日本の文学賞

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北の河 (P+D BOOKS)

芥川龍之介賞

北の河 (P+D BOOKS)

高井有一

敗戦直後、夫と家を失った母子が東北の寒村に身を寄せる物語。希望を断たれた母の孤独と絶望を、感情を抑えた筆致で描き、寒さと沈黙が重く迫る。

敗戦母子喪失東北孤独

作品情報

帰る場所を失った母子の前に、北の冬と孤独が静かに立ちはだかる。

『北の河』は高井有一の第54回芥川賞受賞作。小学館P+D BOOKS版では表題作のほか「夏の日の影」「霧の湧く谷」「浅い眠りの夜」を収録し、戦争と喪失、身近な人の死を見つめる初期作品群として読める。

レビュー要約

  • 感情を大きく煽らない叙述が、かえって読者の想像を促す作品として紹介されている。戦争後の生活の厳しさと身近な死を、静かな迫力で伝える点が印象に残る。

書籍情報

出版社
小学館
発売日
2020-06-11
ページ数
224ページ
言語
日本語
サイズ
12.8 x 1.4 x 18.2 cm
ISBN-13
9784093523929
ISBN-10
4093523924
価格
715 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品

戦争ですべてを失った母の絶望と孤独 昭和20年、すでに夫を喪い、家も戦火に焼かれてしまった母子が、遠縁を頼って東北の寒村に身を寄せる。だが、そこは安住の地ではなかった。 頼るべき知己もおらず、終戦後は都会に戻るという希望も断ち切られ、迫りくる厳しい冬を前に、母は自ら死を選ぶ……。ノンフィクション作品のような感情を抑えた筆致が、かえって読む人の想像を掻き立てる。 第54回芥川賞に輝いた表題作のほか、やはり身近な人の死をテーマにした「夏の日の影」「霧の湧く谷」、大学の二部に通う学生たちの葛藤を描いた「浅い眠りの夜」の三篇を収録。

レビュー

  • 気になった作品を手軽に入手

    高井有一の作品を手軽に読めた

  • 重たいテーマをカジュアルに読める

    短篇を4つ載せた本書は、高齢者にも読みやすい活字の大きさ、定価500円もたすかる。髙井有一が11歳のとき父が病死、その2年後1945年11月に母が疎開先の秋田県角館で自殺し、母方の叔父に引き取られて大学の夜間部に通った。このときの体験が4つの作品に反映されている。 母の死をめぐって書かれた59枚の「北の河」、父の死が「夏の日の影」、伯父の死が「霧の湧く谷」。 「浅い眠りの夜」は約111枚。登場人物をあげると、主人公は真船湘一(22)、小説を書くときには東北なまりで話す寒川洪太(23)、結婚した小野塚聡(25)、加瀬輝雄(22)、稲本が勤労学生。高校時代から付き合いがあり別の大学のデザインサークルに属す居る滝波桐子。湘一を養った真船奎一朗。 加瀬は、勤めと学校という身近な事だけを考え行動していると、人間が小さくなっていくんじゃなかと危惧している。そんな加瀬にメーデー事件が話題になって稲本が言う、「行きたくても行けない(勤め先の)状態だったんだろう。そしてその状態はそう簡単に変わる見込みはないよな。だとしたら、先ず自分の頭の蝿を追うのに専念するんだな。思想だなんて贅沢なもの、昼間の奴らに任せておけばいいさ。思想で生活出来るんならば別だがね」、だが加瀬は今すぐ行動に出られなくても、常に心の裡で考え続けていこうと思う(p190)。 真船と加瀬と寒川は女性問題を話すが、童貞である皆が女性の体を知らないで語っていることに触れることを避けていた(187)。 加瀬輝雄が、学内に乱入した警官隊に暴行を受け入院した真船湘一を見舞い「物を考えないで行動したんでは、現実に自己解消するだけだと言っていたよな」(注・日常の生活に摩耗して生きることを批判している)と言うが、すぐ「あれから俺も考えたんだけども、そんなに社会から切り離されて生きられる程、人間は強いのかね。社会から眼を背ければ、自己そのものが乾からびちまうだろう」と言う。真船は「今度は俺の方が考えてみる番かも知れないな」と応じる(213)。 作者は断定を避け、複数の人生や生き方を読者に投げかける。

  • 北の河

    今より若いとき「北の河」を読んで、とても感銘したので、改めて購入した。戦中親子で東北の街に疎開し、母親がいろいろ悩む姿を、息子の目で見て、風景描写や心理状態をこくめいに描き、昭和40年に芥川賞を受賞した。文章の活字の使い方も巧みで、今回読んでも感銘を受けた。

  • 問題ありませんでした。

    状態も良く特に問題ありませんでした。

  • 終戦時の母の自殺を回顧した芥川賞受賞作

    1966年(昭和41年)、作者が34歳のときの芥川賞受賞作です。終戦時、15歳の少年は、東京の家を焼け出されて母とともに秋田に疎開しています。父はすでに2年前に他界していて、母子は父方の縁者の元に身を寄せていました。夏の終わりともに、周囲の疎開者たちも都会に戻りつつあります。母も東京の実父のもとに行こうとしますが、父から拒絶され、やがて来る厳冬を恐れてか日ましに口数が少なくなって行きます。住まいを貸してくれている父方の縁者も、少年に母の様子がおかしいと伝えます。 北国の冬を予感させられる11月のある朝、母親は失踪します。近くを流れる川で遺体が発見されたのは3日後でした。 母親が特に何を気に病んで入水したのか、確かなことは語られません。ただ、「もういやになってしまったの。本当にいや。疲れてしまったのよ。特に貴方と暮らすのにね」という、息子への言葉が読者に衝撃を与えます。遺体の顔などの損傷の描写も辛いものがありますが、やはり何といっても母の言葉がいつまでも読者の胸につかえるのではないでしょうか。 作家の年譜によると、この事件のあった終戦時作家は13歳で、疎開先の角舘には少年の妹も同行していました。母の希望を拒んだという祖父母夫妻は、8月に疎開先の栃木で亡くなっています。 事実そのものの私小説ではないかもしれませんが、作家が20年の後に執筆・発表することのできた内面の記録であることは疑えません。重い内容が、抑制された筆致でむしろ淡々と述べられていて、その文体が読後の言い難い感動に大きく与っています。

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