作品情報
身近な時間の陰影を、抑制された筆で深く見つめる一冊。
大沼丹の持ち味である淡いユーモアと静かな観察眼が生きる作品。平林たい子文学賞では、派手な筋運びよりも、身近な生活の奥にある感情の揺れをとらえる散文の成熟が評価対象となった。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2000-09-01
- ページ数
- 233ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784061982277
- ISBN-10
- 4061982273
- 価格
- 848 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
小沼丹流ロンドン滞在記小説。平林たい子賞日常のさりげない一齣を取りあげて、巧まざるユーモアとペーソスで人生の一断面に深みを与える著者ならではの、半年間のロンドンでの日々を描く独自の小説世界。
レビュー
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初老の英文学者
小沼丹は早大教授の英文学者で作家、藝術院会員であった。これは1972年英国に留学した時の体験をもとに書かれているが、小沼は五年ほど前に最初の妻を亡くし、長女はすでに嫁入っているため、次女の李花子という、背が高くて美しい娘と二人でロンドンへ行っている。この文庫版には清水良典の解説があり、ここに描かれるロンドンにはまるで当時のロンドンの若者たちが出てこないと指摘されている。これは平林たい子文学賞を受けているが、平林賞は不遇な文学者に与えられる賞で、しかし小沼はこの二年前に読売文学賞をとっている。清水の解説では、初老の小沼はついに新しいロンドンを受け入れることができなかったという結末だというが、読んでいて生き生きした感じは確かにしない。小説か随筆かはどうでもいいことだが、何かぼんやりした英国紀行で、にぎやかな庄野潤三のそれとは対照的である。
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漱石と現代を繋ぐ
モノを書く努力を考えれば「高い本」など存在しないと言い続けてきた。だが講談社学芸文庫のシリーズの価格はかなり高めに設定されている。本書も通常の文庫本で1センチ足らずの厚さ。「本オタク」や「活字中毒」でなければ滅多に買わないんじゃないだろうか…。 それはともかく。面白い本だった。 本書は小沼丹が教授時代、在外研究員として半年ロンドンに滞在したときのことを記したエッセイ。年代でいえば 1972年。わりと最近のことだ。そう。「わりと最近」ではあるのだが、読み進むうち、本書の位置づけを「現代と漱石の中間」という風に感じてくる。文体でそのように感じるというのもあるし、また小沼丹の当時の年齢(53歳)からそう感じることもあるのだろう。しかしながら漱石から小沼丹の時代、それから小沼丹の時代から現在。この間の「時間の速度」も変わってきているように感じる。 そうはいっても本書が「古臭い」というわけではない。ロンドンでも思い出というものが素直に通じてくるし、「そうそう、英国とはそういう国であるよな」という、どこか懐かしい気持ちにもなる。最近、英国に初めてでかける人には林望の著作を薦めている。小沼丹の『椋鳥日記』は、何度か英国に出かけた後に読むのが面白いと思う。実用書ではないけれど、自身の思い出を温めるのに役立つと思う。尚、本書は解説がつまらなかった。タイトルが「『ロンドン』と『倫敦』」。小沼丹が描くのは「倫敦」である、ということを言っているのだけれど、そのような記述はあまりに陳腐すぎる。先に解説を読む癖のある人も、本書に関しては解説を後回しにした方が良いと思う。
関連する文学賞
- 平林たい子文学賞 第3回(1975年) ・受賞