日本の文学賞

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完全なる白銀

山本周五郎賞

完全なる白銀

岩井圭也

デナリをめぐる登山と、故郷の海面上昇に向き合う二人の女性の歩みが重なり、頂を目指す行為そのものの意味が問われる。真偽と記憶、友情と名誉が交錯する山岳小説。

山岳小説友情環境危機真偽

作品情報

白い峰をめざすほど、失われたものの輪郭がくっきりしていく。

写真家の緑里と登山家リタを軸に、デナリ登攀と故郷をめぐる物語が進む。極限の自然描写のなかで、誰が何を証明しようとしたのかが静かに掘り下げられる。

レビュー要約

  • 登山の迫力に加えて、女性たちの選択と連帯が物語を押し進め、山を描く小説でありながら青春小説としても読ませる。

書籍情報

出版社
小学館
発売日
2023-02-17
ページ数
320ページ
言語
日本語
サイズ
13.6 x 2.6 x 19.4 cm
ISBN-13
9784093866729
ISBN-10
4093866724
価格
1980 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品

山岳×青春×ミステリ、最大級の感動作 写真家として活動する藤谷緑里はアラスカに向かっていた。シーラと北米最高峰デナリに挑むためだ。 緑里とシーラの旧友、リタ・ウルラクは新鋭の女性登山家として名を馳せていた。リタとシーラの故郷、サウニケは北極海に面した小さな島だが、90年代後半から地球温暖化の影響で海に浸食されている。このままでは島は海に沈む――そんな故郷の危機を世界に知らしめる。それがリタが登山家として名を上げようとした理由だった。だがリタは冬季デナリ単独行に挑み、下山途中に消息を絶ってしまう。頂上から「完全なる白銀」を見た――という言葉を残して。 行方不明となったあと、リタの言動を疑ったマスコミは彼女を<冬の女王>ではなく<詐称の女王>と書き立てた。緑里とシーラは、リタが登頂した証を求めるべくデナリに挑むことに。だが世界最難関の山への登攀は、一筋縄にはいかない。ブリザード、霧、荷物の遺失、高度障害……二人の信頼関係も揺らぐ。さまざまな困難を乗り越え、北米大陸で最も高い地へ手を伸ばす緑里。その先に見えたものとは。 極限の高地だけでなく、社会でも闘う女性たちを描きだす、気鋭の著者の新境地。 【編集担当からのおすすめ情報】 発売前から推薦の声、続々! 「山岳小説の新しい傑作がここに出現した。 読者よ、岩井圭也に瞠目せよ!」――夢枕 獏 「タイムリーなのに普遍的。 理知的なのにエモーショナル。」――恩田 陸

レビュー

  • 登山という行為

    登山をテーマにした小説である。昇るのはデナリ山。標高は6190m、北米最高峰である。冬のデナリは過酷である。最低気温は零下50度、体感温度は零下100度以下だ。風速70mの暴風が吹くため、冬季に登頂した者は少ししかいない。 そこに登ろうとしているのが、藤谷緑里(ふじたにみどり)という写真家と、シーラというデナリ国立公園のレンジャーである。2人とも女性だ。シーラはリタという幼なじみが失敗し、行方不明になったデナリに登ろうとしている。 35歳の緑里は、この仕事を続けられるのは、43歳ぐらいまでだと考えている。植村直己も、星野道夫も43歳で亡くなったからである。 2人に友人、リタ・ウルラクは数々の山に登り、「冬の女王」と呼ばれたが、実際は大半の山に登っていない、という疑惑があった。シーラはその疑惑を晴らすためにデナリに登ろうとしているのだ。 リタはデナリの頂上で「パーフェクト・シルバー(完全なる白銀)」が見えたと言った。緑里の目的はリタが言った「完全なる白銀」を撮影し、彼女が登頂したのを証明することだ。 しかし、パートナーとなるシーラと緑里の間には心の溝があった。リタの登頂を緑里は少し疑っており、シーラもそれに気づいていたのだ。 緑里が疑うのにはそれなりの根拠があった。そんなちぐはぐの2人は、無事にデナリの頂上まで行けるのだろうか。 過去と現在が交互に描かれて話は進んでいく。商業カメラマンでも仕方がない、と思っていた緑里もリタから本当の夢を問われ、一流の写真家を目指すようになる。 登山という行為は、どうしたって人生を思わせる。登山家ではない私たちも、一歩一歩夢に向かって進んでいくべきかもしれない。そこには必ず足跡が残る。

  • 引き込まれる天才の苦悩

    天才の意志の強さと孤独と苦悩。 自分の立場を理解しながら戦う、その意思の強さは時には周りのフォローさえも突き放してしまう。それを本当は自分の中では理解しながらも、突き進む。謝りたいけど謝れない。 友人の行動にフォーカスをしながらも、そんな天才の葛藤を感じ、引き込まれる作品だった。

  • 「山岳×青春×ミステリ」とあるが、「山岳×青春」でしかなかった件について

    まず、構成としてメイン軸の間に過去の話を章立てで都度都度入れてくるのが、結果的にはうまくいっていないと感じた。というのは、メイン軸の方である程度「過去でこうなったんだろうな」と思わせる状態で、過去の話が始まるので、読む方としては最終結論が分かっており、知っている話を再度聞くような印象となるため退屈。しかも特に新しい事実などもなく、「でしょうね」という範疇を超えない。ストレートに時間軸に即した構成の方が良かった。 次に、「ミステリ」とされる「登頂事実の有無」についても、最終的には納得いく客観的な回答は読者に提示されなかった。これであれば、むしろ「登頂していなかった」という明確な事実を発見し、なぜそんなことをしたのかという方向の話の方が良かった。最初から最後まで「山岳×青春」の範疇を出ず、それも読者置き去りな感じであった。 また、山岳物としても新田次郎等の名手と比べると力量不足は否めず、結果的には「青春」しか要素しか残らず、非常に薄い内容を長尺で見せられたという最終的な印象だった。

  • 今一つ。

    山をやらない人が書いた本と思われる。 首を傾げる記述がいくつかあり、開始24pで断念しました。

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