絵はがきにされた少年
アフリカ特派員として取材を重ねた著者が、紛争、貧困、差別のただ中で生きる人々の言葉と沈黙をすくい上げるノンフィクション。応募時の題名「遠い地平」は、刊行時に『絵はがきにされた少年』へ改題された。
作品情報
遠い地平に生きる人々の声を、外からの同情ではなく近くで見つめた記録。
内戦、虐殺、アパルトヘイト後の社会、資源取引の闇などをめぐる取材から、アフリカに生きる人々の姿を描く。新版・文庫版もあるが、受賞作の初刊単行本 ISBN を採用した。
レビュー要約
-
現地の暮らしを一面的な悲惨さに閉じ込めず、人びとの言葉や判断の複雑さを伝える点が評価されている。重い題材ながら、平易な語り口で読み進めやすいという反応もある。
書籍情報
- 出版社
- 集英社
- 発売日
- 2005-11-18
- ページ数
- 264ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784087813388
- ISBN-10
- 408781338X
- 価格
- 2738 JPY
- カテゴリ
- 本/ノンフィクション/ビジネス・経済/その他
日本人が忘れた清涼な魂の物語。 今なお、被差別、貧困に満ちたアフリカ。しかしそこには、足ることを知る、純朴な人々が生きている。放っておけば砂塵のように消えてしまう彼らの存在を、言葉を、作者は温かい目で掬いあげ描く。第3回開高健ノンフィクション賞受賞作。
レビュー
-
今更ですがファンになりました。
まずは私がこの本を手に取った経緯なのですが。 2018年度の世界報道写真コンテストで大賞に選ばれた、ベネズエラの写真家、ロナルド・シュミット氏による「ベネズエラ危機」。 首都カラカスで、マドゥロ大統領に対する抗議デモに参加した若者が機動隊と衝突し、炎に包まれた一瞬を捉えた衝撃的な一枚です。「写真を撮っている暇があれば消火活動すればいいのに!」という非難コメントがあった一方、「ハゲワシと少女」の教訓を忘れたのか、という反響をツイッターで目にしました。 「教訓」…?あの有名な写真「ハゲワシの少女」をめぐって何があったの?と調べたところ、「ハゲワシと少女」によってピュリッツァー賞をとったケビン・カーター氏は、「なぜ少女を助けなかったのか」という世界的非難を浴び、その後自殺したのだというのです。ケビン・カーター氏のことをもっと知りたくて調べても情報は少なく、英語のウイキペディアで本書が Ehagaki Ni Sareta Shōnen として参考文献として挙げられていたのに興味を持ち、オーダーしました。 ところが、本書において肝心のケビン・カーター氏と「ハゲワシと少女」に割かれたページはとても少なく拍子抜け。しかし、読み進めれば分かるのだけど、著者の藤原氏は驚くほど誠実なジャーナリストで、自分の目と足で確認し、自分の心に浮かんだ中で一番伝えたいメッセージしか文章にしない。だから、このオムニバス形式のエッセイ集は、それぞれの章に割かれているページ数が少ないながらも、とても内容が濃い。 「ベネズエラ危機」そして「ハゲワシと少女」が縁で本書を手に取ったものの、次第に南アフリカで暮らす生々しい著者の藤原氏の生活ぶりに「YOUは何しに南アフリカへ!?」と興味をかきたてられ・・・しかも、鉱山で働かれていた経験もおありというから、いったい何者なの、この方。と、ますます惹きこまれ。 途中、「石川さん」というデスクの登場で、大新聞の特派員さんだと知ってさらに驚き(まったくそういう「匂い」が感じられなかったので。むしろ、消している?)、ところところ顔を出す文学少年の面影を残す筆力に「だから(新聞社に)転職したのですね」と勝手に納得したり。ああ、寡黙な老人が大好きなのだな(わかるわかる)、とニヤリとしたり、差別という人間が逃れられない習性を読み解こうとする姿勢に脱帽したり。 あっ、と思ったのは、藤原氏が小学生の頃、カンボジアの難民に募金を求められたときのエピソード。なぜなら、私も全く同じ体験をしたことがあるから。小学生の著者は「反射的に10円をつかんだ」自分を振り返り、自問します。私もなけなしの小銭を渡した体験が心の「おり」となってずっと沈んでいることに気づかされたのです。いわゆる「発展途上国」に旅したことがある人ならだれでも抱く消化しきれない気持ちや矛盾、「援助する」「援助される」行為の背景とスティグマ・・・それを分析して言語化ようとする果敢さ。 まだまだ、世の中には、こんな面白い文章を書く人がいるんだ、と明るくなりました。他の著作も探してぜひ読んでみたいです。もし著者の方がこのAmazonのレビューをお読みになったら、今頃ファンになった読者がいることをぜひ心にお留め置きいただきたいです。
-
絵はがきにされた少年
丁寧に梱包されており、本自体汚れもなく大変満足です。ありがとうございました。大切に読ませていただいています。
-
語らない人、語られない歴史
この本はアフリカを舞台とした11篇のエッセー集である。 著者は毎日新聞のアフリカ特派員だ。 表題の「絵はがきにされた少年」も、その内の一篇。 著者がネタ探しをしているとき、偶然古い写真を見つける。そこに映されているのは クリケットらしきことをしている少年たち。そして、少年の一人は、今著者の目の前に いる老人なのだった。 このエッセイが面白いのは、特派員としての立場に悩む著者と、まったく別の経路で 回答を用意する老人との掛け合いにある。老人の回答は、たぶん日本人が日本人から 聞いただけならばそれほど大きな「意味」としては受け取られないのかもしれない。 しかし、アフリカの老人が答えると鮮やかに「意味」が付け加えられることになる。 他のエッセイも全てこのように、その場で生活しているアフリカ人(黒人とは限らない) の立場を日本人の記者が書き留めるというスタイルを取っている。 ルワンダの内戦をからくも生き残ったフツ族の老人の一言も強烈だ。 「殺し合い。それは風のようにやってくる。雪のようには来ない。」 決して他人が入る事の出来ない領域を持ちながら、どこか普遍性を感じさせる一言だ。 アフリカの恐ろしい現実を含みながら、それははっきりと、恐怖以外の人間の臭いがする。 さすが新聞記者というべきか、読んでいるとその場で一緒に取材しているような 臨場感がある。よい本には「引き込まれる」感触があるものだが、この本はその好例。 考えさせられる内容ながら簡潔な文章でもあり、国語の先生におすすめしたい良書。
-
アフリカー暗黒大陸に富が蓄積されない「呪い」
アフリカには「なにかを所有するというリスク」がある 車も靴もタバコも、行き渡るほど十分にない みなであるものを使いまわす だから循環することを常として、自分のものとして所有することは「リスク」であり 富の蓄積が進まない
-
発見です
読みたかった本が安価で、それも綺麗な状態で手に入り、大満足です。
-
アフリカの認識を改められる一冊。
単行本、新刊と検索できますが私が読んだ文庫版は検索できませんでした。中東は別にしてアフリカ大陸の本は白戸圭一一冊しか読んでいませんでしたので、我が無知を改めて認識する結果となりました。ルポタージュになるのでしょうが、本多勝一とはまた違った仕上がりです。著者が常に自問自答しながら対話を進め、認識を新たにしていくところを読者が追体験できます。できればルポした年月日を記してほしかった。内容は消化しきれていないので要約できませんが、お勧めの一冊です。
-
深遠なテーマをエッセイ風に読みやすく書いた名著
この本は、開高健ノンフィクション賞を受賞した本で、アフリカに特派員として5年半滞在した記者の書いたエッセイのような本だ。勿論、取材に基づいているという意味ではノンフィクションなのだろうが、それよりも、著者の経験を通じて、読者に何かを感じさせるエッセイという方が近いような気がする。 私は、今までもアフリカに関する本や映画を比較的よく見てきたつもりでいたが、この本は今まで持っていたアフリカに対する私の印象を覆してくれた。それは、私がこれまで読んだ情報は「アメリカをはじめとする先進国」側の視点に立って発信されたものだったからで、この本は「アフリカにすむアフリカ人」の視点を伝えようと工夫しているものだからだ。特に、冒頭の、ピュリッツァー賞を受賞した写真(うずくまる痩せた黒人の少女をハゲワシが見つめている)が、アメリカやその他の先進国で受け取られた意味とは全く違う状況で撮られたものだったという事実は圧倒的だった。「貧しい、飢えるアフリカ」「搾取されるアフリカ人」というイメージに合った写真を求める新聞社やニュース。そして、読者も無意識にそれを求めている。でも、アフリカはそれだけの国ではないのだ。 久々に出会った、ずっと手元に置いておきたい本。根幹にあるテーマは重いけれど、エッセイ風で読みやすく、色々なことを考えさせてくれる。沢山の人に読んで欲しいです。
-
南部アフリカの人、一人ひとりの考えが伝わる
南アフリカ共和国、レソト、スワジランド、ルワンダ、アンゴラ…、広大な南部アフリカ地域を自らの足で歩き、一人ひとりの生きた声を拾い、現代史に位置づけ、J・M・クッツェーの小説に照らす等、新鮮な視点を提示してくれる秀作。 私などには皆同じ顔に見えてしまう南部アフリカの人びとにも、当たり前だが一人ひとりの人生観があるのだということを知らせてくれたのは、この上なく貴重なことと思う。 たとえお金と暇があっても、日本人や欧米人のように地球のあちこちを見て歩くことはしないだろう。それよりも家族や友人とうまい物を食べ、話をしているほうがいい。すぐそこにいる友人が何を考えているかさえ分からないのだから。我々はどだいが知りたがり屋ではない、と語る老教師、カベディ・タキジさん。 我々は鎖につながれて行ったのではない。あなたの国のようないい待遇ではないかもしれないが、働く、仕事を持てることがこんなに幸せなことだったのかとわかった。自分の人生で、チームリーダーになれたときほど嬉しいことはなかった。奴隷なんかじゃありません、と言う元鉱夫、モラオア・マタディさん。 いずれに対しても、先進国の物差しで反論や揶揄することは簡単かもしれません。でも私はもっと彼らの話を聞きたいと思いました。これまであまりにも聞いてこなかった、聴く努力を怠ってきたと感じます。