎作品を挙げるまでもなく、食の描写は時代物の楽しみの一つ。菓子一つ一つの色合いが、鮮やかに目に浮かびます。

  • 怠惰と尺稼ぎと物足りない謎解き

    連作短編ミステリーとグルメ物を足して二で割ったような作り。 吉原中見世の菓子料理人が主人公、幼馴染の花魁がヒロイン。大まかな構造は以下のようなものである。 序 第一章:ラストの大謎(ヒロインの花魁は何故主人公の菓子を食べなくなってしまったのか)の出題編 第二章:ご新規の難客の心を掴む菓子 第三章:馴染み客の力士が菓子を食べない理由 第四章:気難しい番頭の恋を成就させる菓子 第五章:ヒロインの花魁付きの禿の食欲不振を癒す術 転:大謎の解答と主人公による解決 結 先に言っておくが、私は連作短編には当たりが厳しい。特に怠惰な連作短編と、ラスボス前の尺稼ぎの連作短編には批判的な立場である。 怠惰とはどういうことか? 登場人物の集う場を用意し、その中で各話ごとの問題を解決していくということである。全ての話は一定の場の範囲でのみ進み、場のルールが大きく壊されることはない。ゆえにドラマの激しさの上限が見えてしまっている。玩具の家の中の人形遊びと同じだ。世界が狭い。玩具の家をぶち壊し、新たな城や法を築けるのが物語のいいところだろう。そうせずに小さな世界で生きるのは、私の目には怠惰と映る。登場人物と作者の怠慢だ。市井で暮らす一人物のドラマにも良作はあるが、最初から活動の範囲を狭めるのは好かない。 ラスボス前の尺稼ぎとはどういうことか? 物語に影響を与える大謎の前座として、数章の小謎が置かれているということである。小謎中の物語は、大謎解決に多少は役に立っている。しかし必要不可欠ではなく、場合によっては省略や別謎との置き換えが可能である。……だったら別になくてもいいだろう。ノベルゲームで最後のトゥルーエンドルートを解放するために、各キャラクターのルートをちまちまこなしている気分になる。私は無駄が嫌いだ。どれほど頑張って紡いだ章でも、結末に特別の影響がないなら削れと言いたい。 残念ながら今作は、怠惰とラスボス前の尺稼ぎが目についた。 また、ラストの大謎とその明かし方、主人公の解決策も物足りなかった。禿の食欲不振を癒した褒美に、ヒロインの花魁から直に、菓子を食べない理由を教えてもらう――これはミステリーとしても、ストーリーの流れとしても酷い。そこは主人公が各話の小謎を解く中で、花魁の心に徐々に迫り、自力で解明するべきではないのか。花魁がそう思うに至った伏線を散りばめ、読者でも気づけるようにするべきではないのか。大謎の答えはそれまでの展開から容易に推測できるものではなく、ますます終盤までの数章を無駄に感じた。 選考委員はどこを見ていたのか。

  • 微妙

    吉原の遊郭を舞台にお菓子専門の料理番の奮闘が描かれていきます。 自分の作ったお菓子を食べなくなった昔馴染みの花魁に なんとか食べさせようとすることを軸に、 いくつかのエピソードが展開されていきます。 終わってみればお菓子を食べない理由もなんだかなという感じでしたし、 あまり面白くはなかったです。

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