日本の文学賞

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ピストルズ

谷崎潤一郎賞

ピストルズ

阿部和重

山形の架空の町・神町を舞台に、菖蒲家をめぐる秘術、血縁、語りの迷宮を描く長編。純文学と伝奇的想像力を交差させ、共同体の神話を組み替える。

魔術的リアリズム家族民俗

作品情報

魔術師一家の伝承が、神町の歴史を異様な光で照らす。

講談社刊の長編小説。神町サーガの一作として読まれ、谷崎潤一郎賞を受けた。

レビュー要約

  • 作品の構成や題材の切り込み方に強い個性があり、読後に残る余韻を評価する声がある。文体や設定の濃さは読み手を選ぶ面もある。

書籍情報

出版社
講談社
発売日
2010-03-01
ページ数
667ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784062161169
ISBN-10
4062161168
価格
1650 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

荒廃していく世界の片隅で、少女は奇跡を起こせるか!? 「神の町」に住まう哀しき一族をめぐる大サーガ、開幕! 「若木(おさなぎ)山の裏手には、魔術師の一家が暮らしている――」 田舎町で書店を営む石川は、あるキッカケから、町の外れに住む“魔術師一家”と噂される人々 に接触する。その名は菖蒲(あやめ)家。謎に包まれた一族の秘密を探るべく、石川は四姉妹の次女・あおばにインタビューを敢行するのだが……。そこで語られ始めたのは、一族の間で千年以上も受け継がれた“秘術”にまつわる目眩めく壮大な歴史だった。史実の闇に葬り去られた「神の町」の盛衰とともに明かされていく「アヤメメソッド」の正体と、一族の忌まわしき宿命とは。そして秘術の後継者である末娘・みずきが引き起こしてしまった取り返しのつかない過ちとは 一体――?やがて物語は二〇〇五年夏に起きた“血の日曜日事件”の隠された真実を暴き出してゆく……! 箱庭的ユートピアを思わせる幻想的な冒頭 から、不穏な緊張感で急展開を迎える終盤、思いもかけないラストまで、まさに著者頂点をきわめる3年ぶり傑作巨編! ・この一冊の本が差し出す構造と運命を思えばガルシア・マルケスの『百年の孤独』を想起することでしょう。鳴り続ける音、焼きつく映像。あらゆる表現の醍醐味が縦横無尽に編みこまれたこの「大きな小説」に一〇年代の初めに出合えたことが嬉しい。 ――川上未映子(作家)【読売新聞4/4書評より】 ・今年はこの本を読めたからもうそれだけで良い、と思えました。 ――伊坂幸太郎(作家) ・植物、動物、鉱物の博物誌にして暴力、性愛、幻影の博物誌。魔法となった言葉によって過去の歴史が現在の物語として甦り、未知なるものへと変容を遂げる。表現の時空を刷新してしまう、危険で魅惑的な試み。 ――安藤礼二(文芸評論家) ・物語の底が抜けたような浮遊感に、我々は作家の技巧に翻弄される歓びを噛み締めることになるだろう。 ――斎藤環(精神科医)【朝日新聞4/4書評より】 ・書かれてはならない小説が書かれてしまった! それが誰にもすらすらと読めるのだから、これは僥倖と呼ぶしかない稀有の事態である。 ――蓮實 重彦(評論家)

阿部 和重 1968年山形県生まれ。『アメリカの夜』で第37回群像新人文学賞を受賞しデビュー。その後、『無情の世界』で第21回野間文芸新人賞、『シンセミア』では第15回伊藤整文学賞・第58回毎日出版文化賞をダブル受賞、『グランド・フィナーレ』で第132回芥川賞を受賞した。その他の著書に『インディヴィジュアル・プロジェクション』『ニッポニアニッポン』『プラスティック・ソウル』『ミステリアスセッティング』『ABC 阿部和重初期作品集』など。

レビュー

  • これまでの阿部作品の総括的小説

    本著は神町の怪しげな一家、菖蒲家の次女が語る、 一族の秘術「アヤメメソッド」をめぐる因果が大半を占める。 しかし、実はこの作品のミソは、これまでの阿部作品、 「グランドフィナーレ」「シンセミア」「ニッポニアニッポン」 「ミステリアスセッティング」等が、すべてその菖蒲家と関係があったこと、 が明らかになるにつれ、その驚きのほうが強くなっていく。 作者自身、「グランドフィナーレ」よりも前に本著の構想があったというくらいで、 その壮大さには目もくらむほどであるが、それで本著は終わりではない。 最後に作者はある仕掛けをもって、上記すべての虚実を宙ぶらりんにする。 本著の語り手、そして作者という点があいまいになっていく。 物語そのもののインパクトは「シンセミア」より少ないが、 これまでと今後の阿部作品のキーとなる作品であることは間違いない。

  • 何と微妙な

    とにかくあの『シンセミア』に続く作品であり、谷崎賞受賞作である。しかし、導入部からあと、前半しばらくの説明のところが長い。だれる。蓮實先生が何と言おうと、そりゃ蓮實先生だってかわいがっている作家だから褒めますしそういう人です。さらに、『シンセミア』はもとより、『ニッポニアニッポン』、特に『グランド・フィナーレ』の主人公が再登場するのだが、それは阿部の読者でないと面白くないだろう。バルザックやゾラは、知らないと面白くないという人物再登場はさせなかった。それでクライマックスはなるほど面白いのだが、さてこれは純文学なのかということになると、「少女忍者小説」ではないかと思える。猿飛佐助とか、よくこんな感じで敵に催眠術掛けたりするんだよね。 本来なら『シンセミア』で谷崎賞とるべきだったのだし、谷崎賞には愕然とするほどひどいのもあるから、受賞するのはよし。しかし、やっぱりこれ、純文学じゃないんじゃないか…。

  • 引き込まれた

    大きく分けると、菖蒲家の「父」とそれに関係する女性たちなどの物語と、能力を受け継いだみずきの物語に分けられるだろう。 シンセミアも結構面白かったし、これも退屈せずにどんどん読めた。作者の小説系譜にまた一つ傑作が付け加えられたのだ。 どこが面白いかというと、それぞれのキャラクター設定のメリハリと行動の多様性、それらが細かいところまでつなげられ、他の作品に使われたキャラと設定が再利用されているところだろう。 いろいろ情報も入っているが、物語が情報に圧されたりしていない。

  • 冗長

    冗長過ぎる。テンポが欲しい。余りに長い独白で、途中で何回も寝てしまった。

  • 読み始めましたが…

    読み始めましたが… 途中でやめてしまいました。 好みの内容、文章ではありませんでした。

  • 「ピストルズ」を読んでから「グランド・フィナーレ」を読んでしまうのは避けたい

    「ピストルズ」の本(4cm667頁)を手に取った感想は予想したものより「厚い」であった。本を開けてみると、字も幾分小さめで、1900円にしては、お得な内容かと思えた。そして読み進めていくと、以前読んだ同著者の第15回伊藤整文学賞・第58回毎日出版文化賞「シンセミア」と重複する部分があり、「神町サーガ」の世界が待っていた。「シンセミア」のとは違い難漢字の多用は少なく、読みやすく、主な登場人物の相関図が載ってるのも理解の助けとなっている。 しかし読み進めてゆくと、第一部「魔法使いは真実のスター」の、書店主石川が語る部分はよいとしても、次の第二部「夢の花園より」では、父水樹や異母姉妹の母達について等の冗長な「説明」が繰り返されて辟易させられる。また父水樹との間に子を設けた智子、聿子の両者がともに頑なに婚姻の求めに応じない不自然さに腑が落ちず、祖父の洗脳で父水樹が次から次へとヒーリングサロンアヤメを訪れる女性四人に子をはらませてゆく説明では納得がゆかない。一子相伝の秘術も、ヒカゲシビレタケ、マオウの説明はあるが読者を到底納得させるものではなく、菖蒲家の家屋敷地が、ヌーディストやドラッグ中毒者の溜まり場となる説明はまだしも、体中に秘薬を塗りこめた父水樹が賭場に赴き、その香りで胴元を思うままに操り、賭けに勝ち続けるという話は絵空事にもならない。ただ第四部「抱擁の歌」で明かされるショウブ湯に浸かる修行の話「まことに口にしがたい話ではありますが、ショウブならぬショウ○○、つまり○○○○をたたえた樽の中に」(375頁)は何回読んでも声を出して笑える。 第三部「局部麻酔」の相関図に載っていない、とある男性アイツへの自称映画監督との報復の失敗で、異母姉妹の母の一人捷子が国外へ抜け出す下りは真実味に欠ける。第四部「抱擁の歌」(338頁)で「シンセミア」で起こったある事件についての真相が明かされるのは大変面白く、第六部「オーロラの救世主」(471頁)でも同様に「シンセミア」のある事件について言及がされ興味をひく。第六部では修行により逸材の四女みずきが歌唱「愛の力」の秘術でとうとう父をも凌駕してしまい、七月十六日の放課後にはみずきが、秘術を父の許しなく披露してしまう。三女あい子の合コンにもみずきの秘術は使われ、十二月二十四日小学校の屋上で出会う、二人の女子麻耶・亜美についても深くかかわってしまう。この二人の詳細は同著者の第132回芥川賞「グランド・フィナーレ」に詳しいのだが、この芥川賞作品の核心である「再生の希望の光」や読者に続き結末を想像させる点が、みずきの秘術の係わりで汚濁された帰来はある。先述した「シンセミア」ではたくさんの登場人物が次々と起こる事件の展開に織り込まられて重層的に物語が流れてゆき読者を魅了するが、「ピストルズ」では第二部「夢の花園より」から第四部「抱擁の歌」までと第六部「オーロラの救世主」は、書店主石川に対し菖蒲家次女あおばが応えて長く語り続けるという形式をとったために、語り口の妙が、まさに「嘘がまことに反転して虚構が史実になり変わり」(325頁)となるかの要となる。しかし母聿子の失踪で母を知らず育てられたあおば自身に心の陰影などの彩もなく平板に、「どこか作為的と思えるほど人情味が欠けておりますため」(327頁)、また女性が語る語り口と思えない部分もあって、どの人物像も浮かんでこない。また「シンセミア」では物語が、箱庭的に進展し成立するが、「ピストルズ」では第四部「抱擁の歌」でアメリカ陸軍の特務機関やらアルカイーダと見られる国際テロ組織によるバイオテロ攻撃など箱庭を逸脱する話もあって、箱庭「神町」のまことらしさに程遠くなってしまった。さらに補遺では菖蒲カイトのスーツケース型核爆弾と国会議事堂の崩壊を記し、次の最終665頁で「菖蒲みずきの動向を注意ぶかく見まもってゆかなければなるまいが−それはまた、別書で報告とする。」と著者は今後を臭わし終えた。 このような欠点もある小説ではあるがそれにしても、大作であるし力作であることは間違いない。読むのに大変な長さであった。と同時によくこの長さを書いたと思う。第46回谷崎潤一郎賞の受賞の所以でもあろうと思うが、神町サーガの着想の点に興味が惹かれて、個人的には「シンセミア」の方が好きである。まず「シンセミア」、「グランドフィナーレ」の方から読んで頂きたいものである。とくに第七部「神の鞭」は女子中学生殺人事件に「グランド・フィナーレ」の主人公とみずきとが関ってみずきの予想を超えた結果となり…という後日譚であるから、「ピストルズ」を読んでから「グランド・フィナーレ」を読んでしまうのは避けたい。 ところで他の作家にはありそうでない語句の使い方も好きで、例えば「端正ないずまいながらも彼女の身ぶりには」91頁、「二の句が継げなくなってしまった」92頁、「物がなしげな顔ばせをこちらに向け」96頁、「わかりにくい点については斟酌せざるを得なかった」101頁、「かまびすしく談笑に耽る」118頁、「気心が知れた間柄といえども面はゆくなって」129頁、「いろいろな物事がその符帳に」164頁、「ひとりごちしていたのかもしれない」216頁、「ほっとくわけにはゆかないと父は思いなしたそうです」218頁、「心理の仕組みを微に入り細にわたり」307頁、などですが、察するところ第四部「抱擁の歌」(393頁)の「子ども時分にはまず国語辞典を買いあたえられ、〜毎日毎日それらばかり読ませられ、日本語の語彙や語法を孤独に学習していった」の表記は作者に通じるものがあるのではないでしょうか? それから389頁2行目『〜水中にとどまるという方法を選」び、』は、『〜水中にとどまるという方法を選び」、』の誤植でしょう! 617頁『犯人逮捕をひと向きに望む〜。』は『犯人逮捕をひた向きに望む〜。』の誤植でしょうか?

  • 圧巻の完成度

    毀誉褒貶が多いレビューが多いのだが、本作は圧巻の完成度を誇る名作だと思う。緻密なディテールが見事な語りの芸によって重層的に構築されており、「シンセミア」に並ぶ圧倒的な作品で、僕は購入してから一気読みで読了した。本作のレベルなら谷崎賞の受賞も当然だと思う。しかし不思議なのが阿部和重氏は凡作の「ミステリアスセッティング」などに高い評価のレビューが多く、本作のような圧倒的な完成度の作品には否定的意見が多い。何故なのだろうか・・・?特に「シンセミア」には『エンターテイメントの手法を持ち込んだ後退作』といった意見を見たとき、正直驚いた。純文学をエンターテイメントのストーリテリングにて作劇するほうが、単に描写で綴るより遥かに難しい。純文学が売れない理由には様々な時代的な要因もあるが、まず第一に「面白くないから売れない」のだ。本のページをめくるのももどかしいほどに面白い、それが読書の一番の原点だと思う。 本作と「シンセミア」のレベルは間違いなく世界レベルの作家と戦える完成度だ。

  • 神町

    阿部和重の「ピストルズ」です。山形県東根市神町の物語。「かみのまち」と読める作者の生まれた地、神町(じんまち)を舞台に物語を紡いでいる作者です。以前このあたりを担当営業として回っていたので、記載のある地名は体に染み込んでいますので、個人的には楽しめる物語たちです。 本作は神町で繰り広げられたピカレスク小説であった「シンセミア」を引き継ぎ、「ニッポニアニッポン」「グランド・フイナーレ」「ミステリアスセッティング」などの神町舞台作品を全て包含する物語となっている。「インディビジュアル・プロジェクション」にも通ずる世界感である。作風は「ミステリアスセッティング」の流れを汲む、優しい文体で描かれている。 それにしても作者の物語は慣れるまで大変である。物語の世界感を得る為に必要な読者の「義務」なのかもしれない。しかし、その「義務」を越えた先には、「神町」で繰り広げられる、ある意味「別世界」を読者である我々は垣間見るのである。その別世界は、作者の頭の中で、実在の「神町」が再構築された世界なのである。その世界に入ることの出来ない読者には用は無い、と言い放っている作者が見える。 そこが本作を評価できるか否かの分かれ目なのであろう。因みに私はその作者の頭の中の「神町」にすんなり入ることができました。

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