作品情報
百年前の女性運動家・伊藤野枝の熱量を、複数の視点で立体的に描く。
集英社刊。明治・大正期の婦人解放運動家・伊藤野枝を軸に、自由と愛、思想と暴力の時代を描いた長編。
書籍情報
- 出版社
- 集英社
- 発売日
- 2020-09-25
- ページ数
- 656ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.4 x 4 x 19.4 cm
- ISBN-13
- 9784087717228
- ISBN-10
- 4087717224
- 価格
- 2200 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
【第55回吉川英治文学賞受賞】 【本の雑誌が選ぶ2020年度ベスト10第1位】 どんな恋愛小説もかなわない不滅の同志愛の物語。いま、蘇る伊藤野枝と大杉栄。震えがとまらない。 姜尚中さん(東京大学名誉教授) ページが熱を帯びている。火照った肌の匂いがする。二十八年の生涯を疾走した伊藤野枝の、圧倒的な存在感。百年前の女たちの息遣いを、耳元に感じた。 小島慶子さん(エッセイスト) 時を超えて、伊藤野枝たちの情熱が昨日今日のことのように胸に迫り、これはむしろ未来の女たちに必要な物語だと思った。 島本理生さん(作家) 明治・大正を駆け抜けた、アナキストで婦人解放運動家の伊藤野枝。生涯で三人の男と〈結婚〉、七人の子を産み、関東大震災後に憲兵隊の甘粕正彦らの手により虐殺される――。その短くも熱情にあふれた人生が、野枝自身、そして二番目の夫でダダイストの辻潤、三番目の夫でかけがえのない同志・大杉栄、野枝を『青鞜』に招き入れた平塚らいてう、四角関係の果てに大杉を刺した神近市子らの眼差しを通して、鮮やかによみがえる。著者渾身の大作。 [主な登場人物] 伊藤野枝…婦人解放運動家。二十八年の生涯で三度〈結婚〉、七人の子を産む。 辻 潤…翻訳家。教師として野枝と出会い、恋愛関係に。 大杉 栄…アナキスト。妻と恋人がいながら野枝に強く惹かれていく。 平塚らいてう…野枝の手紙に心を動かされ『青鞜』に引き入れる。 神近市子…新聞記者。四角関係の果てに日蔭茶屋で大杉を刺す。 後藤新平…政治家。内務大臣、東京市長などを歴任。 甘粕正彦…憲兵大尉。関東大震災後、大杉・野枝らを捕縛。 【著者略歴】 村山由佳(むらやま・ゆか) 1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒。会社勤務などを経て作家デビュー。1993年『天使の卵――エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞、2003年『星々の舟』で直木賞、2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、島清恋愛文学賞を受賞。
村山由佳(むらやま・ゆか)1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒。会社勤務などを経て作家デビュー。1993年『天使の卵――エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞、2003年『星々の舟』で直木賞、2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、島清恋愛文学賞を受賞。
レビュー
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良品
いつも状態の良い商品を安価で提供していただきましてありがとうございます。
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生来の自然児野枝を書き切る
既に瀬戸内寂聴が有名な『美は諧調にあらず』を含めて三冊書き、他にも多くの類似本があるのになんでまた、と本書の「風よあらしよ」という漠然とした標題が伊藤野枝伝と知ったときの驚きだった。しかも大冊。しかも著者は『ダブルファンタジー』で評判を取った村山由佳氏だ。それでも本書を読んだのはひとえに伊藤野枝に惹かれるところがあったからである。 寂聴本で登場人物がやたら多いことを知っていたので、この本は一体何人出すだろうかとの関心が先ずあった。そこで顔を出す人物を片っ端からメモして行ったら、なんと277±5名という数字になった。±5はダブルカウントしたらしい記憶があるが、再確認の意欲が湧かず、書き忘れや数え過ぎた可能性を考慮したものである。全て実在人物なので、著者はその確定に多大な時間を費やしたことと同情する。 伝記小説だから、私を始め多くの読者は野枝の生涯は前掲書等で知っているはずだ。では著者はこの「追加本」で何を言いのか。私は伊藤野枝の知性や思考よりは、荒々しいほど本能的な野枝の生きる力とそれを成し遂げる猪突猛進ぶりをビビッドに語りたかったのではないかと思う。勿論寂聴本にもそれはあるが、さらに詳しく書こうとすれば大冊となってしまう。 野枝は思考の先に身体の方が働いてしまう女である。あの時代、女への縛りは今よりもっと激しかった。「青鞜」を作った平塚らいてふや竹坡紅吉を始め封建的な時代に抗した知識人女性たちは、安易に縛りを受け入れている世の女性たちに、自由に振る舞うことの手本を、無理を承知で示そうとした。「青鞜」はそれらの見本の告白誌となり、男性メディアは彼女らの狙い通りに飛びついたが、「上流夫人の醜聞」に彼女らが先に疲れてしまったのでないか。庶民階級出身で学問の影響を受けていない野枝は違う。絶対の自由を希求する彼女の行動は生まれつきのものだ。村山氏はそこに惹かれたのだろう。 「学問の影響を受けていない」と書いたが、勿論そうではない。幼い頃から読書好きな野枝は粗野な田舎の子供たちとはそりが合わず、高等科卒業後郵便局で働きながら親族の出世頭・叔父の代準介に熱心に手紙を書いて上京して猛勉強に堪え、上野高女4学年に編入する。そこで英語教師の辻潤と恋仲となり、18歳で郷里の許嫁を捨てて結婚、八年を共にするが。26歳の時離婚、アナキスト大杉栄と自由結婚の関係を結び、10年の間に二人の[夫]の子を7人産む。この間二人の男から存分に知識を吸収し、ものを書き、「青鞜」の出版を受け継ぎ、農村独自の伝統的連帯をアナルコ・サンジカニズムとして同志たちに講義するまで成長する。辻と大杉という二人の知識人なしに、野枝はいない。 それで野枝は二人に何をお返ししたか。瀬戸内本も村山本もポルノ的表現を避けているが、女を書くことに精通する二人が、同時に同じ言葉を用いて野枝の体を表現しているのが面白い。村山書を例に取れば「小柄でこりこりと引き締まった全身から……」「小柄で色黒でぷりぷりと引き締まった体をした野枝は……」とある。この平仮名で書かれる「こりこり」「ぷりぷり」と言うオノマトペは、これ以上ない肉体表現として読者を魅惑して止まない。辻も大杉もこれに参ったのであろう。野枝の性感と性欲は、真正面から男を見つめる彼女の眼差しと併せて、世の男を寄せ付けずにはおかなかったろう。両書はあらゆる種類の男たちが[夫]の留守中でも野枝を訪れたことを記す。野枝の男体験は辻順と大杉栄だけではなかったはずだと、下卑た想像をしてしまう。 冒頭に書いたが、人間嫌いの都会型知識人辻潤も含めた人間関係の広さは驚嘆するばかりだが、本書は世間のあり様が現在とは全く違っていた当時の世相を彷彿させる「歴史書」としても読める。野枝の家には誰か他人が必ずいて子供たちを世話していたように、人々の交流はもっともっと蜜だった。ケータイはおろか一般庶民の家には電話もなく、電報は人の生き死に使うものとの認識の中で、誰かと会おうとすれば予告無しに訪ねて行くしかなくそれが普通だった。当然いつ誰が来ても迎え入れる、遅くなれば訪問先で食べ泊まるのも当たり前、家賃が払えず追い出されれば友人知人宅に転がり込むのが当たり前の時代だった。四六時中二人を見張る憲兵にも使い走りを頼む光景など実に笑える。当然信頼と共に裏切りもあったはずだが、善悪まとめて付き合うということが当たり前だった。コンクリート造りのマンションが出来てそういう時代が終わったのだ。人々は自由を確保したが、それが本当に善いことだったか。
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最も伊藤野枝さんに感情移入し易い、感情や思想の一貫性が読みやすい一冊
一年掛け読了。瀬戸内寂聴さん「美は乱調にあり」「諧調は偽りなり」、栗原康さん「村に火をつけ 白地になれ」が底本という感じはあるが、最も伊藤野枝さんに感情移入し易い、感情や思想の一貫性が読みやすい一冊だった。どんどん読まれて欲しい。中森明夫さんの「アナーキー・イン・ザ・JP」が参考文献になかったのが、唯一の不満かな。 ・・・しかし、辻潤さん大杉栄さん、そして野枝さんと、書物を通してだけだけれど、彼らの人生を追体験する、随分長い旅をした気がする。 このご三人は「行動の人」という印象が強いのだけれど、改めて著作を読み返したくなるほど、いとおしくなった。特に野枝さんの著作はまとめて読んだことが少ないので、この機会に、と思っている。
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多面的な視点からの把握は秀逸だが・・・
奥州市にある後藤新平記念館で、伊藤野江の直筆手紙を全幅拝見したことがあります(要事前承諾)。筆致はまさに男性で内容を含め豪快ですらあります。野江の人生はまさに疾風怒涛でして、多くの作家(とりわけ女性)の関心を引くのでしょう。この本は野江を取り巻く多くの人物の視点を通して、野江の実像に迫るものとして評価できます。しかしながら、掘り下げがやや平板になる部分が残念です。例えば「妻の役割」へのこだわりや「騎乗位性交による女性解放」の部分です。多くの視点からの掘り下げに追われ、それらを生かし重層的に野江の内面に至るプロセスに不足が見られるように思います。 話題は変わりますが、本書に使用される漢字をすべて読める方は多くないと思います。無論、平易にしろという意味ではありませんが、難読漢字にはルビをふるなどの工夫があると読み手も増えるでしょう。いずれにしても、本体が重すぎるので☆3つとしました。風やあらしが吹いても容易に飛ばされないでしょう。
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たくましき伊藤野枝
6百頁超える重厚緻密な書きぶりです。NHKNHKドラマ『風よあらしよ』吉高由里子の伊藤野枝、とても適役。弾丸パッションと成長、奥深さが素晴らしい。小説ワルードは、辻潤と子供二人、大杉と子供五人。多数の共同体同志。野枝の女の厚みが28才の激動の生涯が、社会も活動も日常の隣もよく書けてます。大作もすんなり読めました。 しかし、未熟な精神の甘粕の狂気の行為は許せない。6才の甥宗一まで惨殺した。社会の指弾は受けたが、野枝らはもどらない。 背景の異常な社会状況! 思うに、甘粕がまた現れかねない、自由が潰されそうな今の世相ですね。
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大正・戦前昭和の自由人、伊藤ノエ。意志を貫いたその力強い人生は後世まで語りつがれよう。
僕は、本編にも登場する野上弥生子の長編『迷路』に続けて読み始めたのだが、力強く、趣のある女性文学の系譜が脈々と受け継がれていることを実感するとともに、意志を貫く人生こそが生きるに値すると学ばされたように思う。登場人物の多彩な点も本書の魅力だ。 ・「眼の光はあくまで強い。強いのに澄んでいる」(『義憤』)。九州の貧しい漁村から激しい向学心を持って上京、女学校4年へ編入し、翌年には級長となるノエ。お嬢様育ちの平塚らいてう等と違って、伊藤ノエの、これはなんという生い立ちだろう! 彼女の執念に取りつかれたような努力はページから満ち溢れ、村山由佳さんの筆により、圧倒する「嵐」となって目の前に奔流した。 ・『見えない檻』のラスト。意に添わぬ嫁入りのために故郷へ帰る当日の朝、「目の前が一面、絣の紺色で覆われた」(p142)って、辻潤のドラマティックな行動は素晴らしい! この瞬間がノエの最高の幸福の瞬間だったんだろうと思う。 ・辻野枝、辻潤、大杉栄、堀保子、神近市子。三角関係ならぬ五角関係は『裏切り』『女ふたり』に修羅場となって現れる。「貧乏くさいなりをした小柄な女」野枝と「間の抜けた顔の案山子女」市子を前に、言い訳ならぬ自由恋愛理論を振りかざす大杉に対し、二人は醒めた視線を送るのだ。男と女の思考はかくも異なるのか(p372~374)。強烈な個性は強烈な個性とひかれあう。大杉とノエ。夫も捨てて子供も棄てて大杉のもとへ走った彼女の、さらなる精神的な高みへの飛躍はこうして始まった。 ・「あたりをはばかって自分の意見さえ口にできないような、口にすればたちまち弾圧をうけるような、そんな世の中であっていいはずがない」(『行方不明』)には共感。 ・陸軍憲兵。彼らはまさしく体制の犬。不幸な時代の事件とはいえ、あまりにも理不尽な国家の犯罪行為には怒りに震えざるをえない。「本来は国家権力の暴走を見張るべき新聞が、軍人どもの極悪非道な行為を庇い立てできるという、その神経がまったくわからない」(『終章 終わらない夏』)とはその通りだし、現代のマスコミはどうであろうか? せめて彼ら三人の魂に安らぎあらんことを。 伊藤野枝も大杉栄も一般に「アナキスト」と評されるが、この是非を含む言葉よりも、僕は「自由人」の称号を彼女たちに与えて称えたい。
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自由と奔放は相容れない
政治運動家の人は、平穏な家庭を望んだらダメだよな…と。辻潤との間の2児、大杉栄との5児はその後どうなったんだろう。 伊藤野枝自身、自分が子供の頃に親の都合で里子に出された事を憤っていたが、同じ事を子供にしたのではないか?と。 また、伊藤は大杉栄の「自由恋愛主義」がただ単に出産や育児の放棄や養育費を負担しない建前である事に疑問を抱いていたが、結局は大杉の破天荒さに惚れ込んでしまい「彼の為ならばどんな苦労でも厭わない」とばかりに資金の工面に奔走。 生活困窮や身の安全の保証がないにも関わらず不衛生な所帯で多産、育児を全て負っているのは疑問だった。 彼女が望んでいたのは女性の人権回復ではなく過酷な時代を共闘する同志だったのではないか?。そして、それはスリルを共有する中で派生する仮の恋愛感情「吊り橋効果」ではないか?と察する。 私は、大杉や伊藤らアナーキストらの刹那的な人生を自由だとは思わない。 むしろ2人が「散々やらかした」後始末を請け負わされる子供達や、親族の苦労を思い測るに、「個人の自由」とは誰かの犠牲の上に成り立っていると考えてしまう。
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傑作!
600ページ以上もある本ですが、あっという間に読めます。 まるで本を開くと、まるで高速列車に乗ったかのように、物語の世界に引き込まれ、そこから降りれません。 一にも二にも、作者の力量ですね。 恋愛の要素もたっぷりあって、面白い!! 今後の作者の作品に期待します。頑張ってください!!
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