ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)
在日コリアンへの排外主義を掲げる団体と、それを支えるネット上の言説を追ったノンフィクション。街頭行動、参加者の背景、社会に広がる差別の構造を取材し、「愛国」を名乗る運動の闇を明らかにする。
作品情報
ネット上の憎悪が街頭へ出ていく過程を追い、差別の構造を可視化する。
第34回講談社ノンフィクション賞受賞作。安田浩一が在特会とその周辺を取材し、インターネット上の言説、街頭での行動、そこに参加する人々の背景をたどる。現代日本の差別とナショナリズムを考えるための重要な記録。
レビュー要約
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差別的な運動を外側から断じるだけでなく、参加者の生活史や感情に踏み込み、社会の問題として捉え直す点が重い読後感を残す。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2012-04-18
- ページ数
- 366ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.5 x 2 x 18.8 cm
- ISBN-13
- 9784062171120
- ISBN-10
- 4062171120
- 価格
- 1400 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
「弱者のふりをした在日朝鮮人が数々の特権を享受し、日本人を苦しめている」そんな主張をふりかざし、集団街宣やインターネットを駆使して、在日コリアンへの誹謗中傷を繰り返す、会員数1万人余の「市民保守団体」在特会。ところが、実際に一人ひとりに会って話を聞くと、その大半は、どこか頼りなげでおとなしい、イマドキの若者たちだった。現代日本が抱える新たなタブー集団に体当たりで切り込んだ鮮烈なノンフィクション。 第三十四回講談社ノンフィクション賞受賞作、そして第四十四回大宅壮一ノンフィクション賞候補作品。 聞くに堪えないようなヘイトスピーチを駆使して集団街宣を行う、日本最大の「市民保守団体」、在特会(在日特権を許さない市民の会 会員数約1万人)。 だが、取材に応じた個々のメンバーは、その大半がどことなく頼りなげで大人しい、ごく普通の、イマドキの若者たちだった・・・・・・。 いったい彼らは何に魅せられ、怨嗟と憎悪のレイシズムに走るのか。 現代日本が抱える新たなタブー集団に体当たりで切り込んだ鮮烈なノンフィクション。 彼らはわれわれ日本人の“意識”が生み出した怪物ではないのか? 彼らがネットとともに台頭してきたのは確かだが、この現象には、もっと大きな背景があるのではないだろうか。 著者・安田浩一氏の徹底取材はこうした疑問から始まった。 2010年末から2011年にかけて、ノンフィクション雑誌「G2」に掲載され、大きな反響を呼んだ傑作ルポルタージュ、待望の単行本化。
安田浩一(やすだ・こういち) 1964年静岡県生まれ。週刊誌、月刊誌記者などを経て2001年よりフリーに。事件、労働問題などを中心に取材・執筆活動を続けている。著書に『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書 2010)、『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館 2007)『JALの翼が危ない』(金曜日 2006)などがある。 Twitter ID: @yasudakoichi
レビュー
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在特会を通して現代社会の問題が見えてくる
在特会をテーマにその背後にある社会や国民感情の問題を知ることができます. 本書の紹介に, “在特会とは何者かと聞かれることが多い。そのたびに私は、こう答える。あなたの隣人ですよ――。”とある通り, 在特会的な感情がいかに普遍的に現れうるものであり, そうした感情を持つ人々が特別ではないということが分かります. 実際の現場を取材し多くの人々と交流してきた著者だからこそ書ける, 現代日本を生きる人々が広く読むべき価値のある本であると感じました.
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ネット右翼は愛国者ではない。
ネットだけでは人間は洗脳されないと思います。 ネット右翼の正体は色々な説がありますが、 いわゆる極右の思想に強く、排他的、特に反中嫌韓、歴史修正主義、 昔の日本軍事政権のプロパガンダに騙されている、のが目立ちます。 このことは日本には今だ戦前の皇民化思想が残っているという意味であり 戦後日本が変わったと言われていますが、全く変わっていないという事ではないでしょうか? 戦前のきつい洗脳教育をされた人間はなかなかまともにはなりません。 これは歴史教育の欠如であり、日本は故意に近代史を教えてなかったのもあると思えますが、 ネットでこのようなヘイトスピーチを煽るような異様な状況は 非常に危険だと思いました。 今の日本の極右政権支持者もネットで洗脳された人が多いと思われますが、 日本は今だ戦後レジームどころか 戦前レベルから進歩できていない状態であり このことは同じ間違いを起こす可能性が高い 猶予すべき状況ですね。
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被害者と加害者の逆転
激しいヘイトスピーチをする人の映像をテレビなどで見るたびに 「一体この人たちはどういう人なのだろう」と思っていましたが その疑問に的確に答えてくれる本でした。彼らの実体がよく解り 被害者と加害者、保守とリベラルの逆転現象について納得できる 内容でした。特にp451以降に登場している渋井哲也氏の見解は、 正鵠を射ていると感じました
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面白いノンフィクションですよ
いわゆる行動する保守のなかにあって、最も有名な団体である在特会についてのルポ。 社会の底辺だなどと決めつけず、抑制された筆致で、 なるべく寄り添い理解しようとする姿勢は評価できる。 界隈の有名人へのインタビューも充実しており、 彼らの人となりが少なからず見えてくる秀逸なルポだと思います。 肝心の在特会会長への取材が出来ていないという点。 これはかなり残念なところだと思う。 個人的に思うところを少し。 「ゴキブリ朝鮮人」 「朝鮮学校の子供を殺したら英雄」 「朝鮮人を殺しに来た」 「泣き叫ぶ朝鮮人の子供を殺せるのか」 すべて在特会の言葉である。私は在日なので彼らの言葉を投げかけられる側だが、 どんな対象であれ批判はあっていいし、どんどん批判はすべきであると思うが、 どうしてそれが憎悪の言葉になってしまうのか。 そこに彼らの弱さが見えてくるし、言葉の軽さも感じる。 が、一番怖いと思うのは、こういった言葉を彼らが撒き散らしていくことで、 ここまでは言っていい、ここからはダメだ、という漠然とした基準が、 過激な方に引っ張られていくことで、それを危惧してやまない。
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在特会的なものが生まれる時代背景まで踏み込んだ名著
在日韓国・朝鮮人を排斥するヘイトスピーチで注目を集めた「在特会」に密着したルポ。 ナチスの生まれた原因に迫ったフロムの『自由からの逃走』を引きながら、孤独でうまくいかない人が在日を攻撃することで生きる意味を見いだし、歪んだ承認欲求を満たす構図があると解説。 著者は自分の「いけてない」過去を重ね合わせ、激しい罵倒を受けながらも在特会の創設者や会員に粘り強く丁寧にインタビュー。在特会は必ずしも異質な存在ではなく、世間一般のある一定の人々の本音を代弁し増幅させたものであり、普段は自覚されない差別の意識を先鋭化した「隣人」ではないかとの結論に至ります。 在特会的なものが生まれる時代背景にまで深く踏み込んだ、読み返すに値する名著です。
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「小さな噴火口」としてヘイトスピーチや在特会があるのかもしれない
佐野眞一が本作を推奨していたことで読む機会を得た。後で調べてみると、著者の安田は佐野のアシスタント として佐野のいくつかの著作に関与してきた様子だ。そんな縁で佐野が推薦していたのかもしれないが 面白く読めた。感想は2点だ。 1点目。著者の安田と在特会との距離感が興味深い。 安田はノンフィクションを書いているわけだが、いくどか、ライターとしての立場から逸脱して在特会に 対峙している。同会の活動に対して極めて批判的ではあるが、時として実際に声を出して批判ないし批難 している場面が異様とも言える。かつ、それでいながら同会を完全否定しているわけでも無い。同会の 主張に関しては完全否定していても、同会自体にはかなりのシンパシーを感じている点を隠していない。 従い、安田は在特会及びアンチ在特会の両方から批判されるという立場になってしまっている。 これに関しては本作の最後の部分がある種感動的である。安田が在特会を自らの歴史と重ねて読み解いて いく部分は説得的である。そもそも安田自身は、もともとノンフィクションライター以前に活動家であった 点も説明されている。安田にとって在特会を辿ることは、自身を辿ることを意味したのだと思う。 2点目。最近のヘイトスピーチなどの状況への理解に繋がった気がした。 安田も言っているが、本当に怖いのは「ヘイトスピーチや在特会の存在を許しているもの」、もっと言うと 「それらを産んだもの」は、実は我々自身ではないかという点だ。 もちろん普通の人ならかような暴言は吐かないだろう。但し暴言をある種面白がっている部分がなければ ヘイトスピーチや在特会も長続きしなかったのではないかという指摘は妙に腑に落ちる気がする。 そう考えると本当の「悪意」がどこにあるのかということだ。「悪意」は実は地中のマグマのように 普通に存在し、それの「小さな噴火口」としてヘイトスピーチや在特会があるのかもしれないと考える と、確かに怖くなる。そういう反省を強いられた本でもあった。
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弱い者たちが夕暮れ、さらに弱いものを叩く
以前から不思議に思っていたことが 「何故ネトウヨは在日と言う日本人から比べたら圧倒的なマイノリティを攻撃するのか?」 この本を読んで確認できたのはネトウヨは「在日は何か日本人が勝てない力を持っている」と誤解している、と言う事だ。 でなければ、本文にもある、1憶二千万対50万、(今は40万強ともいわれているが)で日本人が数で圧倒する在日などに恐れる必要は微塵も無いからだ。 さらに、在日特権と言われている特権と言っていいものかどうかを取り上げて自分たちの不安と鬱憤を晴らす・・。 持たない人たちがさらに持たない人たちを攻撃する加害者になることで自分たちの立ち位置を上げようとするのは、まるで「デビルマン」で悪魔が襲ってきた時に暴徒化する一般民衆のようだ。 在特会に寄ろうとする筆者を甘すぎるとも感じるが、中立であろうとするあまり、やや在特会側に寄ってしまったと感じた。 この本をキチンと読んだ人間は中立以上に被差別側に寄る、と思われるためのバランスなのだろう。
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作者は『人』を知った
在特会という最近猛威を振るった団体を、社会情勢や時代の流れといったマクロな視点ではなく、在特会を構成する『人』に焦点を当てた一冊。 作者は在特会に所属する者の豹変ぶりに困惑しているしている描写が多々見受けられる。 私が物足りなく感じたのは在特会が生まれた背景を述べるに留まっている点。 在特会のような排外主義が生まれたのは日本に余裕がなくなっているから--で、終わらせてしまっている。 事実を重んじる記者の性分だから仕方ないのか、城の建築に例えるなら、城の材料を一か所に集めてはい、終わりという印象が否めない。 その集めた城の材料を使ってどのような城--作者なりの世界観や解決法を書いてほしかったと考えるのは私の甘えだろう。 私が作者の集めた材料を用いて考察するなら--彼ら在特会は国家主義という宗教の悪い面の権化。 今の国、生活が続くことが理想であり、国のために全てを捧げることが誇りだと信じて疑わない姿は、形が違えど宗教そのもの。 彼ら在特会のことを更に知るためには理性の及ばない領域である思想・宗教の領域に踏み込まなければならない。 私的にはギリシア文明、その中でもスパルタ思想に彼ら在特会及び国家主義の源流がある。