作品情報
香り高い南国の花に飾られた、夜の果てへの幻想行。
講談社公式は、第33回泉鏡花文学賞受賞作として本作を紹介し、公明新聞連載を改稿した単行本であることを示している。幻想小説としての絢爛さと、カルカッタという土地の混沌が重なり、異国への旅を内面の夜へと接続する作品である。
レビュー要約
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幻想的なイメージの濃さと旅の感覚が強く印象に残る作品として受け止められている。華麗な文体を魅力とする一方、濃密な比喩や長い構成には読み手を選ぶ面もある。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2004-10-27
- ページ数
- 524ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784062124393
- ISBN-10
- 4062124394
- 価格
- 3295 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
【第33回[泉鏡花文学賞]受賞作!】 「インドやネパールを舞台にした心の旅が描かれ、深い哲学性を感じる作品。詩のような文体にほれ込んだ」(五木寛之氏) たとえ仕事が成功しても、孤独な心は癒せない。消えた恋人を追って「世界の果て」へとさまよいでたミチカは、三十代半ばの作家。バンコク・カルカッタ・カトゥマンドゥ・ヒマラヤ山中、そしてベンガル湾。混沌の都市と美しい自然とを舞台に、いくつもの傷ついた心が交錯する。 ガンジスの源流から河口までを巡る魂の旅に救いはあるのか? 死ぬほど美しい大地を見下ろしながら、脚のない「楽園の鳥」は飛びつづける。
寮 美千子 東京生まれ。外務省、広告制作会社勤務、フリーのコピーライターを経て、1986年、毎日童話新人賞受賞、童話作家としてデビュー。1991-97年、衛星放送ラジオ局「セント・ギガ」に約四百篇の詩を提供。1992年、ACCの助成を受けアメリカ訪問、NASA及び先住民居留地を取材。同年、野辺山宇宙電波観測所十周年記念絵本『ほしがうたっている』(思索社)を制作。1997-98年、科学技術庁「宇宙開発委員会」専門委員。2004年、西はりま天文台2メートル望遠鏡完成記念絵本『遠くをみたい』を制作。また、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構の助成を受け、絵本『イオマンテ』を制作中。『楽園の鳥―カルカッタ幻想曲』が大人向けの最初の小説となる。
レビュー
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心にズシンって感じ
大作だなあ、本をみた瞬間に思った。この手のページ数の多い本って重いんだよね。寝転んで読めない、それで興味があっても躊躇してしまう。この本は用紙とかに工夫が凝らしてあって持っても軽い。したがって寝転んで読んでも腕が痛くならない。 ミチカと著書がどこまでダブっているのかなと思いつつ、ぐんぐんと読み進んでしまった。恋愛小説なの?いやインドの旅の小説なの??彼女の内面への旅???読みながら頭の片隅に??がいつもあった。読み終わって、何気なく電車に乗っているときとかに小説に1シーンがふと浮かんできてしまった。こんな感じ久しぶりです。
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タイトルに惹かれたけど…
インド好きなので,タイトルに惹かれて読んでみました。 実在するホテルの名前がたくさん出てきたり,カルカッタのサダルストリートの雰囲気が良く伝わってきて,その点はおもしろかったです。 でも,内容としては読み進むうち,展開にイライラしました。 イライラする女の,捨てられても殴られても男に縋るイライラする恋愛物語としか思えませんでした。 酔った男に殴られて,逃げようと思うけど泣いて謝られて許す,というのも,陳腐でステロタイプだけどあり得ることだと思います。 でも,最初の恋人との別れを決意するまでが,もう「そこまでやられてんだから捨てられてんだよ!早く覚悟決めろよ!」と叫びたくなるほど冗長なのに,次の恋人ができるとあっさり忘れてる?! それに,主人公を含め出てくる主要人物の過去や家族の構図が必ず似通っていて,それが「傷」の原点のはずなのに,その根深さが現在に与える影響がよく分からない。何だか,似たもの同士が集まっているだけに終始している。 そして,最後は精神世界行き? 著者が舞台をインドに設定したことにどれほどの意図があるのか分かりません。 確かに,インドは混沌としていて生も死もむき出しだけど,そのインドっぽさがあまりうまく生かされていないような気がします。 むしろ,生きることが毎日戦いであるかの国は,恋愛の舞台にはあまり向かないのでは。 そして,著者がインドを訪れたことがある人ならば,何より,「インドを一人で旅行する人というのは,心のどこかに傷をかかえている」というのはやめて欲しい。 あまりに陳腐。
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すさまじくイライラする。
童話作家が初めて書いた大人向け小説。 初めてのくせして、上下に段組523ページのボリューム。 オーソドックスな装丁ながら、装画が美しく、表紙の印刷もよい。 肝心の内容はというと、 主人公ミチカがタイやインドで外国人の男と出会い、 そして別れるというシンプルな話。 でも... ミチカはうじうじしていて無性に腹立つ性格の女だし、 愛する男はろくでもないバカ外人ばかりで、 いったい作者は何のためにこの話を書いたのかよく判らん。 小説とは文学つまり学問なのであるから、小説には何らかの形で作者の人生観が反映されており、直接的に言葉で書き記されていない行間から伝わる本質こそ文学の文学たるゆえんである、なんてことを考える人だったら面白く読めるのかも知れない。賞を取っているくらいなので、この本が素晴らしいと思う人もいるのだろう。 だが、小説を読むと言うことは娯楽でありつまり楽しむために読んでいるのであるから、登場人物の正確に共感し、行動に共感し、話の展開に共感し、結末に共感したいが為に小説を読むのであると考えている人には本書は向かないと思う。 私は後者だ。
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心の殻をむきながら、ありのままの姿を映す
この小説を私小説として読むと魅力は半減されてしまうと思います。作家はこの本の中でも語っています。 「心の底の真実にたどりつきたくて、虚構の風景を描くのだ。」 この本の中には、心をまっすぐに見つめた綺羅星のような言葉が随所にあります。読み手は傍観者になるのではなく、いっしょに物語の中で旅をしてみてこそ、魅力ある言葉に出会えるのだと思います。 何かに心をとらわれること。それは見えなくなること、そして見よう見ようと殻を破ることでもあるのかもしれません。 本の内容全体がインドの懐の大きさ、生命力を感じさせて、かなり悲惨な現実でありながら、どこかエネルギーの光が強いことを感じさせてくれます。メッセージを受け取ることができたら、嬉しい本です。
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壮大なる混沌
恋愛と旅の話。しかし、これはふつうの恋ではなく、ふつうの旅行でもない。だから、これだけの長さが必要なのだろう。読むのは負担にならない。よく練られた文章は、読みやすく平易で、それでいて密度が高く、深みがある。装幀も内容にふさわしく、工芸品の美しさで、いつまでも手もとにおいて何度でも読み返したい書物だ。 主人公ミチカに正しさを求めるならば、男に金をやってはいけないし、暴力をふるう男についていってはいけない。だが、彼女はわかっていても正しい道を選べない。三十八にもなって大人の分別がない愚かで頑固な女だ。それでいて、荒ぶる魂をもった幼女を内面に抱え、傷つき壊れた心をそのまま引き受けるミチカは、強く純粋でもある。 恋愛というよりは、成長しそこなった子どもの執着といったほうがいい。そんな想いをどうしようもなく抱えた主人公の旅は、混沌とした夢のようなカルカッタの街から清浄な氷河の谷へ、ガンジスの源流から河口へと至る。終盤近く、死んだ男友だちへ呼びかけ、「苦しみもがくあなたが」好きだったと語りかけることばが胸に残る。 ミチカのような人は好きじゃない。共感できないし、こんな人間になりたいとも思わない。けれど、癒されない心を抱えたままで、壊れた世界へ果敢に踏みだすミチカに心からの声援を送りたい。
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楽園の鳥~カルカッタ幻想曲~
おもしろくて、おもしろくて一気に読んでしまいました。東京にいながらにしてタイ→インド→ネパール→タイ・・・とトリップできる小説。 インド女一人旅。やめたらいいのに、やめられないワルい男にはまって・・・はらはらするけど、彼女の自由な生き方に思わず一票、という感じ。アジア旅行をしている最中に出てくる特有の、不思議な感覚が蘇りました。 あー早くアジアへ行きたい!
関連する文学賞
- 泉鏡花文学賞 第33回(2005年) ・受賞