作品情報
滅びゆく古式捕鯨の海に、人びとの叫びと愛が沈んでいく。
『深重の海』は、津本陽が熊野灘の古式捕鯨とその衰退を描いた長編小説である。明治期の大遭難を背景に、海に生きる人びとの誇り、愛、時代に取り残される痛みを力強く描く。 滅びゆく古式捕鯨の海に、人びとの叫びと愛が沈んでいく。
書籍情報
- 出版社
- 集英社
- 発売日
- 2012-11-20
- ページ数
- 472ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 10.8 x 1.8 x 15.2 cm
- ISBN-13
- 9784087450064
- ISBN-10
- 4087450066
- 価格
- 990 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品
滅びゆく古式捕鯨の悲劇を描く 明治11年、捕鯨史上の大遭難となった熊野沖の“背美流れ”。それは長年栄えた古式捕鯨衰退の始まりでもあった。時代に置き去りにされるものたちの叫びと愛を描く傑作長編。直木賞受賞作。
レビュー
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和歌山県太地町で実際に起きた「大背美流れ」事件を元に書かれたフィクション
作中「欧米の捕鯨による資源枯渇により太地町への鯨の寄港が減っていていた」とあるが、これは対象種が”欧米=マッコウクジラ&セミクジラ、日本=セミクジラ&シロナガスクジラ””欧米は日本近海ではセミクジラは捕鯨せず”などから疑問視する声もあるらしい 東京の銀行屋が「太地町の捕鯨方法=古式網取り式は時代遅れのため、資金は貸せない」胸が痛い。 日本の技術はすばらしい。しかし、それが時代遅れの技術なのか、貴重な財産なのかは見極める必要。
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悲劇のてんこ盛り
明治11年、和歌山県沖で100名以上の鯨採りの漁師たちが遭難した事件”大背美流れ”を扱った作品。 時代背景としては、鯨油を求めて外国船が最新鋭の機器を用い、鯨を乱獲してた頃で、昔ながらの漁法で一攫千金を狙う我が国の漁師たちの苦難が描かれる。 不吉といわれる子連れのセミクジラを捕獲するべく、無茶な追い込みをかけるしかない、借金苦に喘ぐ漁師たち。 命を賭けた捕鯨シーンは、その壮絶さゆえに読みながら震えがくる。全滅の危機に瀕して、獲物を諦めるものの、未知の海域へ流される漁師たちの虚しさ、飢え、恐怖が臨場感たっぷりにつづられる。仲間の命の炎の消えていくシーンが痛ましい。 本作品の中心となるのは、三代つらなる漁師一家。前半の山場はこの事故発生からその顛末だ。 本作品の悲劇は、これだけじゃない。その後の鮪漁でも多数の人死にを出し、北海道へ鯨漁の新天地を求めようとするも、借財が上手くいかず・・・タブーである夏の鯨漁に起死回生を・・・そしてまたまた不幸が・・・いやいやこれでもまだ終わらない・・・えっ!ダメ押し!という展開。 セミクジラの呪いがこれでもか、と続くのである。悲劇のてんこ盛りで、憂鬱になってしまう。読後感を決定づけるのは、最後の一ページね。 本作品は、会話がお国言葉なのでリーダビリティはよろしくない。が、時間がかかる分じっくりと作品に没入することができるだろう。 この後、西洋の石油の精錬技術が進化し、鯨油のための捕鯨の必要性がなくなったというのは実に皮肉である。 【直木賞】
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どうかな?
はっきり言って、読みづらい。方言をそのまま文章にすることでリアルになる部分もあるが、全体が把握しづらい。なかなか進まん。
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太地鯨方漁師たちの凄絶な生き様を描く年代記「深重の海」
小説「深重の海」は、険しい山々に囲まれた陸の孤島、和歌山太地村の鯨方漁師たちの凄絶な生き様を、近太夫、弥太夫、孫才次の三代に亘って描いた年代記である。 近海の大鯨に総勢三百人からの小舟船団で挑み掛かり、鯨の逆襲や悪天候の危険に身命を賭す鯨方漁師たちは、海の狩人と云って良い。いや、村を挙げて一蓮托生の軍団だと喩えられる。 判断力と風格と威厳を備えた捕鯨軍団の指揮官「沖合い」の指揮命令の下、参謀役の思案役、下士官役の刃刺から、水主、見習いまでが鯨方軍団として一糸乱れぬ動きを見せる太地鯨方の漁師たち。 なんでそこまで鯨に拘るのかという疑問は、この時代、この地域に生きる太地鯨方の漁師たちには想像を超える無縁な発想だったろう。鯨に挑むことが、即、彼らの生きる道であり、糊口を凌ぐ唯一の方法であり、先祖代々伝えきた遺伝子そのものなのだから。 欧米の捕鯨船による乱獲の影響から不漁に喘いでいた明治11年末、タブー(禁忌)の子持ち背美鯨を追って出漁した近太夫率いる船団は、巨大鯨と死闘を演じた後の様相一変の海流に弄ばれ、一大遭難事件(「大背美流れ」)で行方不明となる。 「大背美流れ」に象徴される鯨方の悪運は、沖合い職を継いだ弥太夫らに復興を許さず、じり貧の鯨方は益々困窮の度合いを深めていく。漁で手負い抹香鯨の手羽に跳ね飛ばされた弥太夫が落命し、続くコレラ禍では、孫才次の許嫁のゆきが亡くなる。 深重の海で祖父、父を喪った孫才次の積年の想いは、近代日本の貧しさへの憤りなのか、海の巨獣たる鯨に対する恩讐なのか、人間存在の小っぽけさという宿命に抗う気概だったのか。 読者が自らに問うべき、重すぎる命題でもある。
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苦
熟読中・・・・・苦しい、遠い昔の話。今に通じるかねーーーーSF????に近い話になるかも
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なかなか重い表題でした
なかなか重い表題でした。 現実の大地の歴史を語り説得力のある物語でした。 歴史の大転換期に取り残され翻弄された一地方の悲惨な3代記で、 以前に読んだ「白鯨」と時代が重なり、ある意味で白鯨の犠牲とも思えた。 今日の秋刀魚不漁のニュースは鯨と同じ運命の道をたどっているように思う。 引き続き同じ作者の「椿と花水木」を読んでいる。 同じく資料を基に書かれているので幕末の混乱が浮き上がって見えて来る。
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中上健次に通じる地元感
太地町の鯨方の独特の言葉遣いは、中上健次の枯木灘で描かれている古座の訛りに通じるものがあり、鯨漁師たちの生き様が生き生きと描かれている。
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語り継ぎたい作品
吉村昭の作品と雰囲気が似ているなと感じました。理由は簡単には述べられませんが、素晴らしい作品だと思います。また、巻末の解説も的確でした。本当に、読めてよかったです。
関連する文学賞
- 直木三十五賞 第79回(1978年) ・受賞